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私達は無言でレストルームにいます。
場が緊迫していきます。
無言が続きます。
が、です…。
「アハハハ!この馬鹿な女性達の名前を?ハハハ!」
アリシア先輩が笑い出しました。
「そんなものを知りたいの?可笑しいわ!アハハ!」
それも豪快にです。
「「え?」」
私とラルは呆気に取られます。
ですが、3人は青い顔です。
「ねぇ、マドレーヌ。考えてもみてよ、ここはレストルームなのよ。決して密室ではないの。なのに、あの様に大声で無様に人を貶すなんて事をするなんてね、馬鹿がする事じゃない?そうじゃない?」
「まぁ、そうです…ね」
私の言葉に満足そうに頷きます。
そしてアリシア先輩は3人に向き合いました。
「さて、貴女達。私は貴女達の名前知ってるわ。だから、私が名前を言っても良いんだけど?」
3人は無言です。
微動だにしません。
アリシア先輩が威厳のある声で彼女達に詰め寄ります。
「ねぇ、貴女達がやったこと、本気で誰にも知られてないって思っているの?」
「「「え…、?」」」
「だとしたら、ここを出てご覧なさいな。沢山の人が貴女方の顔を見たいって待っているわよ?」
筒抜け、ですか?
野次馬がいますか…。
あ、そうですね、私だって聞こえてきたから入っていった訳で…。
「そ、そんな、」
「そうです、私達はただ、ネルソン先輩には、その、」
「その?」
「赤毛の女なんて、相応しくないから、」
「なんて酷い!ラルは貴女達よりもずっと素敵で綺麗なんです!」
また、大きな声を出してしまいました。
けれども、私は大切な友人をこれ以上貶されたくなったんです。
その時、レストルームの前の廊下から、大きな声が聞こえてきました。
「マドレーヌか?そこにラルが居るのか?大丈夫か?ラル!」
ネルソン先輩です。
女性用なので入れないんでしょう、だから大きな声で言っているんです。
ラルが答えます。
「私、大丈夫です、先輩!」
「そんなわけないだろう!出て来い!いや、俺が行く!」
「駄目です、待ってて下さい!」
「ラル!」
私とラルは顔を見合わせました。
そこにアリシア先輩が提案をしてくれました。
「マドレーヌ、不本意だろうけど、私に任せてくれないかしら?」
「アリシア先輩?」
「私ね、貴女に感謝してるのよ」
「私にですか?」
「だってあの時に、恋をしましょうって言ってくれたじゃない?
「そうですね…」
「だからね、私、目が覚めたの」
「先輩?」
「だから、ね、私、今、恋をしてるの!」
え?…、。
「素敵よね、恋って!もうね、毎日、彼の事を考えて、彼も私だけを愛してくれて…」
「そ、それは、良かったです」
「貴女のお陰よ?」
「は、はい…」
なんだろう、また、私は置いてかれた気分になりました。
「けどね、目が覚めないままだったら、この子達と同じ事をやってたのよね、きっと」
「はぁ、」
「気持ちが分かるの、なんとも言えない焦りみたいな気持ちがね」
「そうですか…」
「だから私に任せて。恋がどんなに素敵かを、この3人に教えるわ」
ウインクまでしてくれました。
「さぁ、とにかく行ってちょうだい」
「「はい」」
私とラルは3人の横を通り過ぎて行きました。
余りの展開に、ボーとしてるのは私です。
出ようとすると、ネルソン先輩は直ぐ前で待ち構えてました。
そんなに心配だったんですか、そうですか…。
「ラル!なんだこの頬は?どうしたんだ?」
ネルソン先輩が焦ってます。
思わず赤くなったラルの頬に触れて言うんです。
「痛くないか?」
「大丈夫です、稽古中の打ち身からみたら可愛いものですから」
「だけど、顔だぞ?」
「先輩、」
「うん?」
「心配してくれて、嬉しいです」
ネルソン先輩の顔が少し赤くなりました。
「先輩も照れるんですね?」
「な、にを?」
私の存在に気付いて、慌てて手を離します。
「いいじゃないか、俺はラルが大事なんだから…」
「はい!」
離れたところから声が聞こえました。
「これは、これは…、恋は人間を素直にしますね」
離れたところにいた兄様が冷やかします。
良く周りを見れば、あ?
「ネルソンって、そんなにラルの事好きなんだ?」
「ル、ルミーア!」
「へー、俺の様なギザで臭い台詞は言えないって聞いたぞ?なのに、今のは結構臭かったぞ?そうだろう、ミア?」
「うん、そう思う」
「なんだよ、2人共!見るなよ!」
「見えるんだから、仕方ない」
「そうだよ、私とシャルの前で惚気る方が悪い」
「お前達、何時からいたんだ?」
「それはね、…えっと…、」
ルミーアと殿下は、その事については何も言おうとはしませんでした。
「それは私から言おう」
「兄様?」
「マドレーヌ、お前が見当たらないから探そうとしたんだ。そうしたら殿下とルミーア様が王太后様の元に行かれるというので一緒に会場を後にした。出口はこの先だから、当然通りかかったって訳だ」
「なら、お兄様達はいつから聞いていらしたの?」
「ネルソンが入り口で大声出してから、だな。そうでしたね、殿下?」
「そうなる」
なら、25寮への詭弁は聞かれてなかったんだと思いました。
それは安堵です。
「皆様の他に、どなたかいらっしゃったのでは?」
「いたよ、けど、皆何処かへ消えたね」
お兄様はあっさりと言いますが、きっと居れなくなったのでしょうね。
「そうですか…、」
「けれど、マドレーヌ。どうして急に居なくなったんだい?」
「あ、ちょっと、」
なんとなく言えません。
なので話を逸らしました。
「私よりも、ネルソン先輩はどうしてここに?」
「どうしてって、ラルの帰りが遅かったからだよ」
「心配だったんだ?」
「ルミーア、いいじゃないか」
「あら、照れてる?」
「からかうなよ…、けど、」
ネルソン先輩は、なんだか急に固まってしまいました。
そうですよね、殿下とルミーア様はバキャリーで誂えた最新の装い。
ルミーアのドレスには数え切れない宝石が縫いこんであります。
一方のネルソン先輩は相変わらずラフなスタイルで、そこに見えない線を感じても仕方がありません。
「変なネルソン、急に黙ったりして」
ルミーアは不思議そうに言います。
自分の姿は自分で見えないものですから、ね。
きっと今の自分の姿が、どれだけ美しいか分かってないのだと思います。
先輩は圧倒されて黙ったのですもの。
「どうした?ネルソン?」
悪意のない殿下の問い掛けは、ネルソン先輩には厳しいように感じます。
けれど、先輩はニヤリと笑いました。
「いや、なんでもない。シャルディ、約束だからな?」
「ああ分かってる」
「ルミーア、幸せにな?」
「うん、ありがとう」
そして、先輩はラルの手を握るんです。
「じゃ、俺達も失礼するよ。今夜はクラブの仲間と約束があるんでな。行くぞ、ラル?」
「はい、失礼します」
2人はそのまま寄り添って歩いて行きました。
その姿は、恋人同士です。
「見せ付けられちゃったね?」
「そうだな」
「シャルの言う通りだったわ」
「俺なにか言ったか?」
「後で教えてあげるから、ね?」
「わかった、じゃ、婆様の所に急ごうか?」
「うん」
こちらの恋人同士も仲が良いです。
「マドレーヌ?」
「はい、兄様」
「私はこれから城に戻るけど、お前はヴァン殿と一緒に王太后様の所へのお供をお願いするよ?」
「あ、」
「どうしたんだい?」
「いいえ、何でもありません。ルミーア様、お供いたしますわ」
「お願いね、マドレーヌ」
「はい」
お兄様は城へ戻られて、私はお2人を一緒に学院の玄関に向かいました。
自動車が2台、当然の様にヴァンさんが待っていました。
「参りましょうか?」
「はい」
お2人を見送った私達は、残された自動車に乗り込み王太后様のお屋敷に向います。
秋の空は高くて、清々しい筈なんですが。
なんでしょうか。




