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その日は予定にないことが起きました。


「殿下?」


ケンフリットの殿下の屋敷に自動車が戻って来たのです。

今日は25寮に行くからと聞かされていた私とセバスチャンさんは慌しくお迎えに参りました。


「ヴァン、今日はこのままミアと過ごす。誰も取り次ぐな」

「は、」


殿下の腕に抱かれたルミーア様は熱に魘されたように、殿下の胸に顔を埋めておりました。

何かが起きたことは理解できましたが、それ以上を追及は出来ない状況です。

バキャリーで何かが起きた、と理解した私は急ぎバキャリーに電話をし話を聞いたのです。


大体の内容はを確認しました。

よりによって、マーティス・キレンドなどと…。


電話の主、バキャリー当主のミランダ・バキャリーは受話器越しに謝っています。


「ヴァン殿、申し訳ございませんでした。殿下は?殿下のご機嫌は?」

「そうですね、それほど悪くはありませんが、良くもありません」

「あああ、本当に、申し訳ありません」

「相手がマーティス・キレンドですからね…」

「こちらも余り強く出れずにおりました。店員の中にルミーア様の事を知るものも少なく、あのように曖昧な対応になり…」

「ですが、殿下とルミーア様の衣装を製作すると申し出を頂いたからには、アチラを切り離す覚悟がおありかと思っておりました」

「あ、確かに、そうではあるのですが…」

「バキャリー殿、その覚悟もないと?」

「いえ、そのような…」

「殿下のサファイア、引き上げてもいいのですよ?」

「いえ、それは、ご勘弁を!」

「バキャリーが宝石から展開したいように、、メリッサもドレスで培ったデザインを宝石に生かして展開したいようですね」

「メリッサが、…」

「こちらは、不愉快な思いをしたくないのです。殿下のサファイアをメリッサに任せても良いんですから」

「そ、それは、何卒…」

「はっきりしましょう。殿下はルミーア様の事になると冷静さを欠きます。対応が遅れればバキャリーとてどうなるかわかりません」

「ヴァン殿、しばらく、時を頂きたいのです。宜しいですか?」

「ええ、どうぞ」


平穏な様に電話は切れましたが、そうはいかないでしょう。

しかしながら、卒業式に間に合わせるには時間が足りません。

このままバキャリーでの製作で行くことになるでしょうね。






思い立った私は、エドマイア様に連絡を取りました。

起きた事を順序立てて話します。

エドマイア様の反応は厳しいものでした。


「それは、いけません。よりによって、…」

「はい…、何かが起こるとは思っておりましたが、よりによって」


私は言葉を続けます。


「それでなくとも、この所のルミーア様はお綺麗になられて人目を惹きつけておいでですから」

「まったく、殿下の注がれる愛情に見事にお応えになっていらっしゃる」

「人目を引くからといって、マーティスなどと。まったく、よりによって綺麗な女性とみれば自分のモノにしたくなるの様な、恥知らずの男に…」


まったく、よりによって、です。


「まったくです。何も考えないで行動するなんて、仮にも王族としての血を継いでいるというのに…。そういえば、私の時も苦労しました」

「ミリタス様ですね?私も存じております」


もう4年も前になりますか、その話は有名な話でした。


ミリタス様を見かけたマーティンは、当然の様に自分の女になれと彼女の元に通い続けました。

もちろん、エドマイア様という婚約者がいることもわかった上でのアプローチです。

自分は何をしても許されると、そう思っているのでしょう。


「あの時は、怒り狂ってましたね。ハハハ、私も若かったです」

「いいえ、怒って当然です。噂では決闘の末、諦めさせたと聞いております」

「決闘など、そんな大げさなものではないのですよ。けれども、少しやり過ぎたかも知れません。だから、アイツはケンフリットではなくミールに入学したんです。まぁ、父親がいなければ何も出来ないような奴ですから」


私達は辛辣にマーティン・キレンドを評しています。

それだけの男だから仕方ないのですが、諦めの悪さには定評がある男としても評判です。

ましてやルミーア様の素性が知れた今、固執してくるのは明らかですね。


「ですが、性質の悪い男ですので厄介です」

「ええ、これは父やザルファー殿にも相談しなければならない案件ですね?」

「お願い出来ますでしょうか?殿下の下僕に過ぎない私では荷が重過ぎますので」

「そうでしょうか?ヴァン殿にしか出来ないことは山の様にありますよ?」

「その様な用事は誰でも出来る仕事です。ただ、私は扱い易い人間だと思われているだけですよ」


受話器の向こうから聞こえてくる声は、意外にも軽やかな笑い声だった。


「私とヴァン殿は少し似ているのかも知れませんね。貴方と話していると楽しい」

「エドマイア様にそうの様に感じていただけるなど、光栄です。ありがとうございます」

「これからは長い付き合いになります。良き友としてお願いします」

「もったいないお言葉です。ですが、殿下の為なら命も投げ出す所存の私、エドマイア様のお力が無くてはこれからが毎日ハラハラの連続になりそうです。何卒、よろしくお願い致します」

「ヴァン殿。これからの日々が楽しくなりそうですよ」

「まことです」

「では、私は動きますので。また、後日連絡します」

「はい、お願い致します」



私は受話器を置いた後、少し考えを巡らせました。

少し時系列を整理する必要があります。




今は夏の始まりの時期。

ルミーア様のご両親であるランファイネル伯爵夫妻がベルーガに参ることが決まりました。

その際に陛下と面会できるように動いております。

陛下は妃としての立場はお許しになりませんが、そうでなければ寛大に見守る姿勢の様です。

おそらくはザルファー様からの進言があったものと思われます。


殿下がルミーア様とお会いになってから、良い方向へと変わられたと。


もしかしたら、近々殿下にお会いになり真意を聞こうとなさるかも知れません。

これは良い事だと思います。


そして、近い内に王太后様の元へお2人でご挨拶に参ります。

エリザベス様は国の母と敬愛されているお方。

あの方が味方になって下されば、そう、ルミーア様の後ろ盾となって下されば良いのですが。

王太后でもあり、また先代王から大公の位を授けられたエリザベス様がです。

希望は持ち続ければ叶うとも言います。

殿下の為、叶う様に希望を持ちましょう。



さて、殿下がケンフリットを御卒業なさるのは今年の秋のこと。

式後の舞踏会は華やかに行われることでしょう。

当然そこで殿下とルミーア様のお披露目を致します。

バキャリー渾身のドレスを身に纏うルミーア様の美しさは周りを圧倒することでしょうね。


その後、ご卒業なさった殿下はケンフリット学院内のお屋敷を引き払われます。

もちろん、新しいお住まいは城の中となります。

ルミーア様はその御側にいらっしゃることになるでしょう。

そうなるとケンフリットは休学して頂くことになりますね。



国の政はエドマイア様達にお任せするとして、殿下の下僕としてはルミーア様との事、なんとしても穏便に進めて行きたいですね。





さて、まずはルミーア様の護衛の件。

少し難航しておりますが、決めてしまわないと。

本日の様な事があったばかりですからね、早々に進めましょう。






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