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私の心は癒されている、筈だったのに…。
ルリとマリをこの屋敷に呼び寄せて、ルリのお菓子を堪能してマリとお喋りをして。
そうやって癒されるはずだったのに…。
「どうかしましたか?」
名鑑を眺めながらため息を付いている私にヴァンが尋ねた。
「飽きたの」
「それはいけませんね。頑張ってください」
「ねぇ、マリを呼んでもいいかしら?」
「それは無理でしょう」
「でもね、少しぐらいなら…」
無駄な足掻きだって分かっているのに、もう一回お願いしてみる。
「お婆様に頼んでみようかしら?」
「それも無理、いや、無駄ですね」
「…、」
無言になる。
「エリザベス様に言われたことを、思い出して下さい?」
わかってる。
私はマリを甘やかし過ぎるから、駄目なんだ。
「だって、可愛いのよ?あんなに素直な瞳で、嬉しそうに返事されたら、もうね、それだけで癒されるのよ?」
「それはエリザベス様も同じです」
「なら、少しぐらい時間を譲って下さってもいいのに」
「年長者を敬う、そうでしたよね?」
そうだった。
お婆様はマリを部屋付き見習いにしてから、よく笑われるようになられた。
それはマリに癒されている証拠だと思う。
私は時々マリを借りて庭を散策したりしたかったからお願いするんだけど、却下されてしまう。
「けれども、お婆様。マリに花の名前を教えたいのです」
「私もです。ねぇ、ルミーア。マリは私の部屋付き見習いなのですから、ね。ちゃんと仕込んで見習いが取れたら許しましょう」
「その前に少しの時間くらいは…」
「ルミーア、貴女は年長者を敬うことを覚えなければいけませんね」
「は、はい」
「よろしい。では、少しだけ皆とお茶を頂きましょう」
あの時はお婆様の侍女達とマリも加わってお茶を楽しんだわ…。
それで誤魔化された気もしたわ。
だけど、わかっているの。
お婆様にはマリが必要なんだってこと。
息子は王様でそんなに会うことも少なくて、シャルだって男だし愛想がないもの。
私じゃ、あんなに愛想らしくないしね。
お婆様の侍女頭のガエルが教えてくれた。
マリが仕え出してからお婆様がお元気になられたって。
マリはこの屋敷の太陽だって思う。
「そうだったわね…」
なんかイライラしてる?
なら甘い物が食べたい。
「あ!」
私、良い事思いついた。
「ルリの試作を頂きましょうよ?気分転換は必要だわ、ね?」
ヴァンは苦笑いになる。
「仕方ありませんね。では、調理長に聞いて参りましょう」
「いいの、私が行くから」
「ルミーア様?」
「だって、ヴァンだって忙しいのよ?だから、ね?」
「気分転換の為に、ご自分で?」
「そう、それ!」
決めた。
けど、目の前のヴァンも決めたらしい。
「では、私も付いていきます」
ああ、そうだった。
ヴァンもルリのお菓子に嵌っているんだった。
甘い物好きだとは気付かなかった。
いつもは冷静な顔をしてるくせにルリのお菓子を目の前にすると、にやけてる。
曰く、子供の頃に食べたくても食べれなかった事が原因だそうだ。
だから甘い物を前にしての歯止めと理性を保つのが大変なんだと力説された。
もう私の前で、甘い物好きを隠す事すらしなくなった。
それどころか私はヴァンが時々ルリの試作を独り占めしていることも知ってる。
ルリ達が来てまだそんなに経っていないのに、だ。
私がいないときを狙って上手く食べてる。
なんだか知らないけど、2人は凄く仲が良い。
ヴァンは私みたいにいつもお婆様の屋敷にいる訳じゃないのに、なんだろう、私に会う前にルリの所に行ってる気がする。
だから詳しい。
「確か、本日はプリンの新作のはず…」
「どうして知ってるの?」
「あ、まぁ、そんな気がしたのです。良いではないですか」
間違いない。
けれど、ルリのお菓子はとっても美味しいからどうでも良くなる。
「わかったわ。それじゃ、行きましょう」
ルリのお菓子を頂く前に、物事の順番として、ここの調理長の許可を貰わないといけない。
ルリはここに来て日も浅いしまだ修行中の身だからね。
けれども、調理長でもあるアンディは人として器が大きい。
一度だって嫌な顔を見せたことがない。
それどころか、自分にはない発想が素晴らしいとルリにお菓子の試作を作ることを許している。
けどね、私とヴァンは気付いている。
そうすればアンディが真っ先にルリのお菓子を食べられるからだって。
そんな訳で、この屋敷にはルリのお菓子の熱狂的な信者が3人いる。
そして、この3人の結束は固いと信じているの。
アンディが穏やかな笑みを浮かべてこちらに来てくれる。
「ルミーア様、そろそろ現われる頃だと思いましたよ」
「アンディ、いつから私の行動がわかるようになったの?」
「ここ2,3日はお忙しくてルリのお菓子を召し上がってませんからな」
「そ、その通りだわ」
ニッコリと笑う彼の2重アゴは美味しい料理を生み出す人間の証だと思う。
そして、その性格と同じくアンディの料理は優しい味がして美味しくて、大好きだ。
「では、いつものところへ参りましょう」
調理場近くに調理長の部屋がある。
その隣に試作を頂くときに使う部屋を作った。
アンディが言うには、あくまでも試作なので外には出したくない、という事でこの部屋が作られることになった。
まぁ、試作って言い張っているけど、私達3人だけの待遇にしたいって気持ちが強いかな。
知れ渡ってしまうと、ルリに掛かる負担が大きくなるっていう事情なのです。
私とヴァンは大人しく席に着く。
アンディがルリを呼びに行ってくれてる間、ワクワクして待つ。
「ねぇ、プリンの新作って、どんなのかしら?」
「そうですね、多分、ナッツが入ったものになるのではと思います」
「あら、詳しいわね?」
「ルリが教えてくれたんですよ。私がナッツが好きだって話したら、次回はプリンにナッツを入れてみるってね」
いつ話したんだ?
「ねぇ、ルリはヴァンの好きなお菓子ばかり作ってない?この間はチョコパフェだったし、その前はスフレ、皆、ヴァンの好きなものでしょう?」
「スフレはルミーア様もお好きではなかったですか?」
「まぁ、そうだけど」
なんだろう?気になる。
そこに、アンディに連れられてルリが入って来た。
手にしたお盆の上には美しい器に入ったプリンが綺麗に飾り付けをされて揺れている。
「お待たせしました」
アンディも席に着く。
ルリが3人に配ってくれる。
「ナッツをプリンの中に隠しました」
ヴァンの言う通りだった。
「何のナッツなの?」
「ルミーア様、当てて下さい!」
その言い方がとっても可愛いから私も素直に答えてしまった。
「わかったわ!」
ルリの視線を感じながら、そっと一口すくう。
断面にはナッツの形跡はない。
けど、香りがする。
そう、それは、間違いない。
「ピスタチオ?そうよね?」
「そうです!」
「素晴らしい香りだ」
「確かに、ですな。口当たりも滑らかだ」
私達はスプーンの手を止めることなく、感想を述べながら完食した。
「見事だ。ルリ、腕を上げたな?」
「ありがとうございます!」
「素晴らしい舌触りでした。ルリ、いつも美味しいものをありがとう」
「ヴァン様に褒めて頂けるので、嬉しいです!次もヴァン様の好きなお菓子に挑戦します!」
うん?
ううん?
「それは楽しみだ」
「はい!」
ルリは本当に嬉しそうに返事をする。
思わず聞いた。
「ねぇ、じゃ、次は何なの?」
「はい!ショコラをたっぷり使ってのケーキの上にミルク風味を少し強めたアイスを乗せます」
「ショコラの?それってヴァンが好きな?」
「はい!」
「素晴らしい」
ヴァンはウットリとしてます…。
そして2人の間で話が進むんだ。
「ヴァン様はいつお屋敷に来られますか?」
「いつもの様に、ルリから連絡があれば直ぐにでも」
いつも?連絡?
「はい!では、早く食べて頂けるように頑張ります!」
「ルリは素直でいいですな」
「本当です」
きっと私は??な顔をしていたに違いない。
でも、よく考えると腑に落ちる。
そうなんだ、ヴァンがいない時はクッキーとかの焼き菓子で日持ちするものが多い。
でもヴァンがいるとその日にしか食べられないようなお菓子が食べられる。
…ン?
なんだろう、差別化されてる?
いや、…。
ルリってヴァンが好きとか?
いやー、うん。
でも、私だって子供の頃の気持ちをずっと持っていたんだし…。
うーん。




