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「本当に、それで、いいんですか?」
ラルの青い瞳が俺を見ている。
綺麗だって思う。
「ラルが良ければ、なんだ。いいかな?」
俺の言葉にラルの顔が赤くなった。
俺はラルの言葉を待った。
いつもでも待つつもりだった。
きっと待たせていたんだから、言葉を待つくらい平気だから。
俺はエドマイア先輩に背中を押されてから、ラルディアと王都で会うようになった。
それは本当に応援する為だったんだ。
ラルディアが城に入って自分の為に生きるって決めたんだから、なら、俺は相談に乗ったり励ましたりしたかった。
俺の周りで見かける女とは違ってラルは誠実で穏やかだ。
よくルミーアとマドレーヌが、ラルが一番女らしいって言ってたけど、本当にその通りだ。
だから、何でも自分で抱え込もうとする。
そんなの良くないから、俺は話を聞いてやろうって、そのつもりで何度か一緒に食事をした。
でも、なんだろうか、いつの間にかラルと一緒にいることが嬉しい自分に気付いていった。
それは多分だけど、ラルには俺が俺のままで喋るとこが出来たからだ。
当然だけど、ルミーアと話している時も俺は俺のままだった。
でもだ、彼女への想いを隠したままで接してきたから、どこかで無理をしていたみたいだ。
それを恋って言うならそうなんだろう。
でもラルディアは違った。
ラルディアは俺を大切にしてくれる。
最初に気付いたのは、何度目かの食事の時だ。
ラルの好きな料理を頼んでいる筈なのに俺が好きな料理が並んでいた。
気が合うなって言ったら、そうですねって恥ずかしそうに笑った。
それでラルが俺の好きな料理を覚えていてくれた事に気付いた。
そして、美味しいって食べてくれる。
そんなさり気ない優しさを持っている女性だって事だ。
それから暫くして、それだけじゃないの事にも気付いた。
ある時は、そう、あれは雨の午後だった。
つまらない用事で遅れてしまった俺は慌てて待ち合わせの店に向った。
水しぶきが跳ね返り服が濡れるくらいに強い雨で、俺は濡れないようにって気をつけていた。
角を曲がったら待ち合わせの店だ。
雨よけのひさしの下に入って少し身支度を整えて、そうしてから角の向こうを見たんだ。
そしたら、ラルは店には入らずに前で待っていた。
赤髪が目立つから直ぐに彼女だって分かった。
傘を差して不安げな顔をしていたな。
だから俺は暫く影に隠れて様子を見た。
意地悪だったな、でもなんだ、なんでか分からないけど、そうした。
だけど彼女はずっと待っている。
不安げな顔は、少し諦めの顔になっていった。
そうか、俺が来るかどうか不安なんだ。
そんなこと考えてるなんて一度も言ったことないから、だから気付かなかった。
そんなラルの姿を隠れて見ているなんて、俺、酷い奴だよな。
何してるんだろうって気付いて、慌てて走ってラルの所に行ったんだ。
そしたら、…、ラルの顔が明るくなって、ニッコリと笑ったんだ。
「遅くなったな?」って言ったら、「大丈夫です、私も今来ましたから」なんて言うんだよ。
何が今来ただよ、体が濡れて冷たくなっているんだぞ?
なのに笑って、今日は何処に連れて行ってくれるんですか?って聞くんだ。
思わず「馬鹿だな…」って言った。
そしたら、「あ、それて馬と鹿の肉を頂けるって事ですか?」なんて冗談を言うんだ。
あのラルが冗談だぞ?
俺、泣きそうになったんだ。
なんでなんだろうな、泣きそうだなんてな。
また泣き虫ってラルにからかわれそうだ。
でも、ラルディアになら言われてもいいって思うんだ。
そう、俺は段々とラルが気になっていった。
さすがに鈍い俺でも、この辺りから色々と思うようになっていた。
俺はラルと一緒にいて楽しい、それは、おそらくラルを?ってな。
だからかもしれない、ラルディアを会う回数が増えていった。
王都は賑やかだから、毎日が祭りみたいにごった返す。
別の日に、俺達は賑やかな街を歩いていた。
沢山の出店があって、肉を焼いて串に刺したのを売っていた。
色気も何にもないけど一緒に食べようっかって言ったら、嬉しそうに「はい」っていう。
その笑顔が眩しくて俺は視線を逸らした。
ちょっとぶっきら坊に「わかった」って言って俺が買いに行こうと時だ。
「気をつけろ!」
人にぶつかってしまった。
慌てて謝ってフッと後ろを見るとラルが居なくなっていた。
あの時に人混みに流されたんだろうか?
押し合い圧し合いだったから、流れに流されてしまったのか?
「おーい!」
慌てて人にぶつからないように探す。
見つからないか?と焦った時、少し離れたところにラルがいた。
あの赤髪は目立つからそれ良かった。
直ぐに名前を呼ぼうとしたんだけど、思わず黙ってしまった。
だって、だ。
ラルは俺を探していたから。
困った様な、不安な様な、泣きそうな顔で俺を探している。
ラルディアは俺のこと好きなんだ。
その事が俺の心の中に流れ込んできた。
とても暖かで優しい気持ちだった。
そう思うって事は、間違いない、俺もラルディアを好きなんだって分かった。
俺はラルディアが好きなんだ。
泣きそうな顔をしてるラルを見て俺はそんな事を考えていた。
「あ!」
ようやく俺を見つけたラル。
途端に笑顔になるんだよ。
「良かったです!」
なんでそんなに嬉しそうに走ってくるんだ?
なんでそんなに可愛いんだ?
「先輩、はぐれちゃいました」
そう言って恥ずかしそうに俺の隣に来るんだよ。
そんなに俺と居て嬉しいんだって思ったら、抱き締めたくなった。
だから思わず手を差し出した。
「え?」って戸惑うラルの頬は少し赤くなっている。
「迷子になるぞ?俺の手に捕まれ」って言った。
そしたら、弾けるような笑顔で「はい」って答えた。
凄く素敵な笑顔だった。
俺だけに向けられる笑顔だった。
愛おしいって、こんな気持ちなんだな。
正直に言うと、まだどこかでルミーアが気になっている俺がいる。
気付いた時から好きだったんだ。
その気持ちは簡単には消えない。
でも、ラルの良く変わる表情に俺は惹かれていっている。
楽しいんだ、ラルといると。
このままの時間がもっとあればいいとも思う。
だけど、今の俺がラルに何かを言えないのは分かっていた。
でも、…。
別の日の事だ。
公園のベンチに腰掛けて屋台の焼き菓子を頬張っていた時の事。
ラルディアがルミーアに起こった出来事を教えてくれた。
まだ正式な発表ではないのですが、の前置きの後でこう言った。
「ルミーアは王太后様の跡を継ぐ事が決まり、今後は次期大公を名乗るそうです」
「そっか、そうなんだ」
俺はそんなに驚かなかった。
なにしろシャルディと一緒になるんだ。
俺なんかが理解出来ないことが起こるのは当然だからな。
「なんでも、殿下と聖ゼファクト皇国のお姫様との婚約は破棄されることがないので、王太后様がルミーアを気遣ってそうなさってくださったとか」
「そうか」
その話をラルから聞いた時、俺の心は静かだったから。
だから、俺は言ってしまった。
「ラル、俺さ、まだルミーアを引き摺っているみたいだ」
「知ってます。だって、泣くくらいに好きなんですからね?」
「ま、まぁ、そうだな…」
「いいと思いますよ?」
「でもな、俺、ラルと一緒にいるのが楽しいんだ」
「本当ですか?」
「本当だ」
「嬉しい…」
「本当なら、俺の気持ちの整理が付くまで待って欲しいとか言わないと駄目なんだろうけど…。正直そんなの待ってたら何年掛かるか分からない。その内にラルを他の男に取られるかもしれないだろう?」
「そ、そんなこと、ないですから!」
「ある。だってラルはいい女だからな」
「先輩…」
「だから、付き合って欲しい。こんな俺だけど、恋人としてラルと一緒にいたいんだ」
それでさっきの会話に戻る。
「本当に、それで、いいんですか?」
「ラルが良ければ、なんだ。いいかな?」
「私は、だって、私はもう、」
「もう?」
「先輩が、好き、でしたから…」
「嬉しいな、じゃ、これで恋人同士だな?」
「はい!」
俺達は公園のベンチで、見られてるのも気にせずに手を握り合った。
女性の手にしたらゴツゴツした手だけど、そんな事は俺には関係なかった。
いつでも振り向いたらラルが笑って俺を見ていてくれる。
そう思ったら、それだけで心が満ち足りたんだ。
ただ、心配ごとはあった。
「ラル、言っておくが俺はシャルディみたいにキザな台詞は言えないからな?」
「わかってます。あの様な台詞は…、疲れますから」
「そう、だな」
ラルは笑った。
「あのお2人は、これから物語になる方達。普通じゃありません」
「そうだな、そうだった」
「はい、」
その笑顔は素敵だ。
眩しいとさえ思う。
俺はこれからこの笑顔と一緒に生きていこうって、決めたんだ。




