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「お兄様、お兄様ったら!」
近頃のお兄様はお忙しいのか、いつも早足でどこかに行ってしまわれるのです。
お出かけになる前のわずかな時間に、ようやく話を聞いてもらえます。
「あ、マドレーヌ。すまないね、ちょっと急ぐんだが…」
「ほんの少し、お時間を頂戴。私に贈られてくる贈り物のことなの」
「ああ、アレはかなりの数だね?」
「お返ししようと思うの、大丈夫かしら?」
「突っ返すのは構わないが、マドレーヌ、お前が行ってはいけないよ?」
「わかってます。でね、そのことなんだけど、ジルバート小父様のところに適任な方がいるので頼みたいんだけどいいかしら?」
「ラルディア嬢の?あ、殿下の剣術指南だったな、ジルバート殿は」
「そう、」
「ならいいと思うよ」
「そう?」
「ああ、だから、絶対にマドレーヌが行かないこと。守ってくれるな?」
「はい」
「なら、すまない、先を急ぐんだ」
「ええ、」
私の頭を軽く撫でると、珍しく小走りでお兄様が去って行くのです。
どうやら何かが起こりそうだって事は伝わります。
なにしろお父様も城に篭りっきりですもの。
私は25寮で1人が寂しくて、時々ナターシャと一緒にオルタンス家の別邸に戻ってます。
ここにはお兄様もミリ義姉様もいらっしゃるから安心です。
その内にナターシャを我が家のお抱えにしようって、密かに思っているのですが…。
この件に関しては強敵がいますから、どうなることかしら。
とにかくお兄様の許可が出たので、早速ラルに連絡しました。
話は早いほうが良いだろうとのことで、ラルとジル小父様が1度ここに来てくださることになりました。
ラルったら、ここにナターシャがいることを知ったら、途端に食事が食べたいって言うんです。
気持ちは分かりますが、これは分かりすぎ。
でも、大勢の食事は楽しいので大歓迎なのです。
次の日、ラルがやってきました。
「マドレーヌ…、」
「どうしました?」
「やっぱりマドレーヌは令嬢です。こんな大きなお屋敷は初めて見ました」
「そうですか?けれど、ベルーガの本宅はもっと大きいです」
「想像できません…」
「1度遊びに来てください。そうです、ルミーアも誘いましょう?」
「それは楽しみです!」
ジル小父様が話しに割り込みます。
「なんだ、なんだ?」
呆れたようにラルが小父様に言うのです。
「小父様、少しは落ち着いて下さい?」
「ラルディア、私は常に落ち着いているぞ?」
「いいえ、世間ではそうは思いません。小父様はもう少し世間体を気にして下さい」
「ああ、それは無理だな。私には不必要だ」
ジル小父様は相変わらずです。
とにかく贈り物を見ていただきます。
贈られてきた品物を保管している部屋に、お2人を案内します。
「ここですの」
「わあ…」
「これは…」
寮の部屋ほどの大きさの場所にギッシリと贈られた箱が詰まっています。
「ご説明致します」
家の侍従が淡々と品々について説明していきます。
「あ、ああ、…、」
最初は真剣に聞いていたジル小父様は明らかに、飽きた様子です。
私とラルは苦笑いになります。
「で、こちらの品ですが、これはハリオット様よりの品です。こちらは4日前に届きました品で、中身はお嬢様の瞳に合わせた髪飾りときいております。メリッサでの初の装飾品だとのこと、かなりの貴重品になりそうです。なのでお取り扱いには細心の注意をお願いします。で、今度は」
「待ってくれ」
「はい?」
「説明はもういい」
家の侍従は困ったように私を見るのです。
「さようですか…、お嬢様、如何致しますか?」
「そうですわね、」
とにかく効率的にこの品々をお返しするには、と方法を考えます。
「ジル小父様?」
「なんだろうか?」
「これらの品々ですが、お届けする方面に分けてお渡しした方が効率が宜しいかと思うのですが?」
「そうだね、それではそちらで分けていただいて、私達はその地区での地図を預かろう。そうすれば図体ばかりデカイ奴らでもちゃんと届けられるからね」
「じゃ、その様に致しましょう」
侍従に指示を出します。
「今の話を元に、品物の区分けをお願いします」
「畏まりました。それではこちらの準備が整い次第、ジルバート様にご連絡致します」
「ああ、その様に」
なんとか手筈が整い私達は居間へと向います。
居間で寛いでいると、ミリ義姉様が当然の様にケイト姉様と一緒に戻られました。
「あら、ラルじゃない?」
「ミリタス先輩、ケイト姉様、ご無沙汰しております」
「お元気そうで安心したわ。それと、ジルバートさん、お久し振り」
「ミリタス様、相変わらずお美しい」
「まぁ、その口は治ってないのね」
「私の口はいつも真実のみを話しますので」
「フフフ、」
ミリ義姉様が殿下の剣術指南とお知り合いなんて、知りませんでした。
「ミリタス先輩、ジル小父様と顔見知りなのですか?」
「ええ、昔にね、ちょっと護衛術を教わったの」
「筋が良くてな、このまま練習を積んでみたらどうかとお誘いしたんだが、断られた」
その言葉にラルが反応します。
「まぁ、呆れます!」
「ラルディア、断られたから強くは言ってない」
「その様な問題ではありません、小父様は直ぐに自分に引き込もうとするから、」
「まぁまぁ、今は止めているんだ。勘弁してくれ」
「いいですか、小父様は世間とは違うんですから、自分の考えを押し付けてはいけません。わかってますか?」
「ああ、わかった、わかった」
2人の掛け合いは聞いていて可笑しくなります。
見守っている私達は楽しい気分になりました。
場が和んで話が親密なものへと変わっていきます。
ケイト姉様がラルに尋ねるのです。
「そう言えば、ラル?ルミーアに聞いたけど、時々ネルソンに会ってるんですって?」
その問いかけに、ラルは嬉しそうに答えました。
「はい。けれど、時々です」
「そうなのね、」
ケイト姉様とミリ義姉様は頷き合って言葉を交わします。
「良いことよね?」
「そうね、いいことだわ」
お小言が飛び出すかと思ったら、ビックリです。
思わず尋ねます。
「あの…、?」
「なに、マドレーヌ?」
「お姉様達は、怒ったりしないのですか?」
もの凄く不思議な顔をそして答えるのです。
「怒る?」
「どうしてかしら?」
どうして、って…。
一緒に怒ってくださいましたよね?
お仕置きも与えてくれたではないですか?
ネルソン先輩に怒っていたのは私だけではなかったでしたよね?
なのに?
どうしてなのでしょうか?
「マドレーヌ、貴女はなにか誤解をしてるみたいね」
「誤解ですか?」
「そう、だって、私達はラルがネルソンと会おうが断ろうが、どちらでもいいのよ?」
「ええ、そう」
そして、完璧なシンクロで答えるのです。
「「ラルがネルソンを好きなら仕方が無いでしょう?」」
本当ですか?
「そうなのですか?ラル?」
「え?」
ラルが真っ赤になって俯いたので、全てが露見しました。
ああ、ルミーア!
どうして隣にいてくれないのですか!
この瞬間、一緒に味わいたかったのに!




