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結局、私は何が起きていたのかをシャルに聞くのは止めた。
だって、何も変わらないから。
それに、私達を見ていたお婆様が、なんだろう、嬉しそうにしてたから。
私の誘拐未遂事件が起こっていた。
その詳細は後日にヴァンから聞き出すことにしたの。
夜の食事を終えて、居間で寛いでいたらお婆様が話し出した。
「シャルディ?」
「なんだ、婆様?」
「貴方は、いったい何時になったらルミーアと結婚するのでしょうね?」
シャルは言葉を詰まらせた。
「え?」
「お婆様、そんなに急でなくても、」
「ルミーア、この孫は急かさないと動きませんよ?」
「婆様、」
苦い顔のシャル。
暫く無言で考え込んでいたけど、はっきりと言葉にした。
「直ぐにでも、だ。俺はいつでもそのつもりだ」
え?直ぐ?
いきなり過ぎない?
「シャル、直ぐって、」
「無理なのは分かってる。けどな、決してモタモタしてる訳じゃないんだ」
言い訳しなくても大丈夫だよ。
「わかってるわ」
私の手を握っているから気持ちは伝わっている。
「婆様、安心して欲しい。俺は必ずルミーアを妃にするから」
「それは本心でしょうね?」
「もちろんだ」
「そうですか、なら分かりました。ガエル、あれをこちらに」
「はい、」
ガエルと呼ばれた侍女は部屋を出て行った。
お婆様は話を続けた。
「まぁ、時間は掛かってもいいのですよ?」
「どうしてだ?」
「ルミーアとの暮らしは楽しいですからね。このままずっとでも構わないと思っていますよ」
そしたら私はシャルと一緒に暮らせなくなりそうじゃない?
うん、そう思う。
「それは、それは駄目だ」
その危機感はシャルにも伝わった、らしい。
物凄く必死に否定するんだよ、嬉しい。
「ミアは俺と暮らすんだから」
「あら、そうですか?」
「そうだ!ミアと離れて暮らすのは今だけなんだからな?」
「わかってますよ」
お婆様の言葉に安心する。
「良かったわ…」
思わず出た言葉に慌ててしまう。
「あ、いえ、その」
「わかっています。あなた達の仲を裂くほど私は愚かではありませんからね」
お婆様も満足そうだ。
そこにガエルが戻って来た。
手に何かを持ってだ。
「では、私からの前祝いです。ルミーア、これを受け取りなさい」
もの凄く仰々しい皮の巻物を手渡された。
紙はあるけどそんなに保存性が良くないから、重要な文章は皮に書き込まれる。
「開けて読んで御覧なさい」
「はい、」
上質の皮は薄く延ばされていて、こんなに薄いのは見た事が無い。
それだけでも貴重なことが書かれているってわかる。
開けてみた…。
やはり、そこにはとんでもない事が書かれていた。
《私はここに宣言する。私の後継者はルミーア・ランファイナルである。すなわち、私、エリザベス・ゴードン・アリス・ド・ランドールの地位と財産を、私の死後、全てルミーア・ランファイネルに渡すものとする》
私は青くなっていたに違いない。
シャルが心配してくれる。
「どうした?」
「…、」
無言のまま、お婆様から頂いたものをシャルに見せた。
シャルの瞳がこれ以上大きくならないって位に開く。
「婆様、いいのか?本気か?」
「もちろんです」
「簡単にいうよな…」
「そうです、私ごときがお婆様の後継者だなんて!」
思わず大きな声になったけど、仕方が無いよね。
「もちろん嬉しいんです。お婆様に認めていただいたんですもの、飛び上がりたいくらいです。でも、これは分不相応です!」
「ルミーア、落ち着いて、良く聞きなさい」
お婆様は私の隣に座って手を握ってくださる。
少し皺のある、でも柔らかな手が暖かい。
「この孫は貴女を妃にすると言っていますが、一度決まった婚約を覆す事は非常に難しい事です。それを置き去りにしたままで貴女の名が大きくなるのは危険な事なのですよ。だいたいシャルディがよく分かっていないように私の目には映ります」
「婆様、俺は分かってる。だから慎重なんだ」
「分かっていると言うのなら、そうですね、こう言いましょう。やり方が手緩いと」
「手緩い、ですか?」
「そうです。いずれゼファクトからも何か言ってくるでしょう。そんな時に王子の決めた娘が貴族と言えども伯爵の娘であるとなれば、辛い目に合うのはルミーアですよ?」
「…」
想像できる。
ケンフリットの中でも田舎貴族の娘って言われるんだもの。
簡単な事だよね。
「ルミーア、貴女はこれから次期大公を名乗りなさい」
大公、って…。
「婆様、」
「私の後を継ぐ人間が次期大公と名乗るだけ。問題はありません」
ある気がする。
公爵までは王から拝領される土地をもつ身分だけど、確か、大公って自分の土地を持つ者だったよね?
国の中にある小さい国となるから国王からの干渉を拒否出来る筈。
そんな身分に、私が?
「私の全てをルミーアに継がせます。誰にも文句は言わせません」
「お婆様の全てをですか?」
「そうですよ。元々は先王が私にくれたものですから私がどうしようと息子にも口は出せないでしょうね。私は先王の遺言で大公の地位を相続しましたが、まぁそれは彼からの詫びだったのかも知れません」
「詫び?何故?」
「シャルディ、夫婦には色んな形があるのです。お前ももう少し大人になれば分かります」
「そんなものか…、」
「そんなものです。欲しくて貰ったものではない、そう、私には要らない迷惑な代物でした。ですが、ルミーアの役に立つのならば貰っておいて良かったです」
「けど、本当にいいのか?」
「構いません」
そう言い切られてしまうと、それ以上は何もいえない。
「では私がお婆様の後を継ぐのですか?」
「そうです、何があっても貴女は私の後継者。そうであれば誰も手出しは出来ないでしょうからね」
誰も手出しが出来ない、その言葉には私がシャルの側にいる事を望んでない人がいるって意味もあると思う。
私の進む道には色々な人の思惑が乱れて入り組んでいるんだ。
ただの小娘が乗り込んで行っても無駄なくらいに。
今頃になって何を思うんだろうね、分かっていたことじゃない。
「シャルディ、私が生きているうちに婚礼を挙げるのです。いいですね?」
深刻だった話も他愛のないものに変わっていく。
「縁起でもないな。だいたい、婆様はなかなか死なないから大丈夫だ」
「おやおや、私は不死身の化け物ですか?」
「まぁ、酷い!」
「本当です、酷い孫…、」
「そんなつもりじゃなかったんだよ、すまなかった!」
私とお婆様は一緒になってシャルをからかう。
それに付き合ってくれるシャルは嬉しそうだった。
やがてお婆様が寝所に向われて、私達も部屋へ向った。
2人きりの部屋で、シャルは皮の巻物をまだ眺めている。
とても深刻そうだ。
「どうしたの?」
「きっと婆様には俺が不甲斐ないって見えてたんだろうな」
「どうして?」
「婆様は何でもお見通しだったことだ。俺が色々と動いていたのを知って、こうして尻を叩きにきた」
「シャル?」
「話が落ち着いたら話そうって思ってたんだ」
シャルはゆっくりと話し出した。
「実はな、ゼファクトに婚約破棄を申し出たんだが、断られた」
「断られた、そうなんだ…」
「長年待たせた挙句に破棄とは、って怒ったらしい。けどな、普通は怒ったらそのまま破棄だろう?」
「そう、ね」
「けど、迎えに来いって催促だ」
「シャル…」
不安な私はシャルの手を握った。
「大丈夫だ」
「けど、」
「俺は迎えになど行かない。来る気があるなら勝手に来ればいいって返事した」
「しちゃったの?」
「しちゃった」
シャルの手が頬に触れた。
「けどだ、婆様から見たら手緩いんだろうな。だからミアに有利になるようにしてくれた」
「うん」
「ミア、」
キスされる。
「信じられないかもしれないが、こうなった以上ミアは婆様の跡を継ぐ立場の次期大公を名乗る。この国で王家に次いで権力を持つ人間になる」
「…、」
「誰も手出し出来ないし、言い掛かりも付けられない」
「シャル…」
「ずっと俺の側にいてくれ。ミア、俺はお前を離さないから」
「うん」
「絶対に、だ」
「うん」
私からキスした。
ついでにシャルの服を脱がせて現われた肌に触れる。
これは私だけの特権だもの。
「ミア…」
上半身が裸になってしまったシャルに抱かかえられて私はベットへと運ばれる。
「愛してる」
「私も…、あ、」
シャルの舌が肌に触れる。
それだけで、次が分かってしまう。
その位に私達は肌を重ねてきた。
「ミア、ここだろ?」
「あ、んん、」
胸が高鳴る。
「ここもだ、」
「そう、あ、あああ、」
「俺だけが、俺だけがミアを、だろう?」
「ええ、そう、シャルだけ…、あん!」
慣れた手つきで私に触れる。
心臓が壊れそうなくらいに感じる。
あまりに良すぎて、私は大きな声を上げてしまう。
「ああああ、あ、、、」
「いいよ、もっとだ、」
「シャル、ああ、ああああああ、」
果ての先、そう、何処にいるのか分からなくなってしまってる。
分かるのはシャルに抱かれていることだけ。
「ミア?」
「シャル、愛してる」
「俺もだ」
確かめる様に、シャルが私の中に入ってくる。
体の中から刺激が伝わる。
熱くなる、熱い。
「いい、いいよ、」
「いい?」
「ああ、ミア!」
私達は同じ所に落ちたに違いない。
バクバクする心臓と静寂と安堵感。
互いの肌の温もり。
シャルの手を掴む。
離れないって、誓う。
潤んだ瞳が、深蒼の瞳が私だけを見詰める。
「ミアの瞳の中に俺がいる」
「シャルの瞳の中は私がいるわ」
「うん、そうだな」
「そう」
ギュッと抱きしめられる。
シャルの匂い。
繰り返される愛してる。
ややこしいことは、もう、どうでもいいような気になる。
シャルが私を愛してくれる。
私もシャルを愛してる。
それだけでいいもの。
今夜も良く眠れそう…、だ…。




