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これはもう私達2人で考えている場合じゃない。
「マドレーヌ?私、ヴァンに連絡してみるね?」
「ええ、その後でお兄様にも連絡します」
私達はケイト姉様が陣取っている居間へ降りた。
電話がそこにしかないから。
私達を見た姉様は怪訝そうに尋ねる。
「どうしたの?」
「うん、ちょっと問題が起こりそうだから」
「問題?」
色々を姉様に相談するのは、ラルの許可を貰わないと出来ない気がする。
だから、押し切る。
「そう、でもね、大丈夫だから。今ね、シャルの片腕の方に連絡して解決してもらうわ」
「そう、」
マドレーヌの心配そうな顔と姉様の怪訝そうな顔に見守られながら受話器を取った。
セバスチャンが出てくれた。
「はい、」
「ルミーアです」
「ルミーア様ですか。如何されました?」
「ヴァンと話がしたいんですけれども、いるのかしら?」
「ヴァンさんは殿下に付いて城に向かわれました」
「そう、連絡は取れるかしら?」
「それは、難しいですね…。電話は繋がりますが、陛下との会見が終わるまで取次されませんから」
「そうよね、分かったわ。ありがとう」
私は受話器を置いた。
どうしようもない。
それでマドレーヌがエドマイア先輩に掛けたんだけど、こちらも駄目。
出かけているそうだ。
途方に暮れる。
「どうしよう…」
「私、あの方達に聞いてきます。どうしてここにいるのかって」
「駄目!マドレーヌにもしもの事があったら、私、嫌だもの」
そんなやり取りを見ていた姉様が立ち上がった。
「私が聞いてくるわ。何を聞けばいいの?」
「どうしてここにいるのかと、出来れば帰って欲しいって」
「ケイトさん、すみません。私達の友達が合宿から帰って来るみたいで、おそらくそれを聞きつけてやってきたんじゃないかと」
「その子、そんなに有名なの?」
「「まぁ、」」
顔を見合わせるしかできない。
「シャルが来るのに、あまり人目に付かない方がいいから」
「それは確かだわ、任せて」
そう言って姉様は出て行った。
ホッとした私達。
マドレーヌが何故か小声で尋ねてきた。
「ケイトさんって、ミリ義姉様みたいに頼りになる方ね?」
「そうなの。でもね、ケイト姉様を怒らすと怖いのよ」
「なんとなくわかります」
そうして私達は居間で待ち続けた。
待っている間が長い時間に感じた。
「待たせたわ」と言いながら姉様が入ってきた。
「姉様!」
「大丈夫よ。ネルソンが大好きな子達も納得して帰ってくれたから」
あ、バレてしまった。
「良かった、ね?マドレーヌ?」
「ええ、でも、やっぱりそうでしたか…」
「そのラルディアって子、私会ったことあるのかしら?」
「ないかも」
「そう、会ってみたいわね」
そう言って微笑む。
何を企んでいるんだろう。
「まぁ、それよりも、シャルディに会って話を聞かないと、あ、殿下って言わないと駄目かしら?」
姉様、相当に怒っているみたいだ。
今晩が怖い。
マドレーヌが話を逸らしてくれた。
「ケイトさん、どうやって彼女達を納得させたんでしょうか?」
「外にいた子達?」
「はい、そうです」
「簡単よ、ここは25寮じゃないけど、って言ったの」
そんなの無理な話だ。
「それって、直ぐにバレてしまいます」
「あら、名前なんてシャルディに言って変えさせればいいじゃない?花咲く乙女の寮とかね」
マドレーヌが耳打ちした。
「凄い方ね?」
「なんか、ごめん」
「大丈夫です」
大丈夫って、何が大丈夫なのか追及したいけど、なんとなくわかるからそれでいい事にする。
「何か?」
姉様の言葉に私達は慌てて返事をする。
「「なんでもないです」」
そして、時計を見たマドレーヌはため息をついた。
「午後の授業、始まってしまいました…」
「ごめなさい」
「いいのです、ルミーアのせいではないですから、」
結局、マドレーヌは午後の授業を休むことになった。
一つ授業を休むと後が苦労する。
私は、もう何日も休んでいるから、大変なことになってる。
なんとか1年生をクリアして休学するしかない。
そこのところも姉様が怒っている原因なんだと思う。
お父様に会わせる顔がない、けど、後悔はしてない。
シャルの隣にいられるならそれでいい。
シャルが私を求めてくれる時に応えたいもの。
私は無言で考え事をしてた。
「何考えてるの?」
姉様は何でもお見通しだ。
「きっと、殿下のことです」
「マドレーヌ?」
何を言い出すの?
姉様はマドレーヌと話す事に決めたみたいだ。
「マドレーヌ様、こんな熱に浮かされている子なんか置いておいて、お話しましょう?」
「はい!」
「ルミーアは、昨夜帰らなかったんでしょう?」
「はい、その通りですわ」
「そうなのね、本当に2人で走り出してしまって…」
「けれども、殿下はルミーアを側に置くと私達の前で宣言したのですから、その、夜を過ごしても、あの…」
「まぁ、そうなのかも知れないけど。けれどもね、会ったばかりでしょう?もうそんな関係になるなんて呆れるわ。けど、周りの言う事なんか2人には聞こえてないのね。きっと今が1番熱い時なんでしょうからね」
「1番熱い…、そうですね。なんでしょうか、お2人と一緒にいると、私なんか置いてきぼりになったみたいに感じます」
少し赤い顔をして小声で言う。
「少し羨ましい、です」
凄く可愛い。
こんな可愛いマドレーヌに惚れない男はいないと思う。
「マドレーヌ様?」
「はい、」
「もしかして、物語の様な恋に憧れているのかしら?」
「そう、そうかも知れません。兄達も、殿下とルミーアも、私は羨ましいです」
「羨ましい?」
「恋人がいる事がです。けど、こんなこと言うなんて、なんだろう、恥ずかしい」
なんだか、まずい。
マドレーヌが落ち込みだした。
姉様が優しくマドレーヌの手を握った。
「マドレーヌ様。私、貴女様に対して、遠慮を無くしてもいいかしら?」
これ以上遠慮を無くすって?
「あ、はい、どうぞ」
けれども、姉様の気迫に押されてマドレーヌはそう答えてしまう。
すると姉様が息を整え出した。
これは怒るモードだ、姉様がマドレーヌを怒るんだ…。
姉様、本気だ。
「マドレーヌ!」
姉様の大きな声が場の空気を破る。
思わずマドレーヌも大きな声で答える。
「は、はい!」
「いい、重く考えないの!逃げちゃうわよ?」
逃げる?何が?
「逃げる?」
「そう。恋愛が逃げるのよ?」
「そうなんですか?」
「そうよ。そんな風に頭でっかちでいるとね、恋が始まってるのに気づかないで逃がしちゃうの」
「え?始まってるのに気づかないんですか?」
「そうよ。考えても見て?恋愛はね、よーいドンって始まるものじゃないもの。心の準備が出来てなくったって始まる時は始まるわ」
「それは、ケイトさんですか?」
「ま、まぁね」
「どうだったんですか?」
「マドレーヌ、貴女突っ込むわね?」
嬉しそうだ。
「はい、教えて下さい!」
「まぁ、仕方が無いわ。確かに私はラッザリオに一目惚れしたの。けどね、そんな自分が信じられなくてね。だって今まで見てきた景色が変わるくらいに強烈だった出会いだったから」
「素敵!」
「だから、その気持ちに素直になって、ぶつかったわ。いいこと、マドレーヌ」
「はい」
「あんまり頭で考えないで、心を楽にしてればいいのよ?」
「わかりました!」
嬉しそうなマドレーヌに思わず聞いた。
「姉様は悪気はないのよ、けど、怒ってゴメンなさいね?」
「いいの、ルミーア。気にしないで?だって、私、母を早くに亡くしているせいなのか、年上の女性に怒られることが少なくて、だから、ケイトさんが怒ってくれて、嬉しくて…」
「そうなの?」
「そうなの。あの、ケイトさん」
「なに?」
「私も、ケイト姉様と呼んでもいいですか?」
姉様は簡単に返事をする。
「いいわよ?」
マドレーヌは私に申し訳なさそうに言う。
「ルミーア、いいですか?」
私もそんなの平気だから構わない。
「うん、良いよ」
「嬉しいです」
「擬似姉妹だね?だったら私とマドレーヌも姉妹?」
「そうですね!素敵です!」
「うん!」
喜んでいる私達に姉様がビシっと言うんだ。
「じゃ、これからは貴女達に、ビシビシ怒るからね?」
姉様、大人しくして欲しい。
「はい!」
マドレーヌ…。
ゆっくりとドアが開いた。
「ただいま、」
あ、ラル…。
顔色が良くない。




