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見た事がない男がいた。



声が、私に向けて発せられている…。

聞いたことがない声。


「それ、気に入った?」


固まる。


「買おうか?」


背中が寒くなる。


「ねえ、聞いてる?」


なんだろう、この人。

嫌な感じがする。


「可愛いね?気に入ったよ」


少し暗い金髪で、青い瞳はなんだろう嫌な感じにさせる。

それに、このお店には不釣合いのカジュアルな服装をしてる。

初めて会う男の人、間違いない。


「名前は?なんて言うの?」


なんで私の名前を聞くんだろう。


「名前だよ?」


どうしよう…。

ううん、返事しなくてもいいはず。

そう、嫌ならしなくてもいい。

黙っていよう。


「強情だね?まぁそういうのも、いいんだけどね」

「…」

「1人?俺が送って行くよ?あ、そうだ、俺の屋敷に行こうよ。その方がいい」


手が触れそうになったから、慌てて身を引いた。

その時に声が出る。


「いいえ!」


しまった!

返事しちゃった、とにかく、逃げよう。


「なんだ、喋れるんだ?」


当たり前だ!

知らない人と喋りたくないだけ。


「なら、さ、今から食事にでも行こう?」

「人を待っておりますので、結構です」

「置いていけばいいよ、俺と行こうよ?」

「いいえ、失礼します」

「遠慮するなって」


遠慮なんかしてない。

私は目を伏せる。

けど男は私の見ていた宝石を私に見える様にして指差した。


「これ?買ってあげるから」

「いりません、必要ないのでいりません」


シャルが買ってくれるから、いい。

要らない。


「だから遠慮はしなくていいって。見てるだけで買えないんだろう?」


そう言って、私の顔を覗き込むように、近寄ってくる。

バキャリーの店内は無駄に広い。

優雅に買い物をしてもらいたいからって距離を置いてもらえる為だって。

さっき聞いた。


だからなのか、誰も気付いてくれないみたい。

どうしよう…。

さっきの店員は何処に行ったの?


「ねぇ?」


近づいてくるのが嫌で、思わず顔を隠すように腕を上げる。


「いや、」

「顔、もっと見せてよ?」


その腕を捕まれた。

痛い…、力が入っている。

離せない。

言葉は優しそうだけど、怖い。


「だから、見せてよ?」

「!」


逃げたい、あ、ラルにならった護衛術だ!

今使わなくて、いつ使うの?

だから、掴まれた腕を1度軽く上げてから思いっきり引いた。


「なに!」


握られていた手が離れた。

良かった、ラル、ありがとう!

私はそのままの状態で後ずさりする。

けど、。


「面白いね。気に入ったよ」


嫌な笑顔。

今度は両方の腕を捕まれてしまった。

あれ、こんな時、どうすれば良かった?

え?

息がかかる、それほど側に顔が来る。

いやだ、気持ち悪い!


「やめて!放して!」


この喧噪に、店員が慌ててやってきた。


「マーティス様!」


もっと早くに来て欲しかったよぉ。


「先日のご依頼の品、こちらにご用意しておりますので、どうか、こちらに」


そんな言葉にも動じない。

マーティスって誰?


「そう?じゃさ、この女性も一緒だ」

「いえ、それは、」

「気にしないでいいよ、気に入ったんだ」


私は解こうとしてもがくのに、どうにもならない。


「こちらは、その、」

「放してください」

「遠慮は損する、なんだよ?」


引っ張られる、怖いよ…。


「止めて!いや!」


タダならぬ声に、店内が注目してるみたい。

数人の店員が集まってきた。


「マーティス様!」

「お手を放してくださいませ。こちらの方には、お連れ様がおります!」


関係のないお客さんまでこっちを見てる、みたいだ。

騒ぎになってしまった。

でも、でも。

離してくれないんだ。


「離して!」

「マーティス様、とにかく、その手をお離し下さいませ!」


そんな店員の声に五月蝿そうに答えるんだ。


「五月蝿いんだよ。俺が気に入ったんだよ?この俺がだよ?連れて行くのは当然、」

「おい!」


この男の声を遮るように、離れたところから大声が聞こえる。


「マーティス!」


シャルの声だ。

店内に響いて、静かになる。

シャルの殺気が店中に溢れる。

誰も動き出せない。


私の方へと急いで来てくれる。

そして私の肩を抱くと一段と大きな声で命令する。


「直ぐに、手を放せ!」


シャルの声に、掴まれていた力が緩んだ。


「シャルディ…、なんで、」


シャルは彼の腕を掴むと私から引き剥がした。


「久し振りだな、お前の馬鹿面を見るのは。だがな、俺の女に手を出すなんて、どういうつもりだ?知っていて手を出したのか?おい!」


シャルの殺気は消えない。

その気に押されてマーティスと言われた男は黙ってしまう。


「俺の女に近づくな」


シャルが男の肩を押した。

よろけるように、床に座り込む。


掴まれていた私の腕が赤くなっていた。

私はシャルの腕にしがみつく様に側にいる。


「大丈夫か?」

「うん…」


私はシャルの後ろに隠れた。

あの男を見たくなかったから。

強く手を握る。

握り返してくれるだけで、安心する。


「お前、わかっていたのか?」

「知らない、知るわけない。だって、お前の側室とは違う女だから、そ、そうだよ、側室をなくしたって聞いてるぞ!」

「お前に言う義理はない」


シャルの殺気は消えてない。


「それにだ、俺をお前などと言っていいのか?立場が違うんだぞ?」

「…、」

「お前の父親には、いずれ会うことになる。お前のその態度、改めるように言わなくてな」

「…、」

「行け、ここから消えろ!」


シャルに何も言えないままで店から出て行った。

ようやくシャルの殺気が消えて、空気が少し緩くなる。


「ミア、歩けるか?」

「うん、大丈夫…」

「殿下、ルミーア様!」


シャルは慌てて飛んできたバキャリー当主に話し掛ける。


「バキャリー、世話になった。今度訪れる時は、わかっているな?」

「も、もちろんで、ございます、殿下…」

「このような事態がまた起こるようなら、考えを変えなくてはいけないからな」

「殿下、そ、その、」

「期待してる。ミア、行こう?」

「…、」


シャルはしっかりと私の肩を抱いてくれる。


自動車はすでに店の前に止まっていた。

ドアが開けられていて、私達は直ぐに乗り込こむ。


ドアが閉められると、専属の運転手が車を発進させた。

シャルの自動車はとても広くて、運転席との間には壁が作られている。

だからある程度の機密が保てる。


動き出すと直ぐに、抱きしめられた。

シャルのぬくもりにようやく落ち着く。

だけど、少し震えてる。


「大丈夫か?」

「うん、シャル…、あの、ね、」

「どうした?」


シャルの腕の中が安心できるから、ようやく言葉に出来る。


「怖かった…から…」


1人だったら、どうなっていただろう?

店員達は止めようとしてくれてたけど、止められたかな?

なんか無理かも知れないと思うと、怖い。

シャルがいなければ、知らない屋敷に連れていかれてたんだ。


そんな無謀なことをする人間がいるんだ。

無謀をしても許される人間が…。


「ミア…」


シャルの手に導かれるように、唇が重なった。

こうしてると安心できる。

シャルがいないと駄目、私は駄目だ。

キスが終わって、私はシャルにしがみついてしまう。


「シャル、離さないで、お願い」

「もちろんだ、けど…」

「けど?」

「不安だ。あいつがミアに目を付けるなんて…」

「あの人、誰なの?」

「マーティス・キレンド。俺の天敵の息子だ」


あ、公爵の息子なんだ。


「だから、…」

「どうした?」

「公爵の息子だから店員の人が強く言えなかったのね、きっと」

「ふざけている。注意しておこう」


シャルがそう言うなら、お店に何か言うに違いない。

私は慌てて止めた。


「止めて?だって、お店の人達は強くは言えないもの」

「ミア、俺が居なかったら連れ出されたかも知れないんだぞ?」


その通りだし、怖かったし…。


「ミアは俺の女だ」


また、抱きしめられる。

強くて壊れてしまうかと思うくらいだけど、とっても安心できる。


「このまま帰したくない、」


その力が強いから声が出せない。


「決めた。帰さない」


やっと離される。

やっと声が出せる。


「シャル?」

「25寮へ送るのは止める。俺の屋敷に行こう?」

「それって?」

「俺は、ミアを抱きたい」


直球だ。

シャルの瞳が私に願っている。

深蒼の瞳が願ってる。


「ミアはどうなんだ?俺に抱かれるのは怖いか?」


怖くなんかない、不安なんだ。

今日みたいな事が起こるのは嫌だし怖い。

けど、この不安がどこから来るのかわかっている。


そう、抱かれたいのは、私の方だから。

だから、私は深蒼の瞳を見上げて言う。


「怖くない、だって、」

「ミア?」

「私も。私もシャルに抱かれたい」

「わかった」


私の唇をふさぐ。

息を継ぐ間の僅かな時に、シャルが呟く。


「もう、止めないから」


もう止める必要がない。


「覚悟は出来てるか?」

「うん」


だから、容赦もない。

深いキスを交わす。

舌が、あ、凄い刺激。

熱が体中に回る。

息をするために唇が離れる。

けど、ほんの少しだけ。

息を感じる。

ああ、感じるんだ。


「あ、」

「ミア、愛してるよ」


私の中にある付いたことがなかった炎。

そこにシャルが火を付けた。


「もう、あ、あん…」

「離さない、絶対に、」


シャルの手が私の髪をかき上げる。

体中に刺激が走るから、堪らない。

私達は何度も何度もキスを繰り返す。


そして、これからの時間を前に理性を無くしていく。





かろうじて理性を保っているシャルと抱かれたい本能の中で熱に浮かされてる私を乗せた車は、ケンフリットの門をくぐり真っ直ぐにシャルの屋敷に向った。






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