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「ラルディア!右だ!」
「はい!」
ボールが飛び交う。
暑い。
こんな日に運動するなんて、どうかしてる。
私はスポーツ推薦でケンフリットに来たのに、どうやら競技としての運動が好きではなかった自分に気付かされています。
故郷ではこの様なスポーツの為のスポーツなんてありませんでしたもの。
生活のついでに運動していたから、楽しくてどんな事もやったんです。
けどそんな事誰にも言ってない、言える訳ありませんから。
ルミーアとマドレーヌは殿下に会うための準備で忙しいんでしょうね。
そういえばルミーアは綺麗になりました。
それは、内緒で殿下に会ってからですね。
やっぱり恋って、愛って、凄いんです。
どんな再会を果たしているのでしょうか?
あの殿下が惚気るなんて、…。
信じられないけど、ルミーアの話からするとその様ですもの。
見たかった、この目で見たかったです。
でも、私には私の場所があるから仕方ないんです。
私はテニスクラブの合宿にいます。
ベルーガから少し離れたスーランという場所です。
とても広々とした敷地です。
スーランにあるのはテニスコート10面、そう、練習やり放題です。
この施設はこの地方のスポーツ好きなウィテス伯爵が建てたそうで、テニス以外にも色々なスポーツの合宿が行われています。
今回にしたってケンフリットからテニスクラブが50名、フットボールクラブが70名、ここで合宿しているんですから、伯爵は経営が得意なのだと思います。
「ラルディア!」
コーチに呼ばれて立ち止まります。
さっきから打ち合いの練習が随分と続きました。
「はい、」
「今から走り込みだ。それが終ったら、今日は部屋に帰ってもいいぞ」
「ありがとうございます!」
やった!
部屋に帰ってゆっくりとバスにでも入ろう。
シャワーだけじゃ疲れが取れませんから。
私はコーチに言われた通り施設の周りを走ることにしました。
フットボールの練習風景が見えます。
そう言えばネルソン先輩は25寮に来なくなりました。
先輩の気持ちはよくわかります。
ルミーアとシャルディ殿下が実は幼馴染で、しかも想い合っていたなんてネルソン先輩には耐えられないんだと思います。
だってあんなにルミーアに惚れていたのですから。
周りで見ていても分かるくらいに、です。
私はルミーアだって気付いていたのでは?って思います。
でも気づいていても応えることはしなかった。
ルミーアは自分の気持ちに正直にシャルディ殿下を選びました。
いえ、選んだというよりも最初っから殿下しか見てなかったんですね、きっと。
シャルディ殿下は、あの側室との関係を清算してまでルミーアと会いました。
あの氷の様に冷たい殿下がです。
ルミーアの気持ちに応えるために、です。
けっして気まぐれなどではなく真剣なんだって事ですね。
そこまでの恋愛、私は出会えるんだろうかな。
走りながら私の目は8番を探します。
ネルソン先輩の背番号8は有名な話ですから。
フットボールクラブがここで合宿を行うのはウルサイ外野を排除して静かな環境で練習する為だって聞いています。
通常の練習時には沢山の方が見に来て色々と気を使うのでしょう。
けれどもこんなに離れた場所まで追っかけてこられる程、ケンフリットは甘くありません。
ちゃんと授業をこなして勉強しなければついていけなくなるからです。
声が聞こえます。
いました。
ネルソン先輩がグラウンドを走り回っています。
試合形式の練習でしょうね、やっぱり凄い方です。
ケンフリットのリーグ優勝は絶対みたいです。
さて、私も頑張って走ろう。
そして、数日後。
ケンフリットのフットボールクラブとテニスクラブが合同で食事会が行われました。
明日は久々の休日ですから、今晩は羽目を外しても怒られません。
聞いたことのある声がします。
「ラル、ラルじゃないか?」
その会場で、ネルソン先輩に声を掛けられました。
「先輩、ご無沙汰ですね?」
「おまえ、いたんだ!そうだよな、合宿はテニスと合同だもんな!」
あれ?珍しいことに酔っています。
「酔ってますね?」
その問いに答えたのは、ネルソン先輩の隣にいた男性です。
「そうなんだよ。酒ばかり飲んで、話しかけてくる女性に悪態をついて、もう止めるのが大変だよ…」
肝心の先輩はその方に寄りかかってグッタリしてます。
「ネルソン、何かあったんだろうか?知らないか?」
「え?」
「最近じゃ直ぐにこんな感じで酔いつぶれてしまうんだよ…。まぁ練習は真面目だから大目に見てもらっているけどね」
まぁ、かなりの事件がありましたから…。
けど言いません。
「さぁ、どうでしょうね…」
この酔っ払いには、そんな会話も耳に入っていないようです。
「いいからさぁ、ラル、おれに、付き合えよ?」
「先輩、もう帰った方が良さそうですよ?」
私がそういうと隣の男性はホッとした表情になりました。
「悪いんだけど、ネルソンのこと、頼めるかな?」
驚きです、女の私に頼むんですね?
きっと私の事を女と思っていないんです。
仕方ない…です。
背だって男とそんなに変わらないし、マドレーヌやルミーアみたいに華奢なわけじゃないので。
筋肉は立派だし肌色も日に焼けて黒いですし。
仕方ないけど、凹みます。
無言でいると「俺、ちょっと…」と少し離れたテーブルをチラ見します。
綺麗な女性が1人で、ね。
なるほど、そうなんですか。
「いいですよ」
そう言ってしまいます。
お人よしです、けど、満更知らない訳でもありませんしね。
だから、私は先輩に肩を貸して彼の部屋へと連れて行きました。
「何処ですか?」
「あ、その、さき」
合宿って相部屋が多いのですが、ネルソン先輩には個室が与えれています。
それだけ期待が大きいってことでしょう。
ケンフリットの星、だそうですから。
「さ、先輩。つきましたよ?」
「うん、」
足元フラフラ…、大丈夫かな?
これはベットまで連れて行った方が良いみたいです。
だから、なんとかベットまで連れて行きます。
「先輩、ほら、ベットで寝てください?」
「…うん?」
「ほら!」
無理やりベットに寝かせました。
ようやく肩が楽になります。
先輩は寝たままで動きません。
「寝れますか?」
「…、」
「もう寝たんですか?…、じゃ、私、行きますね?」
そう言った時、手首を掴まれました。
「いくな…」
立ち上がろうとしてる私の手首を、寝ている先輩はしっかりと握りました。
だからベットの上に座ってしまいます。
「え?」
「なぁ、ラル…」
「何でしょうか?」
「ルミーアは、あいつといて、嬉しそうか?幸せか?」
「…、ええ、みたいですね。会えたって嬉しそうに話してくれましたから」
あんなに惚気るなんてね、先輩には言えない。
「そうっか、…、そうだよな…、馬鹿だよな、おれ、おれって、ぅ…」
「ネルソン、先輩?」
先輩が泣き出しました。
驚きますし、参ります。
だって、男の人が泣くところなんて見た事がないから…。
どうしていいのか分からないまま私は暫く先輩を見てました。
先輩の押し殺した声だけが聞こえます。
なんとなく、離れることが出来なくて…。
そしたら。
「え?」
起き上がって、それでもって、ベットの上に座っていた私を、私を、抱きしめるんです。
「先輩、やめましょう?ね?え?あ、ぁ」
いきなりキスされました。
キス、です。
「せ、せんぱ、い…、」
慌てて離れようとしたのですけど、けど、先輩の力が強くて…。
座ったままで抱きしめられています。
「こんや、は、ひとりは、いやなんだよ…」
「でも、」
「かえらないで、おねがいだ、」
急に先輩が私を押し倒してしまいます。
押し倒した私を、泣いてる鳶色の瞳が見詰めるんです。
「ラル、ひとりは寂しい、一緒にいてくれないか?」
こんな時に私の名前を呼ぶなんて、卑怯だと思ました。
先輩はまるで置き去りにされた子供の様です。
泣きながら我儘を言うんです。
「お願い、だから、」
けど、そのせいで私は拒めませんでした。
先輩の唇が再び唇に触れます。
柔らかくて温かで、優しい。
私は先輩のキスに応えてしまいました。
熱い情熱はありません。
だけど、私は先輩の涙を止めたかったんです。
「仕方ないですね。じゃ、2人でいましょうか?」
「うん」
もう一度キスを交わします。
私は先輩のされるがままになりました。
ぎこちない指が私の服を脱がせたり、どこか恐る恐る私に触れたり…。
それでも、感じてしまいます。
少し、声を出して、応えます。
「ああ、ラルは、温かい…」
「先輩も、です」
「あ、」
私の隣に落ちてきた先輩を抱きしめてしまいました。
ネルソン先輩が可愛くて可笑しかったからです、きっと。
朝。
目覚めた先輩は気まずそうに起き上がりました。
「あ、昨夜は、ごめん」
「謝るのは無しにして下さい。なんか嫌です」
「そうだな…」
「夢でも見たことにしませんか?」
目を丸くして驚いてます。
「ラルはそれでいいのか?」
「構いませんよ」
「おまえ、男前だな…」
「私、女ですから…」
「当然だよ、それは昨夜確かめた、あ、すまない」
むかついたけど、そんなに嫌じゃありません。
どうしてでしょう、か…。
「いいです、泣き虫に言われたって平気ですからね」
「泣き虫って、そうだけど…」
「でも、先輩は…」
「なんだ?」
言葉が出ません。
私は何を言おうとしたんだろう…。
慌てて言葉を出します。
「いえ、支度したら帰りますね」
「ラル?」
「なんですか?」
「送って行くよ」
「いいですよ」
「駄目だ。女を1人で帰す訳にはいかない」
やっぱり、優しいんですね。
「私は平気なんですけどね」
「いいから」
そう言った先輩に送られて私はテニスクラブの宿泊先に戻りました。
当然、何人かのクラブの人間に見られてしまったわけです。
「生意気じゃない、あのラルディアって?」
そんな言葉が聞こえてくるようになりました。
でも、なんだろう、ルミーアごめん、って思いました。




