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卒業のダンスパーティが始まりました。

美しい音楽と美味しい食事。

楽しそうなお喋りと、踊っている人達の微かな衣擦れの音。


毎年の事でしょうが、今年は特に華やかです。

だって、殿下が卒業なさるんですから。




私はホッとため息を付きました。

ルミーアの補佐として彼女を助けるのが本日の私の役目。

それも式典が終わり無事に務めることが出来ました。

パーティになってしまえば細かい作法は大目に見てもらえます。

なぜなら卒業のパーティであって、王家が主催の舞踏会ではないのですから。


殿下とルミーアの側を離れて冷たい飲み物を頂いて気持ちを落ち着けてます。

先程の控え室での会話が思い出されてきました。

私は何を意固地になってしまったのでしょうか…。


そんな心を見透かすように声がします。


「どうかしましたか?」


声を掛けてくれたのはヴァンさんです。


「え、あ、」


慌てて振り返り、笑顔を作ります。

ぎこちない笑顔になったと、少し後悔しながら。


「安堵してるみたいですね?」

「そ、それは、そうです。だって、私達は今日を完璧ににするためにいるのでしょう?」

「そうですね?」


ヴァンさんの笑顔は自然で優しく、私の心に染みてきました。

だから、私も自然に返事を返せます。


「なら、あの笑顔のルミーア様を見て、安堵するのは当然ですもの」


歓声が聞こえます。

殿下とルミーアが中央のフロアーに向って歩き出したからです。

これから2人だけが踊ります。

音楽が始まりました。


殿下がスッと手を差し出し、ルミーアがそっと添えます。

流れるようにステップが始まります。

お揃いの服がまるで御伽噺の王子様とお姫様のように華やかで、あそこだけが物語の世界になっています。


憧れからのため息が聞こえます。

本日のルミーアは完璧です。


ヴァンさんの声が耳元に届きました。


「確かに。では後もう少しですね、頑張りましょう?」

「はい」


そう言ってヴァンさんは優しい笑みを残して去って行きます。




ヴァンさんは殿下の影、そうルミーアが言ってました。

道端で捨てられているような子供だった、とも聞きました。

私とは生まれも環境の違いすぎる方です。


…、。


音楽が止み、皆のため息が溢れる中、殿下とルミーアは座席に戻ります。

殿下の私的な執事であるセバスチャンが、今日は2人を見守っています。

疲れたであろうルミーアを気遣い飲み物が供され、殿下は少しアルコールが入ったグラスを片手にお兄様達と話しておいでです。


私も、その中に入れば良いだけなのですが…。


立ち尽くしてしまってました。

私は喧噪から離れて会場の隅で暫く立ちすくんでいました。

誰にも見られたくない、独りでいたかったのです。




ああ、気分を変えましょう。

ここから離れて、気持ちを変えましょう。

そうすれば、いつもの私に戻ります、きっと。




会場からはそう遠くない所にレストルームがあります。

ケンフリットのレストルームはゆったりとした空間が取られていますので、気分転換にちょうどいいのです。

私は会場を離れることにしました。

今の時間ならば混雑もしていませんでしょうし…、?


「どういうことかしら?」


突然に、物凄く大きい声が響きます。

どうやらレストルームからです。

私は思わず覗いてしまいました。


「どうして、貴女がネルソン先輩の腕なんかに絡んでいるわけ?ありえないわ!」

「そうよ!どうやって騙したのよ、貴女なんか綺麗でもなんでもないじゃない」

「分を弁えるってご存知じゃないの?」


ラルでした。

3人の女性に絡まれています。

どうしよう…。


「何か、言いなさいよ?」

「そうよ!」

「ですが、私は何を言えばいいのかわかりません」


ラルの落ち着いた声に反応した声は下品でした。


「な、なんて!」

「生意気だわ!赤毛の癖に!」


1人が思わず手を上げました。

パシッ!!

大きな音がしてラルの左頬が赤くなります。


「何をなさっているの!」


私は思わず声を上げました。

3人は見つかったという顔をしましたが、直ぐに元の下品な顔に戻ります。


「あら、貴女はマドレーヌさん、ね?貴女も25寮に居たそうだけど、このアバズレと同じ人種なのかしら?」


意味が分からずに聞いてしまいます。


「え?」

「25寮のお住まいの方々は、お盛んだって伺っているわ」


いったい、なにが盛んなのでしょう…。


「男性の方を手玉に取るのがお上手だって言ってるのよ」

「いくら上品な態度で取り繕ったって、所詮は上辺だけ。すぐにネルソン先輩も気付くわ」

「そうよ。それに25寮って言えば、ほら、いつの間にか殿下に擦り寄ってまるで正室のように振舞われている方がいるじゃない?

「そうでしたわ。ねぇ、25寮ではそういう指導もなさっていたのかしら?」

「あら、怖いわね。ケンフリットの中で私達がしてる勉強ではなく、違うお勉強に励まれていたなんて」

「私達には理解できない方々なのよね」


誰でしょう、この人達は?


「図星だから言葉に詰まってらっしゃるのね」


クスクスと声を潜めて笑うのです。

初めてお会いするような方に、この様な侮辱を受ける謂れがありません。

私は3人に、丁寧に尋ねました。


「失礼ですが、どちら様でしょうか?お名前をお聞かせ下さいませんか?」


少し怯みます。


「ど、どうしてかしら。貴女に教えることなど必要ないわ」


悪いことをしているとの自覚はあるみたいです。


「いいえ、ございます。先程、貴女達は25寮での間違った事実を言葉になさいました」

「間違ってなんかないわよ!」

「間違っています。25寮がどんなに素晴らしい場所だったかを、実際に私達が住んでいた私達は知っています。ですから、先程の様な虚偽を広めるなど、この私が許しません!」


大声で言ってしまいました。


「さぁ、お名前を教えて下さいませ!」


暫しの無言の後、3人は互いにしか分からない程度の囁き声で何を話しています。

その間に私はラルの側に行き尋ねました。


「大丈夫ですか?」

「ええ、この位なら」

「何を言っているのですか、頬が腫れてます」

「マドレーヌ、ありがとう。けど、大丈夫です」

「ラル、…」


3人が逃げ出そうとしていることに気付いた私は呼び止めます。

「まだ、お名前を伺ってません!」そう叫んだ時、彼女達の行く手にいた女性と目が合ってしまいました。


「マドレーヌじゃない、随分と大きな声だこと」

「…、アリシア先輩」


あのアリシア先輩です。

厄介なことになったと思ったのは、ラルも同じだと思います。

良かった、ルミーアが側に居なくて…。


「その様に大声を出して、貴女は何を知りたいのかしら?」

「…、その方々のお名前です」

「彼女達の?」


3人が一斉に喋りだします。


「アリシア様、この2人が、余りにも酷いのです」

「そうです、急に脅すように私達の名前を聞き出そうとして、」

「いったい何に使うのでしょうか?恐ろしくって…」


開いた口が塞がりません。

この3人は何を考えているのでしょうか?


思わず私はラルの手を握りました。

ラルは握り返してくれます。

大丈夫です、私達2人で乗り切らないといけません。

いいえ、乗り切れます!


「彼女達の名前ね?」


アリシア先輩は大きな目で私達を見詰めるのです。




絶対に負けませんから!




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