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私は皆様の後に従って陛下の元へと急ぎます。
ヴァンさんが先頭に立ち、殿下とルミーアが並んで。
私はその後を。
初めて入る陛下の私室。
かなりの緊張です。
けれど空気は思っているよりも温かくて優しいものでした。
陛下は窓辺で空を見上げていらっしゃいました。
ゆっくりと私達の方を見てから優しい笑みでお声を掛けて下さいます。
「おお、来たか?」
そのお声はとても優しく響きました。
「はい、」
「ルミーアは綺麗だな?」
その言葉にしっかりと答えるルミーアです。
「ありがとうございます。きっと、殿下が仕立てて下さいましたこのドレスのお陰です」
「そうか、シャルディは随分と張り切ったんだな?」
「もちろんです、ルミーアが美しくなるのであれば、何でもしましょう」
「相変わらず言うな?おや、お前達、揃いか?」
殿下は自慢げです。
「はい、当然です」
「また惚気るのか?」
そんな冗談に笑い声がいたします。
穏やかな時が流れてます。
「さてと、だ」
陛下が改まってから話されました。
「母上が後継者をルミーアと決めた」
ルミーアからは聞いていたのですが、陛下の口から聞かされると現実として響きます。
「ルミーア、大変だろうが母上の願いを叶えてやってくれ」
「はい」
しっかりとした返事のルミーアは言葉を続けます。
「私になどと不安もありますが、王太后様のお気持ちを受け取ってしっかりと務めたいと思います」
「それで良い。立場など時間が作るものだからな、心配はするだけ無駄だ」
「ありがとうございます」
ルミーアの立ち振る舞いは立派なものでした。
今朝の不安ばかりを口にする彼女とは思えません。
芯がしっかりしてきた、と感じます。
「シャルディ、」
「は、」
「お前がしっかりとルミーアを支えるのだぞ?お前の我が儘に振り回されているのはルミーアの方なのだからな?」
「分かっております。必ずルミーアを幸せにするとランファイネル伯爵にも約束をしましたから」
「よし」
陛下は大きく響き渡る声で仰りました。
「ルミーア・ランファイネル。そなたはシャルディの下を離れるな?」
「はい、私はこれからの一生を殿下に捧げると、陛下にお約束致します」
「わかった。シャルディ、お前はこの覚悟に応える事が出来るか?」
「はい、何事が起ころうとも私はルミーアを離す事は無いでしょう。彼女と共にこの国に生涯を捧げる為になら何でも致します」
「良い覚悟じゃ、気に入った。幸せになれ」
「「はい」」
シャルディ殿下の肩に軽く触れられてから、皆にお声を掛けられます。
「それでは参ろうか」
「はい」
私達は陛下の後に従ってケンフリットへと向う為に歩き出しました。
私はヴァンさんと同じ自動車ですが、当然、ルミーアと殿下は陛下と同じです。
私達を乗せた車は後に続いて走ってます。
青い空がとても気持ちよく、心を軽くしてくれます。
「ヴァンさん、」
「なんでしょうか?」
「ルミーア様ですが、最近になってしっかりしてきたと思いませんか?」
「マドレーヌ様も思いますか?」
「ええ、今日の陛下とのやり取りを見ても、とても立派だったと思います」
ヴァンさんが頷く。
「まったくです。知り合った頃のルミーア様とは違いますね」
「本当ですわ。初めて会った時のルミーアは好奇心の塊でしたもの」
「真っ直ぐで嘘が言えないのは相変わらずですが、子供のように感情を出してらっしゃいました」
「なんだか懐かしく思えてきます」
「まったくですね」
私達は笑ってしまった。
「マドレーヌ様は、これからもケンフリットで過ごされるのですか?」
「そうですね、そうしようと思います。25寮の仲間の内、誰か1人だけでも卒業しないと駄目だって思いますもの」
私は外の景色を見る。
見慣れている景色、それでも違うように感じるのはどうしてでしょうか。
それはきっと仲間がそれぞれに旅立つから、そういう事にしたい私がいます。
「それに、私にはそれしかないのですもの」
ヴァンさんは笑う。
けれども、それは肯定的な笑顔ではありませんでした。
意外で私は思わず聞いてしまいました。
「どうなさいました?」
「いえ、先程の言葉ですが、マドレーヌ様ほどに全てを持っておられる方の言葉とは思えませんね?」
「私が?全てを?」
「ええ、そうです」
私は思いっきり否定しました。
「そのような事はありませんわ。だって、今の私は何も持っておりませんもの」
ですが、ヴァンさんの瞳は恐ろしい位に静かでした。
「マドレーヌ様」
「はい、」
「見えてないという事は、時に不幸なのですね」
「見えてない?」
「私などからみれば、貴女様は何でも持っておられる。家も美貌も時間も学力も。何をどう使おうが自由という幸運すらです。おそらくたった一つ手に入れられない恋人という存在が、貴女の瞳に幕を張ってしまっているのですね?」
「幕、ですか…」
「我々貴族ではない人間が、それをなんて言うか知ってますか?」
「なんて言うのでしょうか…」
「貴族の無い物ねだりって言うんですよ」
「…、」
私は何も言えなくなりました。
ヴァンさんが貴族になったのは最近ですから、ご自分のことを貴族ではないと仰ることは理解できます。
ですが、私は無い物ねだりの我が儘なのでしょうか?
私はかなり我慢して生きてきたと思うのですが…。
「お気を悪くされましたか?」
「…、」
気を悪くした、などど…、なら言わなければいいのではないのでしょうか?
だいたい、ヴァンさんに私の何が分かるっていうのでしょうか?
私はきっと無言でヴァンさんを睨みつけていたのでしょう、たぶん、そうだと思います。
気が付くと、ヴァンさんは困った顔をしています。
なので言う事にしました。
「ヴァンさん?」
「はい、なんでしょうか?」
「なに、貴族じゃないみたいな発言をしてるのでしょうか?」
「え?」
「貴方は、既に男爵です。それなのに、なに、違うような顔をしてるんですか?」
「…、」
「それにです、確かに人から見れば私は恵まれております。そのような事、知っております。けれども、それと悩みを持つのは別ではないでしょうか?」
「はい…」
「私だって悩むんです。悪いですか?」
「…、すみません。いや、申し訳ありませんでした。」
そう言ってから、急に頭を掻き出すのです。
そして見たことのない笑顔で喋り出しました。
「マドレーヌ様、もともと私は皮肉屋でこの様な言葉ばかりを言うものですから、殿下に良く怒られるんですよ。本当にすみません」
「皮肉屋ですか?」
「そうなんです、いつも怒られているのに、ついやってしまう。参ったな…」
ヴァンさんは優しく私を見ます。
もしかしてご自分を恥じているのかも知れません。
「なんでこの様なことを言ってしまったんだろう…。そうですね、きっと、マドレーヌ様が羨ましかったんですね。羨ましがるなんて、まったく、私の方が子供だな。」
その笑顔が少年の様に見えたのは何故でしょう…。
「これからの時間が大切なのに、その前に嫌な気持ちにさせてしまいましたね。私達は殿下とルミーア様の本日を完璧にするためにいるのでした。配慮が足りませんでした」
ヴァンさんは言葉を尽くして何度も謝るのです。
「しかもマドレーヌ様は、宰相のお嬢様だと言うのに…。私は本当にどうかしてました」
なんだろう、ちょっと、あれ?
「ちょっと改めましょう」
「そ、そうですね…」
「先程の無礼はお許し下さい」
そう言ってからお辞儀をするんです。
フッと、匂いがしました。
「わ、わかりましたわ」
「良かった。では、改めて。マドレーヌ様、本日はよろしくお願い致します」
笑顔で私を見詰める瞳が透き通っていて。
キュン、ってしたのは、なんででしょうか…。




