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朝から忙しい。
朝って言ったて、まだ暗いのに…。
起こされて、湯浴みさせられて、身支度に入る。
全てはケンフリットの式典の時間が早いから。
昔からの仕来りだけど、ちょっと文句を言いたくなる。
9時までにはシャルと一緒に城に入らないといけない。
支度には結構な時間が掛かるから物凄く朝早くからになる。
お婆様の屋敷からだと暗闇の中での支度になるんだ。
辛いから、何か方法はないかってヴァンにお願いした。
そして色々と揉めたけど、オルタンス家の本宅で用意をする事になった。
お婆様は最後まで反対だった。
でも、どうしても時間が間に合わないので、渋々諦めて下さった。
但し条件が付いた。
私とシャルの結婚式の時は、絶対に、お婆様の屋敷で仕度するという妥協案で我慢して下さったんだ。
支度を見たいんだって。
けどだ、今でも大変なのに、結婚式ってどうなるのかな…。
いやいや、明るく考えよう。
そうしよう。
マドレーヌの声が聞こえる。
「ケル、私はいいから、ルミーアの仕度を先に」
「はい、」
「ボビン、今日は貴女が私の仕度を」
「畏まりました」
ケルさんが私のドレスを箱から出して整えてる。
バキャリーが初めて作製したドレスはシャルの瞳と同じ深蒼。
絹の光沢が違う。
リボンは薄い緑、ウエストは絞られてスカートが膨らんでいる。
そのスカートには美しい並びで小さな宝石が縫い付けられているんだ。
私が動くたびに縫い付けられた宝石が光を放つ。
文字通り、私キラキラと輝くの…。
「美しいわ…」
ミリタス先輩がため息をついた。
今日は先輩の卒業式でもあるのに、ノンビリとしてる。
だって先輩は城に行かなくて良い分時間に余裕があるから。
「バキャリーもやるわね」
「ミリタス様、私もこの様に贅を尽くしたドレスは初めてです」
「ケルが初めてなら、ここにいる皆が初めてよ」
「そうなりますでしょうか…」
ケルさんはベテランなんだもの、きっとミリタス先輩の言う通りなんだろうな。
ミリタス先輩は不思議そうに私を見るんだ。
「ルミーア、どうしたの?」
どうって、うん、そうだね…。
「先輩…、あの…、」
「なんだか元気がないけど?」
「あの、私、大丈夫でしょうか?」
不安なんだもの、ケルさんだって見るのが初めての豪華なドレスだよ?
衣装負けしてるんじゃない?
私の不安を察して手を握ってくれる。
「大丈夫よ?」
温かいんだ。
「女性の私から見ても今の貴女は光り輝いているってわかるもの。これからは、ルミーア様と呼ばせてね?」
「…、なんだか、寂しいです」
「そうね、でも、慣れるわ」
「…、はい」
「さぁ、笑って?」
「はい」
そう、これからシャルが待ってる城に向う。
だから不安がったり落ち込んでいる暇はない。
「では、よろしいですか?」
「ええ、お願いね」
まずは息を整えよう。
ギュウギュウに絞られるんだから…。
1時間後、ようやく仕度が整う。
ずっと見ていたミリタス先輩がため息を付いた。
「綺麗よ、誰よりも綺麗」
「まことに。ルミーア様は本当にお綺麗になられました」
ケルさんもシミジミという。
「そうね、殿下が離さないんですものね」
なんだか照れる。
「ミリタス先輩…」
「なんの心配もいらないわ。貴女は殿下に甘えるだけでいいの。わかった?」
ミリタス先輩の言う通りだ、いつもまでもウダウダしてられない。
私は笑って返事をした。
「はい!」
「いい返事だわ。さぁ、ケル。今度は私の番ね」
「畏まりました。ルミーア様、もう直ぐマドレーヌ様の仕度も終わりますので暫くお待ち下さい」
「わかりました」
1人部屋に残されてしまった。
鏡に映った自分を見てみたら、自分じゃないみたいだ。
髪は丁寧に結い上げられてシャルのサファイアが輝いている。
もちろん、イヤリングもネックレスも指輪も、全てがディープブルー。
物凄い高価なものばかりになってしまっている。
シャルの側にいたい。
その願いは叶う、こんな現実と一緒に。
まだ戸惑いそうになる自分に蹴りでも入れないと罰が当たりそう。
ドアが開いた。
「ルミーア、私の仕度も終ったわ」
マドレーヌが部屋に来てくれた。
彼女のドレスも素敵だ。
落ち着いた薄赤に赤紫がアクセントになっている。
私達は並ぶと互いを引き合うような色使いになってるんだ。
きっとマドレーヌは色々と考えてくれているんだ。
有難いね、友人で頼もしい。
それに、今日はずっと付き添ってくれる事になっている。
「素敵、似合います」
「うん、マドレーヌ、ありがとう。マドレーヌのドレスも素敵だね?」
「ルミーアに褒められて安心しました。さぁ、ルミーア。行きましょう?」
「うん」
私達は自動車に乗り込んで城に向う。
バルトンの城は美しいことで有名。
白い石の建物に色とりどりのステンドガラス。
いつ来てもため息が出そうになる。
取りあえずシャルの部屋に通された。
シャルは書類に目を通していた。
靴音に気付いて私を見てくれる。
「シャル?」
皆は似合っているって言ってくれたけど、どうなんだろう。
「ミア、…、」
立ち上がり私に触れる。
「綺麗だよ?」
「うん」
それから、マドレーヌの方を見て言うんだ。
「マドレーヌも美しい」
「ありがとうございます。ですが、ついでの様に聞こえたのは気のせいでしょうか?」
「これは手厳しいな」
「申し訳ありません、つい…」
「いい、それよりも今日はよろしく頼む」
「はい、お任せ下さい」
私はお婆様のところで礼儀作法を学んできた。
まぁだいたい様になっている、とお婆様も仰ってくれる。
けど、本番は体験した事が無い。
だからマドレーヌが付いていてくれる。
とっても安心。
私達はお呼びがあるまでここで待機だ。
書類に目を通しているシャルを放っておいて、私とマドレーヌはお喋りを始めた。
「そうでした、ルミーア」
「なに?」
「ラルがパーティに来るそうですよ」
「そうなの?ラルが?」
「そうです、」
「それって、当然、ネルソンも一緒よね?」
「はい、もちろんです」
ラルがネルソンに告白されてそれを受けたって話は、ラルの口から直ぐに聞かされた。
律儀な彼女らしく私とマドレーヌの2人に別々に電話でだ。
色々とネルソンらしかった。
人目も憚らずに手を繋いだなんて、キュンってきた。
恋バナっていいね。
「わぁー!どんな顔してるんだろうね」
「本当です、聞きました?ラルの手を握って、この手を離さないからって言ったそうですから!」
「本当?凄い!そんなこと言っちゃうんだ!」
私達はこの国の王子がいるのに女子トーク全開。
シャルは好きにさせてくれる。
一旦私達を見てから、やれやれという顔をして、また書類に目を通しだした。
私はラルから聞いた情報をマドレーヌに伝える。
「私はラルが迷子になった時にさっと手を差し出して、迷子になるなよって言ったって聞いたわ」
「それもいいです!憧れます!」
「ね、そうよね?」
「あの2人はお似合いですもの」
「うん!」
「そうそうです、聞きましたか?告白を受けた時にネルソン先輩がこう言ったそうですよ。俺はシャルディみたいにキザな台詞は言えないからって」
「あ、」
急に顔を上げる王子。
「俺はキザな台詞なんか言ってないぞ?」
「そうでしょうか?かなり仰ってますよ?お気づきでないとしたら、それはそれで拙いのでは?」
ストレートだ。
そういえば、マドレーヌは男性に対してキツイ言葉を言う傾向があるように思う。
なんだろう?
シャルは苦笑いになっている。
「マドレーヌ、」
「はい、」
「なんだかヴァンと話してるような気がしてくる。お前達、何かの示し合わせか?」
「い、いいえ、別に、なにも」
「いや、ヴァンと何か話し合ったんじゃないか?」
「そ、そんなこと、ありません」
頑なに否定する。
もういいじゃん、私は話を続けたいの。
「ねぇねぇ、それでラルはなんて返事したの?」
「えっとですね、あの2人は物語になる人間だから仕方ありませんって」
なんと…。
「けど、その通りですものね」
さらっと仰る…。
私とシャルは戸惑ってしまった。
ちょうどその時に、ヴァンが部屋に来た。
「楽しそうですね?」
「ああ、まぁな」
「けれども、お呼びがありましたから。お向かい下さい」
「わかった」
私達はヴァンに連れられて陛下がお待ちになっている部屋へと向った。




