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「どう?姉様?」
私の目の前にはケイト姉様がいる。
なんの連絡もなくいきなり25寮にやってきた。
私がいなかったらどうするつもりだったんだろうか?
きっと居座るつもりだったとは思うけど。
「腕を上げたんじゃない?」
私の焼いたクッキーを食べてもらっている。
「良かった!」
「まぁお母様のクッキーに敵わないけど、美味しいわ」
視線が怖い。
だって何しに来たか、想像できるから。
「今日、ここに私が来た訳は、分かるのかしら?」
「多分…」
「昨日、バキャリーでシャルディ殿下と親しい女性が事件に巻き込まれそうになったって聞いたわ」
やっぱりだ。
「どうして知っているの?」
「同じ通りに店があるのよ」
そう、姉様のお店とバキャリーは離れてるけど同じ通りに店がある。
「当然、アチラとは顔見知りでもあるもの」
「そう、だよね…」
姉様は私を眺める。
あ、服だ。
「その服、見た事がないわ。随分と高いでしょう?」
「わ、わからないの。頂いたから…」
「服を頂く?誰に?」
こ、怖い。
「えっと…、バキャリーの人…」
「バキャリー?ちょっと、そのペンダント?それって、ディープブルー?」
シャルの屋敷で着替えて、私は昨日のアクセサリーを箱に入れて持って帰ってきた。
そして、ディープブルーのペンダントを着けていた。
「ルミーア?貴女、シャルディに会ったの?」
姉様の声は静かだけど、怖いままだ。
「その首の印は?」
あ、見つけられた?
だよね。
わかってしまうよね…。
「姉様、ごめんなさい」
なんでだろう、謝ってしまう。
「謝るなんてね、もう。さっきナターシャさんに聞いたんだけど、昨日はここに戻らなかったって本当なの?」
「うん、戻らなかった」
「どこにいたの?」
「シャルの屋敷。ずっと一緒にいたの」
姉様の目は静かに私を見詰める。
だから私は真剣に私達の事を話そうと思った。
「少し前からシャルに会っているの。話せば長くなるけど、シャルは私を探し当ててくれた。だからね、私は応えたいの。本当に私達は真剣に、これからを考えているのよ?」
「じゃ、バキャリーで殿下の隣にいた女性は貴女で間違いないのね?」
「うん、そう。間違いないわ」
姉様はまだ尋ねる。
「バキャリーでは何をしてたの?」
どこまで話していいのかわからないけど、嘘は言いたくない。
「ケンフリットの卒業式があるでしょう?その後のパーティーで、シャルと私のお披露目を行うからって打ち合わせをしてた」
「そんな大切なこと、黙って進めたの?お父様達にも言わないで?」
「ごめんなさい、けど、ザルファー小父様も知ってるから、きっと、今頃はお父様にもお母様にも伝わっていると思う」
「ザルファー小父様が?」
「うん、」
ため息だ。
「小父様ったら、先日お会いしたのに、何も言って下さらなかったわ」
「きっと、言えなかったのかも…、だって、陛下のお耳に入ったのも、最近だから」
「陛下って、まぁ、そうよね…」
姉様の目が遠くを見る。
「…、シャルディは、本気なの?」
「私達は、本気よ?」
「ルミーア、」
「ケイト姉様、好きな人と未来を見てはいけないの?」
「2人だけの事ではないのよ?」
わかってる、つもり。
「夢物語で終わる可能性もあるでしょ?」
「ううん、現実だわ。私達は一緒になるって約束したから」
姉様はため息をついた。
「貴女達は、いえ、いいわ」
「なに?言って?」
「私に怒られていた頃の2人とまるで同じだから、呆れてるのよ」
「同じ?そう?」
昔、私とシャルが悪戯した時。
大人は誰も怒らなかった。
あ、お父様がいれば叱られた。
けど、それ以外の大人は怒らなかった。
シャルが王子だから。
けど、姉様だけは追いかけて来て怒った。
シャルを怒れるのは姉様だけだ。
「今日は泊まるつもりで来たのよ。いいわね?」
「大丈夫だと思う」
「何か予定があるの?」
「後でシャルが迎えに来ることになってるの。今日は何処にも出かけないで、ここにいろって…」
「そう、なら、手間が省けたわ」
「姉様?」
「彼に話があるから」
言い出したら聞かないのはランファイネルの女性の気質なの?
「久しぶりにシャルデイを怒らないとね」
「そんな、怒るなんていいの?シャルは私達と住む世界が違うんでしょう?」
「構わないわ、妹と付き合う王子なら、私は彼の義姉だもの」
「…、」
「クッキーを頂くわ」
姉様はナターシャが入れた紅茶とクッキーを楽しむことに決めたらしい。
そこへだ。
「ルミーア?ねぇ、ルミーア、いるかしら?」
慌てたマドレーヌが入ってきた。
珍しい。
「マドレーヌ?どうしたの?」
「あの、あ、」
ケイト姉様に気づく。
「マドレーヌ様、お久し振りです」
「ケイトさん、でしたよね?お久し振りです」
「今日は妹が心配でお邪魔しましたの」
「そ、そうでしたの…」
珍しくマドレーヌが言葉を濁した。
何かを言いたそうに私を見る。
姉様に聞かれたくないんだ、きっと。
「あ、マドレーヌ、私の部屋にね、この間のネックレスがあるの。ちょっと見てくれない?」
「喜んで!」
「じゃ、姉様。少し席を外すわ」
「ええ、どうぞ」
私達は急いで私の部屋に入る。
マドレーヌの声は焦っている、本当に珍しい。
「あのです、ルミーア。驚かないで下さいね?」
「うん、」
そう言ってるのに、マドレーヌは迷っている。
「ああ、何から話したらいいのか…。そうです、ラルがね、」
ラル?
何があったの?
「ラルが?どうかしたの?」
「噂なんですが、ネルソン先輩と夜を過ごしたらしいって聞いたんです」
「え…、それって、?」
「そういう事、です」
そういう事って、そうなんだ。
ネルソンとラルが?
何故そうなるのか、そうなってしまったのか、事実なのか。
ああ、もう、頭が混乱する。
「だから25寮にネルソン先輩にご執心な方が集まるかもしれないって」
「ここに?シャルが来るのに?」
「そうなの。どうして集まるのかは理解できないけど、ラルの顔を見て文句を言いたいんだろうって」
面倒くさい人達が多すぎる。
「それにです。殿下とのバキャリーでの出来事はかなり広まっています。ですから殿下がここに来られるのを見られたら、殿下と親しい女性がこの寮に住んでいるって分かってしまいます。それはそれで大変そうなんです」
「大変って?」
「アリシア先輩をご存じなんでしょう?」
あ、この間、シャルの部屋の前で暴れていた人だ。
「うん、」
「アリシア先輩は怒っていらっしゃるみたいよ。必死に殿下と親しい女性の身元を捜してるって」
「私の?」
「そう、きっと怪我します」
「怪我だなんて、まさか…」
「彼女は貴女を憎いって思っているから、何をやりかねない、と思いませんか?」
怖いなぁ…。
「ヴァンさんが言っていた護衛は、いつからルミーアに付いてくれるのでしょうか?」
「明後日って聞いてるわ」
「それまで、ここから動かない方が良いのでは?」
「うん、私は動かない。けどね、夕方にシャルが迎えに来るの」
「それは…、見つかると良くありませんよね?どうにかならないのでしょうか?」
「どうなんだろう、連絡つくかしら…」
陛下の所にいるから、どう連絡したらいいのか分からない。
私達は途方にくれる。
フッといつもの聞こえてくる音に混ざって人の声がする事に気づいた。
何か胸騒ぎがして私は窓の外を見る。
「あれ?」
人影だ、人が立ってる。
「マドレーヌ、あそこに人がいる。見えるでしょ?」
「まぁ…」
2,3人の塊が3組程だ。
「さっきまでは、いなかったのに」
「ラルを待っているのかしら?」
「どうなんだろう」
これはヴァンに連絡しないと拙いような気がする。
今、屋敷にいるだろうか。




