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城には陛下にお目通りするための部屋が3つあります。


一つは謁見の間。

これは主に業務の報告や時には刑罰などの決定時に使用する部屋です。

次に会見の間。

他国の要人を迎える部屋となり、格式は謁見の間よりも高くなります。

最後は紫の間。

こちらは陛下と親しい間柄の方との部屋になります。


紫の間は余り使用されることは少ないのですが、今回はこちらでの謁見となります。


シャルディ殿下、ルミーア様。

ランファイネル伯爵ご夫妻。

ザルファー宰相、そして、私、スタンレーです。


私達は立ったままで、無言で陛下のお越しを待ちます。

しばらく後、上座にあるドアから陛下が入られました。


「待たせた」


全員が頭を下げたままで陛下が着席するのを待ちます。


「皆も座れ」


陛下の椅子の前に並べられた椅子に腰掛けます。

私は立ったままで皆様の後ろで控えます。


そして、陛下はルミーア様を見るのです。

しばし無言で。

誰も言葉を挟むことはしません。

けれどその視線は柔らかいものでした。


「お前が、ルミーアか?」

「はい、ルミーア・ランファイネルと申します」

「ふむ…」


また無言になるのです。

その間、陛下は何を考えていらっしゃるのでしょうか?

陛下がそれを言葉にします。


「遠縁とは聞いていたが…、似ているな」


そう呟かれました。


「父上、」

「陛下、」


ランファイネル伯爵が静かに話を切り出します。


「我が娘、ルミーアは確かにマリアーヌ様のお若き頃の外見に似ております。ですが、娘は別人です」

「ランファイネル、そうの様なことは、ワシも分かっておる」

「は、申し訳ございません」

「ワシはな、不思議なのだ」

「不思議ですか?」

「そうだな、この巡り合わせがな…」


ザルファー様がお聞きになります。


「陛下、宜しければお聞かせ願いませんか?」

「そうだな、話がながくなるやも知れんが許して欲しい。昔の事だが、確かにワシとマリアーヌは互いに想い会っていた。あの王妃の目から逃れての人目を忍んだ逢瀬であったが、ワシにとっては唯一の幸せな時間であった。そうだ、マリアーヌがワシの子を宿したと聞いた時の喜びは、今まで味わった事の無いものだったのだな。この手で幸せにすると改めて誓った。だが、それもただの嘘になってしまった。ワシが不甲斐ないせいだ。王妃の嫌がらせから守る為とはいえ、幼い息子と共に城から追い出してしまった。けれど、二度とその手を握ることはないなど、思ってもいなかった。ワシは本当に、そうなるとは思ってもいなかったのだがな…。」

「それは、このザルファーが良く存じております。陛下がどれだけ深くマリアーヌ様を慈しんでおられたか、よく存じております」

「だがな、結果は変わらないんだ」


一人語りが続きます。


「こうしてお前達2人が一緒にいる所を見てしまうと、あの頃のワシ達の事を思い出す。シャルディはワシの若い頃に似ておるからな、尚のことだ。ワシは、この2人に重ねて見てしまうのだろう。幸せだった頃のワシ達の思い出をな。…、シャルディ、」

「はい、父上?」

「お前の母もな、賑やかで我が儘であったんだぞ?」

「え?」

「?」


シャルディ様とルミーア様は驚かれた様です。


「その様に驚く事もないであろうに。ワシが出会ったのは、まだ19歳の頃のマリアーヌだ。お前達の知っている母としての彼女ではないのだぞ?」

「それはそうですが…、」

「屈託のない笑顔であった。その笑顔にワシは、ワシはどれだけ助けられたか…。賑やかなお喋りが、どれだけ、愛おしいかったことか。失ってしまうというのは残酷な事だ。もう二度と触れる事が出来ないのだからな、どんなに望もうとも願おうともだ」


その声が涙で詰まったのは、その想いの深さなのですね。


「今でも最後の時を覚えている。マリアーヌは涙を溜めてワシを見詰めてこう言った。どんなに離れていようとも私の心は貴方の物ですから、と。ワシは馬鹿だったな、その手を離した馬鹿者だった」


陛下の悲しみが伝わって参ります。


「病で床に臥せっていると聞いたのに、会いに行くことも叶わなかった。亡くなったと聞かされて、何も考えられなくなった。妃との言い争いに疲れていたというのは、言い訳に過ぎないかったんだろうな。ワシはマリアーヌがいないと言う真実を見たくなかったのだ。ワシと出会ったが為に早くに命を落とすような人生を選ばせてしまった。その事が申し訳なくて詫び続けてきたのだ。マリアーヌに、すまなかった、とだ」

「父上…」

「シャルディ、今のお前達を見ていると、不思議な気持ちになる」

「不思議な気持ちですか?」

「悲しい気持ちよりも、懐かしい気持ちが大きくなっていくのだ。出会った頃の幸せだった記憶がよみがえるようだ」


陛下を少し微笑まれました。


「マリアーヌはワシと出会って幸せだったのかも知れないと思わせてくれる気がする。偽りであるのにな」


ところが、シャルディ殿下は大きな声で反論なさいました。


「冗談じゃありませんよ、父上!」

「シャルディ?」

「母上は父上と出会って幸せでした。そのことは間違いないのです。でなければ、どうして私は今ここに存在いるのでしょうか?私は父上にも母上にも愛されて生まれてきたのだと、そう思って今まで生きてきましたのに?」


その気迫に陛下も負けたようです。


「そうであったな」

「そうですよ」

「すまなかったな、そうだな、…」

「父上、父上と離れた時はまだ子供であった私が、こうして伴侶を見つけてくる年になったのです。どれだけの年月が経ったとお思いですか?」

「そうだな、ワシの詫びなどは、もう必要ないのかも知れんな」


その時、ルミーア様の声がしました。


「マリアーヌ様は、あ、申し訳ありません」

「よい、ルミーア。なんだ?」

「はい、陛下に申し上げます。マリアーヌ様は一度だけ私に尋ねられた事がありました。『ルミーアはシャルディが好きなの?』ってです。迷うことなく、はい、って答えた私の頭を撫でて仰いました。『なら、ずっと一緒にいるのよ?』と。なので、思うのです。マリアーヌ様もずっと陛下に対してお側を離れてしまって申し訳ないと思われていたのではないでしょうか?」

「マリアーヌがか?」

「はい、ですから、陛下。マリアーヌ様を許して下さいませ」

「それはどういうことだ?」

「それは、きっと陛下がマリアーヌ様をお許しになる事が陛下を救うことになると思うからです」


その言葉は抽象的で曖昧なものでした。

シャルディ様がその言葉を引き継ぎました。


「母上は父上に対して申し訳ないと思っていた、だから、父上が許して下されば、そうすれば、母上も父上がすまないと思っていたことを許します。ルミーアはそう言いたいのですよ。そうだろう?」

「ええ、その通りなの。私は言葉が足りないから、殿下が助けて下さって助かりました」

「ミアを助けるのは当然のことだからな」

「…、もう」

「拗ねるなよ?」


陛下の御前だと言うのに、いつものお2人に戻ってしまってます。

いけません。


「殿下、そこまでで」

「あ、ああ、」


ハハハ、と陛下がお笑いになります。


「ようもまぁ、このワシの前で、惚気てくれたわ」

「あ、申し訳ございません!」

「父上、すみませんでした」


陛下は穏やかな表情のままです。


「そうだな、時は過ぎているのだな」


その時に意外な方が発言なさいました。


「陛下、発言しても宜しいでしょうか?」

「アリサ!」

「あなた、ちゃんとお伝えしないとね」

「まぁ、そうだが…」

「ランファイネルの奥方が、なんだろうか?」

「はい。私はマリアーヌ様がネルダーにいらっしゃってから、ずっと見守って参りました」

「そうだったな」

「はい、マリアーヌ様は子供達の前では決して口にしませんでしたが、時々、陛下のことを教えて下さいましたの」

「ワシの?どのようなことだ?」

「とても素敵で優しくて、そして、甘えん坊だと」


全員が言葉に詰まりました。


「あ、」

「けれど、恋人を前にした男性など、そのようなものではありませんか?」

「ま、まぁ、な」

「要は、堂々と私の前で惚気る訳です。もちろん離れ離れになって、もう会えなかった訳ですから、寂しさや辛さはたくさんあったことと思います。けれど、マリアーヌ様は一度たりとも、陛下と出会い、そしてシャルディ殿下を産んだことを後悔などしておりませんでした。最期まで陛下を愛し続けた女性でした。その事を陛下に知って頂きたかったのです」


皆が静まり返って聞いておりました。

陛下が天を仰ぎます。


「マリアーヌは、ワシを許してくれるかな?」

「きっと、です」

「そうか…」


無言の後、陛下は穏やかに話し出しました。


「シャルディ、」

「は、」

「ルミーア・ランファイネルとのこと、許す」

「許すとは?」

「妃にしたければ、自分で何とかすればよい。いいな、これで?」

「ありがとうございます!」


お2人は深々と礼をされました。


「幸せにな」

「はい、」

「はい」


そして、宰相に話しかけます。


「ザルファー、2人のこと、お前に任せた」

「畏まりました」

「シャルディの卒業式には2人で出席するのだな?」

「はい、今、彼女のドレスを作らせています」

「そうか、うん。ルミーアは美しいだろうな」

「もちろんです」


「そうか、」と陛下は満足気に頷きました。


「ランファイネル、」

「は、」

「そなたの娘を貰うぞ。今すぐには王妃としての扱いにはならないだろうが、許せ」

「わかっております、不束者ですが、何卒、何卒…」

「わかっておる。ワシの息子が幸せにするだろう」

「もちろんです」

「こいつもそう言っておる。もしこの息子が守らないようであれば、ルミーア」

「はい」

「いつでもワシに言いに来い、お前はいつでもワシに会えるようにしておく」

「陛下?」

「息子の嫁だ。遠慮はいらん」

「ありがとうございます!」



そうして、その日は終わりを告げました。

ルミーア様は陛下も認めたシャルディ殿下の未来のお妃という事になりました。

まだ可能性の段階ですが、この私がいるのです。

必ず、そうなる様にしてみせましょう。





さぁ、これから私は忙しくなりそうです。






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