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ケンフリット学院の卒業式まで後1ヶ月。
今年は殿下のご卒業となるので、式の後のパーティは華やかに行われる。
私は城にある父上の執務室に呼ばれていた。
父上は昔の様に寛大あるにも関わらず厳しい態度で職務に励まれている。
それは幼い頃からの私の憧れの姿でもあるんだ。
「エドマイア、卒業式が終わればお前達の婚礼だな?」
「はい、父上。ミリタスの家との調整も万事上手くいっておりますから、ご安心を」
「なにも心配はしとらんよ。お前が仕切るのだから、ワシよりも上手く行う」
「ありがとうございます」
「お前の式が終われば、ワシは引退だ。後は任せた」
「父上、それは早すぎます。陛下の御世はまだ続きますから、父上が居ていただかないと」
父上は穏やかに微笑む。
「もう、ゆっくりさせてくれ。一時は目が迷いお前達にしなくても良い苦労をさせた父だ。これ以上後節を汚したくないのだ」
「しかし、私はまだ若輩者。いくら父上の息子であっても認めていただけるかどうか…」
「いずれ陛下も殿下へと位を譲られる。その前にお前には実務に明るくなってもらわないとな。獅子が子を崖に落とすのと同じじゃ。だが、ワシの崖にはクッションが付いておる。安心しろ」
「父上…」
「お前の手腕、見せてもらおう」
敵わない。
やはり私は父には敵わないな。
「しかしだ、その前に遣り残したことがあるからな。これから、それを片付ける」
「遣り残したこと?」
「亡くなった王妃の亡霊の掃除だ」
「ゲイリー宰相ですか?」
「男は単純で簡単だがな、相手は女だよ」
「ではあの王妃の妹…」
「ああ、実はな、ルミーア様の護衛に付いている女性。彼女はアチラ側の人間だった」
「…、父上?」
「本人がそれを告白した」
「それでは、ルミーア様の身が、」
「心配するな、すでに寝返って殿下に忠誠を誓っておる」
複雑すぎる。
「殿下はご存知で?」
「もちろんだ。だが、ルミーア様には言うな?」
「それは、いいのですか?」
父上はため息をつく。
「ルミーア様は真っ直ぐなお方だ。護衛の事も信じきっておられる。そこに実はと進言してもいい結果は生まれない」
「そうですね…。きっと悲しまれるでしょうから」
「そうだな」
そして突然に父が今後のことを語りだす。
きっと今がいい機会だと思われたのだろう。
「この国に宰相は1人でいい。エドマイア、ワシはそう思うのだ」
「父上?」
「この1件でゲイリーは失脚する。そしてワシが引退すればザルファーだけが残る。だが、それでいいと陛下に進言しようとワシは思っている。エドマイア、もしお前に才があればザルファーがお前を後任にするだろう。しかし無ければそれまでだ。だが、それもよいではないか。お前にはミリタスという女性がいる。宰相になれなくとも国の為に働ける場所があるであろう。どうだ、ワシの崖にはクッションが付いておろう?」
「はい、とても座り心地の良いクッションです」
「だろう?」
父上は満足気に微笑まれた。
「ならば先ほどの件、掃除に参加しろ。いいな?」
「それで私を呼ばれたのですか?」
「そうだ。行くぞ」
「はい」
私達は連れ立って陛下にお目にかかるために城の中を移動する。
いつも会見の間ではない、陛下の私室に主だった人間が集まる。
陛下、殿下、ザルファー宰相、ヴァン殿、父上と私。
そして、もう1人。
タリ本人だ。
彼女は立膝のまま俯いている。
陛下が直々に問いただされる。
「お前がルミーアの護衛か?」
「どうお答えするのが正しいのかわかりませんが、今現在はルミーア様をお守りする為ならこの命捧げる所存です」
「なら、ルミーアの護衛だ。それでいいな、シャルディ?」
「はい、構いません」
「殿下、」
「タリ、事実を見ればお前はルミーアを守っていてくれている。ならばお前はルミーアの護衛だ」
「勿体無いお言葉」
そして、ヴァン殿がタリを促した。
「タリ、これまでのこと皆様に貴女の口から言って下さい」
「はい、」
そう言って彼女が喋りだした。
彼女の両親はイニヒェン出身で、ルハイザッハ公爵がまだ伯爵だった頃にこの地に移り住んできたそうだ。
公爵家では庭師を生業にしていたのだ。
その両親が病で無くなり彼女の肩に2人の妹の生活が圧し掛かったが、タリもまだ若く手に職もない状態で厄介者として疎んじられた。
実際役立たずとして追い出されそうになったのだが、人よりも運動神経の良いタリに目を付けたゲイリー宰相の妻ヒルダが自分の屋敷に3人を引き取った。
3人ともこき使われたそうだ。
特にタリは武術や護身術を仕込まれてヒルダの護衛になる為にしごかれてきた。
あの女ならやりかねない。
王妃がいなくなった今、父親の乱暴さと野望を継いでいるのは彼女だと噂になっている。
そんな時に、殿下とルミーア様の件が報告された。
護衛を探していると知ったのだ。
ヒルダはすぐにタリを送り込んだ。
ルハイザッハの名前が出ないように、わざわざベルーガの片隅に部屋を借りタリ達3人を住まわせた。
しかし、その費用は僅かしか支給されない。
ゲイリーの妻ヒルダに、そうしないと現実味が出ないと言われたらしい。
だが、きっと違う。
使用人には金は使わない、それが主だった貴族の考え方だ。
「なので、私達にはルミーア様の護衛で頂くお給金が全てでした」
タリはそう語った。
「私は何も真実を知りませんでした。全てヒルダ様が言っていることが真実だと思っていたのです。ルハイザッハから全てを奪った憎い世継ぎに思い知らせてやることが正義だと。世継ぎである王子は正当な世継ぎではなく、キレンド様こそが正当な世継ぎだと教わりました。けれど、そんなこと私にはどうでも良い事です。毎日、ちゃんと妹達にご飯を食べさせてやれて、ちゃんと教育を受けさせてあげれば、それが出来るならば誰でも良かったんです。ヒルダ様の話に頷いたのも妹達の為でした。ですが、ですが、…」
「どうしたんだ?」
「ルミーア様は違いました。あの方は私を人間として扱って下さって、…。この私に『ごめんなさい』なんて言うんです。こんな私に…。あの方を騙して味方面してる私に…。耐えられませんでした。これ以上ルミーア様を裏切る自分が許せなくて、だから、ヴァン様に全てを打ち明けました」
「確かに伺いました。タリは今までですらルミーア様に申し訳なくて堪らないのにこれ以上ことが進むと後悔してもし切れない、自分に報いが来ても構わないからルミーア様を危機からお救いしたいと事実を明らかにしてくれました」
「そうか、ルミーアがな…、あの娘はシャルディが言う様に真っ直ぐだな」
「父上、その通りです」
そしてタリが発言を続けました。
「殿下。あの方達はルミーア様ばかりか殿下にも危害を加えようとしております」
「そのような計画が?」
「はい。私が知らされたこと全てお話致します。ルミーア様に危害が及ぶことを阻止したいのです。私はルミーア様の恩に報いなければなりません。それに妹達にも卑怯者と思われたくないのです。どうか、この私をルミーア様をお守りする盾としてお使い下さい。この身、ルミーア様の為ならば砕け散っても構いません。お願い致します」
タリの心からの叫びが部屋に響いた。
ルミーア様はやはり只者ではなかった、この様に慕われるとは。
殿下が許しを請うように陛下を見られる。
陛下はそれに応えるように発言なさった。
「この1件は亡くなった王妃の亡霊が悪戯に起こしたものであろう。ならばワシが決めるより、シャルディが決める方が良い。任せたぞ?」
「はい、父上」
殿下は立ち上がり高らかに宣言しました。
「この件、このシャルディ・ファスト・デ・ランドールが預かった。直ちに計画を練る。いいな?」
私達は、もちろんタリもです、賛同の声を発しました。
「「「「我が忠誠は殿下の元に」」」」
そして、あいつ等の計画をぶっ壊す案が練られていきました。




