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陛下と一緒の自動車の中のこと。
広い自動車の後部にL字でソファーが配置されている。
陛下は最後部に、私とシャルは並んで窓側に。
とっても寛げる状況なのに、だ。
私は、困ってしまっている。
陛下のお言葉に戸惑っているんだ。
「ルミーア、この年寄りの我が儘を聞いてくれ」
大の大人の男性が、そんなウルウルした瞳で見つめないで欲しい。
「けれど、陛下…」
「シャルディ、お前からも言ってくれ」
「もちろんです。ミア、父上がそうして欲しいと願っているんだぞ?叶えてあげて欲しいな」
シャルまで、そんな事を言い出す。
でもね、難しいよ。
けど、頑張る。
「で、では、…、あの、お、…、お、」
「ミア、頑張るんだ!」
なに、その声援?
それでもシャルの気持ちが嬉しかったし、陛下のお心遣いも心に染みている。
だから、呼吸を整えた。
「はい、では、…、えっと、お義父様?」
「なんだ?」
「今日はいいお天気ですね?」
「そうだな、ルミーア。うん、いいな。なぁシャルディ、」
「なんでしょう、父上?」
「娘というのはいいものだ。ルミーア、もう一度呼んでくれ?」
一回言ってしまうと楽になる。
「はい、お義父様」
「うん、いい」
そんな会話が繰り返された自動車の中で、ケンフリットの門と潜っていることに気づかずにいた私達だ。
急に車が止まったので陛下は怪訝そうだった。
「何かあったのか?」
ドアが開いて、ようやくその事に気づく。
「ああ、もうケンフリットに着いたのか…。早く感じたな」
シャルは満足そうに答える。
「だから言ったじゃないですか、父上」
「何をだ?」
「ルミーアと一緒にいると時間を忘れると」
「ああ、そうだったな」
「そうです」
この親子、やっぱり親子だって思う。
「さぁ、陛下、殿下。皆様がお待ちです、急ぎましょう?」
「そうだな、ルミーア。では参るか」
私が一番先に降りる。
降りた先にはヴァンとマドレーヌが待っていてくれる。
私は軽く会釈をした。
うん?
なんだろう…。
マドレーヌのぎこちなさは。
それでも侍従の指示に従って、殿下と陛下が降りられるのを待った。
そして、陛下がゆっくりとケンフリットの正面玄関に降りられる。
控えていた人々の中にいたケンフリットの学院長が、誇らしげに声を発する。
「陛下、わざわざのお越しに対して感謝を申し上げます。今年も無事にケンフリットから優秀な若者が巣立って参ります。彼等は必ずやバルトンの礎となり陛下に忠誠を誓うことでしょう」
「うむ、ワシもそうであることを望んでおる。学院長、今年は息子の卒業でもある。今まで世話になったな?」
「勿体ないお言葉…、」
感極まった学院長は、その思いを言葉にしようと口を動かそうとした。
けど、それはヴァンによって遮られた。
「学院長、ご挨拶はその位にして頂いても宜しいでしょうか?陛下におかれましては控室にてお休みになられた方が宜しいと存じます」
スラスラと言葉を並べて、私達を人の目から逃がしてくれる。
最近は少し体調が良くなられたといっても、陛下のことは心配だもの。
そんなシャルと私の気持ちを察してくれたに違いない。
いつもは一緒に行動している侍従は、今日は先に控え室に行っていることになっている。
控え室も万全にしないと。
「そうでございました。では、こちらへ」
「うむ」
私達は式典が行われる会場のすぐ側にある控室に向う。
シャルは陛下の隣で一緒に歩き出した。
だから、私は隣にいるマドレーヌに話し掛ける。
私はさっきから気になっているんだ。
「マドレーヌ?」
「え、?」
「なんだろう、いつもと、ううん、さっきと違うわ」
「え、違ってなんか、いませんわ」
「そう?」
そうかな?
なんだかぎこちない笑みだよ?
「ルミーア、変な事を言わないで下さいね?私は今日は貴女の付き添いなんですから」
「うん、わかった」
「ルミーア様?」
「…、ええ、分かったわ。マドレーヌ」
「はい、よろしいです」
マドレーヌのチェックは厳しいなぁ。
そんな会話を続けながら、控え室に入った。
陛下が寛げるようにゆったりと座れるソファーがある。
やはり少しお疲れなのか、ゆっくりと腰掛けられる陛下。
侍従がさっと飲み物を差し出す。
「すまない」
ようやく落ち着かれたよう。
私もシャルと一緒に陛下の向かいに座った。
「それでは本日のご予定です」
陛下の侍従からスケジュールが告げられる。
それは式典の終わりまでだ。
「式典が終わられてからは、陛下におかれましては城に御戻り頂くことになっております」
「ワシは戻るのか?」
「はい」
「そうか…、」
残念そうだ。
けど、そんな感情を出されるのはここだから。
私の事を認めて下さっているから。
嬉しい。
「父上、どうかしましたか?」
「せっかくだから、お前達の踊る姿を見たかったな、と思ったのだ」
「お義父様、本日はまだ不慣れで恥ずかしいのです。後日にして頂けないでしょうか?」
「そうですよ、その時はもっと素晴らしいドレスのルミーアをお見せいたしますから」
え?
「シャル?まだ作るの?」
「当り前だろ?」
この人は…。
今回のドレスだって、こんな豪華なドレスで着ているだけで疲れそうになるのに?
色々と思いが回って言葉が詰まってしまう。
「…、」
「どうした?」
「お義父様、この様な散在は良くないと思いませんか?」
ところが陛下は笑っている。
「気にするな、息子がそうしたいのだ。それにワシも見てみたい」
「まぁ…」
「ミア、諦めろ」
そうしよう。
「…、うん」
「ハハハ」
陛下の笑い声が響く。
つられて私達も笑った。
やがて時刻となる。
シャルが自慢げに腕を差し出す。
「ミア、行くぞ?」
「はい、」
この会話はこれからずっと繰り返されるんだ。
日常になるんだ、素敵過ぎる。
そんな事を思っている。
「うん?どうした?」
シャルは、私の気持ちに気付いてくれる。
「シャルが素敵だから、嬉しいの」
え?
シャルの顔が赤くなった。
耳元でこう囁くんだ。
「ミア、馬鹿だろうけどミアが好き過ぎて、俺はどうしたら良いのか分からない」
だから、私も囁いた。
「シャル、あのね、私もよ?」
言葉聞こえてないと思うのに周りの苦笑いが伝わる。
気にしない、もん。
言い訳しちゃう。
「だって、大好きなの。仕方ないでしょ?」
あ、ちょっと、駄目だった…、お義父様がいらっしゃったんだ。
「まったく、ルミーアは自由だな」
「お義父様、すみません…」
「良いのだ、ルミーア。お前はそれでいい」
「けど」
「私の娘は、無邪気で良いのだ。そうであろう?」
「お義父様、ありがとうございます」
幸せだ。




