第13話 龍と虫
盗賊狩りを終えた次の日。
自分達は、昼頃にウレジイダルに着いた。ユーナさんは籠の中で寝て回復したのか、スッキリした顔で砦の中へ入っていった。
(これで終わりか。そういや昨日から何も食べてないな)
そこで昨日から何も食べていないことに気がつく。だが、やはりというのか、空腹感は無い。
(なんで空腹感がないんだろう。というか眠気もそうだけど、生物として絶対に必要な物が感覚で分からないっていうのはどうなんだ)
まともに空腹感を感じた時は地中に居た頃。幼虫の時だ。眠気に関しては長老樹様に初めて会った時だ。それ以外で両方とも感じたことは無い。だが、地中の事を考えれば度を越せば本能に従って動いてしまう可能性がある。
(無差別に暴れてしまうのは良くないな。現在の……なんだ? 身元引受人? のユーナさんの立場が悪くなってしまうだろう。そうなると、せっかく盗賊を狩って得た情報の報酬が貰えなくなってしまう。いや、それだけならいいか。最悪自分はお尋ね者? ……まぁそういうのにされてしまうかもしれない。そうなったらもう人間になる方法もクソもない。だが、そうは言っても食べ物にしろ情報にしろ、ユーナさんが戻ってくるまでどうにもならないな。そう言うのが何とももどかしい)
そう考えながら、着陸した時から身動ぎせず、砦の方を向き立っていると、馬小屋の管理人の男性が、視界の隅で肉だろうか? 何か赤黒い柔軟な物体を持って、それをひらひらブラブラさせながらこちらを見ている。
(まさか……あれで誘導しようとしているのか? そんな、猛獣か何……かだな、今の自分は)
よくよく周りを見れば兵士達は、固唾をのんでこちらを見守っている。
(ぼんやりしていて気がつかなかったけど、かなり警戒されているな……。いや、自分の見た目が見た目、と言う事は重々承知している。だけど、それにしても少し警戒しすぎじゃないか? あー……そうか、アランさん達を蹴散らしたのが伝わっているのか)
それも原因の一つなのだろう。しかし、それ以外にも理由があった。昆虫には当然だが、表情が無い。幾ら頭の中で百面相をしたところで、周りの人間には何も伝わらないことを。
そして、異常な視界の広さから基本的に首を動かす必要もない。結果として、動きとしても表情がなくなる。そんなふうに二重に無表情であるため、じっとしているだけで周りの人間はいつ暴れ出すのか分からない。と、気が気でないのだ。
しかし、そんなふうに周りに警戒されているなんて自分は夢にも思っておらず。面倒くさい事が起こるのは嫌だ。という理由で、その誘導に乗る事にした。
(あの馬小屋の管理人の行く先から考えて、馬小屋に入っておいてくれ。という事か……まぁ、いいだろう。どうせユーナさんが出てくるまでは何もできないんだし)
男性に誘導されるまま、馬小屋に入ると、多分餌なのだろう。大きな肉の塊が置いてあった。
(おお、ユーナさんが言っておいてくれたのかな? 丁度いいし食べて待っておこう)
男性は、自分が肉塊に気を取られている内に小屋から出て行ったようだ。そして、外で小さな歓声が上がっている。それを聞きながら自分は大きな肉に齧りつく。しばらく食べていると、背後に気配を感じたので、食べるのを中断し方向転換をし、振り向いた。
そこには、普段着でいいのだろうか? シャツとズボンと言った装いのアランさんが居た。そして自分の方を見て、睨みつけていたが、すぐにどこかへ行った。
(何だったのだろう? まぁいいか、どうせ話せないし。まぁ話せたところで、罵倒されたり怒られたりするだけだろう。何故か、目の敵にされてる……いや、そういえばランドフル? ラムドルフ?の友達だっけ? 何か、そんな事を言っていたような気が……うーん……いや、自分は悪くない)
そう考え再度肉に齧りつく。結局、肉を全て平らげてもユーナさんは来なかった。夜になり、完全に月が昇っても来なかった。これはもう、今日はユーナさんは来ないな。と思い、その日は寝た。
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次の日の朝。目を覚ましてすぐ、ユーナさんが馬小屋まで来た。
「オハヨウ ブリュー」
「おはようございます、ユーナさん」
「キョウ カリ イク」
「今日もですか? また、盗賊ですか? 治安維持とかどうなってるんです? この国、帝国でしたっけ? 大丈夫なんです?」
自分の疑問に、ユーナさんは一瞬目を丸くするが、何がおかしいのか手を口に当てクスクスと笑いだす。
「チガウ キョウ イフリート」
「イフリート? 名前からして凄く強そうなんですが……」
と言うか、何か聞いた覚えがある気がする。主に前世と言ったそっちの知識からだが。
「ダイジョウブ ドラゴン ヨリ スコシ ツヨイ」
等と、何が大丈夫なのか分からない事を言い出す。
「それって、結構危険ですよね? いえ、自分は大丈夫かもしれませんが」
しかし、ドラゴンは余裕であった事を考えれば、それから少し程度の難易度なら変わらず余裕なのでは? と、思い直す。
「ダイジョウブ ブリュー マモッテ?」
そう言ってユーナさんは微笑んだ。なんとも誤魔化されている感が強い。そこで(いや、まぁ守るけど……そうだ、情報だ)と、昨日考えていた事を思い出す。
「ユーナさん、情報はどうなっているんですか?」
「ジョウホウ イフリート ヒキカエ」
「ちょっと待ってください。盗賊討伐したじゃないですか。あれは違うんですか?」
「トウゾク マチ イライ アラン イライ イフリート」
「盗賊はこの街の依頼で、アランさんとは別って事ですか?」
「ソウ」
どうやら、小遣い稼ぎに使われたようだ。この野郎と思ったが、不寝番を無視するという意趣返しをしていた事を思い出して、まぁ良いかと流すことにした。
「なるほど、なら仕方ないですね。イフリートでしたっけ? まぁ、相手をして危なくなったら自分、容赦なく逃げますよ?」
「イイ シカタナイ ア ワタシ ニガス イッショ オネガイ」
「ああ、それはまぁそうしますけど。とにかく、逃げて良いなら良いんです」
そこで、まるで計ったかのように、丁度のタイミングで一昨日と同じように籠が運ばれてきた。しかし、今回運んできたのは一昨日とは少し違う三人だった。まず、間違いなく兵士ではない。
なぜそう思ったかと言えば、第一として一目でわかる程、異なった鎧を着ている。そして、武器も全員が別々の種類の物である。そのうえ、各々の使いやすいように弄られている。そんな印象を受ける感じだ。
見た感じから推測するに、冒険者だろうか。すると、髭ダルマも現れて、ユーナさんと話しはじめた。三人の冒険者? も、ユーナさんと話しをし、そのあと握手をした。
(付いて来るつもりだろうか?)
話しをしているのを眺めていると、ユーナさんと髭ダルマ以外の三人が籠に乗り込んだ。
(ああ、付いて来るつもりなのか)
「ユーナさん、その人達はなんですか?」
別に付いてくるなとは言わないが、何で付いてくるのかは聞いておきたい。
「ギルド タスケ ニモツ ハコブ」
「荷物運びの人ですか、なるほどわかりました」
「ミンナ ハコンデ?」
「はいはい、ちゃんと行く方向指してくださいよ? あと、何度も言ってますけど、情報お願いしますよ? アランさんにちゃんと聞いてくださいよ」
「ワカッタ」
鈴虫モードを止め、透明な羽にする。そして、自分はその四人が乗った籠を抱えて飛び上がった。一昨日に比べ、三人も人数が増えていたが、あまり重さに変化は感じられなかった。
籠の方も、人数が増えたせいで底が抜ける。等と言ったことも無さそうなので、<念話>を使ってユーナさんと話せるようにして、ある程度の高度まで昇った所で、昨日と同じように問いかけた。
『それで、どっちに行けば良いんですか?』
『アッチ』
そう指差すのは一昨日と同じ西の空。
『あれ、一昨日と同じ所にいくんですか?』
『チガウ モット サキ カザン』
『カザン? 火山ですか……ちょっと待ってください。虫ですけど自分』
(おいおい、聞いてないぞ……いや、イフリート……そうだ、火に関係する……なんだっけ? 思い出せないな。まぁいい、そんなのが生息する地域となると、そりゃ火山か……あれ? でも砂漠のイメージもあるぞ? どういうことだ? いや、それよりも火山だ。大丈夫か?)
おぼろげな前世の知識をひっくり返すようにして考え込こむ。
『ガンバッテ』
『頑張ってって……いえ、もう何も言いません。でも、危険だと判断したらその時点で逃げますよ?』
『ウン ニゲル イイ ムリ シカタナイ マズ カザン イク』
分かってくれているんだか、適当な事を言っているんだがよくわからないが、とにかく行ってみてから決める事にする。
『はい。じゃあ行きますよ』
自分は、最初に指差された方角へ向かって飛んだ。結構な距離があったのだろう、朝方に出発したが、目的の火山はまだ見えない。太陽が真上に上がるころ、昼食のため途中の草原に降り、休憩した。そこで、狼の群れが居たので危険の排除を兼ねて全て仕留め、食べた。が、あまりおいしくはなかった。
昼食が終わると、少し休憩した後は特になんの問題も無かったので、ユーナさんの指示に従い進む向きを調節しながら、飛び続けた。そして結局、火山に着いたのは夕方だった。
それでも、ユーナさんから言わせれば、恐ろしく早いらしい。やはり、飛行できるというのは便利な能力だ。
空から見る火山は、火口付近だけでなく、色々な所から溶岩が流れ出して居るようで、それが山肌を伝って流れている。
辺りが薄暗くなってきているのもあるのだろう。赤く光りながら、煙と熱気を上げ流れていく様子は、正に灼熱の河と言った感じである。
その河は、思ったより直ぐに途切れ、山の中腹辺りで終わっている。その先は暗褐色の山肌が続き、そして麓には森がある。
その風景を見ながら、自分がどこに降りれば良いか、指示を待っていると、適当な所で降りるように言われた。なので、取り敢えず麓の森近くの草原に降りた。
(イフリートとやらはどの辺りに居るのだろう? 知識からするとメラメラと燃え盛る人型の何か、というイメージだが……そうだ。そうそう、生きた炎の化身? アランさんがやってたみたいな感じだ。うん……そう考えたら対応出来そうだ)
アランさんには悪いが、あの炎の騎士状態に近い物と思えば、対応出来たという事実から少し気が楽になった。
(いやでも、火口に居るとか言い出すんじゃ……というか、そうでなくとも、火山なら毒ガスが吹き出るって知識には有る。となると、自分は下手をすれば体の構造上、火山ガスで即死してしまうかもしれない。それに、なんだったかな、長老樹様がもし、火山に行くなら何か……何だったか? 魔獣? に注意するんだ。と言っていたはずなんだけど……忘れてしまったな)
そこで、自分が行くことを前提みたいに話していた事から考えて、自分は火山でも行動可能なのか? と思い至り、少し気が楽にな……らなかった。長老樹様の言っていた事がことごとく何かズレていたりした事を思い出したからだ。
(うん、やっぱりあまり火山には登りたくない。しかしこう考えると、アランさんもしかして、自分が何か下手をうって死ねばいい。とでも考えているのか? 理由は……まぁ、分からなくも無い。分かるけども、それでも、もしそうなら、許せないな)
純粋に騙された……というか、はめられたとして考えても普通に腹が立つのだが、何というか勝手に騎士っぽい、実際そうらしいが、なのでこう搦め手無しの真っ向から剣で切りかかってくるような人だと思っていた。つまりイメージと違うという、やたらと身勝手な憤りである。
(どっちにしても騙されたって奴か。とは言え、そうなのかどうかを今は確認する事は出来ないし、そんな事を考えるのは後で良い。なんにしても生きて帰るのが優先だ。それに、もしかすると火山であっても甲殻魔虫は生息していて、自分も普通に行けるかもしれない)
そう結論を出し、羽を鈴虫モードに変え、着陸後から野営の準備をしていたユーナさんに話しかけた。
「ユーナさん、どうします?」
「ドウスル? ナニ?」
手を止めて、自分の方へと来てくれるユーナさん。
「ああ、今日のうちに狩りでもするのかなぁ? と、思いまして。相手によっては夜じゃないといけない。なんて事もあるでしょう?」
「ヨル イク アブナイ イク ナイ ノジュク アシタ アサ カル」
「はい、分かりました。明日の朝から狩を開始するんですね」
ユーナさんが自分と会話している間に、ついてきた三人の冒険者達は、てきぱきと野営の準備をしていた。籠をテントの代わりにするのだろうか? 二人がかりで籠の上に骨組みを作り、それに天幕のような物を張っている。残った一人は、少し離れた所に適当に土を掘り、そこに用意しておいたのだろう、木の枝だろうか? を入れ、火を起こそうとしている。
「バン オネガイ?」
それを眺めていると、同じように眺めていたユーナさんがそんな事を言ってきた。どうやら、自分に夜番をしろ。と言う事らしい。
「いいですけど、丸投げする、と言うなら拒否します」
別に、夜番をするのは嫌なわけではない。しかし、一人でやれと言われるのは嫌、と言うより明日に戦闘する事を前提とするなら徹夜で行くなんてもっての外だろう。
(そもそも、危険地帯に行くなら、体調は万全にしておきたい。だから、無駄に睡眠や食事は抜きたくないんだよな)
そう自分が思っていると、盗賊狩りの時とは違う態度でユーナさんが反応した。
「シナイ モトモト ボウケンシャ コウタイ ヨテイ」
「ならいいですよ、じゃあユーナさんが担当の時だけ、自分も起きておきます」
「ソレ イイ オネガイ」
と、いう訳で、夜番の順番を決めた。最初の番はユーナさんと自分、その後が荷物運びに付いて来ている冒険者達だ。特にコレと言って何も無く、ユーナさんと自分の番は終わり、次の冒険者と交代となった。地面に潜ろうとすると、後ろで何か言っているようだったが、気にせず潜り、寝た。
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次の日、目が覚めたので地上へと這い出す。
丁度、朝日が昇ったところのようだ。たき火の方を見ると、最後の番の冒険者が舟を漕ぎながら座っている。
眺めていると、ガクンと頭が下に降りた時に目を覚ましたのだろう。ゆっくりと顔を上げていき、地面から這い出した自分に気がつき、悲鳴を上げた。
(うるさいな……今更悲鳴を上げられても傷つかないけどさ……)
等と自分が感じていると、籠の中からユーナさんと他二人の冒険者も出てきた。そして、二人は悲鳴を上げた冒険者を落ち着かせ、ユーナさんは自分の方に向かってきた。
「ナニ シタ?」
少し怒っているような、焦っているような表情で問いかけてくる。この人は本当頻繁に焦るなぁ、等と思いながらも、自分の無実を主張する。
「地面から這い出して、何してるんだろう? と、見てただけですよ」
「ジメン モグル ヤメテ」
命令と言うよりは懇願に近い。そんな雰囲気でユーナさんは自分を見る。
「まぁ、別に潜らなくても寝れますけど……布団みたいな物でして」
「ソレデモ オネガイ」
(うーん……でもそうか。この先も似たような事がって、そのつどこのやり取りをするのも面倒だ。ここで方針を決めておこうか)
と、その後色々話し合い、結局ユーナさんが良い、と言った時のみ潜って良い事となった。
なんだか言いくるめられた気がしないでもないが、まぁ別に潜らないと絶対眠れない、という訳ではない。ユーナさんに言ったように、布団に入って寝るようなものなのだ。
(だから、別に文句は無いんだけど……なんだかな……)
そうやっている間に、悲鳴を上げた人が落ち着いたようだ。なので、軽く朝食を取った後、当初の目的であるイフリートを狩るため、火山に登り始めた。
最初の内は、普通の山のように下生えのある森のような感じで、出てくるモンスターも普通の蛇や狼のような物ばかりであり、こちらの姿を見れば逃げていくような物ばかりであった。
しかし、昨日空から見たように、森を抜けると暗褐色の地面に変わり、出てくるモンスターも変わった物になってきた。
具体的に言うと、基本的に燃えているのである。何が? と、聞かれると体が、である。
自分も<爆炎の装甲>を使ったりするのだが、それとは違う感じで、何と言うのだろうか? 自分が使う魔法の場合、燃えている。と、言うよりも燃やされている感じに見えるのだ。
(アランさんの鎧のように、自ら燃えているような……そうだ、自然なんだ)
それは、燃えて居る状態が自然である。と、言う感じである。鳥が飛んでもおかしくないように、そのモンスターが燃えていても、違和感が無いのだ。生き物が燃えて動いてたら違和感があるはずなのにも関わらずだ。
再度、ここが異世界だという事に確認しつつ、襲い来る燃えるモンスター達を蹴散らして、自分で対応できる物だと安心しながら登っていく。
そして、そろそろ火山の河が見えるのではないか、というところでユーナさんが「トマッテ」と言った。
「イフリート ヨウガン スミカ」
「溶岩に飛び込めって言うなら、自分はもう何処かに逃げますよ?」
思わず、自分が思った事を言った途端、笛と香炉に手をかけるユーナさん。何を焦っているんだろうか? 取り敢えず、落ち着いてもらおう。
「冗談ですよ、どうするんですか?」
「…… フゥ イフリート カエントカゲ タベル ワナ シカケル」
どうやらカエントカゲ、火炎蜥蜴だろう。といったモンスターを餌におびき寄せて狩る。と言う作戦のようだ。
「なるほど、分かりやすく簡単な罠ですね」
「カエントカゲ サガス」
「やはり、生け捕りの方が良いのですか?」
「デキタラ」
「わかりました」
溶岩の河は、上空から見た時は河だったが、実際に近づいてみると河と呼べる本流と言うのだろうか? それの周りに幾重にも枝分かれしており、河というよりもはや溶岩地帯であった。
ちなみに自分は、中腹を越えたあたり、暗褐色の地面になった時点で火山ガスが怖かったので、周りの人が吹き飛ばないように<疾風の鎧>を使用し、自分の気門に危険なガスが入らないよう、空気の鎧を纏っている。効果があるのかどうかは分からないが、今のところ自分に異常が無い所を見ればやっておいた方が良いのだろう。
そうして探していると、河のそばで溶岩を飲んでいる火炎トカゲを発見した。
(生き物って溶岩飲んで生きれるのか……いや、今更か)
と、変に感心しながら<雷の一撃>を撃つ。放たれた五本の電撃は、溶岩を飲んでいた火炎トカゲに全て命中した。全身を震わせながら、倒れる火炎トカゲ。それを、三人の冒険者が逃げられないように処理し、罠を設置する事にした。
場所は、自分が身を隠す事ができる大岩が有り、溶岩の河からそれなりに離れており、罠をしかけるには丁度良い場所が選ばれた。
作戦は、捕まえた火炎トカゲに毒をしこみ、それを餌に、溶岩の河からおびき寄せたイフリートを狩る。と、言う事前説明通りの単純な物。
(なにか変にワクワクするな。こういう……いたずらみたいなのは。いや、いたずらで済むような事じゃないけども)
そこで、岩陰に隠れながらふと(周りの人は臭くないのだろうか?)と、思った。たしか、火山は普通、硫黄や何やらで物凄い匂いが立ち込め、更に有毒ガスも噴出する危険地域、と知識にはある。だからこそ、今も自分は<疾風の鎧>を纏っているのだが。
それは置いておいて、今の自分は、飛んでいなければ臭いを感じないようなので大丈夫だが、周りに居る四人は確実に人間だ。もしかしたら、ハイエルフ等の他の人間系なのかもしれないが。
それでも人間だ。まさか鼻が使えない人種なんて事はないだろう。それが、こんな有毒ガスも蔓延しそうな所で、なぜ平然としていられるのだろう?
(もしかして、この溶岩にしたって前世とは違った理由で溶岩になって、河みたいに流れているとかもあり得るのか。だから生き物が飲めるのか?)
等と、どうでも良い事を考えていると、溶岩の河の中から何かが出てきた。四人も一緒になって身構えたが、どうやら四人の驚いたような表情を見る限り、期待していた目標のイフリートとは違うようだ。
蛇のような頭の上に、特徴的な鶏冠の様な炎の冠があり、それを挟むように二本の鋭いねじれた角が生えている。
体も頭同様蛇のようではあるが、何と言うのだろうか、それよりも力強く感じる。竜……いや、龍と言った方がしっくり来る雰囲気を持っている。
その体から生える足は、合計で六本あり、全て太く逞しい。そして、ソレが踏みしめている地面はその体温のせいだろうか、ドロドロと溶けてしまっている。
背中……でいいのだろうか? 胴体の前の方の背面部には大きな羽が一対あり、そこでようやくこれもドラゴンの一種なのか、と思える。
「ユーナさん、あれがイフリートですか?」
そう、聞いてみると、ユーナさんの隣で三人の冒険者は慌てており、今にも逃げ出しそうになっていた。ユーナさんも、少し焦った様子で<念話>に変えてくれと言ってきた。
『はい、聞こえますか? で? あれがイフリートですか?』
『アレ イフリート チガウ アレ 真紅の竜』
『イフリートじゃないんですね』
『チガウ ケド …… カル イイ』
一瞬悩むような表情をした後、少し硬い表情で言ってくるユーナさん。面倒事の臭いがプンプンする。
『狩ったほうが良いのですか? と言うか、狩っても良いのですか? 厳密には狩れるんですかこれ?』
『カル カレル』
自信満々と言うよりは、決意を決めた顔である。
『でも、全部自分に任せるんでしょ? 無駄な戦闘はやめておきましょうよ』
思わずそう言い返すと、笛は取り出さなかったが、香炉に火を入れようとしたので、流石に前脚を出して止めた。風向きは分からないが、モンスターの近くで、しかもこんな臭いのするような場所で、まったく違う香りがする香を焚いたら、見つけてくれと言っているようなものである。
『正気ですか?! 待ってください! 分かりましたよ。まさか、自ら囮になってまで自分と戦わせようとするとは思いませんでした。最悪、自分に見捨てられるとは思わなかったんですか?』
『オネガイ』
『何でもオネガイ、って言えば良いって物でもないでしょうに……まってください、香炉は本当に、今はダメです。』
どうせ、このまま放って置けば火炎トカゲは食べられてしまう。それは何だか癪に障る。それに四人の反応から見るに毒も効かないのだろう。
(名前からして深緑の竜の近縁種、もしくは同じ位のドラゴンなのだろう。もし、そうなら簡単に倒せるだろう。最悪、無理そうなら自分だけ飛んで逃げれば良いや)
そう考え、自分は岩陰に隠れるのを止め、真紅の竜の前に出る。
火炎トカゲに食いつこうとしていた真紅の竜だが、こちらを確認すると、鎌首をもたげるような動きと共に、蛇の様な鳴き声で威嚇してきたので、思わず此方も威嚇音で迎え撃つ。
威嚇と同時に、鶏冠の様な炎は更に大きく燃え上がり、腕の付け根や関節、それに見えないが、多分背骨の関節部分なのだろう、そこから猛火が噴出す。
戦闘態勢とでも言うのだろうか? 正しく炎の龍と言う姿に、目の前のドラゴンが変貌した。
(先手必勝! <雷光の槍>を撃ち込み、土煙が舞った所で突き殺す!)
そう考え魔法を放ち、すぐさま低空飛行で突撃を仕掛ける。<念話>に変えた時、既に鈴虫モードは解除していたので、音も無く低空飛行で自分は一気に土煙に突き刺さる。
しかし、一切の手ごたえがない。
(これは、もしや! かわされたっ!?)
そう思った次の瞬間、右からの衝撃を受け吹き飛ばされる。幸い弾き飛ばされた方向には溶岩の河が無かったが、地面を派手に削りながら自分は、吹き飛んでいく。ちらりと見えたのは深紅の尾である。どうやら叩きつけを受けたようだ。
慌てて立ち上がると、既に真紅の竜は飛び上がっており、こちらを向いて口を広げている。
そして、全身の炎が尻尾の方から消えていっている。炎が消えるのに合わせて、口の前に発生した炎はどんどん膨張し、巨大化している。
(これは……どう考えてもブレスか! くそっ! 間に合うか?)
自分は、まず<濁流の装甲>を自信を対象に発動する。そして、すぐさま<濁流の鞭>を、口の前に生み出しつつある火炎の中心部に向けて放った。
全身を洪水の様な勢いの水に覆われながら、青い幾何学模様を角の中央部に出現させ、そこから大量の水を吐き出した。それは、まるで鞭のようにしなりながら真紅の竜の口へ向かった。
(ブレスが放たれる前に当たれ!)
と、願って放ったが、真紅の竜の準備の方が一足早かったようだ。頭にあった、最後の全身を覆っていた炎が完全に消えうせ、口の前にはもう一つの太陽のごとき劫火の塊がある。
それを真紅の竜は自分の魔法が届くよりも早く、吐き出すような動作と共に自分に向けて放った。
ぶつかり合う水の鞭と劫火の柱、ぶつかり合った瞬間に水は蒸発し、辺りは一気に水蒸気に包まれる。
しかし、水蒸気の発生は止まらない。なぜなら、ブレスと魔法のぶつかり合いは終わっていなかったからだ。しかも、ブレスの威力の方が勝るのか、水の鞭が押され始めジリジリと劫火の柱が自分に迫る。
(どうする、これはかなり拙い。逃げようにも釘付けになって他の動作が出来ない。あれを耐えられる……のか?)
そう考えている間にも、劫火の柱は自分に向かって迫ってくる。<濁流の装甲>もブレスの影響を受け始めたのか、表面がジュウジュウと音を上げ、水蒸気を発し始める。
(これは、駄目か?! 本当にどうにもならない。クソッ! ユーナの言うことなんか無視しとけば良かった! いや、違うな、相手を見誤った自分の責任か……結局自分の前世は分からずにか……)
そう諦めかけた時、真紅の竜の頭部に何かが飛んで行った。次の瞬間、その何かは爆発し、自分に向かって降り注ぐ劫火の柱がぶれ、左に流れた。そして、地面を溶かように消し飛ばしズレていく。真紅の竜も照準がズレているのには気が付いているのだろう、必死に戻そうとしているようだが、威力のためか、爆発で視界がブレているのか、少しもたついている。
(一体なにが?)
驚いたが、その一瞬の隙を逃す手は無い。<濁流の鞭>をすぐさま止め、最初と同じく<雷光の槍>を発動する。しかし今度は、適当に撃つなんてことはせず、全て操作し、頭部に当たるように放った。
狙い通り五本の雷は真紅の竜の頭部に命中した。その結果、発射口は力を失い、劫火の柱は消えた。
だが、まだ生きている。軽く痙攣はしているが地面に落ちてくる様子は無い。まだ余力はあるようだ。そう判断し、自分は瞬時に突撃を選択した。最初のような魔法抜きの物ではなく、<暴風の加護>を自分にかけ、飛んでいた真紅の竜に向かって一直線に突っ込む。
乾いた音が聞こえる程の速度で真紅の竜に突き刺さる。何か遮蔽物にぶつかれれば良いのだが、このままだとこの山から出ていく事になる。かと言って斜めに修正しても溶岩の河に突っ込んでしまう。そこで、自分は高度を上げ、空中で宙返りし、暗褐色の地面に向かって角に真紅の竜を突き刺したまま落ちた。爆発のような衝撃音がし、落ちたときの衝撃波で残っていた水蒸気は完全に散らされ消えた。
(深く考えずにこうしたけど、これ地面の下にも溶岩流れていたら悲惨だったよな……)
と、自身の行動を反省しながら、地面に突き刺さったままの状態から復帰し、真紅の竜の亡骸を角に刺した状態で立つ。
それを見て、喜ぶ冒険者達とユーナ、手を取り合い飛び跳ねている。それに対して自分は<濁流の装甲>と<暴風の加護>を解除しながら今更ながらに焦っていた。
(危なかったー!多分、あの爆発は冒険者かユーナさんだろう。もしアレが無かったら今頃自分は……。それにしても……完全に自分の力に慢心していた、本当に危なかった、下手をすれば死んでいたかもしれない。しかし、今回はユーナさん達に助けてもらった。正直、戦闘では完全に役立たずなのか?と思っていたけど、盗賊を狩った時の事も考えれば、十分に強い冒険者のようじゃないか。うん……少しは信頼してもいいのかもしれない)
そう、自分が反省していると、ユーナさんと冒険者三人が集まってきた。
「ヨカッタ アブナカッタ」
「はい、ありがとうございます、おかげで助かりました」
「ケガ ナイ?」
「大丈夫です、助けてくれたのはユーナさんですか?」
「チガウ ミンナ」
「ミンナ? ということはそちらの三人もですか?」
「ソウ ミンナ チカラ アワセタ」
「それは……ありがとうございます、そちらの三人にもお伝えしてください」
ユーナさんが代わりにお礼を言ってくれたのだろう、そのタイミングで角が当たらないように頭を下げた。三人は驚いた後、何だか照れたように頬を掻いていた。
その後は「イフリート イイ ヨリ イイノ カッタ モウ イイ」という言葉に従い、真紅の竜の解体をし、必要な素材になる部位を、その際、光る石、核珠も出てきたのだが、それが一番重要らしいので食べさせてはもらえなかった。そして、それらを冒険者達の持ってきていた見た目より量が入る鞄に入れていく。
だが、いくら量が入ると言っても入りきらなかった分がでる。それを捨てて行く雰囲気になっていたが、自分が中足と後ろ足で余った布に包んで持つ事にした。
そして、行きとは違い、力を温存してゆっくり行く必要は無いので、前足にユーナさんたちを引っ掛け、飛んで一気に下山した。
戦闘が終わった時点で夕方になっていたが、下山し、麓の森の籠の近くに来た時には、完全に沈み始めていたため、今夜も野宿となった。
自分は、ユーナさんに「イチバン ガンバッタ バン イイ モグッテ イイ」と言われたので、潜ってなんとなく角だけ地表に出して寝た。
翌朝、這い出すと昨日と同じ人が、同じように舟を漕いでいた。
眺めていると、またも同じようにガクンとなった後目が覚め、自分を確認した。
(また悲鳴を上げられるのか?)
と、身構えた。が、しかし、その冒険者はニコリと笑いながら、多分「おはよう」なのだろう、短く声をかけてきた。
思わず「おはようございます」と返したが、自分が発しているのは精霊語なので、理解はしてもらえなかったようだ。
だが、意図は伝わったようで、もう一度先ほどと同じ言葉を言ってくれた。そうして、何をするでもなく、穏やかな時間がながれる。そうしているうちに他の二人とユーナさんも起きてきた。
三人が朝食を食べ始めたので、自分も朝食に残っていた真紅の竜の肉を食べる。既に深緑の竜の肉を食べた事があったので、そこまで感動はしなかった。
しかし、それでも深緑の竜の肉に似た感じで味は良かった。だが、何と言うのか……例えるなら、少しピリ辛。そんな感覚を覚える肉であった。
朝食を終えると、ユーナさんたちは火を消し、野営の準備を片付け、全員が籠に乗った。もちろん、自分が運んだ素材を包んだ布も入っている。大幅に増えた重量でそこが抜けない事を確認し、問題が無さそうだったので抱えて飛び上がる。
どっちに行けば街か、ユーナさんに聞くと『アッチ』と、指し示してくれた。そして、自分はその方向へ飛んだ。
弾がいくらあっても威力にどったらこったら
エネルギーがいくらあっても上限はどったらこったら




