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時計は朝の10時を回っていた。
渋々受話器を取るのはシャルだ。
寝ている手を伸ばせば届く。
「なんだ?…、ああ、」
その声は不機嫌だった。
「わかった。用意は出来てるのか?…ああ、わかったよ」
受話器を置いた。
でも、私を撫でる手は優しい。
瞳も優しい。
「ヴァンが食事をしろって」
あ、そうだよね…。
「そうね、お腹、空いたね?」
「ああ、そうだな?」
そして、軽くキスを交わす。
「湯浴みの用意が出来てる。汗を流そう」
「一緒に?」
「もちろん。この部屋の隣だから」
手を引かれる。
慌ててシーツを身に纏う。
隣の部屋には少し大きめのバスにお湯が張ってある。
私達は一緒に入り汗を流した。
汗を拭くためのタオルケットを羽織って部屋に戻ることにする。
戻ると、新しい下着と服が用意されていた。
「この服って?」
「バキャリーがミアにって何点か作ってくれたんだ」
「私に?」
「あいつ等も気に入られたいんだよ」
「誰に?」
「ミアに」
「なんだか、不思議…」
「俺の側にいるって事は、そういうことだ。まぁ、けど、」
とシャルは私をジロジロと見た。
タオルを羽織っただけで、まだ、裸なんだけど…。
「服を着ない方が、綺麗だな」
「もう!」
急いでシャルにキスをしてから、下着をつけバキャリーの新作を着た。
シャルは私を見ている。
「これでも?」
私の瞳の色と同じ緑青色のワンピースは、きっと私を引き立たせてくれている。
「今のミアも素敵だ」
ご褒美のキスは軽くて良い。
けど、シャルのお腹がなった。
「シャル?」
「わかったよ、急ぐから」
慌てて着替えたシャルと一緒に部屋を出た。
セバスチャンはいつも通りに接してくれる。
「卵は如何致しますか?」
「おれはスクランブル、ミアは?」
「同じがいい」
「畏まりました」
席は手がつなげるほど近くに座る。
フレッシュなオレンジジュースが乾いた咽喉を潤してくれる。
シャルと2人での朝食。
全てが美味しそうに思える。
そういえば、子供の頃もシャルとの食事は美味しくて沢山食べた記憶がある。
それは、大好きな人と食べるからなんだろうって、思う。
ミルクが注がれる。
焼けたベーコンの匂いが香ばしくて堪らない。
「ルミーア様、本来はトーストですが、貴女様がクロワッサンがお好きだと聞いておりますので」
そう言って、大好きなクロワッサンが焼きたてで出てきた。
熱いくらいなんだよ。
外はカリッとしてて、中はフワフワだ。
「美味しい!幸せ!」
「そうか?」
「うん、シャル、覚えていてくれたのね?」
「覚えているというか、俺のクロワッサンを食べ尽くした女のくせに」
なんでそんな風に覚えているんだろう?
「忘れていいこともあるのよ?」
「ミアのことなら何でも覚えている」
セバスチャンは少しニコリとした。
「その記憶力には驚かせられました。よほどお好きなんだとね」
気のせいかな?
シャルが照れてるみたいだ。
「まぁ、いいじゃないか」
「そうね、」
「では卵をお持ちします」
出来立てが運ばれる優雅な朝食。
25寮の朝食も美味しいけど、敵わない。
とてもお腹が空いていた私達は満腹になるまで食べた。
「良く食べる」
「シャルだって、食べすぎよ?」
「ミアがそうさせたくせに」
「シャルが離してくれないから…、あ、」
ヴァンが入ってくる。
こんな時に相応しくない話だから、言葉を止めた。
「おはようございます。ルミーア様、お体は大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫。けど、どうして?」
「昨日は殿下に抱かかえられて戻られましたから、念の為の確認です」
ヴァンは意地悪なのかも知れない。
「俺が確認したから、大丈夫だ」
「そうですか、なら安心です」
「ヴァン?」
「はい?」
「お前の底意地の悪さを、ミアは知らないからな?気をつけろ?」
「おいおいに慣れていただきます。よろしいですね、ルミーア様?」
「わ、わかったわ」
なんか、笑っちゃう。
2人とも言葉はキツイのに笑ってるから。
お互いに信頼し合っているのが伝わる。
私まで嬉しくなってくる。
「では、本日の予定です。ルミーア様、一旦25寮に戻られますか?」
「そうするわ。マドレーヌがいると思うから」
「わかりました。では私がお送りいたします」
「俺が送る」
「いえ、殿下は直ぐに城へお向かい下さい。陛下がお呼びです」
陛下が、シャルを呼んでいる。
私達のことなんだ、きっと。
「何の用だ?」
「昨日の出来事が陛下のお耳に入りました」
「キレンドのことか?」
「はい。さすがに放置は出来ないと思われての事でしょう。けれども良い機会です、陛下にお目に掛かって色々とお話なさればよろしいかと」
「分かった、だが、ミアは俺が送る。お前も一緒に来い」
「畏まりました」
なんだか色んな気持ちが込み上げてきそうで、不安。
私はシャルの手を握る。
「どうした?」
「陛下は、お怒りになられていないわよね?」
「大丈夫だ。そんな人間じゃない」
「そうよね?」
「そうだ、それよりも」
深蒼の瞳は私を見つめる。
「終わり次第、迎えに行くから。今日は25寮から出るな?」
「え?だって…」
「嫌か?」
「嫌なわけ、ない」
「なら、おとなしく待ってろ?」
「…、うーん、けど、」
「なんだ?」
うまく言えない。
なんだろう、私の好きに動ける時間ってない。
それが、なんとなく嫌なんだ。
「ううん、なんでもない」
「不自由が嫌か?」
「どうだろう…、けど、嫌って言っちゃいけないのは分かってるよ?」
「ミア?」
真剣な顔だ。
「昨日、あんな事があったばかりだ。用心して欲しい」
「わかった」
「よし、」
ヴァンが見ているのに、キスされた…。
「あ、ヴァン、ごめんなさい、」
「いいえ、お気になさらずに」
「気にするな」
「え?」
なに?
ヴァンもシャルも自然過ぎる、全然動じてない。
これは今までにもあった出来事なの?
今までの側室とも、こんな事したの?してたの?
「今までも、シャルはヴァンの前で女性とキスしたことがあるの?」
「え?」
凄い驚いた顔した!
「だって!」
「そんなの、ミアが初めてだよ!」
「ほんと?」
「本当だよ!ビックリするようなこと言わないでくれよ…」
シャルは少しだけ持ち直す。
「ヴァン、言ってやれ」
「ええ、わかりました。ルミーア様。このお屋敷に入られた女性はルミーア様だけですし、朝を迎えられたのもルミーア様だけです。もちろん、お食事をご一緒になさるのも、私の前でキスされるのも、ですよ?ご安心下さい」
「あ、うん。そうなの?」
「もちろんだ、俺が愛してるのはミアだけだ」
「うん」
ヴァンは呆れてる、きっと。
「ルミーア様の護衛の件ですが、明後日には25寮に入ります。そうなればご自由に外出して下さっても大丈夫です」
「ありがとう!」
ヴァンに送られて、25寮に戻った。
マドレーヌはいなかった。
ナターシャに聞いたら授業に出てるって言われた。
当り前だ。
私は、サボっているんだから。
ラルもいないから、つまんない。
あ、クッキー作ろうっと。




