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ふー、っと私は息を吐いた。

シャルの卒業式からの帰りのお婆様の屋敷に行く途中の自動車の中。

私達だけの空間だ。


並んで座っている。


「疲れたろう?」


シャルの手が私の頬を撫でてくれる。

温かくでホッとするんだ。


「大丈夫、ちょっと、安心してたの」

「安心?」

「うん、私、ちゃんと出来てたよね?」


今日のこと、心配だったけどなんとか出来たと思う。


「ああ、ちゃんと出来てた。だから心配はいらない」

「良かった…」


いろんな視線を感じたけど、概ね好意的なものが多かったって思うもの。

初めて会う方々が大勢だったのに、エドマイア先輩とミリタス先輩が助けてくれたから。

それにマドレーヌが側にいてくれたお陰で安心して対応が出来た。


「皆が助けてくれたから、だね?」

「そうだな。けど、それもミアが素敵な人間だからなんだぞ?」

「そう?」

「ああ、俺が愛してる女に間違いはない」

「もう!」


照れる。

でも甘えるようにシャルの肩に寄りかかってみた。

肩に触れている耳にシャルの声が届く。

それは体の中に響いてくる声になった。


「それにだ、ミアの美しさに、皆が見とれていたからな」

「え?」

「当り前だろう?」

「もう!」


嬉しくて、だから私は甘えてシャルの鼻をツネってやった。


「おいおい」

「だって、からかうんだもの」

「本気なのにな…」


そう言いながら、キスを強請る顔になってる。

私から言わせたいんだもの、甘えん坊はどっちなんだろうか?


「じゃ、キスして?」

「ああ、」


ゆっくりと唇が重なる。

昼間のキスはちょっと残るくらいで、いい。


しばらくシャルにくっついてみる。

そのままにする。



「あれは、気にしないでいいから」




シャルはそう言う。

私達には聞こえていたんだ、ラルに暴言を吐いていた女性の言葉が…。





そうそう、いつの間にか殿下に擦り寄って、まるで正室のように振舞われている方もいらっしゃるんですもの。あ、25寮ではそういう指導もなさっていたのかしら?




その言葉がはっきりと聞こえたんだ。

その瞬間、私の体は硬くなってしまって、シャルが支えてくれたから立っていることが出来る状態になった。

だけど、私は直ぐに何でもない振りをした。


それはお婆様から教わった事だから。


『王子の隣にいる限り、絶対に動揺した所を見せてはいけませんよ。怒る所、泣く所もです。常に何があろうと平然としていなさい。例え孫の側室が挨拶をしても、貴女は優雅に微笑むのです』


だから私は笑顔を作るんだ。

私がシャルの隣にいる限り、絶対にそうしなければならないから。


「シャル、賑やかね?」


そうノンビリと話し掛けるんだ。


「そうだな、ここにいる者は暇なんだろう」


ここには大勢の野次馬が話を聞いていたけど、私達の声が聞こえたのか、気付いた誰が逃げるように立ち去ると皆がそれに続いて去って行った。

だからこのレストルームの前の廊下は私達だけになってしまった。


「殿下!」


エドマイア先輩が厳しい声でシャルを見る。

シャルは苦虫を噛んだような表情を浮かべたけど、直ぐに平静を装う。


「オルタンス、今は何もするな。だが、あいつ等の素性を洗え。あの言葉の出所を見つけろ」

「しかし、」

「今は何もするな、いいな?」

「は、」


そこにアリシア先輩がやってくる。

そんな事があるのかと思ったけど、現に目の前にいる。

私を見ても食って掛かることなく静かに佇んでいる。

そしてだ。

「オルタンス様、私で役に立つことがありますか?」なんて言う…。


「良い所に来てくれました、お願い致します」


エドマイア先輩はアリシア先輩と何やら話し出す。

シャルが囁く。


「ミア、信じられないだろうがアリシアは反省したそうだ」

「反省って?」

「自分はミアに酷いことをしたと、後悔している」

「そう、なんだ」


なんて都合がいいんだろうか…。

けど、シャルがそう言うならばそうなんだろう。


「後で聞かせてくれる?」

「もちろん」


アリシア先輩がこちらを見た。


「ルミーア様、本来ならば真っ先に謝罪するべきなのですが、事は緊急を要しておりますので。私はこれで失礼致します」


そう言ってレストルームの中に入って行った。

エドマイア先輩が話をしてくれる。


「ルミーア様は驚かれていることと思います。実はね、私はアリシア嬢に恩を売ったのです」

「恩?」

「はい、詳細は殿下からお聞きくださいね?」


なら私はこう言うしかない。


「ええ、分かりました。きっと詳しく教えてくださるもの、ね?」


シャルは苦笑いになる。


「そうしよう、うん?」


シャルの言葉が止まるから視線の先を見た。

ネルソンが走ってくる。

なんか必死だ。

けど、ネルソンは離れたところにいる私達には気付いていないみたい。

そしてネルソンの大きな声が聞こえてくる。


「マドレーヌか?そこにラルが居るのか?大丈夫か?ラル!」


私達は、思わず顔を見合わせた。

その声が引き金になったのか、暫くしてラルとマドレーヌが姿を見せた。

ラルの頬が赤くなっていて驚いたけど、ネルソンの言葉にも驚いた。

分かってはいたけど、ラルとネルソンは信頼し合っていて愛し合っている。




それからは惚気を聞かされただけだったど…。




そしてネルソンはラルと一緒に去って行き、私達はお婆様のところに向っている。





お婆様のところへ向う車の中。


「ねぇ、どうして、さっき、今は何もするなって言ったの?」

「それか?」


シャルは視線を窓の外へと移す。


「あこで俺達が騒いでも碌な事にならない。それよりも、誰があんな悪評を広めようとしているのかを探りたい」

「まだ、悪意を持っている人間がいるってこと?」


ゲイリー元宰相夫妻はまだデーバの搭にいる。


「まぁ、そうなる。キレンドが大人しくしている訳がない」

「そうなんだ…」

「それよりも、アリシアの話はいいのか?」

「あ、聞きたい!」


そうだった、恩ってなんだろう?


「エドマイア先輩の恩って、何?」

「アリシアに男性を紹介したんだよ」

「え?」

「なんでも、ずっとアリシアが好きだった男らしい。まぁ、側室になってからも、だ」

「それって、凄くない?」

「そうだな…、けど、そんな男性を探し出すオルタンスとヴァンも凄いと思うな」

「そうだね」

「だから、今は幸せだそうだ」

「良かった…」


アリシア先輩が幸せなのが嬉しいし、私に向けられる悪意が減るのも嬉しい。


「卒業したら結婚して、男の領地で暮らすそうだ」

「ここを離れるの?」

「そう聞いている」


ちょっと寂しく思うのはなんでかな?

もしかしたら仲良く出来るかもしれないから、って淡い期待をしたのかも知れない。


「じゃ、私のこと、憎んでないよね?」

「もちろんだ」

「ならいいの」

「そうだな」


私達は無言で手を繋いだままだ。

それで満足だから。





しばらくしてお婆様の屋敷に到着した。





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