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「ええ?そうなのですか?」
マドレーヌの声が、私の心臓に突き刺さります。
もう、ミリタス先輩とケイト姉様には敵いません。
けれども、ジル小父様の前は止めて欲しかったです…。
ですが、…。
「まぁ、そんなことだろうと思ってたよ」
「え?ジル小父様?」
「あの黒髪のフットボール小僧だろ?アイツが来るとお前は嬉しそうに走っていくからな」
「…、」
「バレてないと思っていたのは、ラルディア、お前だけだ」
「え?…、では?」
「練習場の奴ら気づいていたさ」
「…」
ジル小父様にまで分かってしまっていました。
とにかく、恥ずかしい。
あれは私が城に入ってからしばらく経ってのことでした。
練習場には見学する場所が設けられています。
それは有力な貴族の方々が自分の為に召抱えたり、国の軍隊のお偉い方がスカウトに来たりするからです。
そこに、ネルソン先輩がいたんです。
気付いた私は立ち止まって見てました、そしたら、先輩が手を上げて挨拶したんです。
「先輩?」
思わず近寄りました。
先輩は私の顔を見て、笑ってくれるんです。
それは素敵な笑顔なんです。
「やぁ」
ちょっと照れます。
私が照れるのは違うと思うのですけれどもね。
「どうしたんですか?」
「ラルに会いに来た」
「私に?どうして?」
「うーん、それは、なんだ、会いたかったからだ」
そう言った先輩は照れたように視線を逸らしました。
「私に会いたかったって言うんですか?」
「ああ、」
「ルミーアじゃなくていいんですか?」
「ああ、」
「私なんですか?」
「そうだ」
しばらく無言が続きました。
これ以上謝られても、そう思ってました。
「けど、先輩。もう謝らなくていいって言いましたよ、私」
「分かってる、そうじゃなくてさ、俺はラルが頑張っているのを見に来たんだ」
「私を?」
「ラルを、だよ。だってさ、俺に黙ってクラブも辞めて、ケンフリットも辞めて、こんな所にいるんだもんな。俺だって心配してたんだからな」
「本当ですか?」
「迷惑だろう?」
「全然!」
「そうか?」
「はい!」
「ならいいんだ。来たかいがあったから」
私は先輩の隣に座りました。
ちょっと距離が短くなって、嬉しかったです。
「なぁ、ラル。ケンフリットを出て、ここに来て良かったと思ってるのか?」
「あ、はい、思ってます」
「そうなのか?だって、あんなにも頑張っていたテニスを辞めたんだぞ?後悔してないのか?」
「してないですよ」
「…、」
「でも、先輩のせいじゃないんです。私は元からスポーツで勝負を決める的なことが嫌いな性格だったんです。勝っても負けても楽しく終わりたいって。だから特待生で入ったから我慢しようって思ってたんですけど、やめました。自分の好きに生きようって思ったんです」
「そうか…」
「だから、気にしないでくださいね」
久し振りに先輩の笑顔を見ました。
「わかった」
やっぱり先輩の笑顔は素敵です。
「なぁ、時々、会いに来てもいいか?」
「どうしてですか?」
「そりゃ、会いたいからだ」
「変な先輩ですね、私に会いたいなんて」
「そうだな、」
ネルソン先輩は真っ直ぐ私を見ました。
「俺が出来る事はラルを応援することだから」
「私を?応援?」
「そうだ、決めたんだ。俺はラルを応援するって」
「それって、変です」
「変でいい」
「だって、変ですよ。城でジル小父様のサポートをしてるだけの私を応援するだなんて」
「いいじゃないか。俺がしたいんだから」
そう言ってくれる声が胸に響きました。
真剣なのが伝わってくるんです。
「仕方が無いですね、じゃ、勝手に応援して下さい」
「ああ、そうする」
そして、サッラっと話を続けるんです。
「じゃ、今度食事しよう。ベルーガで上手い店を探しておくから」
「え?」
「また連絡するから」
「あ、…、はい!」
こうして、時々、その、デートみたいな事をしてるんです。
けれど、それは違うって分かってます。
私が…。
ええ、私が一方的に想っているだけなんですもの。
私は真っ赤なままでした。
マドレーヌが笑い出しました。
「ラル、貴女、真っ赤ですよ?」
「いいじゃないですか、」
「だって、真っ赤なんですもの」
「マドレーヌ!」
そう言ったものの私も笑ってしまいました。
私達を見守っていたお姉様方は微笑んでいます。
「いよいよ、この2人も落ち着くところに落ち着くのね?」
「そうみたね」
「意外にお似合いだもの」
「それはワシも思ってた」
「あら、ジルバートさん?」
「あの小僧、意外に紳士だからな」
その言葉にマドレーヌが反応します。
「ネルソン先輩がですか?」
ジル小父様は真顔になって言ってくれました。
「マドレーヌ嬢、過去に何か会ったのかもしれんが、今は紳士だ。ラルを喜ばせるために頑張っておる」
「そう、なんですか…」
「女性ならば尽くされてみたいものだろう?」
「まぁ、」
「その点、私達の相手は満点ですものね?」
「そうそう、エドはいつでも私に尽くしてくれるもの」
「ラッザリオもよ」
ああ、惚気です。
耐えられずマドレーヌが止めます。
「はいはい、惚気はもう止めて下さい。独り身には堪えますわ」
「悔しかったら、お相手を見つけなさい?」
「ケイト姉様、そんなに簡単に言わないで下さい。だって、何処にも売ってないんですもの」
「売ってる訳無いじゃない」
「それはもちろんなんですけど、何だか買いたい気分になってしまいました」
「なら、マドレーヌ、私だって片想いなんですから、同じです」
途端にあのシンクロが返って来ました。
「「え?」」
「あ、はい?」
「ラル、貴女、そう思ってるの?」
「貴女の片想いだって?」
「そうです、だって、ネルソン先輩が私なんかを好きになる筈がないじゃないですか」
お姉様達は頷いて確認し合ってます。
「あ、ミリ…」
「そうね、ケイト」
この2人にいきなり手を握られました。
「いい、」
「良く聞きなさい?」
「あ、はい」
またシンクロです。
「「ネルソンはとっくにラルが好きなのよ?」」
ご冗談を…。
「やっぱり、そうですか…」
納得しているマドレーヌ…。
「マドレーヌ、なぜ、そう思うのですか?」
「だって、ラルじゃなきゃ駄目なのでしょう?違いましたか?」
え?
私は体中が真っ赤になりました。
「その通りよ。ネルソンはラルだから甘えたんですもの。ずっとそう言っていたじゃない」
「あの子もようやく自分の気持ちに気付いたって訳よ」
「そ、そんな…」
けど、戸惑っているのは私だけみたいです。
「私、少しネルソン先輩を見直しました」
なんてマドレーヌが言うんです。
「まぁ、ね。なら、ネルソンから言ってくるまで待ってみてもいいんじゃない?」
「そうよね、女から言うのもいいけど、男に言わせるのもいいものかもしれないわ」
お姉様達はなんだか楽しそうです。
「それじゃ、決まりだな?」
見かねた小父様が喋ったので、いたんだと思い出しました。
「じゃ、今度アイツを連れてセントニア行くか?挨拶は大事だからな」
「小父様!」
「いいじゃないか?」
「止めて下さい!小父様が絡むと上手く行くかもしれないのが、壊れます!」
「そうだろうか…」
「はい!」
あ、思わず本音が…。
慌てて俯いてしまいます。
「ラル?」
けど、お姉様方の優しい言葉が聞こえてくるので顔を上げました。
「上手く行くから、大丈夫よ?」
「けどね、時間が必要かもね。ネルソンもちゃんと整理したいだろうし」
「待ってあげてね?」
「…、はい」
本当なら、嬉しいです。
ちょっと元気になれました。




