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「私はね、最初にシャルディがこの話を持って来た時、断るつもりでした」


お婆様はかなり衝撃的に、でもあっさりと話し出された。


「断る?」

「ええ、そうです。なんと言ってもあの孫はまだ子供です。妻を娶るなんて早すぎます」

「早い、ですか?」


言葉は強いけど、心が痛まない。

きっと愛が篭ってるからだ。


「ですけれどもね、何度も私の所に通って来たのですよ。どうしても一緒になりたい女性がいるからといってね。まぁ、どうしたって可愛い孫なのです。ですから、一つくらいは願い事を叶えてやっても良いような気になりました」

「何度もお婆様の所に通ったのですか?」

「そうです」

「それは、いつぐらいの事なのですか?」

「そう春になろうとしてた頃でしたね」


その頃は私が諦めようとしていた頃。

そんな頃からシャルは道を探ってくれていたんだ。


王太后様は笑う。


「婚約者がいるのに違う娘と結婚したいなどそんな我が儘を言い出すのですから、呆れてしまいましたよ」

「やはり、我が儘になりますよね?私は殿下のお側に居られればそれで構わないのですが、その事自体が我が儘のではないかと思うのです。私など殿下のお側にいても、大丈夫なのでしょうか?」

「そうですね、それはシャルディの手腕に掛かってます」

「殿下の、ですか?」

「ええ、そのくらいの事が出来なければ駄目でしょう?」

「お婆様って、厳しい…」

「厳しい?いいえ、優しいのですよ、私は」


そうなんだろう、か?

でも、厳しいのに言葉が突き刺さってこない。

だから、優しいんだと思う。


「私の血を継いでいる孫はシャルディだけ。ですから孫の願いを叶えてやりたいのですからね」

「殿下のこと、可愛いのですか?」

「当然です、この屋敷に出入りできる孫はシャルディだけですから」

「そうなんだ…、あ、」


驚きから言葉使いが馴れ馴れしくなった。


「申し訳ありません!」

「ルミーア、くだけた話し方で構いません。今は私達しかいないのです。それに、ね。そうやって話す方が楽しいでしょ?」

「はい!」


なんてお優しいんだろう。

私を和ませてくれる。

だからお言葉に甘えた。


「お婆様がシャルを可愛いって思ってるなんて、ちょっと意外でした」

「そうですか?人の気持ちなどは、意外に伝わらないものですね」

「そうかも、です」


お婆様の声は優しいままだ。


「そう言えばシャルディの父親も、それなりに息子の事を可愛がって来たのですよ?」

「え?」

「ルミーアが驚くという事は、シャルディもあまり実感してなかったのですね?」

「そういう訳ではなくて、その、陛下のことは物凄く尊敬しているのです。それはいつもシャルが私に語ってくれてます。けど、子供として愛されたって話は、あの…」

「そんな申し訳なく思わなくていいですよ?だいたい不器用で王の立場しか知らない男ですからね。そうですね、まったく面白みのない人間に育ってしまいました」


驚いた。

陛下のことを面白みのない人間だって言うなんて。

でも、マリアーヌ様のこと、とても愛してらした。

シャルのお父様だもの、気持ちは誰よりも熱いと思うな。


「それにその気持ちを内に溜め込む人間ときています」


納得だ。

思わず、頷いてしまう。


「だから病に臥せってしまうのす。だいたい親よりも早く逝きそうなんて不孝者のすることです」


それは、親しか言えない言葉だ。

あれ、お婆様は何歳の時に陛下を産んだのだろう?


「お婆様は何歳の時に陛下をご出産したのですか?」

「15歳の時でした」

「?」


15って、まだ子供だと思う…。


「妃の仕事は世継ぎを生むこと、それだけですからね。だから私は優秀な妃なのですよ、国が乱れずに済んだのですから」

「そうですけど、…、でも、それだけではないと思います」

「貴女はそうなのでしょう。2人を見てればわかります。けど、私は…、そう、愛など無かった結婚は乾いてましたから」

「…」

「だから、世継ぎを生んだ後は好きに生きさせてもらいました」


その言葉が意外に重くて、私はお婆様の苦労の一部を感じた気になる。


「元々が他国の人間。それにガサツな性分でしたからね、城の堅苦しい仕来りが嫌で堪らなかったのです。自由に喋り自由に振舞えるようにと早々にここを立ててもらって篭ってしまいました」

「ずっとお1人で?」

「他国の人間には辛い場所だったのですよ、城は。楽になるには自分から閉じこもってしまうのが1番ですからね」


ふっと、お婆様の視線が遠くなる。


「けれども、今から思えば後悔もある…、そうですね、少しは後悔しています」

「後悔ですか?」

「そう、もっと夫だった人間と話をしたら良かったかもしれない、とね」

「話ですか…」

「人生は一度しかないのですから、何でもやってもたら良かったのかも知れない」


お婆様の瞳が私を捉える。


「夫だった人間の違う面を見れたかも知れないから。だとすれば勿体無かったと、今になると思うこともあるのです」

「寂しかったのですか?」

「それは、どうでしょう…、でもね、」

「はい」

「私には閉じ篭るだけの思い出があったのですよ」

「思い出?」

「国に置いて来た思い出ですけどね」


聞いてもいいのかな?

聞きたいな…。


「聞いてもいいですか?」

「たいした話ではないですよ?」

「それでも、です」


気のせいか、お婆様が乙女になった。


「お前たちの事を言えないような想い出です。私にも国に想い人がいただけの事。ずっと一緒にいたかった、けれども決まっていた婚礼を壊してまで貫くことをしなかっただけ…」

「しなかったのですか?」

「しませんでしたね。嫁ぐと決めたのは私の方でしたもの」

「お婆様が決めたのですか?」

「こう見えても自分の人生は自分で決めたいのですよ、私は。だから何も言わずに国を出た。自分で決めて、未来をこの国に見つけようとして…」


お婆様は私を見る。


「私にはほんの少しもの勇気がなかったのです。国に残る勇気も、この国に馴染む勇気も、どちらもありませんでした。その気持ちはきっと態度にも現われていたのでしょう。夫との仲はギクシャクしていきました。だけど私はここに篭ったまま呼び出しにも応じなかった」


そう言葉を出すお婆様の背筋はシャンと伸びたままだ。

後悔していたのかもしれないけど、昇華した思いに違いない。


「過ぎたことを後悔するのは誰でも出来ることです。けれども後悔しても何も変わらない、そうでしょう、ルミーア?」

「はい」

「私は今の人生を生き抜きたいと願ってます。この国の国母と呼ばれるに値する人間でありたいとね」


言い切るお姿は、神々しいく美しかった。


「だけど、貴女達は真っ直ぐ進んで行きなさい。決めたのなら何があっても側を離れずに一緒にいなさい」

「はい、お婆様」

「その為に、私は貴女に全てを教えましょう。この国で生き抜く全てを。いいですか、身につけるのです。それが貴女を救う術になるはずです」


お婆様の宣言は部屋中に響いた。

私は心に刻んだ。

城で生きていくと決めたんだ。

その為に必要な事は全て学ぼう。

お婆様の仰る通り、きっと私を守ってくれる鎧になってくれると思うから。




だから、私はお婆様の全てを学ぼうと決めた。





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