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式典が無事に終わり、私はケンフリットを卒業した。
パーティ前のざわめきの中、私は隣にいるミリに話し掛ける。
「今日も綺麗だよ?」
「ありがとう」
「さて、妹の様子を見に行こうか?」
「そうね、でも、その前に。ほら…」
ミリの視線の向こうには、あの2人がいた。
「本当だ」
それは、もちろんネルソンとラルディアだった。
対照的な黒髪と赤髪。
ネルソンと同じ様な身長で決して華奢ではないラルディアが、とても女性らしく見える。
「エド、行きましょう?」
「そうだね」
話が聞きたいのは私も同じだ。
この件については、ネルソンから色々と聞きたいものだ。
2人は程よい距離で並んでいる。
きっとフットボールの仲間なんだろう、何人かの男性と話をしている。
そこへ、私達は歩いて行った。
私達に気付いた男達が一斉にミリを見て礼儀正しくお辞儀をする。
「ミリタス先輩!」
「ご無沙汰しております!」
「ご卒業おめでとうございます!」
「「おめでとうございます!」」
ミリへの挨拶が凄い。
「皆、お元気そうね?」
「「「「「はい!」」」」」
そんな挨拶を交わしてから、私達は2人の前に立った。
「ネルソン、お久し振り?」
「あ、ご無沙汰してます」
「あら、そんなにビックリしないでくれる?」
「いえ、そんな…」
ネルソンは余程お仕置きが堪えているんだろうな。
けどね、ミリはそんなに怖くないんだよ?
周りにいた彼等が挨拶をする。
「じゃ、俺達はここで失礼します」
「では、」
「じゃ、ネルソン、後で」
「ああ、また後でな」
「ラルディア、また」
「ええ」
すっかりラルディアはネルソンの友人達にも馴染んでいるようだ。
彼女の仕草が女性らしくなったと思う、それはミリも同じ様だ。
「ラル、綺麗になったわね?」
「そうでしょうか?なんだか恥ずかしいです」
「あら、いいのよ。だって本当のことだもの」
ネルソンは満更でもない顔をしてる。
「そう思うでしょ?ネルソン?」
「まぁ、そうでしょうね」
「いやにあっさりとした返答だ」
「そうですか?」
「ああ、私なら恋人の美しさを認める答えをちゃんと言うけれどね?」
「いいんです、そんなこと」
「そんなこと?」
「ええ、」
「あら、それは違うんじゃない?」
ミリの少し非難じみた声にネルソンは動じない。
「大丈夫ですよ。そんなこと言わなくても、ラルは俺の事を分かってくれてますから」
「「…、」」
私とミリは互いに顔を見合わせた。
「なんだろう、私、ねぇ?」
「そうだな、これはこれで惚気だな」
「そうね…」
ラルディアは微笑んでいるだけだ。
まったくお似合いだな。
「ミリタス先輩、エドマイア先輩。色々とありがとうございました」
「いいのよ、収まる所に収まったんだもの」
「はい」
ラルディアの笑顔は美しい。
ネルソンは満足そうにその笑顔を見ている。
「ところでエドマイア先輩、マドレーヌの姿が見えませんが?」
「妹はルミーア様に付きっきりなんだよ」
「付っきり?」
「ルミーア様にとっては今日は初お披露目の大切な日だからね。マドレーヌが補助に入っているんだよ」
「そうですね、そうなりますね」
「でも、ラル。マドレーヌには会えるわよ?」
「本当ですか?」
「ええ、私達と一緒なら控え室に入れるわ」
ネルソンとラルは顔を見合わせた。
まるでラルの言葉を代弁するかのようにネルソンが尋ねてくる。
「それって、殿下とルミーアもいますよね?」
「そうね」
「なら、ラル、行ってこいよ」
「先輩?」
「俺はこんな格好だし」
ネルソンは相変わらずラフな姿だ。
またそれが気取らなくて似合っている。
「それでいいですか?」
「ああ、俺なら大丈夫。さっきの奴らと食事してるから」
「わかりました。そうします」
「じゃ、後で」
「はい」
ネルソンは私達に挨拶をすると人混みに消えて行った。
この2人はあっさりしてる。
ラルディアはネルソンを見送ってからこう言った。
「では、お願いします」
その声に促されるように控え室に向った。
私の後ろでミリがラルディアに話しかけている。
「ネルソンは来なくていいの?」
「いいですよ」
「やっぱり殿下とルミーア様が一緒にいるところを見たくないのかしら…、あ、ごめんなさいね」
「ミリタス先輩、いいんです。だって、多分その通りだと思いますから」
「ラル?」
「私、それで良いんです。そんな先輩のことを好きになったんです」
「そう、ラルは強いのね?」
「そうでしょうか?」
「私だったら、エドの心の中に誰かがいるなんて無理だもの」
いないよって言いそうになる、けど、我慢した。
「そうなんでしょうね。でも、私の事を大切にしてくれる先輩もいますから」
その声は透き通るように響いた。
なんの曇りもない声だった。
そんな恋愛もあるのだ、と私は教わった。
「失礼します」
私達は控え室に入る。
ラルの姿見えたのだろう。
「「ラル!」」
妹とルミーア様の大きな声が聞こえた。
「ルミーア、マドレーヌ!」
「わぁ、嬉しい!ね、マドレーヌ?」
「はい!ラルですよ!」
「もう、そんなに大きな声で」
「だって、もう、あんな報告だけして」
「そうです、全然会えなかったんですから!」
ああ、お喋りが始まる。
ちらっと殿下の様子を伺うと、苦笑いでヴァン殿と話をしていた。
私もそちらに参加する事にしよう。
「賑やかですね?」
「ああ、あの3人が集まるとこうなる」
「いいのですか?」
「いいも何も、好きなだけ喋らせてやらないと後が大変なんだ」
「なるほど…」
「…、」
いつもならちょっとした皮肉が出る筈のヴァン殿の口から、何も言葉が出ない。
「おい、ヴァン?」
「はい、なんでしょうか?」
「さっきから様子が変じゃないか?」
「そうでしょうか?」
「そうだとも、お前が無口だなんて気味が悪い」
ヴァン殿は慌てた様子もなく答えた。
「私だって時には大人しくなるのですよ?いけませんか?」
開き直った。
さすが一筋縄ではいかない。
「ま、そうだな」
「はい、そうです。それよりも、殿下。本日のパーティは早めに切り上げて、王太后様のお屋敷に戻られることでよろしいですか?」
「それでいい。婆様がどうしてもルミーアの姿を見たいそうなんだ」
「王太后様はルミーア様をお気に召されたようですね?」
「ああ、後継者に指名するほどだ。ミアは次期大公になってしまった」
殿下の言葉が、何か言い澱んだものになるのが分かる気がします。
「やはりお気になりますか?」
「少しな。ルミーアの存在が大きくなると色々な反発が予想できる」
「そうなりますね」
「ああ、」
けれども殿下は笑顔で仰ります。
「だが、俺がミアを守ればいいだけだ。ヴァン、エドマイア、よろしく頼む」
「もちろんです」
「私も、殿下とルミーア様の為ならば」
「ありがとう」
そして、私達は賑やかな女性達を少し離れて見守ったのです。




