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私が一瞬言葉を止めていた時。
「戻りました」
タリが帰ってきた。
2人は嬉しそうにタリの元に走って行く。
「タリねーちゃん!」
「おかえりなさい!」
妹達の声に少しだけタリの顔が優しくなる。
そして抱きついてる2人を優しく見て言う。
「大人しくしてたの?ルミーア様を困らせたりしてなかった?」
「うん!」
「大丈夫だよ?あのね、ルミーア様にね、蜜のパンを差し上げたの」
「ルリ、そのようなものを!」
「ご、ごめんさい…」
私は慌ててルリを庇った。
「いいの!美味しかったから、私は嬉しかったの。だから、ルリを怒らないでね?」
「…、はぁ」
ため息をついた後に、ゆっくりと私を見る。
「ルミーア様、そろそろ御戻り頂いても大丈夫になりました」
「わかったわ、けど…」
「はい?」
「もっと居たいの、駄目かしら?」
「それは…、」
妹達の瞳がキラキラしてる。
一緒にいたいって思ってくれてるんだ、嬉しい。
「ねーちゃん、ルミーアさまといたい!」
「いい?」
「駄目よ」
「「えー!」」
「まだ良いでしょう?」
「ルミーア様まで…、いけません」
「駄目かしら?」
「ルミーア様、殿下がご心配なさってます。王太后様もお帰りをお待ちです」
そうだった、心配症な2人だった。
「そうね、…。なら、また伺うからね?ルリ、マリ?待っててくれる?」
「「はい!」」
不本意ながら、私は癒しから遠ざかってしまった。
タリの家の前に自動車が用意されている。
私はタリも一緒に乗るように促した。
彼女は少しためらったけど、警護だから乗ってくれた。
自動車が動き出す。
「ねぇ、タリ?」
「はい、なんでしょうか?」
「妹さん達、可愛いわね?」
「ありがとうございます」
「今度伺う時にね、プレゼントを持って行く約束したの」
「あの子達!」
「お願い、怒らないでね?」
「いけません、」
「いいじゃない、私が渡したいんだから」
「けれど、ルミーア様。その様に甘やかすとあの子達の為になりませんから」
「いいの、ね?許してくれる?」
「貴女様は、どうして、どうして…」
どうしたんだろう、タリは泣きそうだ。
「タリ?」
「すみません、大丈夫ですから」
「そう?」
私は話を進めた。
「私ね、何も知らないで殿下の側にいるでしょう?だからヴァンがね、色々と教えてくれるの。特に付き合うのは止めた方が良い方の事とかね、だから、知ってるの。ゲイリー宰相がどんな人かって」
「ルミーア様?」
タリの顔が青くなった。
「私の護衛になるまでゲイリー宰相のお屋敷に居たんですって?」
「どうして、それを!」
「ルリが教えてくれたわ」
「ああ、…」
唇をかみ締めて、視線を逸らす。
「申し訳ありません…、ずっと、黙っておりました」
「いいの、けれど、随分と辛かったんじゃない?」
「え?」
タリは顔を上げて私を見てくれた。
でもその瞳は怖がるような瞳だった。
「だって、ヴァンの話じゃベルーガの貴族の中でも1番のケチだって言ってたわ」
「ケチ、ですか?」
「そう、ケチ。特に使用人には餌を与えないタイプだって」
「そんなことまで…」
「ヴァンって変わっているしょう?」
本当にヴァンの情報って面白い。
まるで物語を語るように色々な情報を教えてくれるから、私の頭にも入っていく。
助かる。
それにちょっと捻くれているけど、本当は寂しがりやで人といたいタイプだってことも分かってきた。
「ヴァンはとっても皮肉屋なのに人情に厚いもの。ちょっと複雑よね?」
「あ、確かに」
タリは笑いを堪えてる。
「とっても殿下の事を慕ってる。だって自分で影だって言うんだものね。だから彼は殿下の為になら自らの体を差し出せるの。それがね、ちょっと羨ましいのね、私」
「それは、私も同じです!」
大きな声、ビックリする。
「え?」
「ルミーア様の為でしたら、私など、」
「タリ?」
私は思わずタリの手を握った。
私を見るタリの目は真剣だった。
「申し訳ありませんでした!本当ならば真っ先にルミーア様にお伝えしなければならないのに、私は言えなくて…。ヴァン様に相談したら、それならルミーア様に内緒で事を進めようと言ってくれましたので、つい、…、何も言わないままで来てしまいました。でも、何事もなく全ては終わりましたから!」
ああ、本当に私には何も知らされてないんだ。
「終わるって?」
「はい、ゲイリー宰相とその妻はデーバの搭に」
「デーバの搭って、牢獄じゃない?どうして?」
「どうしてって?」
「タリ、そんなに酷い目に遭わされてたの?あの子達も?あの屋敷でどんな酷い目に?」
私は知らなかった自分を後悔した。
あんなに幼い2人がそうな辛い目にだなんて…。
デーバの搭に収監されるくらいに残虐な人間の屋敷にいたなんて!
けど、「ルミーア様?」とタリは不思議そうな顔をした。
「え?」
「もしかして、ですが、ルミーア様は私達姉妹の心配を?」
それ以外に何を?
「そうよ?だって、ゲイリー宰相はケチですもの。そんなケチな屋敷にいたら無理やりに働かせられるでしょ?辛かったわよね、だけど、もう大丈夫だから。ずっと私の警護でいてね?」
「ルミーア様…、」
「お願いよ?」
「もちろんです、私こそ、お願い致します」
「うん!、あ、いけない、子供っぽい言い方しちゃった…」
「大丈夫です、私しか聞いてません」
「そうね、フフフ」
「ハハハ…」
笑っちゃう。
けど、それでいい気がするもの。
「ルミーア様、」
タリは真剣に言葉を出した。
「私は貴女様を騙しておりました」
「騙す?意味が分からないわ?」
「申し訳ありませんでした。実は私はゲイリー家に言われるがままに、貴女様と殿下に危害を加える為に護衛になったのです」
「…、」
「ゲイリー宰相の考えた通り貴女様を誘拐し、それを餌に殿下を誘き寄せ、お2人ともに危害を加える計画でした」
「そう…」ってしか言えなかった。
だって、そんなこと想像もしてなったんだから。
って、今日って、そんなに大変なことが起きてたんだね。
そっか…。
「けれど、私を信頼して下さる貴女様を騙すことは、そんな事は私には出来ませんでした。なのに真実を述べれば、きっと貴女様に嫌われてしまう…、だから、言えませんでした」
言葉を搾り出すように吐き出すタリを目の前にすると、なんだか、いいやって思えてくる。
そう、もういいや。
終ったって言うんだしね。
「けど、タリ?」
「なんでしょう?」
「今日、何が起こってたのかは私は知らないわ。けど、それはタリ1人では出来なかったんでしょう?」
「もちろんです。ヴァン様が陛下や殿下、それにオルタンス様親子にお引き合わせ下さって、…」
「それって、そこにいた皆が私に知らせない方が良いって判断したのよね?」
「…、はい」
なんだかな…。
皆が私に知らせない方が良いって思うなんて、私頼りないんだね。
まぁ、そうよね…、幼い頃にシャルと一緒にいただけの娘で、その想いだけでネルダーから出てきたんだもの。
相応しくない、のかもしれないな。
そんなこと考えるなってシャルに怒られそうだけど。
「なら、それでいいわ」
「いいのですか?」
「ええ、だって、皆がそう判断したんだもの。でもそれは、そうね、私が頼りないからね、きっと」
そんな私をタリが叱咤してくれた。
「そんなこと、ありません!」
「え?」
「そんな事、言わないで下さい!だって、私達は、事実を知ったら、ルミーア様が悲しむって思ったんです」
「私が悲しむ?」
「はい。私が、ルミーア様の護衛が、敵側の人間だったなんて、そんな事を知ったらルミーア様は怒る前に悲しむ方だって、私、知ってますから。ルミーア様、本当なら私を非難なさっても良いんですよ?いえ、非難なさるべきなんです!私など護衛に相応しくないと首になさっても良いんです!」
タリは想いをぶつけてくれた。
それが嬉しかった。
「タリ、それは出来ないわ」
「どうしてですか?」
「さっきから言ってるでしょう?タリ、ずっと私の護衛でいてねって」
「そう、でした」
「約束よ?」
「はい、」
「お願いしたからね?」
「はい…」
タリは下向いてしまう。
少しだけ涙を流してたみたい。
タリの方を見るのは止めて私は窓の風景を見ていたから、察するだけしか出来なかった。
馬車を降りるころにはいつもタリに戻っていた。
お婆様の屋敷にはシャルが待って居てくれた。
「ミア!」
力一杯に抱きしめられて、息が出来ない…。
「く、くるしい、よ…」
「いいから、」
「よく、ない、シャル!」
緩くなったと思ったら、キスされる。
いきなり、濃厚で、ああ、もう…。
「心配いらないからな?俺がいるからな?」
「うん、」
「良かった、安心した。ミア、愛してるよ?」
「シャル?」
「なんだ?」
「ありがとう」
「え?」
「嬉しいの、愛してくれるから」
「なんだ??」
「いいの、私も愛してる」
私からキスをする。
とっても愛してるから。
そう、やっぱり愛してるもの。




