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ラルだ!
ラルが来てくれた!
私とマドレーヌは小走りに走って、ラルに抱きつこうとした。
けど、それはラルに拒まれた。
「2人とも、ドレスが汚れたらどうします?」
その一言で私達は思い止まった。
まったく進歩がないのは私とマドレーヌだ。
そして、ラルに聞いてしまう。
「ねぇ、ネルソンはいないの?」
「先輩は会場にいますよ」
「そうですか、やはり来なかったのですね?」
「はい、来れないみたいです」
ラルは真っ直ぐに答える。
その言葉には戸惑いがない。
だから、また聞いてしまう。
「ねぇ、ラル?」
「なんでしょう、ルミーア?」
「いいの?本当に、ネルソンでいいの?」
「いいの、ですか?」
「そうよ。ネルソンと付き合うなんて、それでいいの?」
「いいですよ」
「だってね、なんか、その、ね…」
私はマドレーヌに助け舟を出してって目配せをした。
勘のいいマドレーヌはちゃんと察して話をしてくれる。
「そうでしたね、きっと先輩はまだルミーアのことを忘れきってない、そうなのでしょうね…」
だけどラルは何も動じない。
「そうだと思います」
だから、思わずまた聞く。
「ラル?それで、本当にいいの?」
「いいんです。ねぇ、ルミーア?」
「うん?」
「そんな弱いネルソン先輩を好きになったんです、私」
やられた…、やられたよ。
私はマドレーヌを見た。
マドレーヌも私を見てる。
そして2人で納得してからラルを見た。
「ご馳走様です」
「ええ、やっぱりラルです」
「うん」
ラルは不思議そうな顔をした。
「やっぱりって、どういうことですか?」
「え?そうですね、ラルが凄い女性だってことかしら?ね、ルミーア?」
「そうだよね、1番女性っぽいのがラルだもの」
「はい、」
マドレーヌの返事にラルが笑う。
その笑顔は少し大人びている。
きっと、ううん、間違いなくネルソンと信頼し合っているんだね。
「私は少しも不安ではないですし、心配もしてません」
「そうなんだ?」
「はい、だって、先輩はいつも私を見ててくれますから」
「いつも?」
「はい、」
これは…。
「マドレーヌ、」
「どうしました?」
「惚気って、聞かされるとこんな気分になるんだね?」
「そうですよ、分かりました?」
「うん、今、わかった」
「それでは、少し自重して下さい。独り身には堪えるんですからね?」
「うん」
すかさずミリタス先輩が加わった。
「いつの間にか、ラルまで惚気る様になったのね…。感慨深いわ」
「先輩…」
「そうなると、マドレーヌ。貴女が取り残されてしまうわね」
「はい…、どうしましょうか…」
自信無さげなマドレーヌにミリタス先輩が意外な事を言った。
「この際だから、素性のしっかりした男性を紹介するわ」
「え!」
「何を驚くの?別に無理はしなくていいのよ。会ってみて食事でもして、いいなって思ったら次の約束をすればいいんだから」
「そんな、」
「ミリタス先輩、それ、いいです!マドレーヌも色んな男性と会って話をすればいいと思うよ?」
「ルミーア、けど、」
「じゃ、私も小父様のツテで何方かを、」
ラルまでそんな事を言い出した。
「ラルまで…」
「大丈夫だよ、マドレーヌ。何人でも会えばいいよ、会っていいんだよ?」
「けど、」
「それは、最初は戸惑うでしょうけど、これも社交だと割り切って、ね?」
「ミリ義姉様…」
だって、ケイト姉様が心配してた。
恋に憧れ過ぎると、拗れちゃうって。
現実に起きた時に対応できなくて壊しちゃうことが多くなるからってね。
だから私も賛成だ。
「そんな、私…」
「どうしたの?」
嫌に拒む。
そういえば、さっきから変だった。
今朝はそうでもなかったのに、うん、変だった。
ここは確認しておこう。
「マドレーヌ、何かあったの?」
「え?」
「さっきも言ったけど、なんだか変だもの」
「そ、そんなこと無いんです!」
「そう?ケンフリットに着いてから、なんかおかしいよ?なんだろう、慌ててるというか、焦ってるというか…」
ミリタス先輩も頷いた。
「そうね、ルミーア様の言う通りだわ。マドレーヌ、何があったのかしら?」
「なにも!何もないですから、本当です!」
「そう?」
マドレーヌは真っ赤になって反論する。
「ええ、何もないんですよ。今朝から私には何もありません」
いやに否定する。
もう一言言おうとする私をラルが止める。
「ルミーア、いいじゃないですか?マドレーヌがそう言うのですから」
「そう、だね」
言いたくないのに、これ以上の詮索はしちゃいけない。
「分かった。マドレーヌ、五月蝿くしてゴメンなさい」
「いいんです」
けれど、マドレーヌは開き直った。
「もう、分かりました。ミリ義姉様の紹介してくださる方と、ジルバートさんが紹介してくださる方にお会いすればいいんですよね?そうですよね?」
「マドレーヌ?」
「そうでしょう、ミリ義姉様?」
「まぁ、そうだけど、いいの?」
「いいんです!」
そう言ってからラルを見るんだ。
「ラルも、ジルバートさんにそう言って下さい!」
「いいのですか?ジル小父様に言えば、喜んで紹介しますけど、…」
「変な方が紹介されるのですか?」
「そんな事ないです。ただ女性に慣れてない方が多いので、そのような方になるかと…。いえ、私がチェックします!大切な友人に会わせる男性ですもの、ちゃんと見てからにします」
ラルは真剣に答える。
けど、そしたらラルが男性と親しく喋ることになるよ?
うん?どうなんだろうか。
「ラルがそんなことしたら、ネルソンがヤキモチ妬かない?」
「大丈夫ですよ、ルミーア」
「そうなの?」
「ええ、そんなつまらない男じゃないですから」
「あ、、、、」
思わず残りの女性陣は顔を見合せてしまった。
「なんか、ごめん」
「いいんです」
「はい…」
強烈だ。
強烈過ぎる。
いつの間にラルは強くなったんだろう?
それは、間違いなくネルソンを信頼して愛しているからだね。
私は大切な友人が幸せであるって事がこんなにも嬉しいことだと知った。
「ミア?」
急に肩を叩かれた。
苦笑いしてるシャルだ。
お喋りに夢中で忘れてた…。
「シャル?」
「そろそろいいか?ミア?」
「あ、うん?」
「時間だぞ?」
「あ、そうだね」
私達は時間を忘れていた。
「忘れてると思った」
「ゴメンなさい」
そしてマドレーヌがちゃんと話し出す。
「では、ルミーア様」
「はい、よろしくね」
「畏まりました」
「では、私は失礼しますね?」
「ラル、私達も一緒に行くわ」
「はい」
エドマイア先輩達はラルを連れて先に会場に向う。
それを見届けたシャルが腕を差し出した。
「ミア、行くぞ?」
「はい」
私はシャルの腕にそっと手を添えて、背筋を伸ばした。
今からが本番。
きっと色んな人の視線が突き刺さるに違いない。
けれど、選んだのは私。
シャルの隣でシャンとして生きていくんだ。
「それでは参りましょう」
ヴァンの声に促されて私達は会場へと向う。
音楽とざわめきが聞こえる会場へと。




