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シャルは大きな女性を連れてやってきた。
「遅くなった、すまない」
いきなり食堂に現れたかと思ったら、当然の様に私の隣に椅子を持ってきて座った。
ケイト姉様と視線がぶつかる。
「ケイト、久し振りだな?」
「本当ね。貴方、ルミーアに手を出したなんて、度胸があるじゃない?」
「相変わらず、厳しい…」
「そりゃそうよ。ルミーアを不幸にしたら、この私が許さないから」
「わかってる。ケイトには怒られたくないんだ」
「本当ね?」
「ああ、約束する」
言葉とは違って、なにやらご機嫌だ。
「美味しそうだな、俺の分はあるのか?」
ナターシャを見たら当然の様に頷いている。
「お任せください」
何度か顔を合わせているから慣れたのだろうけど、王子に慣れるってナターシャは凄い。
慌てず騒がず仕事を淡々とこなす、プロだ。
そんな王子は、みんなの視線なんか気にもしないで私からフォークを奪うと、私の分を食べだした。
「行儀が悪いわ!すぐにシャルの分は出てくるから、止めて?」
「なんだ?朝は何も言わなかっただろ?」
「だって、朝は、その、私とシャルしかいない、いなかったし…」
「今だって似たようなもんだ」
「姉様に怒られるわよ?」
「それは、拙いな…」
姉様に怒られるのは嫌らしい。
呆れた顔の姉様が、呆れた声で話し出す。
「本当に相変わらずね、シャルディは」
「そうか?けど、ケイトは綺麗になった」
「あら?お世辞は覚えたの?けどね、そんなお世辞で誤魔化されることはないわよ」
「変わらないなぁ、やっぱり…」
「だいたい、今はルミーアの言う通りよ。みんなの前なんだから遠慮しなさい。いいわね?」
渋々従うこの国の王子。
「わかった…」
私にフォークを返すけど、隣からは動かない。
だいたい、バルトン王国の中でもシャルを怒れるのは姉様しかいないと思う。
昔から良く怒られたもの。
ダニエル兄様は少し距離を置いてシャルに接したけど、ケイト姉様は違った。
本当の兄弟みたいにシャルの悪さを怒った。
当然、私も一緒に怒られたんだけどね。
「で、そちらの方は?」
入り口で立っている女性が紹介された。
「彼女がミアの護衛だ」
「初めまして、タリと申します」
「ルミーア・ランファイネルです。これからよろしくね?」
「はい」
タリの鋭い目が少し柔らかくなった。
「ルミーア様、私が貴女様の視界に入らないときもありますが、護衛はしておりますのでご安心下さい」
「タリ、ありがとう」
「では、失礼いたします」
そう言って部屋から出て行った。
「彼女はかなり強い。俺の護衛達も認めた」
「そうなの?」
「ああ、だから心配はいらない」
シャルの食事が運ばれてきた。
お腹が空いているのか、黙々と食べだす。
お陰で沈黙が続く。
だけど、私は何があったのかを聞きたくて仕方が無い。
「シャル、ゴメンなさい、聞いていい?あの、城では…、」
シャルも私が聞いてくることがわかっていたみたい。
手を止めて答えてくれる。
「心配はいらない」
「ほんと?」
と言葉を発した私の後を、姉様が取った。
「シャルディ、正直に言いなさいね?」
「ケイト?」
「状況を判断すれば、陛下の言葉はだいたい想像できるわ」
「厳しいな」
「これでも一応は経営者ですからね」
「わかったよ」
シャルは私の方に向きなおす。
「父上には俺が卒業したら、ルミーアと一緒に暮らすと言ってきた」
「シャル…」
「渋々ならが納得してくれた。まぁ、多分だ。でも話は進めても大丈夫だから、というか、進めるから、ミアはそのつもりでいてくれ。ケイトもだ」
「私もなのかしら?」
「ああ、ミアのこと、頼む」
「シャルディに頼まれなくても妹のことはするけれど、本気なの?」
「もちろんだ」
私の手を握ってくれる。
私だけを見詰める。
「近い内に俺の婆様に会って欲しいって言っただろう?」
「うん、覚悟できてるよ」
「ごめん、ちょっと事情が変わったんだ」
「え?」
「しばらく婆様の所で暮らして欲しい」
「暮らす?」
「城で苦労しないように、婆様に仕込んでもらう事にになった」
「私が王太后様に?」
「心配はいらいないから」
大丈夫だって言われてるのに、私は不安だ。
話が進むにつれて不安度が増す。
「私、大丈夫かな?」
シャルは握った手を離さない。
「大丈夫、ミアはちゃんとやれるし、きっと婆様は気に入るさ」
その瞳はとっても優しい。
「少々癖のある婆様だけど、俺を王子として育ててくれた女性だ。安心でしていいから」
「そうね、そうよね…。ごめんない、何度も不安になったりしてしまって。でもね、まだ慣れないの」
「余りにも急に動いているからな、わかってるよ」
私はシャルの手にそっと手を重ねた。
「俺が側にいる、そうだろう?」
「うん」
シャルの瞳が優しいから、気持ちが通じているのがわかる。
そう、私達は深く繋がっているんだもの。
誰にも邪魔されないもの。
「不安なら俺にぶつければ良い。どれだけでも聞くから」
「ありがとう」
「俺の側から離れるな?」
「うん」
そして、見つめ合ってしまった。
私達は、きっと、2人の世界に入り掛けたんだと思う。
マドレーヌの少しはしゃいだ声が聞こえてきた。
「ラル、これです!これなんです!」
そしてラルの浮き足立った声も続く。
「ええ、凄いです!」
マドレーヌとラルが瞳をキラキラさせている。
私とシャルは目を丸くする。
お構いなしに2人の話が続く。
「ね、殿下はルミーアには優しいでしょう?」
「本当です。なんだか羨ましい気分になります」
「そうなんです」
「あら?」
それから飛んでもないこと、聞くんだ。
「ちょっと聞きますが、ルミーア?それって、キスの跡でしょうか?」
ラル!
まさかラルからそんなことを聞かれるとは思わなかった。
けれどシャルが当り前の様に答える。
「そうだが?」
「えっと…、」
シャル…。
私は体中から真っ赤になってしまってる。
「やめて、おねがい…」
「ミア?どうした?」
「恥ずかしいから、どうしていいか、わからない」
話が何処へ向うのかわからない。
場が暴走を始める。
姉様が止める。
「もう、止めなさい」
あきれ返っている。
「やっと会えたからってね、嬉しいのはわかるけど、そんなのは2人きりの時にして頂戴。目の前にいるマドレーヌとラルディアは恋愛初心者なのよ。惚気を聞かせてこじらせたら、シャルディ、貴方どう責任取るの?」
「ケイト?俺が彼女達に何をしたって言うんだ?」
「ああ、貴方は自覚がないのね?」
「ケイト姉様、そうなんですのよ。殿下は自覚してらっしゃらないんです」
「危険ね…。マドレーヌ、ラルディア、いい?この2人が奇跡なのよ。同じ様な恋愛なんて無いからね?」
姉様の忠告に2人は頷く。
「シャルディ、いい加減にしてね?でないとこの国の王子は腑抜けで間抜けだって評判が立つわ」
「腑抜けで間抜けですか?」
「俺って、そんなに酷いのか?」
「私に、聞かないで…」
「ミアはこんな俺が嫌か?」
「馬鹿…、今は言わないから」
「そこ、2人?」
姉様に睨まれた。
「すまん、」
「ゴメンなさい」
姉様はシャルの方を向く。
「ちょっと、話をしましょう。悪いけど、ルミーア、マドレーヌ、ラルディア。貴女達、席を外して下さらない?」
「私も?」
「そう、悪いけど」
「では、」
私達は居間へと移動した。
3人になって落ち着いたのか、なんだか、ラルが納得したように言う。
「凄いものを見ました…」
「でしょ?ずっとあの調子なの」
「身近に会えるはずのない殿下でしたが、なんだか普通で、凄かったです」
私はまだ顔が赤い…。
「人を好きになるって、こういうことなんですね…」
ラルが急に俯いてしまう。
まさか、嫌な気持ちになったの?
私、なんて事をしたんだろう…、浮かれてはしゃいで、恥ずかしい…。
「ラル?」
「どうかしましたの?」
「い、え」
泣いているのかって心配になる。
けど…だ。
ラルは急に顔を上げて、急に、なんだ。
急に「羨ましーーーーい!」って、凄い大きな声で叫んだんだ。
「「え?」」
「ハハッハ!」
驚く私達と笑ってるラル。
呆れるくらいに明るい声で言うんだよ。
「スッキリしました!もう、ケイト姉様みたいにズバズバ言うことにします!誰かに遠慮したりするのを止めます、止めることにしました!」
「ラル?」
「そう、ラル、止めるの?」
「はい、そうだ、マドレーヌも叫んでみませんか?」
「え?」
「気持ちがスッキリしますよ?」
「そ、そうね!」
「じゃ!せーの!」
「「羨ましーーーーーーい!!」」
大声が部屋中に響いた。
フフフ!ハハハハハ!
私達は笑った。
これ以上笑えないくらい笑って、お腹が痛くて仕方が無いくらいだ。
「いたっい!」
「痛い、です、ハハハ、」
「なんでこんなに可笑しいんでしょう!フフフ!」
「だって、ハハハ!」
「なんで笑うの、ハハハハ!」
「だって!」
今まで1番笑ったに違いない。
私達は、最高の友人だ。
きっとこれからも、だ。




