第8.5話 英雄VS邪精霊
こんな素人の文を読んでいただきありがとうございます。
混沌の大樹海、そこから一匹の強大なモンスターが飛び出す。
鋭く尖った五本の角は獲物を求めるかのようにギラギラと輝き、角の根元にも関節があるためだろう。本来なら動かないはずであるのに、ギチギチとうごめいている。
五つもある複眼は怪しく赤く輝き、まるでこちらを睥睨するかのような雰囲気を醸し出している。
全身を覆う甲殻は見るからに硬そうで、本来ならば甲殻魔虫には効果が有るはずの魔法ですら弾いてしまいそうな威容を誇っている。
そんな邪精霊、精霊大角虫と冒険者ギルドが名付けたモンスター、それを待ち構えていた軍は、事前の作戦通り円陣を組み、盾を組み合わせ闘技場のような陣形を取る。
「おお、おお。こりゃぁ、やばそうだ。とは言え、やる事は一緒か。さぁて、いこうぜアラン!」
「言われずとも。総員! 包囲をゆるめるな! 確実に奴が陣の真ん中に降りるようにしろ!」
ランドルフがアランを茶化しながら円陣の中に入って行き、アランはそれを聞きながら兵士達に命令する。命令を受け、中列に居る魔術師達が、邪精霊に対して<思考誘導>をかけはじめる。
この魔法で陣の中央に邪精霊を降ろし、動きを制限し討伐する。というのがこの作戦の最初の流れだ。そして、魔法は上手く効いたようで、邪精霊は陣の中央に入り、その場に佇んでいる。
近くで見れば、より一層恐ろしさを感じ、否が応でも捕食者と被捕食者の関係を感じてしまい、兵士達は気持ちが萎えるような思いをしながら、同時に気を抜けば実際そうなってしまうという緊張感で満たされる。そんな中、円陣の開けた場所、すでに邪精霊と対峙している状態にも拘らず、ランドルフがいつもの調子でアランに話しかけた。
「じゃあ、俺行ってくるけどさ。こいつを倒したら今度は、久しぶりにアランと手合わせしてみたいんだけどいいか?」
「ほぅ、討伐した後の事を今言うなんて、余裕だな?」
アランは、果たすべき約束という物をすれば死なない。と言った、古くから帝国南部に伝わるお呪い、魔法とはまた違うゲン担ぎという物に頼らなければならないほどなのか。と、少しランドルフを心配する。
「へへっ俺はAランクの深緑の竜と単身殺りあって生き残った男だぜ? こんな甲殻魔虫モドキの邪精霊に負けるかよ」
しかし、その考えは杞憂だったようだ。ランドルフは獰猛な笑みを浮かべている。これは、アランが何度か見た調子が良い時のランドルフの表情である。これならば、失敗はしても死にはしないだろう。
「ハッハッハ! 面白い! いいだろう、これが終わったら手合わせしようじゃないか。だが、簡単に俺を倒せると思うなよ? なにせ俺は<灼熱悪鬼>だ」
「ハハッ! だけど、灼熱悪鬼はA-のモンスターだぜ? 余裕かもよ?」
「言ってろ! さてそろそろ時間だな。健闘を祈る」
「ああ、アランはどっしり構えて見てな! 俺の戦いをよ!」
そう言葉を交わし、アランは混沌の大樹海とは反対側に設営した、野営地の指揮官室に戻った。
ランドルフは背負った両手剣、白竜の牙を抜き放ち、その切っ先を目の前の邪精霊に向ける。
「さーて! 邪精霊だかなんだか知らないけれど! お前が居たら、皆が安心して眠れないらしいんだ」
しかけてこない邪精霊を見て、ランドルフは剣を地面に刺し腕を組み先ほど同様獰猛な笑みを浮かべる。
「そして更に! 俺は強い奴と戦うのが好きなのさ! モンスターでも、人でも、どっちでもな!」
先ほど地面に刺した剣を片手で引き抜く。
「だからさぁ! 行くぜ、英雄の力を見せてやる!」
そう啖呵を切って、構えたままの状態で邪精霊に突撃した。
(まずは目を潰す!)
そう考え、右手側の複眼に向かって一気に剣を振り下ろす。しかし、その一撃は無造作に伸ばされた邪精霊の前足に当たり止まる。だが、ランドルフは止まらない。
(まぁ防がれるとは、思ってたよっ! とっ!)
弾かれた反動で生じた勢いをそのままに、地面に転がり全身を使い邪精霊の口に目掛け、剣をを突き刺そうとする。しかし、それは頭を動かされることによって回避される。
(そう、避けるよな! それを待っていた!)
動かす事によって大きく剥き出す形になった、頭と体を繋ぐ関節に向かって剣を振り下ろそうとする。しかし、それはもう一本の前足によって止められる。火花が散り、流石にこれ以上間合いに居ては不味いとバックステップで距離を取る。
(あっちゃー惜っしぃー。でもまぁ、大体の反応スピードは分かったかな? 守ってる動きから見て、目が胴体にもあるから、実はあっちが頭ってことは無いだろうな。あれを真っ二つにしろって話だったら骨が折れるなんてものじゃないからな。取り敢えず頭を飛ばせば死ぬんだろう)
目標を定め、だがどうやってあの守りを崩すかの算段をしていると、周りを固めてこちらを見守る兵士達から歓声が上がる。
「流石英雄!」「これならいけそうだ!!」「ランドルフ!」「ランドルフ!」「ランドルフ!」
そんなランドルフコールに対し手を挙げ答える。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
と、大きな歓声が上がった。
(よし、あの前足が邪魔だ。まずはアレから飛ばさないとだな)
そう考え詠唱を始める。唱える呪文は<疾風の加護>と<岩の加護>それを自身にかけ、剣には魔力を流し込む。その間目の前の邪精霊は何をするわけでもなく佇んでいるかと思えば、少し鈍く光った。
(準備完了。第二ラウンド開始だ。でも、鈍く光ったのが気になるな……いや、臆病風に吹かれれば死ぬ!)
剣を構え、ランドルは再度突撃した。
(頭を飛ばして終わり! ってしたいとこだけどぉ! 取り敢えず、前足!)
一気に距離をつめ、左に見える前足の関節に向かって剣を振り下ろす。が、当たる前に足を動かされてしまい甲殻に当たり弾かれる。
(おっと偶然か? それとも見切られてる? ていうか、すこし感触が違った? 速攻をかけないとまずいかもな)
後ろ宙返りをし、着地と同時に前脚の関節部分に目がけて突撃を行う。すると、目の前の邪精霊が炎上した。一瞬(アランがなんかした!?)と思ったが、なんとも嫌な予感がしたので違うと判断する。
脚を刺し貫こうとしていた切っ先を、無理やり地面に向け、突撃の勢いを殺し引き抜きながら距離を取る。
(やっぱり、違ったか。どうも<火炎の鎧>いや、もしかしたら<爆炎の鎧>か? いずれにしろ、よっぽど俺が怖かったようだな。だけど、そんな大技を使っちまって大丈夫か? 邪精霊っつても甲殻魔虫だろ? 魔力はそんなにないはずだ。俺にはまだ切り札があるんだぜ?)
そう心の中で強がってみたが、先ほどの足に当てた時に感じた感触の違い、それがどうにも引っかかる。得体の知れない違和感と言うのか、恐怖というのかそういう物が強くなる。
「さて、そろそろ本気出すかな。飛ばれたら厄介だしな。それに速攻をかけるって考えてたな」
うつむき、詠唱を始める。唱える魔法は<効果倍化>それと<分身生成>。詠唱が終わった瞬間、ランドルフの隣に左右を反転させたかのような全く同じ人間が現れる。
そして、二人ともが同時に獰猛な笑みを浮かべ突撃をしかける。本体であるランドルフは再度前足を、分身体である方のランドルフは中足を狙う。同時に別々の二本の足の関節に向けて放つ一撃。
(今度こそ! どちらか一本貰った!)
しかし、その瞬間視界が回転した。そしてそのまま、まるで竜巻に巻き込まれたような感覚。上下左右の何もが分からず、ただひたすらに振り回される。
そして、放り出されたような浮遊感の後、地面に叩きつけられ、そこでようやく自分がボロボロになっているのに気がつく。
「ガハッ……うぅっ……何だ、今の? 一体俺は何をされた?」
聞いても誰も答えてはくれない。当然である。兵士たちの囲いを越えて、混沌の大樹海付近にあった茂み、それほど遠くまで飛ばされていたのだ。
(一体、何が……いや、魔法? なら……風か? そうなると炎、風、冒険者ギルドからの情報なら雷もか……くそっ、とんでもねぇ化け物だな)
心の中で悪態をつくが、それで体の状態が回復するわけではない。
(この体じゃもうあと一撃くらいしか入れられないな。だけど一撃は入れれる。できれば、致命傷……無理だとしても、それに繋がる一撃だけでも。次に繋がる一撃を叩き込む!)
残った魔力を使い、<疾風の鎧>を自らにかけ、自身の背中から<疾風の一撃>を上空に向けて打ち込んだ。
中級一段に分類される<疾風の一撃>は、人に対して使った場合、当たり所が悪ければ即死、そうでなくとも当たれば意識を失わせる程の衝撃を与えるほどの威力を持つ。
そんなものを自身に、それも背中から当てるのだ。当然、ランドルフには気絶するほどの衝撃が飛んでくる。しかし<疾風の鎧>の力で体に対する衝撃は軽減され、気絶する事は無かった。
だが、衝撃自体は掻き消えるわけではない。人を死に至らしめるような一撃で、ランドルフは上空へ舞い上がり、恐ろしい速さで邪精霊の真上に一気に到達した。
一部の例外を除いて、どんなモンスターでも真後ろと真上は死角になっている。特に、このビートル系の甲殻魔虫の場合、角のせいで視界が狭まっている物が多く、ランドルフは、このように気が付かれないように背後を取る方法で何度も、何匹も葬ってきていた。
(よしっドンピシャ! オラァッ! 邪精霊の糞虫野郎! これでも食らいなぁっ!)
持っている白竜の牙の切っ先を、前胸と羽の付け根である、中央部の逆三角形の部分との関節に向け、落下する。
(きまっ、たぁ!)
その瞬間、待ち構えていたようなタイミングで、下から体を反らせた邪精霊の頭角が迫り、白竜の牙と激突した。
(うっそだろ!? ばれっ)
更には、激突したランドルフの自慢の牙であった白竜の牙は、派手な音とともに粉々に砕けてしまう。
(まじかよ……ははっすまねぇアラン。約束は守れねぇみたいだ。あばよ、ジェフのおっさん、最後にこんな強い相手を見つけてくれて。あー……ちくしょー)
死に際の回想と言うのだろうか、そんな事を考えながら、英雄ランドルフ・ピットマンは、その牙を折った角によって刺し貫かれ、弾け、三十一年の生涯に幕を閉じ、この世を去った。
そして、その血と臓物の雨を受けた邪精霊は、それを汚い物だと言わんばかりに水の魔法、おそらく<水の膜>であろう、を発動させその身に降りかかったランドルフの残骸を洗い流した。まるでそれは身を清めているようであった。
(……許さん)
その様子を遠くで見ていたアラン・レッドマンは怒っていた。いや、それは怒り等ではない。より熱く、より激しい、正しく憤怒と呼ばれるような物であった。
「ランドルフ……」
アランとランドルフは、とある任務で知り合った。
その頃のアランは、ちょうど騎士隊長という地位まで上りつめたところで、生来の強面と二つ名のせいで今や敵はおろか味方からも恐れられ、気を張っていたのもあり、軽く話しかけられる事はなく、話しかける事もない人間であった。言ってしまえば少し、いやかなり荒んでいた。
しかし、そんな当時のアランに対して、酒場で会った友人に話しかけるかのように気安く接してくれたのが、ランドルフだったのだ。その任務の後も、何か暇があったり、都合がつけば、立ち合い稽古をしたり、一緒に飲みに行ったり、任務の手伝いをしたりと関係は続き、二人はいつしか友人と呼べる関係になっていた。
そんな二人も最近は色々あり、具体的にはランドルフが英雄になってからではあるが、連絡を取ることができず、また会う機会も減り、疎遠になりつつあった。だが、久しぶりに会った友は、昔となんら変わらぬ態度で接してくれた。
そして、己の持つ得物と変わらぬほどの業物を持ち、最後に出会った時よりも強くなったのだろう。全身からは、強者の雰囲気がにじみだしていた。自由である事に誇りを持ち、アラン自身、憧れに似た感情を持つ事のできるほどの男だった。
だが、そんな男を打ち破った邪精霊は、あろうことかその死体を汚い物だと言わんばかりに水に流したのだ。たしかに、死体は汚い。だが、それでも、死闘を演じた相手に対しては、何か敬意を払うものだろう。
「虫や、イカレた精霊に、そういった風な考えを求めるのは酷か……だが、だからと言って、許される事ではない!」
最後は唸るように言い、アランは兜を被り、邪精霊の元へ向かう。怒気なのか、無意識なのか、鎧や背負った大剣はその機能を発揮し、熱を発し体の周りに陽炎を発生させている。
そして、邪精霊の目の前にまで到達すれば、邪精霊はこちらの行動を伺っているのか、動くことは無かった。なので、背負った大剣を地面に突き刺し、ランドルフが撃破されたため、浮き足立つ兵士達に向け激を飛ばす。
「我が友にして英雄のランドルフは死んだが、我らは死んではおらぬ! 彼の意思を無駄にしないためにも、我々が一致団結して彼の無念を晴らそうではないか! 盾持ち! 作戦通り、隙間を詰めよ! 重装歩兵隊! 弔い合戦の準備は良いか! 魔道師隊と弓隊! 邪精霊をこの場に釘付けにしろ! 我々は帝国軍! 負けはない!」
そう大声で言い切り、魔法の詠唱を開始する。同時に鎧に魔力を通し、突き刺した剣を引き抜き、これも同様に魔力を通す。唱えた魔法は<爆炎の加護>その詠唱終了と同時に、鎧に魔力が通りきったのであろう。一気に、全身からいつも以上の炎が噴出し、二つ名通りの灼熱悪鬼の騎士が円陣の中央に出現した。
それを見て、目の前の邪精霊も何か感じ入ったのか、少し身じろぎをする。
(確実に殺してやる)
そう思いながらも冷静に、全身の力と怒りを爆発させるように、真紅の騎士は突撃した。狙うは、ランドルフが何度も攻撃していた前足。
この巨体を支え、その上防御にも使われている。それにランドルフも何度かここに、武器が当てていたのなら、そろそろ限界であろうと当たりをつけたのだ。
(まずは貰うぞ! その足!)
突撃の勢いのまま、前足の第一関節部のある、甲殻部分に剣を叩きつけるが、大剣は鈍い音をさせながら弾かれる。叩きつけた部分にはヒビも入っていない。
(っく! まだ無理か!? ここまで硬いとはなっ! まだだ、もう一撃!)
弾かれた時の反動と勢いを殺さないよう、体を上手く捻り、地面を抉りながら切り上げる。
(これでどうだ!)
と、再度気合を入れ大剣を下から叩きつける。だが、無情にも剣は又も鈍い音を響かせて弾かれてしまう。
(なっ!? 切れないのは仕方ないにしても、これだけ攻撃したのにも関わらず、砕けるどころかヒビも入らないだと!? ならばっ!)
今度は、切り上げを弾かれた勢いを利用し、前に転がり邪精霊の腹に潜り込む。そして、その転がった勢いのまま、胴体の関節なのであろう、溝のような、蛇腹のようになっている部分に、渾身の突きを繰り出した。
(全身が硬くとも、ここなら!)
でこぼことした金属を金属で擦るような、尋常ではない衝撃が大剣から返ってくるが、無理やり抑え込み、何ともいえない不快な音をさせながら、突きの勢いのまま反対側に飛び出す。
そして、剣を構え直しながら(これでどうだ!?)と、後ろを振り返れば
「カッカチッカチッカチッギュイギュイギュイ」
と、少し身をよじり苦しそうな声を上げる邪精霊の姿があった。
(苦しんでいる……のか? ならば、いける! このまま押していけば!)
「今だ! 畳み掛けろ!」
アランの命令を受け、重装歩兵達が各々手に甲殻魔虫に有効と思われる打撃武器を持って、円陣内に突入してくる。そして、悪夢が始まった。最初は、何がおこったのか分からなかった。
陣内に突入してきた重装歩兵達が、五本の角から出た<閃光の槍>だろうか? それによって、ほぼ全て吹き飛ばされた。
アラン自身は車線から外れ当たるはずがない場所に居た。にもかかわらず、どうやってこちらまで飛ばしたのかそれを受け、吹き飛ばされこそせずとも、思わずそこに跪くような態勢になってしまった。
(くっ! あれだけ魔法を使ってまだ魔力に余裕があったか!)
そして、アラン達が吹き飛ばされたのを確認したからだろうか、邪精霊はおもむろに前羽を広げた。どうも飛ぶようだ。
(この状況で飛ぶ?! まさか、飛んで逃げる気か!? させるかっ!)
アランは逃がすものかと、魔術師隊と弓隊に指示を出そうとしたが、上手く体が動かず、その指示を出す事はできなかった。そして次の瞬間、邪精霊が飛び上がると同時に、どこから沸いたのか、アランは水の中にいた。
(なんだ! どうなっている!? 鎧と剣の炎が消えている? と言う事はまずい! これは水属性の魔法か!? どうにかして脱出しなければ!)
しかし、脱出しようともがいても、全身鎧に大剣等という物を身に着け、更には水には激しい流れがあるようで、まともに動く事もできない。
(ここで、死ぬのか!?)
諦めと不甲斐ない自身に怒りを覚え、こんな攻撃をしてくる邪精霊に対し更なる怒りが沸き始めた時、光と共に全身に痺れるような強烈な衝撃を受ける。
(ぐあぁぁ! く……そ、仇をとることも……でき……なかっ……)
そう、心の中で呟きながらアランは意識を失った。




