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ブリューナクな日々  作者: 大きいは強さ
第2章:帝国
28/52

第13.5話 灼熱の山脈

 帰り着いてすぐ。ユーナは、近くの兵士にエイハブの居場所を聞いた。

 そして、執務室に居ると言われたので、一直線に砦の中にある執務室を目指した。ノックもせずに扉をあけ、一気に中に入る。

 そこには、丁度話し合いでもしていたのか、エイハブとエイドリアンの二人が、何か地図のような紙を広げていた。


「ノックをしないで入ってくるなんて、一体何を慌てとるんじゃ」


 と、エイドリアンが注意するが、ユーナはそれを無視して怒鳴った。


「なんで、王国の部隊が帝国に侵入してるんですか!」


 そのユーナの一言を聞き、エイドリアンの表情が変わる。


「どういうことじゃ? 詳しく話してみせい」


 ユーナは、森の中で地面から出てきた大鬼(オーガ)の群れ、それを操っていたのであろう盗賊達。そして、そんな盗賊を手下として扱う、見た事もないモンスターを操る盗賊頭。いや、王国の部隊員、それも分隊長クラスであろう存在の報告をした。報告が進むほど、エイドリアンの表情はますます険しくなっていく。


「なるほどのぅ……この依頼は、たしかポートマン殿の依頼じゃったな?」


 ユーナが全てを報告し終えた時、エイドリアンの表情はいつもと同じものになっていた。が、口調こそ普通だが、その言葉は底冷えするほど冷たく、殺気を纏った物であった。


「私が裏切っているとでも? 何を証拠に?」


「お主の出した盗賊の討伐依頼だったじゃろう? なのに、実際の所は盗賊なんてものに収まるはずがないような力、隠すのも難しい力を持つ者たちが居た。そして、そんな所にワシらの手に入れた強力な力を持った者を行くように差し向けた。お主を疑わない道理がなかろう」


「待ってください。商売の為の経路を一つ潰してまで、私が王国のために裏切りをするとでも? あの道は、山岳都市に続く重要な道なんですよ? あそこを通らなければ、大幅に回り道をしなければいけない上、危険なモンスターが出る道を進まないと行けなくなるんです。その結果発生する輸送費や護衛の代金の増加、それに他の商人の苦情の対応、考えるだけでも嫌になります」


 睨みつけるエイドリアンに対して、エイハブは潔白だという表情で相対する。後ろ暗い事は何もないと言った様子である。少しの間両者は視線をぶつけ合うが、エイドリアンの方が途中で目を伏せる。


「なるほどのぅ……しかし、理由としては弱いのぅ。もし、裏で何か取引があれば、それくらい幾らでも取り戻せそうな話じゃしな。王国のどこかの街の権利……いや、貴族位等も考えられるの」


 いつものような調子ではあるが、エイドリアンは圧迫感はそのままに探るような視線をエイハブに投げる。


「そんなに信用できませんか? 王国の街の権利? ウレジイダルより良い街はそうそうありませんよ。貴族位? そんな一銭にもなりそうもない物必要ありません。そもそもです。仮にそうだとしても、こんなバレバレな事をするわけがないでしょう。それに私とて全てを損得で動いているわけではありません。情もあります。私はこの街ウレジイダルも預かる身なんですよ。そう簡単に、帝国を裏切りませんよ」


「ふむ……信じようかの、それで? <虫使い>お主はまだ何かあるかの?」


 エイドリアンから発せられていた圧迫感のような物は消え、完全にいつもの様子でユーナに話しかける。


「いえ、もう報告はありません。あ、レッドマン様は今どちらに居るでしょうか?」


「ふむ、彼なら先ほどお主が帰ってきた。と、聞いた時に部屋から出て行ったのぅ」


「そうですか、ありがとうございます」


 ユーナは一礼して、部屋から出る。そして近くの兵士に声をかけ、アランは何処へ行ったのかを聞くと、馬小屋へ行ったと言うので馬小屋に向かった。

 すると、向かっている途中の廊下で、アランと出会った。アランは少し驚いたようだが、ユーナを無視して行こうとしているのか、視線を合わせようとはしなかった。


「どうして馬小屋に?」


 擦れ違う時、ユーナそう聞くと。


「少し、気になる事があってな。何でも無い、マクラミン殿には関係ない事だ」


 実は、居場所を教えてくれた兵に聞いていたのだが、どうやらブリューの為に肉の塊を用意してくれていたらしい。


「そう、ならいいわ。ありがとう」


「何の礼か分からんが、受け取っておこう」


 そう言って、アランは去っていった。

 ユーナはそのまま自室に戻り、盗賊狩りの疲れを癒すため湯を沸かし、風呂に入り、そのままベットに潜り込み、その日を終えた。


---------------------------------------------------------------


 次の日、ユーナは朝早くに馬小屋の前に行き、灼熱悪鬼(イフリート)狩りのための準備をするため、ブリューと話しをしていた。すると、エイドリアンが知らない冒険者に籠を運ばせながら現れた。


「ギルド長おはようございます」


「おはよう<虫使い>少し頼みがあるんじゃ。実はの? この三人も連れて行って欲しいのじゃ」


「それは……また、何故でしょうか?」


「今からお主、灼熱悪鬼(イフリート)狩りに行くのじゃろう? ならば、荷物運びが必要になると思っての?」


「確かに、灼熱の山脈となると荷物は多くなりますし、必要ですけど、なぜわざわざ? この砦の兵士を、何人か借りれば良いと思っていたのですけど」


「お主、勘違いしておるようじゃの? まだ、軍には入っておらんのじゃぞ? そんな者が兵士を借りられるわけ無いじゃろう」


「そういえば……なるほど。それで、連れて来たわけですね」


「そうじゃ、最低限戦える者ばかりじゃ。流石に英雄のお主には劣るがのぅ? まぁ足手纏いにはならん」


 エイドリアンは笑みを浮かべているが、その口調はからかっているようで、ユーナは何とも言えない居心地の悪さを感じつつも、笑顔で返した。


「ありがとうございます」


 と、ぎこちなく笑いながらユーナ返す。


(いったい何なのかしら? まぁ、そんな事よりも)


「よろしく、私はユーナ、ユーナ・マクラミン。知っているかもしれないけれど、後ろに居る邪精霊、ブリューナクの使役してる虫律師よ」


 と、ユーナは三人の冒険者に自己紹介をした。すると、三人の冒険者はその場に籠を下ろし、ユーナの目の前に並んだ。


「アタイはエイダ・ホワイト、エイダでもホワイトでも好きな方で呼んでくれ。得物は両手剣だ。見ての通り近接戦闘が得意……と言うよりそれしかできねぇ。よろしくな!」


 最初に、ユーナから見て一番左に居る短めに切りそろえられた髪型の、がっしりした体型の女性、エイダが挨拶をする。簡単な鎧を着て、背には言っていたように、大きな剣が背負われている。


「私はアメリア・ウェスト、武器はこの杖ね。見ての通り魔法を使って戦うのが得意だから、後方支援は任せてね」


 次に、中央に居た細身の女性、アメリアが挨拶した。服の上から、胸や腹と言った急所と間接だけを守るような革鎧のような物を装着している。背には言っていたように、先に魔石の付いた木でできているような杖を持っている。


「はいはい! ウチはエイミー・ヴォーン! 武器は弓と弩なんだ! ナイフとか使って戦う事も出来るけど、遠くから矢を撃つ方が得意だよ! よろしくっ!」


 最後に、一番右側に居る小柄な日にやけた小麦色の肌をした、適当に短く切ったような髪型の、少女と女性の中間といった年頃に見えるエイミーが挨拶をした。手には弓を持ち、背には弩と矢筒を背負っている。装着しているのは、アメリアと同様服の上から急所を守る程度の革鎧だ。


「すごいよね、マクラミンさん! ウチらと余り変わらないくらいなのに英雄なんて!」


 挨拶が終わってすぐ。エイミーがユーナの手を掴みながら、興奮した様子で話し始める。


「そうそう! 私なんてまだ大鬼(オーガ)一匹でいっぱいいっぱいなのに」


「嘘つけアメリア! お前、この前大鬼(オーガ)に追いかけられて泣きべそかいてただろ!」


「なっ! そんなこと言うなら、エイダだって『アタイ、そろそろ結婚する! だからタイクーンピジョンの冠羽取りに行こうぜ!』って言って混沌の森にいこうとして……」


「あああああ! その話はやめてくれよ! アタイの第一印象がダメダメになっちまう!」


 その様子を見ながら、エイダとアメリアが何故か失敗談を語りだす。


「今更だと思うわ……」


 とは、ユーナである。


「ほら見ろ!お前らのせいで、アタイが変な奴みたいなっちまったじゃねぇか!」


「ほっほっほ、女三人寄れば姦しいとはよく言ったものじゃの」


 と、ギルド長であるエイドリアンが言うと三人は顔を赤くしながら、おとなしくなった。


「さて、ぐずぐずしてたら日が暮れる前に着かないわ。早く乗って」


「乗るって言ってもマクラミンさん? どうやって、籠だけで移動するんだい?」


 エイダは、正直この籠に灼熱の山脈を進むのに必要な物や、イフリート狩に使う物を入れて、それを馬車に積むなり何なりすると思っていた。

 なのに、それに乗れとユーナは言う。エイダ達は(どうしようか?)と、でも言いたげな表情で顔を見合わせて居たが、ユーナの「良いから早く乗る!」の一言で、言われるままに籠に入った。

 すると、ユーナは囁くような、歌う様な声をそれまで三人が気にしないようにしていた、禍々しい見た目の甲殻魔虫型の邪精霊に向けた。

 すると、邪精霊も同じような鳴き声を羽から出し、少しすると籠に近寄ってきた。三人は(襲われるのか!)と、ビクビクしていたが、そんなことはなかった。

 その、邪精霊の羽が光ったかと思うと、前羽を広げ空に舞い上がり、籠をその六本の足で掴んだ。


「マクラミンさん、もしかしてこれで飛んで行くの? ウチちょっと不安なんだけど」


「そうだぜ? もし落とされたりしたら……」


「私は、マクラミンさんを信じますよ? 信じますけど……」


 エイミー、エイダ、アメリアの順でユーナに不安気な顔で問いかける。

 しかし、ユーナはそれらを無視して「いきますよ」と、言うと、籠はそのまま浮き上がり、グングンと高度を上げていく。


「うわぁっ!」


「ひぃぃぃぃ」


「とんだあぁぁ!」


 等と三人は、最初こそ怖がっていた。が、少しすると慣れたのだろう。


「うわー! アタイこんな高さまで来たのはじめてだ!」


「ウチも! まるで鳥になったみたい! スゴイ!」


「私も! 鳥やワイバーンからは、こんな風に見えてるんですねぇ」


 等と、初めて見る空からの景色に、三人はそれまでの不安な気持ちはどこかへ行ってしまったようにはしゃいでいた。そうやって空の旅を楽しんでいる間にユーナも三人と名前で呼び合う程度には打ち解けた。

 しかし、途中の草原で休憩してそのときにブリューが、草原狼の群れを一掃し、それを食べている所を見て、三人は再度少し不安になっていた。まさかこちらに襲い掛かってこないよね? という感じである。

 そんな事をしながら、その後の空の旅も楽しみ、飛んでいる時に上を見上げ、ブリューの関節が気持ち悪いと言ったりして笑ったり、眼下の景色を眺めたりして、灼熱悪鬼(イフリート)の生息しているであろう危険地帯、灼熱の山脈を目指した。

 到着した時、すでに日は暮れ始めており、四人と一匹は野宿することになった。夜番の順番はユーナから始まりエイダ、エイミー、アメリアの順だ。

 そして、特に何も起こらずユーナの番が終わり、エイダの番になる時である。正直、他の三人は夜番の順番を決めても、ユーナの使役している邪精霊が居るため特に何もしなくてもよい楽な夜番だ。と、考えて居た。しかし、ユーナの番が終わると、邪精霊は地面に潜り出した。


「ユーナさん? あの、邪精霊潜ってますけど」


「そうね……」


「アタイ、てっきりビートル系だから地面に潜らず不寝番してくれる、と思ってたんだけど……」


「わ、私の使役してる邪精霊だから……どこで寝させるのも私の勝手よ!」


「たしかにそうなんだけどよ……」


「はぁ……ほんとはね、あの子はまだ使役して日が浅いから、まだちゃんと言う事を聞いてくれないのよ」


 納得できない様子のエイダに対して、ユーナはうんざりした様子で返す。


「うん? どういうことだよ? 普通、使役されたモンスターは命令に絶対服従だろ?」


「それは、モンスターテイマーとネクロマンサーよ」


「そういやユーナ……さんは、虫律師だったな。何が違うんだい? アタイ、虫律師なんて出会ったの、ユーナさんが初めてなんだよ」


「別に呼び捨てで良いわよ、そうね、説明してあげましょうか。魔獣、魔鳥、甲殻魔虫、水魔、アンデッド、大まかに分けるとモンスターはこの五種よ。この中でモンスターテイマーが扱えるのは魔獣、魔鳥、水魔の三種なの」


 そう言ってユーナは指を三本だけ立てる。それを見てエイダは頷く。


「使役方法は、圧倒的な力を見せて屈服させるか、それとも力を認めさせて友となるか、のこの二つ。ただ、たまに例外として気に入った、とか言う理由で友に近い状態になる場合も有るけど。それを入れても、結局は屈服か友になるしかないの。そして、屈服した場合でも友となった場合でも、命令には絶対従ってくれる。前者は恐怖から後者は信頼から、らしいわ。これが、モンスターテイマーの使役方法。ココまでは理解してくれた?」


「イマイチ良く分からねぇけど、何となくはわかったぜ」


「まぁ、モンスターテイマーの事は良いのよ。ネクロマンサーの事は、私にも良く分かんないんだけどね? まぁアンデッドは、高位存在とか呼ばれてるの以外は、考える能力がないから操りやすいとかなんとか言ってたわね」


「そうなのか? 高位存在ってのには会ったことが無いから分からないんだが」


「私だってないわよ。そう聞いただけ。話を戻すわよ? とにかく虫律とは全然違うの。それで、虫律なんだけど、この腰についた香炉から放たれる臭いと、この特殊な笛から出る音色、そして踊りによって虫を一種の催眠状態にする技術かしらね。それは……そうね、アント系やビー系のモンスターみたいな物かしら、厳密には少し違うのだけど。私、つまり虫律師をクイーンとして誤認させるのね。それが社会性を持たない甲殻魔虫であっても」


 わかった? と言わんばかりにユーナがエイダを見つめる。


「なるほど、アタイにはよくわかんねぇ!」


 と、良い笑顔でエイダは答える。


「説明しがいが無いわね……続ける?」


「続けてくれ、分からないなりにがんばるぜ」


「はぁ……で、社会性を持たなくても使役できるって所までは言ったわね? で、その場合、少しの間元の習性と今の使役された状態がかち合って、よくわからない事になるの。これは仕方ない事で、何度も踊り、香、笛を使ってだんだんと慣らしていくの。……この子は邪精霊だっていうのは知ってるかしら?」


 そう言いながら、ユーナはブリューナクが潜った地面を撫でる。


「それは知ってるぜ! ギルド長の爺さんに聞かされてるし、ユーナも言ってたしな」


「そこも問題なの。私は、昔オレイアドの歪んだ邪精霊を使役してたのよ。見た目は、センチピート系でね、だから、虫律できると思ったの。だからまず動きを止めて、そのまま使役しようと思ったのだけど。

邪とは言え精霊、そもそも甲殻魔虫じゃないから虫律だけでは完全に動きを制御はできなかった。その時、私は精霊術もかじってて精霊語を使えたから、駄目で元々精霊語で話しかけたの。最初、邪精霊は荒れ狂ってて、何を言ってるか分からなかったのだけど、最初は諭すように、次第に言うことを聞いてくれるように話しかけたの。すると、だんだんと邪精霊は落ち着いていって、最終的に私はその子、甲殻魔虫型の邪精霊を使役できたわけ。で、この子、ブリューナクにも同じようにしてるんだけど……元はなんだったのかしらね? なかなか使役しきれないのよ。流石に、最低限の行動制限はできてると思ってるのだけど……」


「なるほどなぁ……何となくわかったぜ」


「ほんとに分かったのかしら。分かったふりをしてない?」


「ユーナ……最初も思ったけど、結構毒舌だよな」


「そうかしら」


 結局そのままユーナは、次の夜番であるエイミーが交代で起きてくるまで、エイダと話し続けた。


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 朝になり、エイダはアメリアの悲鳴で目を覚ます。

 何事かと籠から出てみれば、ブリューナクを正面に見てアメリアが泣いている。多分、朝になり地表に這い出して来たブリューナクを見て、驚いたのだろう。とエイダは推測した。

 それは正解だったようで、エイミーとエイダは泣いているアメリアを宥め、ユーナはなんだか怒ったような感じでブリューナクに話しかけている。


(夜に聞いた話から考えると、本能と習性だけで動いている奴に話しかけても一方的に話すだけになっちまうんじゃ? それなのに、言葉を返してくる。つまり、会話ができる存在は、邪精霊じゃ無いんじゃねぇのか?)


 等と、エイダはユーナとブリューナクを見ながら考えていた。

 アメリアが落ち着いたので、当初の目的を達成するため、ブリューナクを先頭に灼熱の山脈を登るべく進んでいく。

 道中のモンスターは、全てブリューナクが駆除してくれるので、一切問題は無かった。

 草木が無くなって、暗褐色の地面になり、出てくるモンスターも火炎やフレイムと言った名前を冠す物達になっていったが、先頭を行くブリューナクは魔法や、その鋭い角で残らず確実に蹴散らしていく。


「流石、邪精霊ってやつね! ウチも、強いモンスター欲しいな!」


「馬鹿ね、あんな強そうなの、アンタじゃ無理よ。私のように強くなくちゃ!」


「おいおい、アメリア? だれが強いって? 朝、邪精霊見て泣いてたの、誰だっけな?」


「いい加減にしときなさいよ……」


 ワイワイと騒ぐ三人を見て、呆れ半分に呟くユーナ。そんな、ピクニックのような雰囲気のまま危険地域を進んでいく。

 そして、溶岩河が見えそうな所で一行は歩みを止め、ユーナはブリューナクに話しかけた。


『イフリートは溶岩を棲家にしているの』


『ヨウガン トビコム イヤ ドコカ イク』


(まずい、また使役状態から解けかけているのかしら? 盗賊の時もそうだったけど、もう二日よ? 流石に、そろそろ完全使役状態になっても良いんじゃない? ……いえ、この子は規格外だったわね。なら仕方ないのかしら)


『ジョウダン ドウスル?』


(冗談? どういうこと? 冗談を言えるって事は、この子はやっぱり邪精霊じゃないの? いえ、今それは置いておきましょう。まずはイフリートよ)


『イフリートは、この辺りに存在する火炎トカゲを主食にしているの。だから、それを捕まえて罠を張るわ』


『ナルホド ワカリヤスイ』


『じゃあ、火炎トカゲを探しましょう』


『イケドリ?』


『できたら、でいいわ』


『ワカッタ』


 そうやって溶岩地帯を探しているとブリューがなぜか自身に魔法をかけた。

 何か来たのかと思い、全員が身構える。しかし、何も来ておらず、こいつは何をしているんだ? と、全員は思いながら火炎トカゲを探し続けた。


(もしかして、今のも冗談? 最初こそ精霊かも! と言って舞い上がってたけど、本当にそうだったのかしら。だったら、完全に使役できてないのも分かるのだけど……精霊を使役するのは、確か不可能だったはずだから。というか、そうだとしたらこの子はなんの精霊なのよ)


 そうユーナが考えていると、突如ブリューナクが電撃を放つ。今度こそ何かあったのか! と思い辺りを見回すと、溶岩の近くで倒れている火炎トカゲを見つけた。すぐさま冒険者三人が、それに近づき逃げられないようにする。

 そして、そのまま決めていたポイントに行き、火炎トカゲを設置し、すこし傷をつけ血を流させ、おびき寄せる罠とする。

 後はイフリートが出てきたら、ブリューナクとアメリア、エイミーの遠距離攻撃で攻撃、もし倒れなかった場合は、エイダとブリューが止めを刺す。という作戦になった。

 そうして少しの間待つと、ソレが溶岩の河から姿を現した。この灼熱の山脈最強の存在、その名も真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンが。


「ユーナさん! マズいですって! あれは私達じゃ無理ですよ!」


「ウチも逃げたほうがいいと思います!」


「流石に、アタイもあんな大物は無理だ。一時撤退しよう」


 冒険者の三人は逃げるように促すが、ユーナは真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンを見ながら考え込む。


(ここで逃げるのは可能でしょうね。でもそれは私達だけなら、という話。ブリューは体が大きすぎるから多分見つかるわ。そうなったらきっと後ろからブレスを撃たれてしまう。ブリューが死ぬところなんて、全然想像できないけど……ブレスが聞いた通りの威力なら、或いは……どちらにしろ、戦うしかないわね。

それなら、いっそこちらからしかけて狩ればいいわ。イフリートを狩ってこいって言われてたけど、コレを持ち帰ればアランも文句は言わないでしょ)


「いいえ、ブリューならやってくれるわ」


 そう言ってユーナはブリューナクの方を向く。

 狩ってくれ、と言うと拒否しそうだったので、香炉だけでも使ってどうにか制御しようとすると、ブリューに止められた上、見捨てるぞと言われた。


(見捨てる? ということは、やっぱりこの子は一切使役できてない? なら、なんでこんな強い子が私に従ってるの?)


 そう考えていると、ブリューは隠れていた岩陰から出て行き、真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンと睨み合った。

 威嚇しあっているのだろう、シャアアアア! ギュイギュイギュイカチカチカチ! と恐ろしい鳴き声と威嚇音が、暗褐色の地面の上でぶつかり合う。

 次の瞬間、ブリューが魔法を放ち、真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンに炸裂する。そしてその爆発で生じた煙に向かってブリューナクは羽を広げ、その煙の中に突っ込んで行った。

 直後、激しい打撃音と共に煙の中からブリューナクが吹き飛ばされて行った。

 その間に真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンは、空に飛び上がり口の前に炎を集め出した。


「ブレスよ! どうしよう、ブリューさんがやられちゃう!」


 と、アメリアが泣きそうになりながら言う。


「大丈夫、ブリューは強いもの」


 と、ユーナは余裕の表情を浮かべていたが、内心は焦っていた。


(きっと耐えれるはず。あの英雄を、ランドルフを倒したんだから)


 真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンのブレスが放たれるのと、ブリューナクの防御魔法と攻撃魔法が発動するのは同時だった。熱風のような蒸気が、まるで霧のように辺りに立ち込める。


「アッチィ! どうなった!?」


「ブリューさん勝ったんでしょうか?」


「ウチは早く逃げたほうがいいと思います!」


 少しすると蒸気がマシになってきたので、二体の様子が見えてきた。真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンは、触れれば一瞬で影も残らない程の威力を持っていそうな炎のブレスを、ブリューナクに向け吐いている。

 対して、ブリューナクも触れれば粉々になってしまいそうな勢いの水を五本の角の中央部に魔法陣を展開し発射している。

 それが両者の間でぶつかり合い、激しい水蒸気を上げていた。しかし、少しするとブリューナクが、押され始めた。

 ゆっくりとだが、確実にブリューナクの放つ水柱が短くなり、反対に真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンの吐く火柱は伸びていく。

 そして、それを見てユーナはそれまでの余裕の表情はどこへやら、明らかに動揺しはじめた。


「そんな、ブリューが負けちゃう? そんなの嫌! もう、目の前で死なれるのは嫌!」


 と、半狂乱になりながらユーナが喚き出す。思い返すのは混沌の大樹海で死んだオーレの事である。増長し、その結果失った最初の相棒だ。


「しっかりしろ!」


 そう言いながら、エイダはユーナの頬を強く叩く。叩かれた頬を抑えながら、ユーナは呆然としている。


「ユーナ、お前、アイツの使役者なんだろ! しっかりしろよ! それで、何か方法は無いのかよ?」


「わかったわ……少し、前の事を思い出して取り乱したみたい。ありがとう」


 ユーナが落ち着いたようなので、エイダは「よし」と言って表情を真剣なものに変え話し始める。


「で? どうする? アタイには何も思いつかなかった。あっちの二人は、既に逃げるかどうかしか考えてねぇ」


「あら、意外ね。あなたも逃げるって言ってたじゃない」


「そりゃぁ逃げたいさ? 逃げたいけども、あの邪精霊も持ってあと少しだ。バレちまってる時点で、あいつがやられりゃ次はアタイ達の番だろうさ。なら、ここで全力で足掻く方がマシってもんよ」


 そう言いながら、エイダはユーナに向かってウィンクする。それを見て、ユーナはクスリと笑いながら考え込む。


(もって後少し……当然、私たちだけじゃ絶対に真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンは倒せない。どうしたって、ブリューの力が要る。なら、あの状況をどうにかしないといけないわね。それなら……)


「そう、そうね……誰か何でもいいから、あの飛んでる真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンの注意を引きつつ、目眩ましになるような事はできあにかしら?」


 それを聞いて、エイダは腰付けたポシェットから球体を取り出す。


「それなら、持ってきた爆弾があるぜ、とはいえ軽く爆発する程度の小さな物で、そこまで威力はないけどな」


「それでいいわ、エイミー! あなた、弓であの真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンの頭狙える?」


「ウチはにげた「マジメな話しよ?」多分、当てれる。少し遠いから、本当ギリギリかな」


「大丈夫です、私が<疾風の加護>(ゲイルブースト)で補助します!」


 エイミーが自信の無さそうな事を言うが、アメリアがそれをフォローすると言う。


「えー、アンタの魔法で大丈夫?」


「大丈夫よ! それに、ここまでブリューさんのおかげで来れたのですから、少しは手伝いたいです」


 アメリアの申し出のおかげであろう、エイミーは何時もの調子に戻った。


「じゃあ、やる事を言うわよ。エイミー、矢を一本頂戴。作戦は簡単、この爆弾を矢にくっ付けて真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンの頭に撃つ」


 ユーナは、エイミーから貰った矢にエイダから渡された爆弾を紐でくくりつけながら作戦をせつめいする。


「簡単に言うねぇ、ユーナさん。しかもそれを、ウチにやれって? 責任重大だね」


 エイミーは、そう言いながら顔をしかめる。


「おめぇ……爆弾は三個しかないんだぞ?」


「あー……ウチは「まじめにやって」」


 エイダが、少しドスの効いた声で爆弾の個数を言うと、エイミーがまたふざけようとしたので、今度はアメリアがそれを叱る。


「でもユーナ、当たったとしてどうするんだ? せいぜい、ブレスがズレるだけだろ」


 エイダが、爆弾を当てた後の、次の手を聞くと、ユーナは自信満々に言い放った。


「そこは、ブリューがどうにかしてくれるわ、信じてるもの、あの子は強いって」


「結局、ブリューまかせかよ……いや、まぁどうしたってあんな化け物相手ならそうなるか」


 呆れながらも、何となくエイダは納得していた。しかし、話しているうちにもブリューナクに向かって、真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンのブレスはジリジリと近づいていく。

 このまま行けば、確実にブリューナクはブレスに焼かれ死んでしまうだろう。と、四人は思った。


「はやく、時間が無いわ!」


 エイダが、矢に爆弾を括り付け点火し、エイミーに渡す。

 エイミーが矢を引き絞る。そして、その瞬間にアメリアが、矢に<疾風の加護>(ゲイルブースト)をかけ、できるだけ真っ直ぐ、速く、遠くまで飛ぶようにする。

 そして、引き絞られた矢は一直線に真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンの頭に向かって行き……当たった。

 当たった瞬間、丁度導火線が限界に達したのであろう。

 爆弾が頭の近くで爆発し、光と音と衝撃で真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンの頭部が軽く、ほんの少しだが、揺らぐ。

 結果、ブレスが少しズレる。

 このタイミングを待っていたのだろうか? ブリューナクはブレスの射線から逃げ出し、そのまま角から強烈な雷撃を放ち、爆発を受けた真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンの頭に追撃を仕掛ける。

 そこからは凄まじかった。

 雷撃の爆発音と、光が激しすぎて、四人は目とつぶり耳をふさいでうずくまってしまった。そして、音が収まったかと思えば、今度は布を叩いたような音がした後、凄まじい突風が吹いた。

 そのあと、少しして物から、凄い衝撃と衝撃音がし、目を開いた時、二体が居た場所の丁度中間地点の地面が陥没して、まるでクレーターのようになっていた。

 そのクレーターの中心部には、真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンの亡骸を、その鋭い角に突き刺し立つブリューの姿があった。


「やりました! ブリューさんが勝った!」


「ウチ、がんばったよ!」


「やるじゃねぇかブリュー!」


「よかった! 本当によかった!」


 冒険者三人とユーナはそれを見て、手を合わせ喜んだ。

 その後、ブリューナクが助けてくれてありがとう。と、精霊語で言っている、とユーナが言って。翻訳したタイミングで、お辞儀したのだろうか? ブリューナクが頭を下げたのだ。

 そこまで、大した事はしてない。それ以前に、冒険者同士が助け合うのは当然なので、改まって感謝されると三人は、なんだか気恥ずかしく。頭を掻いたり、髪を弄ったり、鼻をこすったりして、誤魔化していた。そして、その後は何も問題もなく作業へ移った。

 狩った真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンを解体しつつ、必要な素材をディメンションバックに入れる。入りきらなかった分と、明日のブリューの朝食になる肉をどうしようかと考えていると、ユーナが「ブリューが持ってくれるらしいわよ、ついでに私達も運んでくれるみたい」と、嬉しそうに言ったので、三人はそれに甘えることにした。

 素材と肉を、持ってきていた布に包んでブリューナクが中足と後ろ足で持ち、ユーナ達は前足に捕まって一気に下山した。四人は山肌を滑り降りるようなその光景と感覚に色々な反応を示した。

 ユーナは慣れているので、いつも通りである。エイダは、気持ちよさげにしている。そして、エイミーは楽しそうにしており、アメリアは少し涙目になりながら、全力で前足にしがみついていた。

 そうして下山した時には、夕方になっていた。

 来た時と同じように、四人は野宿する事になり、夜番を決める事になった。その時である。


「ユーナ、今回、アタイらは全然活躍してねぇ。少しは手伝ったが、まぁ本当に少しだ」


「とはいえ、一番の功労者のブリューさんは、特に何ももらえません。なにせ、ユーナさんの使役虫ですから」


「だから、せめて夜番の時はずっと地面の中で寝ててもいいよ。って話をウチらしてたんだ」


 と、冒険者達三人は言いながら、ねー? と、顔を見合わせた。


「分かったわ、ありがとう。そう、ブリューに伝えるわね」


 ユーナがそれをブリューナクに伝えると、は地面に潜っていき、しかし、角だけ地表に出して寝た。

 次の日起きてみると、最後の夜番だったアメリアと目が覚めて地面から這い出してきたブリューナクが、正面同士に向かい合って見つめ合っていた。


「こうやって見てると、愛嬌のある顔をしてる気がしてくるわ」


「じゃあ、今度から甲殻魔虫の依頼は受けられないかもしれねぇな」


「この子だけよ。この子だけ」


「そりゃそうだ」


 そんな会話をして、笑いあいながら四人は朝食の準備をする。そして、朝食を食べながら、ブリューナクに昨日残しておいた真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンの肉を食べさせ、籠に乗り込み、ウレジイダルに向けて移動した。

 灼熱の山脈を、早朝に発ったにもかかわらず。帰ってきたのは夕方だった。

 真紅の竜ディープクリムゾンドラゴンから取った素材は、すぐに倉庫に運んでもらった。その間にブリューナクは疲れたのか、ユーナが指示したのか、さっさと馬小屋に戻っていった。


「今回は、ありがとう。貴方達が居なかったら私はまた、大事な相棒を失う所だったわ」


「良いってことよ! アタイらも助けてもらったし、そもそも、そう言う依頼だったしな」


「どういうこと?」


 エイダの発言に、ユーナは何か嫌な予感がしたので細かく聞く事にした。


「ん? いや、今回のアタイ達の依頼の依頼主がギルド長って事は知ってるよな?」


「ええ、まさにそう言われたし、目の前でそう言われたしね」


「で、依頼内容は荷物運びと、なんだっけ? 力を見極めよ。だっけな? 何か、そんな感じだ。まぁ、そんなにビビる必要はねぇぜ。十分すごい力をユーナが使役している邪精霊、ブリューナクは持っている。って報告するから、何の問題もないって」


「そうね……ありがとう。また一緒に何かする事があったら、よろしくね」


「はっは! 英雄様ともう一度冒険か! 縁があったらな、あばよ」


「バイバーイ」


「それでは、失礼します」


 そう言って、三人は去っていった。


(多分、エイダが言ってた調査はブリューの事じゃない、私ね。おそらく、邪精霊を制御できているかどうかを調べられてる。とか、そんな感じね……拙いわ。下手をすれば、私は殺される。いえ、簡単に殺されるだけならまだましかもしれないわ。最悪、使い潰されるかもしれない。これは……どうしたらいいのかしら。それに、私の事はまだ良いわ。どこへでも逃げれる。でも、問題はブリューよ。最悪……危険視されて処分ね……)


 そんなふうに悩みながら、ユーナは自室に戻って行った。

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