第11.5話 ???による調査
帝国の北に位置する草原。
そこを混沌の大樹海へ向けて伸びる街道が一本ある。その街道から少し外れた草原は、所々焼け焦げ、抉り取られたかのようになっていた。そして、特に酷い状態の地面には黒い何かが散らばっていた。
それはドラゴンだった肉片。いや、炭化しているため肉片だった物だろうか。遠くを見れば、最後尾に巨大な甲殻魔虫を引き連れた隊列が道を行く。
「よーし、行ったか?」
そう言って、そんな酷い状態の地面から少しずれた何もない草原に、獣の頭を持った人、まさしくこれ獣人といったふうな人物が、濃緑色のごわごわとした外套を翻しながら立ち上がった。
背格好は人と同じような物で、骨格も人と同じような感じで、足の関節が変になっている等と言うことは無い。ただ、頭だけが決定的に違った。完全に熊のそれなのである。いわゆるヒグマと呼ばれる種類のものに酷似していた。
そして、手や足につけた鎧の、本来ならば肌が露出するであろう場所は、毛皮で補強されてるかのようになっていた。だが、その毛色は頭部の物と同じであるため、おそらく身体を含め、全身を毛に覆われているのだろう。
そんな獣人は、外套の下に動きやすさを重視したような、急所だけを金属で補強したような皮鎧のような物を着ており、腕や足には鍵爪が付いた手甲のような物を付けていた。
腰には左側に幅広のナタにも見えるナイフのような物を鞘に入れて吊るし、右側に着いたベルトには細い投擲用のナイフのような物と、何かしらの液体の入った瓶が差し込まれていた。
「しっかし、この魔道具すげぇな。中級一段……いや上級か? そんな雷魔法でも無効にしちまった。あげく、気配まで消せるとは……流石、バカだが英雄認定されただけの事はある奴が作った物だな」
そう言って獣人は自らが羽織っている外套をひらひらと動かす。すると、濃緑色だったごわごわとした外套は、ザイゴッシュ王国の紋章の入った灰色の外套になった。
そう、彼はブリューナク達の隊列を襲ったドラゴン、その背に乗っていたザイゴッシュ王国の紋章の入った外套を着ていた人物であった。
「さーて、どうすっかな? 調査をもう少しするか……いや、破壊工作でも……止めておくか。今はその時じゃないだろうしな。取り敢えず、街に潜入して……まぁ、冒険者ギルドに近づかずに行けば、どうにかなるだろう。見つかったら見つかった、だ。適当に逃げりゃどうにかなんだろ。よし」
腕をくんでぶつくさと独り言を言い、考えがまとまったのか、手を叩いてから何やら詠唱した。すると、地面に魔方陣が現れ、そこから馬の体に虎の足が生た、よく分からない生き物が魔法陣の中から出てきた。
「んん? 始めて見るなこいつは……それにしても、まーた気持ち悪い物を作りやがったな、あのバカ! まぁでも、ここにセットされてたってことは、それなりのスピードは出せるんだろうな?」
変な生き物は、獣人を威嚇しているのか、猫のように四本の足をピンと伸ばしながら嘶いている。獣人はそれに近づき、目を合わせた。少しすると、その変な生き物は威嚇を解き、その首を下げ獣人に、お辞儀のような物をした。
「よし、じゃあ乗せてってくれ」
と言いながら獣人が背中に跨ると、その変な生き物はそれなりのスピードで、獣人を乗せて走りだす。
「うーん、早いは早いがこれなら普通の馬とかでも……ああ、こいつは真正面から戦えるのか?」
獣人は乗っている生き物の評価をしながら、そのまま隊列に見つからないように距離を取って追い越し、ウレジイダルの近くまで来た。
「先回りは……出来たな」
門番に見つからない所で変な生き物から降りて、川のほうを見る。すると、まだ隊列は川まで達していなかったようで、もっと遠くの方に真紅の鎧を着た騎士が真紅の馬に乗っているのが見えるだけであった。
「よっし、オマエさんは帰りな」
そう言いながら、獣人が変な生き物を撫でながら何かを詠唱すると、変な生き物の足元に魔方陣が現れ、出てきたときと同じように魔法陣の中へ帰って行った。
その後、獣人は外套の襟についている魔石を触り、魔力を通した。すると、外套が濃緑色になったかと思うと、身に着けた獣人を含め、背景に同化するかのように消えていく。そして、最後は完全に消えてしまった。
「これでよし、潜入するか」
そう、獣人が居た場所から声が聞こえてきた。
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大通りでのパレードのようなもの。それがまだ続いている頃、街の中の路地裏に獣人は居た。
色々な意味で薄暗い場所。そこで、獣人は着ていた外套の紋章の部分に手をふれる。すると、その紋章が元々無かったかのように消えた。
「これであとはフードさえ取らなきゃばれないだろうさ」
丁度、隊列が近くを通ったのであろう。表通りの方から歓声が聞こえてくる。
「さてさて、本当に使役できてんだろうかね? これで街の中で暴れるとかなら、もう俺は帰っても問題ないんだろうが……そう、簡単には済まんだろう」
大通りを進む隊列、それを路地から出たところでぼんやりと見ながら、独り言を言う獣人。そして、少し遠くに今回軍隊が討伐しにいった邪精霊が、羽を縛られずに台車に固定されながら来た。
(おいおい、まさか、甲殻魔虫の羽を縛らずに街に入れるとか、正気か? いや、完全に使役できてるなら別に問題は無いのか……。それとも、あの戦闘で色々使い果たしてるのか? 後者ならいいが……)
そう考えながら、獣人は人の流れに乗って広場に移動した。なんでも、今回の討伐……いや捕獲作戦の功労者を発表するそうだ。広場には、人が沢山集まっており、足の踏み場も無い状態だった。そこで、ギルド長による今回の邪精霊の恐ろしさ、そして強さの説明が有った。
その後、今回邪精霊を使役した冒険者が台の上に呼ばれ、英雄となると同時に軍に入り、ザイゴッシュ王国との戦いに備える。と、宣言した。
(なるほどねぇ、今の説明が本当なら、恐ろしい話じゃないか……本当ならな。そもそも、邪精霊一匹でどうにかなると、本当に思ってるのかね? 思っている……わけがないだろう)
薄く笑みを浮かべながらも、獣人は考え直す。
(だがまぁ、一当てした感じ、できそうなふうでもあった。本当に思っている可能性もあるな)
流石にここで大々的に演説をするという事は、多少の誇張はあっても殆ど真実なのではないのか? と。
(いや、だとしても対応は可能だ。実際目にした邪精霊の力から考えて、アイツの作った魔道具を破れるとは思えねぇ。もし破れるとしても、それほどの力を使えば、流石に邪精霊が強いと言っても魔力切れでぶっ倒れるだろう。そこを狙えばどうにでもなる。そもそもそこまでやれば魔力切れで死んでる可能性もあるな。それに……)
周りにいる兵士達を見渡す。大体、演説の通りに強力であるならば、ここで今立っている帝国の兵士たちはよりボロボロでなければおかしい。この兵士たちが現場に居たと言う裏付けは、途中で別れた斥候からの連絡でとれているのだから。そうなると、それと戦ってそれほど死ななかったのだから、邪精霊の強さに対しての話が嘘になる。
(英雄ともやりあったって話から考えれば……大体普通の英雄二人と兵士が一部隊分か、損害は英雄一人に兵士が少し。なら、やっぱり嘘か)
考えを纏めながらもゆっくりと人込みをかき分け広場の外側へと移動する。
(流石に、そこまでの練度がこいつらに有るとは思えねぇ。それよりもだ……帝国がなんで近々攻められることを予想……いや、これは知っている、だな。いずれにしても……今回の作戦の情報を流した裏切者が居る? それともただの偶然か? 今の皇帝はやたらと頭がキレると聞いたが……まぁ、いずれにしても障害は邪精霊よりもあの騎士様くらいだろうな)
その障害になりそうな、真紅の甲冑に身を包む騎士、アラン・レッドマンその人の演説があったが、どうも必要な情報は出てこないようなので、広場を後にした。
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夜になり、祝勝ムードというのであろうか。そんな雰囲気に包まれたため、二つの意味で街は明るかった。
(アイツの作った電球はこの街でも使われているようだな……いや、別の物か? まぁどっちでもいいか。だが、まぁ今はちょっと面倒だな)
そんな明るい街を、光を避けるようにして、街灯の届かない裏路地を進んでいく獣人。そして、目的の店にたどり着く。丁度、裏路地の突き当たりにある店で森の漁師亭と書いてある。そこ付いた古ぼけた木の扉を叩き中に入る。
店内は入ってすぐにカウンターが有り、テーブルがいくらか置いてあるような、いたって普通の物だ。だが、表通りのように光を発する魔道具は置いていないようで、蝋燭の明かりしか無く、薄暗い。そしてそんな酒場の中に居座っているのは、何とも柄の悪そうな人相をした男ばかりである。
そんな中、カウンターの端に一人で座っている、どんよりとした雰囲気を纏ったやる気の無さそうな痩せた男に、獣人が近づき話しかけた。
「よう、大漁かい?」
「まぁまぁだな」
痩せた男は、訝しげな視線を獣人に向けながら、反応する。
「五又の銛の調子はどうだい?」
「そんなに知りたいのなら、奥の部屋にいこうぜ」
そう、痩せた男が言うと、奥のテーブルに座っていた厳めしい二人の男が立ち上がり、テーブルを回した。すると、何かの金属音と共に、突き当りの壁が凹み、次いで横へスライドし、金属製の扉が現れた。
「さぁ、中へどうぞ」
「あいよ、邪魔するぜ」
痩せた男は、最初とは違い丁寧な対応で獣人にそう言った。獣人が中に入り、その後に痩せた男が入る。背後では先ほどと同じような仕組みが働いたのだろう。ガチャリと金属が擦れるような音が聞こえた。部屋の中はテーブルと椅子があるだけの、簡単な部屋で、窓もない。ただ、店内と違いここには光を発する魔道具が置いてあるのか、明るい。
「さて、一体何の話だ? 熊の旦那」
そう切り出すのは痩せた男、酒場での雰囲気はどこへやら、覇気のある表情で問いかける。
「取り敢えず、あの虫にドラゴンをぶつけて様子を見た」
「へぇ、ドラゴンか。種類は? 結果は?」
「グリーンドラゴンだ。で、最初に空中で迎撃された。まず、簡易結界が消滅。降りて戦闘しようとしたら、上級魔法が飛んできてな。俺自身は、再度起動させてた簡易結界と、この外套で耐えたんだがな。目をつぶされた隙に、ドラゴンが角で突かれてやられたよ」
「何っ?! 簡易とは言え、あの結界を破れるほどか?!」
痩せた男が、驚きに目を見開きながら言葉を続けようとしたが、獣人はそれを手で制す。
「落ち着け、逆を言えばあの結界を破れるだけだ。上級魔法の方を食らった時は、流石に打ち消しきれず直撃したがな。それでも、かなり威力は減衰したみたいだ。見ての通り、俺はピンピンしてるだろ?」
「なるほど。なら、突進にさえ気を付ければいけるか?」
痩せた男は席に着き、腕を組みながら獣人に問いかける。
「使役のことか? それは無理だな、既に完全使役されているくせぇぜ? なにせ、街のなかで羽を縛ってなかったんだからよ。相当な力の差を感じさせる方法でも取ったんじゃねぇのか? それに、俺は甲殻魔虫は使役できねぇよ」
詳しい説明は省くがな? と獣人は付け加える。
「そうなのか、熊の旦那が言うならそうなんだろうが……いや、そうじゃなくてな?」
「ああ、攻略できるのか? って話しか。できるか、できないかで言うならば、できる。そもそも、あのアラン・レッドマンが生きてるって事は、同じかそれ以下程度の力しかないだろう。他にもう一人英雄が居たらしいが、やったのが一騎打ちらしいからな。また別さ」
「それなら、使役者が強い可能性もあるだろう?」
「そうだな。たしかにその可能性もある。だが、俺が見たところ、ユーナ・マクラミンだったか? そいつの名前は聞いたことも無いし、直接見た感想だが、そこまで強そうではなかった」
「じゃあ、なんだって邪精霊はいう事を聞いてるんだ?」
「それは……分からん。邪精霊だか精霊だか分からんが、俺は甲殻魔虫を操る技術なんて知らねぇからな」
「そうか……それで、倒せるのか?」
「そうだなぁ……かなり強力ではあるんだが、恐らく倒せないような相手じゃないはずだ。とは言え、かなりの犠牲はでるだろう」
そこで、一旦会話が途切れた。しばらくして、沈黙を破ったのは痩せた男だ。
「具体的にはどれくらいだ?」
「多分、そうだな……普通の部隊なら半分は失うだろうな。簡易結界があったとしても、だ」
獣人はわざとらしく手を顎に当て、目を瞑りながら答える。
「なるほど……とんでもねぇな。なら、熊の旦那なら?」
痩せた男がおどけた調子で返す。
「俺? 俺でも結果は変わらんだろうな」
「ダメじゃねぇか」
痩せた男が内心焦りながらも言えば、獣人は悪戯が成功したような笑みを浮かべる。
「だが、今作ってもらっている魔道具や、武器があれば……七対三には持っていける。と、思ってはいる」
それを聞き、痩せた男は少し強ばった体を緩める。同時に、そこまで言えるような道具が気になった。
「へぇ、そりゃ大した自信だ。そんなに凄い物を作らせてるのかい?」
「具体的な内容は言えないな。だが最初から、俺達はこんな虫相手を目標としてねぇ。もっとヤバイのを相手取ろうとしてるんだぜ? それすらも俺達が今住んでる大陸制覇のためだ」
「そりゃそうだ。その為に俺達がこんなところでムサくるしいのを我慢しているんだ」
そんな痩せた男の冗談を聞き、二人は笑い合う。
「そうだな。まぁ、色々と言ったがよ、いくら相手の矢が多くて大量に撃てるといっても、限界はある。それに加えて、威力に上限があれば、どうにでもできる。弓矢で例えたが、真面目に話せばあれ以上の魔法を撃ちまくって、戦場を歪みまみれにするような事さえしないなら、なんとでもなるって話だ」
そう獣人が言えば、ふーむと深く息を付きながら痩せた男は腕を組み、椅子に深く座り込む。
「流石、元英雄は言うことが違う」
「よせよ、照れるぜ」
「さて熊の旦那、この後どうするんだい?」
「すぐにこの街を出てから適当に足の速いのを捕まえるか……いや、何か召喚してそれで帰国しようと思ってるが? 何かあるのか?」
「何か召喚ってどう言う事だよ……いや、それは熊の旦那くらいにしか使えないんだろうからいいか。特には無いんだがな。そうか、俺は引き続きあの虫を調査しないとい。済まないが、一緒には帰れない」
「誰がてめぇを誘ったよ」
腕を組みながら憮然とした雰囲気で獣人が答えれば、痩せた男は少し笑いながら返す。
「いやいや、最後まで聞いてくれ。そこで、定期連絡は通信魔道具でやってるんだが、詳細な邪精霊の図や、気が付いた点を描いた物も持って行って貰おうかと思ってたって話だ」
「なるほど、なら持って帰ってやるよ。出しな」
手を前に出す獣人に、痩せた男は首を左右に振る。
「いや、すまない。熊の旦那の話を聞いたら少し修正が必要な個所が出てきた。それに、熊の旦那を疑うわけじゃないが、本当に見立て通りの能力なのかも細かく調べてから渡したい」
「そうか。なら、話は終わりだ。調査がんばんな!」
「ああ、ありがとうよ。熊の旦那も猟師に気を付けてな」
「はは、言ってろ。それじゃ、あばよ」
痩せた男が、ニヤニヤしながら冗談を言うと、売り言葉に買い言葉という様子で、獣人は返し、部屋から出て行った。
「それにしても、あれが我が国最強の一人か……」
静かになった部屋に、一人残った痩せた男は、誰に言うでもなく、そうつぶやいた。
熊の旦那と痩せた男が呼んでた熊頭の獣人、その名をグレゴリー・オーバンと言う。元英雄のモンスターテイマーで、現ザイゴッシュ王国一番隊テイマーズの隊長その人である。
成した事は、とあるAランクモンスターを単身で使役し、ソレを維持し続けているという事である。
基本的に、一部を除いてモンスターという物は人間には従わない。たとえ子供の頃から育てたとしてもだ。しかし種にもよるのだが、圧倒的強者や自分が認めた相手ならば、従う。と、言う不思議な性質も持っている。
厳密には従わせる事ができる者が居るというのが正しいのだろうか? とまぁ、そういった資質を持った者だけがモンスターテイマーと呼ばれる存在になれる。
ただ、甲殻魔虫に関してはそれが無いのか、それとも何か他のモンスターとは違うのか、定かではないが、そんな資質があっても、どれほど圧倒的な存在であっても襲い掛かる。
そのため、グレゴリーからするとユーナの存在は不思議だった。
「実際問題、あの色っぽいねぇちゃん、ユーナ・マクラミンだったか。一体どうやって虫に言う事を聞かせてるんだろうな?」
薄暗い路地を進みながらグレゴリーは考える。簡単に思いつく事としては、邪精霊が甲殻魔虫ではない、よく似た形状の未知のモンスターであるという事。しかし、グレゴリーはあんなふうなモンスターが、自然的に発生するとも思えなかった。
「そうなるとやっぱり邪精霊になるんだが……実際、邪精霊だとしてもなぁ。邪精霊と化した場合は、その外見通りのモンスターと同じような性質になるらしいしな。なら、甲殻魔虫だろ? だったら、やっぱり言う事をきくのが分からん」
うーん、と考え込むが、答えは出ない。
「案外、言うことを聞いてるんじゃなくて、聞いてるふうに自分で判断して勝手に動いてるだけだったりな」
そう言ってありえないな、と首を振り裏路地から出る前に、最初来た時と同じように、気配と姿を外套の力で消し、そのまま町を出る。
そして、ある程度離れた場所でモンスターを召喚した。来た時と同じモンスターが現れた。そして、それに乗りグレゴリーは夜の草原へと消えて行った。




