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ケンフリットの卒業式から早3ヶ月が経とうとしています。
季節は冬、新年を迎えようという時期です。
殿下は世継ぎとしての職務に励んでいらっしゃいます。
オルタンス宰相が近々退任なさる事となり、宰相はザルファー宰相のお1人になると決まりました。
元々、ゲイリーの宰相へのごり押しを嫌った陛下がザルファー伯爵を宰相へと押し上げた3人での宰相体制です。
ゲイリーが失脚して、元の1人体勢を願ったオルタンス宰相の意向を陛下が認めた形です。
それでも大半の見方はエドマイア様が次期宰相で間違いなく、問題はいつ引き継ぐかだけとなっていますので、これは正常に戻ったとの判断で間違いありません。
そのエドマイア様は春にミリタス様との婚礼が控えております。
オルタンス家の力を見せ付けるような式になるとの噂も間違いないでしょう。
ミリタス様をしばしば王都にあるルミーア様の姉君の店で見かけるとの情報も、この式の為でしょうね。
ルミーア様は25寮を引き払い、大公でもあり王太后でもあられるエリザベス様のお屋敷にお住まいになりました。
次期大公となられるからには色々な引継ぎを行わなければなりませんので、これも当り前の判断です。
その補佐は私が行うことになります。
まぁ殿下がなんだか文句を言っておられますが、仕方がないので諦めてもらいます。
そんな日々の中の出来事です。
「ヴァン?」
「はい、なんでしょうか?」
「この間のお願いは、聞いてくれたのかしら?」
そう言ってルミーア様はニッコリとされます。
王太后様の教えはちゃんと受け継がれております。
「ルミーア様も段々と板に付いてきましたね」
「あら、そう?」
「はい、次期大公の片鱗がチラホラと見えます」
「まぁ、辛口のヴァンに褒められたわ!これはシャルに言わないと!ねぇ、そうでしょう!…、あ」
そうやって直ぐにはしゃぐ所は変わりませんが…。
ご自分でも気付いたのか、言葉を改めてお訊ねになります。
「う、うん、…、で、私のお願いは?」
「はい、お聞きしましたからには、近々に」
「本当?良かった」
その様に満面の笑みを見せられると、頑張って良かったと思うのです。
そこがルミーア様の強みですね。
「で、いつなのかしら?」
「近々です、と申し上げました」
「そう、出来るだけ早くにね?」
「畏まりました。ですが、ルミーア様?」
「分かってます、これに目を通すのよね?」
分厚い本を前にして、少しため息が出そうな感じです。
「はい、出来れば暗記なさって下さいませ?」
「…、私が暗記を苦手なの、知ってるくせに…」
「苦手でもやらないといけませんから、よろしいですね?」
「ねぇ、ヴァンの対策ノートはないの?」
「ありません」
「あーあ、…」
分かりやすく気落ちしておいでです。
でも、「わかったわ、頑張る」と素直に本を読み出して下さいます。
「では、失礼します」と私は部屋を出ました。
ルミーア様はこの国の貴族の名鑑をお読み頂いてます。
人の名前と顔を覚えるのは上に立つ者の必須ですので頑張って頂きましょう。
数日後、雪の降る日の午後です。
ルミーア様がお待ちかねの人物がやって参りました。
屋根が辛うじてあるだけの馬車から降りてきたのは、幼い少女2人です。
私は外玄関まで迎えに参りました。
「タリ殿、よく決心してくれました」
ルミーア様のたっての願いです、タリ姉妹をこの屋敷に住まわせる事は。
あのベルーガでの住まいを見てしまったルミーア様が、何度もエリザベス様に願い出て叶ったことです。
エリザベス様は気に入った者を屋敷に入れるなど贔屓が過ぎると仰ったのですが、これはルミーア様の粘り勝ちでした。
エリザベス様の侍従が改めて姉妹に会い正式にお屋敷に奉公する事となったのです。
タリは驚き辞退を申し出ておりましたが、やはりルミーア様の悲しそうなお顔には勝てなかったみたいですね。
「ヴァン様、この様に良いお話は私達にとって勿体無いくらいです。ルミーア様にはなんと感謝していいのか分かりません」
「気になさらずに。これはエリザベス様がお決めになった事です、遠慮は要りませんからね」
「ありがとうございます」
「それと心配なさっていた塾の件ですが、」
ゲイリーの元を出てからようやく妹に教育を受けさせることが出来るようになったと喜んでいたタリです。
今回のことでそれが途絶えるのを嫌いました。
「エリザベス様もご心配なされてます。ですからこれを機会にお屋敷に専任の教師を雇うことになりました」
「え?専任ですか?」
「専任といいましても、大勢いる侍女達の中には同じ様に教育を受けたくとも受けられなかったものがいます。仕事が終った後にその者達に指導をする教師です」
「それは、ありがたいことです」
「はい、エリザベス様もルミーア様も少しでも皆の役に立つのならばと仰っております」
「その様にお優しい言葉を…、私なんかに、勿体無い」
「いいのですよ、これはタリの働きが認められた証でもあるのですからね」
「嬉しいです!頑張ります」
そう言ってから馬車を操ってきたタリ殿は少ない荷物を降ろすと、後ろにいる妹達を促します。
「さぁ、ヴァン様にご挨拶をしなさい。これからお世話になるのだからね」
「「はい」」
2人はチョコンと頭を下げて元気な声で言うのです。
「「よろしくお願いします!」」
「はい、分かりましたよ」
1番下の妹さんがニコっと笑います。
可愛いですね。
直ぐに着替えて頂いてエリザベス様とルミーア様にお会い頂きます。
居間で寛がれているお2人の前にお仕着せの服に着替えた2人が姉に連れられて現われました。
「あ、ルミーアさまだ!」
走り出そうとする幼い妹を隣の娘が引き止めます。
「マリ!」
「だって、」
「だめ!」
「…」
その姿をルミーア様とエリザベス様は微笑ましそうに見詰めております。
「ルリ、マリ。良く来てくれたわね?」
「はい、ルミーア様」
「はい!」
その可愛らしい姿は、気持ちを明るく致します。
「お婆様、この2人が先日話していた者達です」
「可愛いですね、ルミーアが話していた通りの2人です」
「はい、」
タリが2人を紹介します。
「王太后様に申し上げます。私の妹達で、大きい方がルリ、小さい方がマリです。まだ幼いのでなんの働きも出来ませんが、一生懸命に使えますので、どうか、よろしくお願い致します」
タリに見習ってちゃんとお辞儀をする2人からは、素直さが伝わります。
屋敷に奉公に上がるに付いて1番重要視されるのは、素直さです。
それさえ持っていれば後の事は付いてくるものです。
エリザベス様は満足気に話しかけられます。
「わかりました。では、ルリ?」
「はい、」
「貴女は料理が得意だと聞きました。料理長に引き合わせますので彼の元で働くように」
「ありがとうございます!」
「良い返事です」
ルリに関してはルミーア様の強い希望と彼女の希望が合いました。
まだまだ幼いルリではありますが、ルミーア様の見立てが正しいとすればこれからの食事が楽しみになります。
エリザベス様は隣の娘に話しかけます。
「貴女はマリですね?」
「はい!」
小さい娘が元気に返事をする姿は気持ちのいいものです。
「貴女も良い返事です。貴女にはこれから私の部屋付き見習いをお願いしましょう」
「へやつき、みならい?」
「そうです、私の元で働いている侍女達の仕事を手伝うのです。出来ますか?」
マリと呼ばれた娘は、満面の笑みで答えるのです。
「はい!できます!」
「よろしい。では、ビーネ」
「はい、エリザベス様」
「この者達を部屋へ案内しなさい。タリ、今日はもういいですから、妹達と部屋で過ごしなさい。いいですね?」
「は、ありがとうございます」
「それでは、失礼致します。貴女達、付いていらっしゃい」
「「はい!」」
冬だというのに春の様に暖かい気持ちになります。
この屋敷に小さな太陽が現われたようですね。




