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今日は久し振りに、お婆様のお屋敷を出て城に出掛ける。
待ち合わせまではまだ時間があったから、私は姉様の店に寄った。
私の買い物にタリも付き合ってくれた。
「ねぇ、タリ?」
「はい」
「こういうの、妹さんは喜ぶかしら?」
姉様の店には少女が喜ぶものが沢山ある。
その中から、私は色鉛筆と可愛いノートを選んだ。
少女はお絵かきが大好きだと思うから。
「ルミーア様、それは?」
「うん?私って妹がいないから、だから、ちょっとお姉さんのふりしたいの。タリの妹さん達にプレゼントしても良いでしょう?」
「そんな、駄目です」
「え?駄目?そう…、そうよね、タリの妹さん達だもね。私関係ないものね、ごめんなさい、余計なことしようとしてしまって…」
そうだね、実の妹でもないのに勝手にプレゼントしたりしちゃいけないよね…。
なんだろう、とっても分かりやすく私は落ち込んだ。
自分が思ってた以上に妹の存在に憧れていたみたいだ。
「ルミーア様?どうなさいました?」
「なんでもないの、ごめんなさい」
「いえ、けれど、どうして妹達にプレゼントなどと?」
「私ね、末っ子だから。妹に憧れがあったのね。タリから妹さん達の話を聞いている内に、なんだか自分の妹みたいに思ってしまったみたい。厚かましいわね、ごめんなさいね」
「ルミーア様は、…、私は貴女様の様な方にお会いした事がありません」
タリは私から視線をずらした。
少し涙目になってる…。
「あの、」
「なに?」
「宜しかったら、妹達に頂いてもいいでしょうか?」
「え?いいの?」
「はい、きっと喜びます」
「ほんと?」
「はい!」
「嬉しいわ、じゃ、ね、これも、えっと、これも、ね?いいでしょ?」
「それはいけません」
「え?…」
「先ほどの色鉛筆とノートで充分です」
「そう…」
「まったく、ルミーア様は…」そう言ってタリは苦笑いになる。
思わず私も笑っちゃった。
「貴女様に出会えた私は、幸せ者なのでしょう」
「タリ?」
「いえ、さぁ、お約束の時間が近づいております」
「そうだった。早くしないとマドレーヌに怒られちゃうもの」
「はい」
私達は慌てて会計を済ませて目的地に向う。
目的地。
そこで、久し振りにマドレーヌとの会話を楽しんでいる。
「なんだか賑やかね?」
「それはそうですわ、だって練習場ですもの」
私とマドレーヌは城の中を歩いて、剣術や武術の練習場へと向った。
一足先にマドレーヌのお父様が練習場に行ってくれている。
声が響いてきた。
私達の目的はラルに会う事。
あ、オルタンス宰相が見えた。
「お父様!」
「マドレーヌ、それに、ルミーア様。よくお出でになりました」
「オルタンス様、お世話になります。ラルは元気ですか?」
「伺っております、彼女なら元気にやっていますぞ」
「良かったわ、ね、」
ちょっとだけ、昔に戻る。
「うん!」
そうして、沢山の人が練習している光景を見詰めた。
「そこ!まだだぁ!気合、気合、気合!ほら、来いよ!」
「先生、足が…」
「足がなんだ、これからだ!これからが大事なんだよ!」
「はぁ…」
ラルと同じ赤髪の男性がいる。
とても大柄で、逞しくて、きっと熊でも投げ飛ばしそうな感じ。
「見た?」
「あの方ですよね、きっと」
「うん、迫力が違う、ね?」
「本当に…」
きっとそうなんだと私達が頷き合っていたら、声が飛んできた。
「ルミーア!マドレーヌ!」
ラルだ、ラルが走ってきた。
「「ラル!」」
「来てくれてありがとう!」
「元気だ…ラルが元気だ…」
「本当です、ラルです」
私とマドレーヌは零れそうになる涙を抑えてラルに抱きついた。
「もう、2人とも直ぐに抱きつくんですから、私、汗臭いですよ?」
「だって、」
「そうです、だって、です」
「心配掛けました、ごめんなさい」
「謝らなくてもいいよ、ね?」
「そう、いいです」
日焼けしたラルの笑顔はとても素敵で、私が男ならば惚れてしまうところ。
「すっかり、日焼けしてしまいました」
「でも、格好いいよ?」
「そうです、惚れ惚れします。ラルが男なら良かったのに!そしたら、私の恋人になってもらいますからね?」
「マドレーヌったら!」
「もう!」
ラルの笑顔が美しい。
「2人とも、会いに来てくれて嬉しいです」
「「私達も!」」
「ジル小父様と一緒だとね、泣いてる暇もない位に稽古ばかりで大変なんですよ」
そう、遠くで、まだ声がしてる。
私達はジル小父様を目で追う。
「さぁ、来い!もっと来い!来れるだろう?お前なら、大丈夫だ!さぁぁ!」
元気と勢いと根性の塊みたいな人だ。
ラルが言葉を続ける。
「だから、鍛えられてます。小父様のモットーは、健康な肉体には健全な精神が宿る、なんです」
「わかるよ。だって、ラルが元気だもの」
「ええ、やっぱりラルの決断は正しかったのですね」
そこへジルバートさんがやってきた。
「どうも!お嬢さん方だね?ラルディアの友人は?」
「はい、」
「よろしくお願い致します」
「ラルディアの言った通り、綺麗なお嬢さん達だな。これは男性が放っておかないぞ?」
「小父様、この2人に変な男を紹介しようとするのは止めてくださいね!」
「うん?どうしてだ?私の教え子はいい男ばかりだぞ?」
「だめです!」
「そうです、私はともかく、ルミーアには殿下がいるのですから、」
「おい、マドレーヌ、お前もだぞ?父の眼鏡に叶わない奴など認めないからな?」
「まぁ、お父様!私は好きな方と結婚してもいいと、殿下がお許しになりました」
「そ、それは…」
賑やかになってしまうね、私達が集まるとね。
だけど、嬉しい。
「ははは!」
ジルバートさんが大きな声で笑う。
「そうか、紹介は駄目か!残念だな!ハハハ!」
「貴殿は相変わらずですな」
「オルタンス殿、うむ?少しお太りになられましたな?少しは体を動かしましょう!執務の合間に、そう、今ですな、さぁ!」
「いえ、遠慮しますぞ」
「そう言わずに!健康な肉体には健康な精神が宿るのですぞ?」
「いいえ、遠慮しますぞ!」
ラルが嗜める。
「小父様!」
「なんだ、ラルディア?」
「もう、それよりも、小父様に教わっている舞武を披露してもいいですか?」
「ああ、それはいい!是非に見て頂きなさい!ラルディアはセントニアでもピカイチの踊り手でしてな、ここへ来て一段と迫力が増したんですよ?」
「まいぶ?」
「セントニアに古くから伝わる武術の舞です。小父様は有名な指導者ですので、この際にしっかり教わろうと」
「それは楽しみですわ!」
「ほんと!ねぇ、見せて?」
「はい、では」
ラルとジルバートさんが私達から少し離れた。
そして、向き合うと美しい礼を交わして、互いに構える。
ゆっくりと腕が振り上げられて、呼応するように足が動いていく。
まるで踊るかのように2人は戦っている。
相手の攻撃をかわすことすら優雅な踊りになるんだ。
息を呑んで見守る。
ジルバートさんが飛び上がると、ラルは構えを変えて繰り出される蹴りを受け流す。
今度はラルが飛び上がり、ジルバートさんは微動だにせずに、ただ上半身を動かしただけで交わしてしまう。
そして、なんども互いの腕や足が交差して、その優雅さに圧倒された。
終わりが来たようだ。
互いに始まりの様な礼を交わす、でも息は乱れていない。
遠くからでも、ラルのシャンとした姿勢は美しいと感じた。
「フー、っ」
私は思わず息を吐いた。
「素敵です」
「素晴らしい!」
「初めてみたけど、感動だわ」
私達は口々にラルに声を掛ける。
「良かったですか?」
「とっても!」
「この様に美しい舞があるなどと、知りませんでした」
「この他にも独りで剣を使って舞を踊るのもあるのですが、とても難しいのです」
「けれど、ラルが踊ればきっと、素晴らしい踊りになります」
「私、見たいわ」
「私もです」
「その内に、ご披露しますね」
「「はい!」」
その後暫くラルの練習を見守って、私達は一緒に25寮に向った。
今夜は3人で女子会なんだ!
女子会の食事はナターシャのご飯って決まってるもの。




