第12話 盗賊と狩
「カリ イク」
そう言って起こされた。どこへ行くつもりなのだろう。それ以前にどういうつもりなのだろう。
(と言うか狩り? 一体何を狩るんだ? そうだ、忘れないうちに聞きたいことを聞かねば)
「すみませんユーナさん、それよりも一つお尋ねしたいことがあるのですが」
「ナニ?」
何故か身構えるユーナさん。
「このあたりで、人間になった怪物とかの伝説ってないですか? 別に怪物じゃなくて精霊とかでも良いのですが」
腕を組み、しばしの間唸りながら考え込んでいたが、出てきた答えは残念であった。
「シラナイ」
「そうですか、そういうことに詳しい人とか知っています?」
「シラナイ」
「うーん…詳しい人を知ってそうな人を知っています?」
「ナニ? ヨクワカラナイ モウイチド」
どうにも言葉が通じない。もちろん言語的な意味で。そんな状態に、すこしイライラしてきた。
(この野郎、翻訳魔法使ってやろうか……いや、もし発音が出来ないだけだったら……)
仮に、精霊語をユーナさんが理解しきれていないため、片言だとする。その場合は、翻訳魔法によって精霊語を理解するので、聞くのはもちろん、流暢に話せるようになるだろうから意思疎通がスムーズになる。
しかし、理解するしない以前に、精霊語を発音できないため片言になっている場合、自分の言う事は全部理解してもらえたとしても、結局ユーナさんは片言のままになる。
もちろん、それで意思疎通がスムーズになるならいいのだが、もし後者であった場合、自分は片言の要領を得ない言葉を聞き続ける事になる。
そうなると、得をするのはユーナさんだけである。いや、多少は自分にも恩恵はあるだろうが、微妙なところだと感じてしまう。というか、それならそこまでしたくない。何故なら、何だか扱いが酷いからだ。
人間と同じ扱いをしろ。とまでは言わないが、急場しのぎで適当な馬小屋に入れると言うのはいかがなものだろうか? いや、これが限界である可能性もあるのだが、それならいっそ、そこらの森に居てくれ。としてくれた方が気分的には良かった。
まぁ、これはわがままだろう。一番の理由は、下手をすれば死んでしまう魔法である事だ。長老樹様の言っている事が本当なら。と、頭につくのだが。
なんでも、原理は分からないが耐性? が無ければ死んでしまうらしい。その耐性の見極めが精霊語を話せるか否からしいが、どの程度話せれば大丈夫なのかは分からないそうだ。
『例えばそうじゃな……流暢ってわけじゃないんじゃが、そこそこ話せるエルフがおったんでかけたんじゃがな? 一瞬でひき肉になりおった。逆に片言以下、もはや単語でしか会話できないような人間にかけたら、成功した。なんて事もあるんじゃ。じゃからもはや目安でしかないの』
と、長老樹様は言っていた。
だからこそ、ユーナさんみたいに元々、ある程度話せる大丈夫な人でもまずい。今、破裂されたら困る。ごちゃごちゃと、色々考えたが、翻訳魔法をかけるのは無しだ。
(さてさて、どうしたらいいものか……)
一番良いのは、自分が共有語を理解する事だろう。なら、一番手っ取り早いのは共有語を理解している魔術師に、翻訳魔法を自分にかけてもらう事になるだろう。
しかし、そうなると、翻訳魔法を習得している魔術師を探さないといけない。だが、翻訳魔法を習得している魔術師は居るのだろうか? そもそも、翻訳魔法は人間が使えるのだろうか?
そう考えると、素直に地道に共有後の勉強をして、自分が自力で話せるようになる方がいっそはやいのかもしれない。
そんなふうに、一応の結論のような物を自分が出していると、目の前でなぜ一緒に何かに悩んでいたユーナさんが何か思いついたようだ。
「アラン メイレイ カリ ホウシュウ デキルカギリ ナンデモ」
と、神妙な表情で言ってきた。
「ただの狩りに行くだけで、何でも貰えるんですか? えらく太っ腹ですねアランさん」
抱えきれないほどの大金とか、金をはじめとした貴金属を山ほど。と、言っても通るのだろうか? いや、常識的に考えてそれは無理だろう。
「デキルカギリ セイコウ ホウシュウ ジョウホウ モラウ ミツカル デンセツ」
ふざけた考えを読まれていたかのように釘を刺された。やはり無茶ぶりは無しのようだ。しかし、迂遠な方法で情報を求めないといけないようだ。
「なるほど、成功報酬にそういう類の物を知っている奴を紹介しろ、と言えば良いんですね。でも、それくらいならユーナさんでもできるんじゃないんですか? それなりの地位に居るんでしょう?」
「ワタシ エライ ナイ アル エイユー カタガキ マダ グン ハイル ナイ」
そう言いながら今度は表情を硬くしてじっと自分の方を見つめながら話し始めた。
「あれ? ユーナさんはこの国のなかでも偉い方の人間なのでは?」
「……エライ ナル イマ エライ ナイ」
一瞬沈黙し、焦って居るのか、目をキョロキョロさせ手を弄りながらそう言った。
「はぁ……わかりました」
そう言うと、ユーナさんは狩りに行くのを了承した。と、取ったのか、さっきまでの動きと打って変わって「アリガトウ」と言って、嬉しそうな雰囲気で馬小屋を出て行った。
(もしかして、実はユーナさんって当てに出来ないんじゃ……いや待て、ユーナさんは「イマ エライ ナイ」おそらく、今は偉くないと言った……多分)
そう考えた場合、今は、つまり、そのうち偉くなるって事なのだろう。それは、もしかしたら時期と表彰式から見て、自分も関係している事なのかもしれない。
(というか、そもそもまだここに来て……というかユーナさんに出会って一日しかたってないんだよな)
冷静に考えれば、結論を出すのが早すぎるかもしれない。急ぎ過ぎると、痛い目に会う。特に、こんな状況が良くわからない時はそうだ。具体的な体験は思い出せないが、そうであると、自分の中で何かが、どこかが言っている。
そうなるとやはり、今のところはユーナさんを手伝うしかない。となると、取り敢えずは狩りとやらを成功させて、アランさんに報酬として情報を貰うのが一番であろう。
しかし、精神操作とかそういう魔法は無いのかな? 有ったら、適当な人間をラジコンみたいに操作して、簡単に人になる魔法を探せそうなのに。
いや、翻訳魔法で死んでしまうくらいだから、精神操作等と言う根本から弄るようなものならば、それこそ、良くて廃人。最悪、翻訳魔法と同じように即死の魔法になるかもしれない。
(無い物ねだりはやめておこう、何を狩るのか知らないけど、狩りを終わらせてからだ)
そうやって考えているうちに、ユーナさんがアランさんを連れて来た。馬小屋から出るようにユーナさんに言われ、アランさんは何かユーナさんに話しかけていた。
「あ、ユーナさん、報酬の中に、この辺りの怪物が人間になった伝説、もしくは方法とかに詳しい人を探す、というのを付け加えてください」
「ウン? ワカッタ クワエル サガス」
そう言った後、アランさんに向き直り、それを伝えてくれたようだ。そして、男性が数人がかりで籠のような物を運んできた。
外見は長方形の籠を大きくしたような感じだ。側面、つまり長い辺の方に扉が付いており、短い辺の方には何だろうか? 紋章が付いてあった。羽の生えたトカゲ……ではない。ドラゴンが盾を抱えているのだろうか? そんな感じの紋章である。
(何に使うんだろうなぁ?)
すると、ユーナさんが扉を開け中に入り、こちらを向いてこう言い放った。
「ハコンデ」
「あーそういう……なんか便利使い、みたいな扱いになっていませんかね?」
「ブリュー ハコンデ」
「えー……眠いんですよ?」
正直、眠い訳ではない、長老樹様の前で倒れた時以外、まともに眠気を感じたことは無い。そんな事になるとは思えないのだが、徹夜しているため、突然電池が切れるように意識が途切れないとも限らない。
そんなふうに自分が渋っていると「オネガイ オネガイ」と、言いながら腰の香炉に火を入れるユーナさん。
(あれには、何か意味があるのか? 初めて会った時も、火を入れて踊っていたけど。なんの香りもしな……待て、自分そう言えば匂いを感じていない? うん、感じていない気がする。いや、感じた事はある。でも、どんな時だった? そうだ! カブトムシはたしか、飛んでる時に匂いを嗅ぐ、と知識には有る。それなら、多分そうなんだろう、飛ばないと匂いが分からないのか……どうでもいいか。さて、どうしようか?)
ユーナさんは、少し焦った表情で香炉を揺らしながら、リズムを取り出してる。更に、笛を触り始めた。
(あれか、この人極度の緊張状態になると、笛を吹きながら踊ってしまう人なのか? いや、無い、それは無いだろう。うん……色んな意味で無いな。面白すぎるじゃないか、そんな人。しかし、周りの人もアランさんも、自分が反応を返してない事に気がつき始めたみたいだ)
見れば、アランさんを始め、ユーナさん以外の周りの人達が訝しげな視線を自分に向け始めている。
(まぁ、どうせ行かなかったら何の情報も手に入らないんだし、何より他にする事が無いし、仕方ない)
「はいはい、わかりましたよ。その籠を抱えて飛べば良いんですね?」
「ソウ! ヨカッタ!」
そう言って、ユーナさんは笛を止め、笑顔でおもむろに香炉の中身をその場に捨て土をかけて消す。
「良くはないですけどね? 眠いですから」
「アッチ イク オネガイ」
自分の発言に一瞬止まり、再度香炉に手を伸ばし始める。
「はいはい……」
自分が了解の意志を示せば、笑顔に戻り籠へと乗り込み、自分の方へ向き直る。
(この人、美人だけどめんどくさいな……やっぱり捨てようか? でもなー……取り敢えず、アランさんとか、国の偉い人? 多分偉い人に繋がっているっぽいしなぁ。まぁ、代わりになりそうな人が居たら考えよう)
そう思いながら、自分は籠を抱え飛び上がった。もちろん、羽を鈴虫モードから透明にして、会話は<念話>にしてユーナさんに繋いでおいた。
ぐんぐん高度を上げて行き、大体周囲が見渡せるほどの高度まで上がると、遠くの方から何か飛んできた。何だろう? と、見ていると先日殺したドラゴンを一回り小さくして、腕を無くしたような見た目の動物が、こちらに向かって飛んできた。
『ブリュー ワイバーン コノアタリ ナイ テキ コウゲキ』
少し焦ったような言葉が<念話>でユーナさんから伝えられる。しかし、自分としては弱そうだし、遅いな。という感想しか出てこず、あまり脅威を感じなかった。
『はいはい』
とは言え、なんでも敵らしいので、撃墜しなければならない。幸い、今は上空で、当然自分の魔法で巻き込んでしまう兵隊さんも居ないので<雷光の槍>を放つ。
その際、動きを操作し、五本が全て同じ場所に連続で当たるようにする。
真っ直ぐ飛んで行った五本の強烈な雷は、そのまま飛んできたワイバーンに連続で命中し、爆発した。
(おお……おお? なんで爆発?)
そう思っている内に、爆発の際発生した煙の中から、どうみても絶命している、火達磨になった何だか良く分からない物が、煙を引きながら落下して行き、下にある湖に落ちた。
(あ、そういえばあの湖ってたしか……リネルが居たよな。事故だ。何か言ってきたら、それで切り抜けよう)
下に居るアランさん達が、落ちてきたそれを確認し、引き上げようとしているのを見届けてから、ユーナさんにどちらに行けばいいかを問いかける。
『どっちにいくのですか?』
『アッチ』
と街に対して西、つまり現在、混沌の大樹海方向を正面にしているので、左を指差された。
『じゃあ、いきますよ。降りるときは降りるって言ってくださいね? どこが目的地か知りませんので』
そう言って、自分は籠を抱えて西に向かって飛んで行く。
しばらく飛んでいると、ユーナさんが『オリテ』と、言うので言われた所で降りた。そこは、街から少し……いや、飛んできたのを考慮すればかなり離れた所にある普通の森だった。
降りてすぐ<念話>を解除し、同時に鈴虫モードとなる。
「ココ トウゾク イル アブナイ ショウバイ ジャマ」
「はぁ……それで?」
「カル」
「狩りって、盗賊狩りですか? ユーナさんって偉い……んじゃないんでしたね」
「ソウ エライ ナイ ヤル」
「でも、こういう犯罪者を捕まえるのって軍とか、警察とか、そういう何かしらの武力を持った組織がやるもんじゃないんですか?」
「ソウ イマ ヘイ ナイ ブリュー ツヨイ」
「うん? 丸投げされたって事ですか?」
「チガウ ヘイ ナイ ブリュー ツヨイ コロス コワス」
「あー自分の討伐に来て、結果兵が減って、そこまで人員を割けないから仕方ない。と、言う事ですか……結構フザケタ内容ですね」
(自分は、別に何か迷惑をかけたわけでもないのに、殺しに来て返り討ちにしたら仲間になってくれと言い、仲間になったらなったで、お前のせいで兵が減ったから盗賊狩りしてこいって……いや、まぁうーん)
分からないではないが、なんとも理不尽を感じる。しかし、まぁ仕方がない事なのかと納得する。
「ブリュー オコル ナイ」
そう言いながら、少し焦った様子でユーナさんは香炉に火を入れる。
(この人、やっぱり焦ると吹いて踊る人なんじゃないのか? 今まさに香炉に火を入れたし、リズムを取り出したし、面白いな……)
「いいですよもう、盗賊でもなんでも皆殺しにして戻りましょう。眠いんですよ、自分」
別にそんなことは無いが、取り敢えず理由として眠気を使っておく。
「ワカッタ」
ユーナさんはリズムを取るのを止め、森に入って行った。籠はこのままでいいのか? と、考えながら、自分もその横に付いて森の中に入る。
少し行くと、森の中の道に幌馬車が捨ててあった。結構新しい物のようで、最近捨てられた。いや、襲われた物なのだろう。幌の部分に剣か何かで切り裂いたような跡が有り、それ以外にも骨組みも一部が折れているのか、変な変形をして、部分部分に血痕のようなものが有り、物騒な何かが起こった雰囲気をだしていた。中を覗いてみれば、当然と言うか何も残っておらず、荷物はすべて持ち去られているようだ。
そして、地面にはその際の物だと思われる足跡や血痕が、大量に見つかった。目線で辿ってみれば、それらは全て森の奥へ向かっていた。
「ブリュー アト アル オウ」
そう言って進んだ先に、下生えを踏み固められたような、いわゆる獣道があり、まさにこっちに進みましたよ。と、言わんばかりであった。
(なんというか順調だな。順調すぎる? 罠か? 考えすぎかもしれないけど……ユーナさんは考えて無さそうだしなぁ)
自分の前をズンズンと獣道を進むユーナさんを見れば、何かが有るとは考えてはいないようだ。
(冒険者だったか? は、盗賊退治とか……しないか。そういうのは軍がするみたいに言ってたしな。とにかく、ユーナさんが危ない目に会う可能性が高い気がする。……仕方ない、先行しようか)
念の為、自分自身に<鉄の装甲>をかけておく。見た目には、これといって目立った変化は無い。が、よく見ればカブトムシのような生物的な光沢ではなく、鉄などの金属のような光沢に変わっている。
気分はメタル化と、どうでも良い事を考えながらユーナさんより先へ行く。追い抜く際に少し不思議な顔をされたが、自分の後を歩く事にしてくれたようだ。そうやって進んでいくと、腹の真ん中辺りに重く響く衝撃を受け、ひっくり返ってしまった。丁度何かあったのかユーナさんは離れた所にいたので、下敷きにするという事態は回避できたようだ。
(よかった……それにしても、何だ? 何が起こった?)
軽く混乱しながらも、立ち上がると、地面からへんな物が生えていた。
(何だろうこれは? 大きな緑のおっさん? この森ではおっさんが良く生え、雨季の後には沢山のおっさんが収穫されます)
厳めしい顔をした、全身の皮膚が濃緑色のおっさんとしか形容できない生物が、片手を振り上げた体勢で地面から生えていた。
そのおっさん達は、自分が眺めている内に這い出すようにしてどんどん地面からでてきて、最終的に十人も出てきた。そんなおっさん達は、這い出した後、等間隔で自分とユーナさんを囲むように立ち、こちらをじっと見つめている。
「オーガ イル キイテナイ」
少し焦ったようなユーナさんの言葉に、少し違和感を覚えながら自分は答える。
「え? 今の面白い状態無視ですか? と言うか、大鬼ですか。強いのですか?」
「アツマル アブナイ スゴイ アブナイ」
「軍が出てきてもやられるほどの強さなのですか?」
「グン ダイジョウブ デモ イマ ブリュー イッピキ」
「あ……自分の数詞って匹なんですね。それは置いておいてユーナさん、自分が軍を壊滅させたの忘れています? おっさ……大鬼はそこまで強そうに見えないんですが」
そう、どう見てもこのおっさん達、大鬼は強そうに見えないのだ。着ているのも鎧などではなく、動物の皮をそのまま腰巻にだけのようだし、武器のような物も見えないのだ。そう思って聞いたのだが、どうやらユーナさんがきぐしていたのはそこではなかった。
「チガウ ウズ ツカウ ワタシ マキコマレル」
どうやら、自分が攻撃した場合ユーナさんを巻き込むと考えていたようだ。
「あー……大丈夫ですよ。渦は使いません」
いっそ使ってやろうかと思ったが、そうすると何しにここへ来たのかが分からなくなる。
「ホントウ? ホントウ ホントウ?」
しかし、なおも疑うユーナさんに少しだけイラッとする。話している間も囲んでいる大鬼達はジリジリと包囲を狭めているのをみれば、そんなに疑っている余裕もないはずなのだが。
「良いから早く自分の下に隠れてください。渦以外と言っても、ユーナさんがそこに居たら当たるかもしれないんですよ。死にたいなら別にいいんですけどね」
それを聞いて、ユーナさんは慌てて自分の下にもぐりこんだ。その瞬間大鬼達も自分に向かってとびかかってくる。
ユーナさんが、自分の下に潜り込んだのを確認しつつ、ユーナさんと自分に<土の装甲>をかける。
そして、そのまま<雷光の槍>を放つ。まず、五本を操作して別々の大鬼に当てる。そしてそのまま操作を続け、残りの五体に当てようと考えたのだ。
しかし、五本の雷は五体を感電死させたにとどまり、次に続かなかった。
(あれ? 大鬼ってこんなに強かったか? たしかに初めて会う存在だけど。長老樹様の話しだと『最高位なら、一発でお釣りが来るほどじゃ!』とか言っていたはずなんだけど……)
撃墜されなかった大鬼達が自分の足や甲殻に取り付き、殴ったり齧り付いてきたりするが、痛みは無く、一切の傷はついていないようだ。
(やっぱり、長老樹様ってボケてたのか……いくら長く生きれても、頭がダメになってしまうなら意味が無いな……。自分は、ボケずに悔いが残らない位には長生きしたい。まぁ、この体の寿命が分からないから、この種の動物として長生きしても、自分の精神として長生きになれるとは限らないけど)
無駄な事を考えながら体や脚を振り、大鬼達を振り落とす。そして、受け身をとれず地面に転がる三匹に頭角を上から叩きつけ、確実にミンチにして倒していく。
受け身をとれた二匹は直ぐに立ち上がって自分の方へ向き直ったが、左右に振った角に触れた瞬間、バラバラに砕け散るようにして辺りに散らばった。
(よし、終わり)
下で若干茫然としているユーナさんに声をかけた。
「終わりましたよ、さっさと盗賊狩に行きましょう」
そこではっと我に返ったようにユーナさんは反応する。
「ブリュー アリガトウ」
「いえいえ。ですが、感謝してくれているというなら、ちゃんと調べてくださいよ? まぁ、最悪ほんとうに何も無ければユーナさん持って違う国に行きますよ」
「モッテ? イク? ワタシ コノ クニ イル ブリュー ヤメテ」
そう言いながら、またも香炉に火を入れリズムを取ろうとする。
「あー冗談ですよ、とりあえずさっさと済ませましょうよ、面倒くさい」
(本当に、ユーナさんはすぐに焦って踊ろうとするな……。こんな森の中に盗賊退治しに来たのに、こんな服装なのは、もしかして……危険になったら踊ってごまかそうとでも考えているのか? そうだとしたら、この人本当に大丈夫か? 色々不安になってきた)
そんなこんなで大鬼の集団を撃破して少し進むと、小屋のような物が見えてきた。無駄な努力ではあるが、自分は体を隠す努力をしつつ、ユーナさんと一緒に小屋から離れた茂みから観察する。
特に誰か出てくる等と言ったこともなく時間が過ぎる。そこで、中を確認しようという話になった。しかし、当然だがこの場所からでは遠すぎて小屋の中の様子が探れない。
罠の可能性もあるので自分が近づこうかと思ったが、自分の大きさだと一瞬でバレてしまう。仕方が無いので、ユーナさんが小屋に近づいていった。
(そういえば、ユーナさんは結局、なんの人なんだろう? 踊り子? なんでそんなのが討伐隊に? 暗殺者とかスパイ? 雰囲気からはしっくり来るけど……。踊って相手を油断させ……無いな、無い。それなら、精霊語を話せるから現地の精霊と話す役……そういえば、自分、邪精霊って思われていたな。だったら、そうなのか?)
後で聞いてみるか。と、考えて居ると、小屋の中を覗いていたユーナさんが手招きをしていた。どうやら来いという事のようだ。なので、自分も小屋に近づき、壁に張り付くようにして中を覗いてみた。中は薄暗く、人が居る気配は一切なかった。
「ナカ トウゾク イナイ」
「みたいですね。でしたら、どこに居るんでしょうね? 探すにしても何か当てが欲しい所です」
そう言った瞬間である。
周りの木の間からぞろぞろと、柄の悪い男が出てきた。どの男も、薄汚れた動物の毛皮を使った服を着ている。手には、手入れの行き届いていない刃物や鈍器を持っており、それらは全て赤黒く汚れていた。
(なんて……なんて、分かりやすい見た目の盗賊だ……)
そんなふうに考えていると、回りの盗賊達はニヤニヤとユーナさんを見ている。そして、なにか下品な事を言ったんだろう、ユーナさんが顔を真っ赤にして怒鳴っている。
口論していると、一番体格の良い盗賊、きっと頭とかリーダーとか、そういうのだろう。盗賊頭が何か言った後、ユーナさんが何か言い返すと呆れたように首を振った。
その後、背中に背負っていた剣を片手で抜いた。
長さから見て両手剣だろうか、刀身はゆらゆらと光っている。多分、魔力を持った何かを素材として作った物なのだろう。
(あれ? そういうのって結構貴重だとかなんとか聞いてた気がするけど……)
鍔の中心には、盾を持った獅子の紋章が付いてあった。それを見て、ユーナさんは少し顔を強張らせた。更に、頭が大声で何かを呼ぶような声を出すと、後ろの木々をなぎ倒し大きな生き物が姿を現した。
(恐竜……いや、恐竜のような……なんだこれ)
ような、と言ったのは歪だったからだ。ティラノサウルスのようないわゆる二足歩行する恐竜によく似た見た目なのだが、腕だけが異常に大きく太い、ゴリラのような類人猿の腕だった。
「ユーナさん、あれなんですか?」
「シラナイ ニテイル シッテル デモ アレ ハジメテ」
と、どうやらユーナさんも初めて見るモンスターらしい。
しかし、それを見た後にユーナさんは自分を見て、安心した表情になる。頼られているのだろうか? そう考えると、少し嬉しい気がする。
(期待されているからには、それに応えたいじゃないか、それにこの人に死なれると色々と面倒だしな)
「この盗賊とモンスターは、狩りに来た盗賊で間違いないんですね?」
「ソウ」
「ちなみに、盗賊討伐の証拠になる物は何ですか?」
そう言いながらも普通は犯罪者だから捕まえるのが普通かな? と思っていたが、特に何も感じていないようにユーナさんは「ホントウ ミミ コンカイ ケン」と、答えてくれた。
「ケン? 腱……なわけないですよね? となると剣ですか」
「ソウ ケン」
「じゃあ、いきますか」
丁度話が終わる瞬間、盗賊頭が多分、かかれ! とでも言ったのだろう。周りを囲んでいた盗賊たちが、下卑た笑い声と共に、得物を持って襲い掛かってきた。
それに対し、自分はまずユーナさんに<鉄の装甲>をかけ、前足で持ち飛び上がり、姿勢を変え角が地面を向くようにする。
恐竜モドキと盗賊頭は、こちらを見たまま最初の位置から動かなかったが、他の盗賊たちは丁度自分の真下に居る。
そこで<火炎の槌>を使う。角の中央部に大きな炎の玉が発生し、勢いよく発射される。目標は集まっていた盗賊達の中心部だ。
炎の玉が発生した時点で、盗賊たちも気が付いたのだろうが遅かった。散開しようとする盗賊達のちょうど中心部で、炎の玉が炸裂した。
直撃こそしなかったものの、吹き飛ばされた盗賊達は、気絶したのかそれとも打ち所が悪く死んでしまったのか、地面に倒れ伏したまま動かない。
(よし、これで残すは盗賊頭のみだ)
盗賊を纏めて撃破できたが、周りには土煙が舞っており視界が悪い。このまま同じような要領で盗賊頭も倒したいのだが、どうにも見当たらない。爆発の瞬間にどこかへ隠れたか、それとも逃げ去ったか。
(とにもかくにも、飛んでいるだけだと的になる。そうなると自分は大丈夫でも、ユーナさんは大丈夫ではない)
そう考え地面に降りるために高度を下げると、地面に着くかどうかの辺りで土煙を突っ切り、恐竜モドキが現れ、その勢いのまま殴りかかってきた。
鈍い音が響き渡り、空中で踏ん張る事などできるはずもなく、木々に向かって一直線に飛ばされてしまう。痛みは無かったので問題はないのだが、十メートルほど吹き飛ばされてしまったようだ。
前足に持っていたユーナさんは、どうやら自分が殴られて吹き飛んだ時の衝撃で、気絶してしまったようだが<鉄の装甲>をかけていたおかげか、目立った外傷は無かった。
(危なかった……いや、ユーナさんが。しかし、油断し過ぎた)
前脚がユーナさんで塞がっているので、すこし立ち上がるのに手間取る。飛び上がってからでも良いのだが、恐らく間に合わない。何に間に合わないのかと言えば、恐竜モドキが追撃のためこちらに向かって、自分が吹き飛ばされる際になぎ倒した木々の道を地響きを鳴らしながら走ってきているので、飛び上がった瞬間にもう一度殴り飛ばされる。もしくは、叩き落される気しかしないのである。
だからと言って、のんびりと構えているわけではなかった。ユーナさんを出来るだけ優しく、速やかに脇に置く。そして、前羽を上手く動かし、上下逆さまで突撃してくる恐竜モドキに向き直る。
そして、そのままの体勢で前羽を広げ突撃する。その際、脚を上手く使い逆さまの体勢から正常な状態へ復帰した。しかし、すでに自分と恐竜モドキの距離はほぼ無くなっており、捻るような突きを繰り出す形になった。
意図せず躱し難いと思われる攻撃を放てたのだが、恐竜モドキはそれを読んでいたかのように動いた。なんと、そのゴリラのような腕で一番外側の角を掴み、自分の動きを止めたのだ。
(まさか、止められるとは思わなかった)
素直に驚愕しつつも、このまま飛んでいる状態では再度投げ飛ばされたりするかもしれないと思い、すぐに地面に降りる。そして自分が興奮していることに気が付く。
最近、と言うかこの世界でカブトムシになってから行った戦闘、その殆どが角で刺す、相手は死ぬ。もしくは、魔法を撃つ、相手は死ぬ。と、言ったようなカブトムシにあるまじき行動ばかりであった。
しかし、今回のこの状態は、相手が角を掴んでいるという変則気味な状態ではあるが、まさに、カブトムシのやる、あの甲虫相撲の状態。
なんだか、本当の戦いをしている。と言った気分になり、気持ちが高揚し本能的にと言うのか、思わず一気に胸と頭を振り上げた。振り上げてしまった。その際、興奮していたので少し角に纏わせる魔力の量が増えてしまっていた。
結果、恐竜モドキはバラバラに切り刻まれながら、真上に飛ばされた。
(あ……あー、よし。恐竜モドキは倒した。後は、盗賊頭を倒せばいいんだな)
降ってくる、文字通りの血の雨を後ろに飛びのく事で回避して、周りを見渡すと、真後ろから声をかけられた。みればそこには、ユーナさんが喉元に剣をあてられており、盗賊頭がこちらを見ながら何か言っている。多分、内容としてはこいつを殺されたくなければ、と言った物であろう。
さてと、考える。ユーナさんに関して、死んで良い物かどうか問われれば、死んでも構わない。と、答えることは簡単だ。ただ、それは最悪の場合である。特に現状であるなら、なおの事だ。出来る事なら死なせたくない。
(どうしようか、あれだけ近いと魔法にしても、突撃にしても、前動作でバレてユーナさんが殺されてしまう。バレないにしても巻き込まない自信がない)
そう考えていると、ユーナさんが突然動いた。腰に付いた香炉を、釣り下げる為の細い鎖を利用してまるでフレイルのように振り回し盗賊頭を打ち据えたのである。
そして、盗賊頭がひるんだ隙に、距離をとる。更に何処に隠していたのか、ナイフを取り出しそのナイフを投擲した。
しかし、流石は盗賊とは言え頭。ふら付く頭を抑え苦しそうだが、確実に飛んでくるナイフを、持っている剣で弾き返した。
だが、ユーナさんも負けてはいない。弾かれることを予想していたのか、ユーナさんはナイフを投げると同時に一気に盗賊頭との距離を詰め、再度香炉を横薙ぎに振り回し攻撃した。
それを防ごうと、盗賊頭が剣を盾にする。絡みつく鎖、このまま行けば巻きつき具合にもよるが、ユーナさんは攻撃手段を失うだろう。それに気が付きユーナさんの顔に焦燥感の滲む、対して盗賊頭は会心の笑みを浮かべる。
しかし、結果は逆となった。香炉は、鉄製のチェーンのような物でぶら下がっている。ぶつかった瞬間、それが剣に巻きつく。それでお互いはそんな表情を浮かべたのである。
だが、剣の魔力のせいであろうか? チェーンがブツリと千切れるように破壊された。繋ぎ止める物がなくなった香炉は、勢いのまま飛び出し、綺麗に盗賊頭の側頭部に直撃した。それで盗賊頭は意識を失ったのか、その場に崩れるようにして倒れた。
(すごい、ユーナさんが勝った。いや、盗賊頭にも油断もあったのだろうけど、まさかなぁ。いや、良いことなんだけど)
ちなみに、自分はいつでも魔法を撃てるようにしており、仮にユーナさんが本当に武器を失った場合、そこで撃てるようにしていた。
「どうします? 気絶させたみたいですけど、縛って連れて行くんですか?」
自分の問いかけに、ふぅーと大きく息を吐いた後、ユーナさんは落ちている盗賊頭の剣を拾い、その剣を使って盗賊頭の首を刎ねた。
これが答えだ。とでも言うように自分の方を見て、その後証拠として持っていくためだろう、盗賊頭の服も剥いでそれで頭を包んだ。
「カリ オワリ」
ちょっとした荷物を持つようにして、血の滲む布を手提げ鞄のようにして持つ美女の図が完成した。ちょっとしたホラーである。
「そうですね戻りましょうか」
しかし、それ以外に方法もなさそうなので了解の意志を示す。ちなみに残った胴体は<火炎の槌>を使って跡形がなくなるまで燃やした。そこで、最初に撃ち込んだ場所で転がっているだろう盗賊達を思い出す。
あれらも処理しないといけないという話なので、そこまで戻ってみると、クレーターは確認できた。しかし、盗賊達は影も形も無くなっていた。死体はおろか破片も残っていないのである。
「これは……生きていて逃げられましたかね?」
「ソウ カモ デモ コレ タオシタ ジュウブン」
空を見れば、夕日が沈みそうになっている。自分は大丈夫だが、ユーナさんは夜になって道が分からなくなってしまうだろう。そうなると、空中で迷子、なんて愉快な事が起こってしまう。
なので、速やかに籠の所まで戻った。どうせ、野生動物や他の賊に取られて無くなっているだろう。最悪は自分が抱えて飛べばいいや。と思っていたがそんな事はなく、森に入った時と同じように置いた場所に有った。
そして、ユーナさんはその中に入りながらこう言った。
「キョウ ココ ノジュク」
まさかの発言である。しかし、何かそう言った物に使う道具類は一切見えない。
「いいんですけど、ユーナさん、どうるするんですか? まさかその籠の中で寝るんですか?」
「ソウ」
なんとなく、嫌な予感がする。具体的に言えば不寝番をしろと言われそうなのである。
「そうですか、では」
なので、自分は早速地面に潜った。背後で笛の音が聞こえた気がしたが、気にせずそのまま潜って寝た。
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次の日、目が覚めたので外に這い出してみた。ちょうど朝日が昇る所だったらしく、気持ちが良い。しかし、背後から何か視線を感じる。振り向くと、なんだか疲れた顔をしたユーナさんが居た。
「ナンデ モグッタ」
どうやら、自分が昨日感じた嫌な予感はばっちり当たったようだ。
「え? 眠るためですけど、普通カブトムシ……あーすみません。ほとんどこれ癖みたいなものですね」
「バン シテ」
「バン? ああ、番ですか? 嫌ですよ、なんで寝てない状態で戦闘した後、更に寝ずの番なんですか」
と言うと、凄く驚いた表情で香炉に火を入れ、笛を吹き踊り出した。
(朝から元気だな……と、言うか徹夜してそれだけ踊れれば十分元気じゃないか。と言うか、今の会話で何を焦る事が有ったんだ……)
そう思って眺めていると、そのうち疲れたのか踊るのを止めた。
「カエル ハコンデ オネガイ」
と、かなり疲れた顔で自分に言ってきた。流石に、これ以上いじめるような事はする気にもならなかったので素直にいう事を聞くことにする。
「はいはい、方向を教えてくださいね。あ、でも帰りなので降りるところは言わなくて大丈夫ですよ」
「ワカッタ」
そう言って、自分は籠を抱えて空へと飛びあがる。それなりに周りが見える高度まで来た所で、ユーナさんは進行方向を指した後、そのまま倒れこむようにして、籠の中で布に包まれた頭を抱えて寝てしまった。
(流石にちょっと悪いことしたかな? それにしても朝日が眩しぃ)
少し罪悪感を感じながらも、おそらく初めてまともに見た日の出を見て暢気な事を考えつつ飛んだ。




