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「もう、いいんじゃない?」


ケイト姉様が声を掛けるまで、私達は抱き合ったまま泣いていた。

だって、ラルが辛い思いをしているんじゃないかって思ってたら、戻ってきたラルの顔が暗かったんだもの。

なんとかしないと、でしょ?

マドレーヌに目で合図したら、彼女も分かってくれた。

だから抱きついた。

最初は驚いていたラルだったけど、ワンワンと泣くんだ。

お互いに短い言葉を掛け合いながら、私達は抱きしめ合って泣く。


「貴女達、いつまでそうしてるの?」


そんなケイト姉様の声に私は逆らう。


「ねぇ、もう少し、こうしてようよ?」

「そうです、そうしてたいです」

「ありがとう…みんな…、」


そこに、何事かとナターシャがやってきた。

姉様はタオルと心が落ち着くようなお茶を頼んでくれる。

だから私達は納得が行くまで抱き合っている。

段々と泣くから笑うになっていった。


なんか可笑しくなってきたから。

そんな頃合に、ラルが言う。


「もう大丈夫ですから、私、大丈夫ですから、ね?」


ようやくラルの笑顔が見れた。

それは涙と一緒の笑顔だったけど。


「マドレーヌとルミーアには、ちゃんと話しますから。聞いてくれますか?」

「もちろん!」

「当然です」


友情の絆に感動している私達。

そこに、姉様が突っ込む。


「私も聞いてもいいのかしら?」

「姉様、やっぱり、居るつもりなんだ?」

「当り前でしょう?シャルディに会わないと、帰れないもの」

「シャルディ殿下、ですか?」


シャルの名前が出ることに、ラルが驚いている。

そうだね、まだ会ったことがないんだもの。

マドレーヌが落ち着かせるように話し出した。


「ラル、順番に話しますわ。とにかく、先にラルの話を聞かせて下さい」

「分かりました。けど、…、いい話しではありませんから、先にすみませんっていいます」


そうやって始めたラルの話は淡々としていた。

話の中で、しきりに私に申し訳ないって言う。

そんなことないのに。

だって、もし、私がその場にいても何も出来なかったから。

私はネルソンを慰めるなんて発想がなかったと思う。


とにかく、ネルソンは馬鹿だ。

大馬鹿者だよ、なんて酷い奴なんだ。


話が終わって思ったことはそれだけだ。


「ラルディアさん?」


ケイト姉様がラルに話しかける。


「はい、」

「貴女は素敵な女性ね?きっとネルソンも救われたわ」

「そうでしょうか?」

「そう。あの子は言葉を知らないから、償うなんて言ってしまったけどね。気持ちはそうじゃなかったと思うわ」


私は思わず姉様に聞いてしまった。


「じゃ何なの?」

「そうね、ネルソンはね、お礼をしたかったのよ。助けてくれてありがとうってね」


私達は黙ってしまった。

けど、姉様の言葉がスウっと心の中に落ちていく。


「だから、ラルディアさんもう会わないなんて言わないであげてね?ああ見えてもネルソンは、臆病な子なの」

「臆病ですか?」

「そうよ。シャルディが居なくなったのにルミーアが好きだって、本人に言えなかったんだからね」

「「「あっ」」」


私達は顔を見合わせた。

男の子って面倒臭いって思ったのは同じだと思う。

姉様の微笑みが意味深だ。


「幾つになっても男は子供だから」

「ラッザリオさんも?」

「もちろんよ、だから、可愛いの」

「まぁ!」

「そ、そうですか…」


たったこれだけで、なんだか場が優しくなる。

やっぱり、姉様って凄い。


「まぁ、でも…ねぇ…」


ケイト姉様のため息が出た。

なんだかやばそうだ。


「ネルソンにはお仕置きが必要ね」


キランっと目が光った気がする。


「お仕置き、ですか?」

「そうよ、女の子を泣かせて、それだけじゃなくよ、悪意の矢面に立たせるなんて駄目な男じゃない?」

「本当にその通りです!」


珍しくマドレーヌが大きな声で同意した。


「ネルソン先輩がこんなにも無責任な人だったなんて、」

「けど、マドレーヌ。先輩が色々としようとしたのを私が断ったんですから」

「だから、よ」


姉様の声に皆が黙る。

次を聞こうと、言葉を待つ。


「ラルディアは、もう謝ってもらいたくないのでしょう?」

「はい、もう済んだことなんです」

「けれど、私達はそれでは納得できないの。私の妹の友人が辛い思いをしていたのを救いたいの」

「そんなものなんですか?」

「そうよ」


姉様は自信たっぷりに言うけど、本人が良いっていうんならそれで良いような気がするのは私だけなのかしら?

でも、お仕置きは気になる。


「けど、ケイト姉様。どうやってネルソンにお仕置きをするの?」

「そうね…、ラルディアが笑い飛ばせるようなお仕置きが必要ね」

「私が笑うのですか?」

「ええ、考えるから、時間を頂戴?」


姉様の言葉に私達は頷いた。


「こんな事は笑い飛ばした方がいいのよ」


なんだろう、楽しみなのは不謹慎かしら?

けど、期待しちゃうな。





それから、ラルは着替える為に部屋に行ってしまった。

居間はまた3人になる。




マドレーヌが少し真剣な顔になって姉様に尋ねる。


「もしかして、ラルはネルソン先輩のこと、想っているのでしょうか?」


びっくりだ。

私はマドレーヌに聞きなおす。


「それって、ラルはネルソンを好きってこと?」

「まぁ、そうなります。私の思い過ごしなら良いのですが、」

「あながち間違っていないかもね」


姉様は深く頷いた。


「言葉の端々にネルソンを庇っているように感じたのは、そういうことかも知れないわ」

「やはり…」

「けれど、それが本当にそうなのかはまだ分からないと思うの」

「本当ではない?」

「そうね、何か空気に流されて一時的にそんな気分になっているのかも知れないでしょ?」

「そう言われれば…」

「このまま会うこともなければ忘れてしまうってこと?」

「そういうこともありえるわね」


はぁ、とマドレーヌがため息をついた。


「恋愛って難しい、んですね…」

「マドレーヌ?」

「恋愛しても良いって言われても、どうしたらいいのか分からなくなってきました」

「え?」

「あ、マドレーヌはね、色々とあって自分で好きな人を見つけて結婚してもいいって、シャルが許可したの」

「それも、変な話ね?」

「まぁ、そうだけど。いいのよ、マドレーヌは特別なの」

「そう…。けど、マドレーヌ。気持ちを軽くしてないと駄目よ?」

「あ、そうでした」


そう言って微笑んだ。


「そうそう、それでいいの」





そこにナターシャが来て夕食の話になった。

姉様は当然の様に一緒に食べるって言う。

もしかしたらシャルも食べるかも、ううん、絶対に食べるからお願いした。


「シャルディも?ここで食事するの?」

「多分、だってナターシャの料理は美味しいって言ってたから」

「光栄です、腕の奮いがいがあります」


そういって少し足取り軽くナターシャが去っていった。

やって来たラルが話に加わる。


「殿下にお目に掛かるのは初めてで、…、ドキドキします」


ラルはちょっと緊張気味。

それは自然な反応だと思う。


「大したことないわよ。シャルディなんてね、色んな男の中でも1番の問題児だもの。遠巻きに見てるくらいが丁度いいの」


あ、そんな…。


「遠巻きに、ですか?」


ラル、呆れないでね?

私にとっては最愛の人だから、ね?


「そう。あの子はね、周りが見えてないくせに走り出したら止まれないの。ほんとに厄介な子よ」

「あの子って、姉様。せめて殿下とか…、」

「あら、ルミーアだってシャルって呼び捨てじゃない」

「それは、昔からだから、けど、」


なんでか私は口ごもってしまう。

何も悪いことをしてる訳じゃないのに、何でだろう?

そこにマドレーヌが加わった。


「聞かせてもらっても宜しいでしょうか?」

「何をかしら?」

「殿下はルミーアの前では人が変わったようにお優しくなります。それは昔からなのでしょうか?」


姉様は思い出し笑いをする。


「そうね、その通りよ。いつも2人でくっついていたわ。悪いことも、楽しいことも、いつも一緒。けど、怒られるときはお互いに庇いあっていた。お互いに優しかったわね」

「ここへ来てからの殿下は、まるで氷の様だと噂になるくらいに粗雑な方でしたから。まだ信じられないのです」

「あの子は極端なのかも知れないわね」

「姉様、また、あの子って…」

「いいじゃない?どうせルミーアと一緒にいるんだって暴れているんでしょう?だったら義理の弟みたいなものだもの」

「え?認めてくれるの?」

「認めるも認めないも、あの子が動き出すんだもの。決めたことに向って全力で動くわ。シャルディはそういう子よ、そうでしょう?」

「姉様…、ありがとう!」


思わず抱きついた。


「この子は、もう…」

「けど、さっきまであんなに反対してたじゃない?どうして?」

「そうね、なんか良くなったの」

「どうして?」

「貴女達を見てたら、間違っていない気がしたから」


私達3人は思わず顔を見合わせた。


「貴女達3人が羨ましいわ」

「「「?」」」

「女性同士っていい関係を築くのが難しいのよ。だからね」


なんだかうれしくなってきた。

私達はクスクスと笑ってしまう。

この友情が続いてくれたら、私は幸せだって思った。




夕食の時間。

ケイト姉様はすっかり私達の姉様になってしまった。

マドレーヌがケイト姉様と呼び出して、ラルまでそう呼んで、なんとなく甘えている。

姉様は2人を呼び捨てだ。

その事が何となく嬉しくて、私はニコニコしてたに違いない。






で。


来た。



ちょっと、機嫌の良さげな人が。





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