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私は25寮と学院との往復しかしてない。
まるで私の専属の護衛と化したシャルがいつも側にいるから。
こんなことで色んなレクチャーが進むのかって思うけど、ヴァン曰く、ちゃんと進んでおります、とのことだ。
でも、お咎めがないのは、シャルが普通の人間になったからだと思う。
そして、今、私はシャルと一緒に宝石店にいる。
ゴウジャスな特別室、目の前には煌びやかな宝石と生地が並べられている。
「こちらなど、如何でしょうか?」
「うん、いい色だ。ミアに似合う」
シャルはバキャリーの当主と優雅に会話を進めている。
けど、私はちがう。
バキャリーの特別室に圧倒されて無言になっている。
ここに私達がいる理由。
それは私がお披露目されるから。
今年度、シャルが卒業する。
その卒業式の後の舞踏会でお披露目される。
オルタンス宰相は人が戻ったみたいで、マドレーヌとは何でも話すようになったそうだ。
全てはシャルと私のお陰だからと、私の事は全てオルタンス家が取り仕切るって言い出すから、慌ててやめてもらった。
だいたい、自分の両親にすら直接言えてないのに、マドレーヌの家にお世話になるなんて出来ない。
ようやく私の書いた手紙とザルファー小父様の手紙を両親に送った所なんだもの。
じっと返事を待つしかできない。
海を隔てているから電話が通じないって不便だ。
けれども返事を待っている時間がないらしく、シャルが私にドレスを作ってくれることになった。
となると揃いの服にした方がいいからって、こうしてシャルと2人で出向いている。
バキャリーになんて初めて入った。
「しかし、ここが服を扱うなんて初耳だな?」
「私どもも宝石だけではなく衣服を扱いたいと予てより考えておりましたから。ええ、もう、宝石商ならではの豪華なドレスを仕上げて見せます」
バキャリーの当主が張り切っている。
なんでも凄腕のデザイナーを抱えたそうで、だから、私達の衣装を任されたと宣伝したいみたい。
そのデザイナーはまだ若いと言ってもいいくらいの女性で落ち着いたベージュの装いが知的な目の前の女性だ。
「この者はマイトと申しまして、バルトンではまだ知名度が低いのですが、聖ゼファクト皇国の服飾学院を主席で卒業しコンテストでも優勝したほどの実力の持ち主。その磨いたセンスで、ぜひ、ルミーア様のドレスを任せて欲しいと張り切っております」
聖ゼファクト皇国。
そこはシャルの婚約者がいる国。
歴史が古いせいか、華やかさではバルトンを一歩も二歩も先に行ってる感じ。
流行もそこからやってくる、けど、なんか抵抗がある。
気にして、るんだね。
「ルミーア様?」
「え?」
「ルミーア様の美しさを引き立てるドレスを完成させますので、」
誠実そうな顔で好感がもてる。
「お任せくださいませ」
「そ、そうね」
「うん。ミア?」
「ううん、なんでもないの。彼女にお任せするわ」
「ありがとうございます」
それから色々な生地の見本に触れたり、書かれていくデザイン画を眺めたり。
想像するって楽しい時間だ。
何枚も描かれていくデザイン画が素敵。
で、話は1時間も掛かってしまった。
結局、シャルの色を前面に出すデザインに落ち着く。
「やはり、そうしたいな。俺の色を纏うミアが世界で一番美しいだろうからな」
世界でって、もう…。
「シャル、あ、殿下、あまり、その、」
戸惑う私にバキャリーの当主は微笑む。
「ルミーア様?」
「はい?」
「ここはバキャリーの特別室。私達はもちろん、スタッフも弁えております。どうぞ、ご自宅だと思ってお寛ぎ下さい」
「ありがとう、でもね、殿下ったら大げさだから…」
「ミア、美しい女性を美しいと言うのが大げさか?」
「シャル、皆さんが見てるのよ?」
「お構いなく」
「あ、けど、」
シャルは笑っている。
「バキャリー、マイト。彼女はこの様なことには慣れていないんだ。これからも不慣れなことがあるかも知れないが、気にしないでくれ」
「大丈夫でございます。ルミーア様の気さくな笑顔は、これからバルトンの国民を魅了することでしょうね?」
「その通りでございます。すでに私達も魅了されておりますから」
私、そんなに偉い人間ではありません…。
だから顔が赤くなる。
「そうだろうな、うん」
私を褒められてシャルはご機嫌。
「そうだ、バキャリー。ルミーアの普段使いのものを何点か見せてくれ」
どうやら、私にプレゼントする事を思いついたみたい。
わかりやすくて、うん、彼女達に乗せられたと思う。
「畏まりました」
「では、後ほど」
一旦、バキャリーの皆が退出する。
2人にさせてくれるんだ、気配りが凄い。
「言ったろう?ミアは綺麗だから皆が惹き付けられるって」
「そんなこと、言った?」
「言った」
急に顔が近づいてくる。
「キスは、駄目よ?」
「わかってる。なぁ、ミア?」
「なに?」
「これから、どんどんと状況が変わっていく。けど、俺の側にいれば間違いないからな?」
「わかってます。大好きなシャルと過ごせるから、私、幸せよ?」
「うん、良かった」
ノック聞こえたから少し離れる。
黒いビロードのお盆に並べられた装飾品達がやってきた。
どれもこれも輝きが違う。
「さぁ、ミア。好きなのを選んで?」
「いいの?」
「男としての器量の見せ所だ。遠慮しないでくれよ?」
「はい!」
なので、私は普段使えるように真珠のネックレスと指輪をえらんだ。
大粒の真珠がヘッドになっていてプラチナの鎖の輝きが素敵。
指輪は真珠の美しさを引き立てる為に他の宝石は使ってない。
どちらも派手ではないけど、私の肌に映えそうな気がしたから。
そしたらバキャリーはイヤリングも揃えた方が良いって教えてくれた。
全身の内の3箇所に宝石を身に着けるのが定番だそうなんだ。
宝石は奥が深そうだから勉強になります。
まずイヤリングを付けてみる。
「どう?」
「いいよ。今の服に合っている」
そこへバキャリー当主の言葉。
「ルミーア様は普段使いを心得ていらっしゃる」
流れるようなお世辞も、なんか心地よい。
「これ、つけてやるよ」
ネックレスを付けてくれるシャルの指が首に触れる。
やだ、ドキドキする。
なのに耳元で囁かれる。
「似合ってる」
さすがバキャリー当主。
顔色一つ変えないで微笑んでいる。
私もこれから色々と慣れるんだろうか…。
シャルのくれた指輪は左指につけているから、その隣の小指に指輪を付けてみた。
とにかく、鏡を見る。
なんとか真珠に負けていないと、思う。
「ミアは綺麗だからなんでも似合うな」
「嬉しい…」
あ、慣れそうだ、私。
そんな素敵な時間にも終わりはある。
「時間もあることだし、帰るか?」
「うん」
そろそろ帰ることになり、私達は特別室を出ようとした。
けれども。
「殿下?」
マイトがシャルを引き止める。
「申し訳ございませんが、ちょっと確認事項があります。よろしいでしょうか?」
「俺だけでいいのか?」
「はい、殿下の正装についての確認です」
「今日はヴァンがいないからな、…、仕方が無い。ミア、少し待っていてくれるか?」
「もちろんよ。けど、お店で宝石を見ててもいい?」
「欲しくなったら買ってやるよ?」
「今日はもういいよ」
「まったく欲がないな。マイト、早くしてくれ」
苦笑いのシャルを残して、私は店を見て回ることにした。
バキャリーの宝石は綺麗で見飽きない。
店員が付きっ切りで色々と教えてくれる。
石の名前は同じでも輝きが違うのは、この店がそれだけの品を扱えるからだそうだ。
でもね、シャルの色のサファイアは店頭には出ないんだって。
特別だからなんだ。
でも、そうじゃない石達も綺麗でウットリする。
この時間、1人じゃ勿体無い。
マドレーヌと一緒なら楽しいのに、間違いない。
「綺麗…」
私は真っ赤なルビーに釘付けになった。
「お気に召しましたか?」
「そうね、綺麗だもの」
「ワンランク上のルビーがございます。今、ご用意して参りますね」
店員が離れる。
私はルビーに釘付け、なんだろう、ラルみたいだって思う。
きっとラルに似合うと思う。
このネックレスをつけたラルを想像する。
似合ってる、と思う。
「ラル、元気かな…」
ずっと会えてないから、ラルに報告することが一杯ある。
今度会ってお喋りするのが楽しみだ。
人の気配を感じて振り返った。
「それ、欲しいんだ?」
え?誰?




