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「ルミーア?」


その声で私は今に引き戻される。

今、私の側にいるのはネルソン。

シャルじゃない。


「どうした?」


心配そうにしてる。

優しいネルソンだ。

そんな彼に慣れない。

私だけが昔を引き摺っているのかな?

なんだかちょっと照れくさい。

だから少しだけ無愛想になって答えた。


「なんでもないよ」

「そうか?」


私を覗き込む。

そんなこと、初めてじゃない?


「なんか真剣に考え込んでいたぞ?」

「そう?」


なんか、勝手が違う。


「ああ。とにかくだ、なんでもいいから俺に相談しろよ?」

「わかった。ネルソンは私の保護者代理だもんね」


優しいのは保護者代理になったせいかな?

そうだよね、間違いない。


「そうだ、だから面倒みなきゃいけないんだ…」


ネルソンはまた前を見た。

そのまま私達は無言になってしまう。


シャルといる時にもこんな風に無言になることはあった。

けど、それが当り前で居心地が良かったんだ。

だけど、ネルソンとこうして無言でいるとどうしていいのか分からない。

何かを話しかけた方がいいのかな?


でも、話しかけ辛い。




そこにケイト姉様がやってきた。


「ルミーア?」

「姉様、なに?」


ケイト姉様の笑顔には元気をもらう。

姉様は厳しいけど優しいから。


「船内に入ったら?」

「いいよ。海を見ていたいの」

「けどね王都までは3日掛かるのよ。海なんて見飽きるわ」

「それでも見てたい」


すると、隣のネルソンがこんな事を言い出した。


「このままボーっとしてたら日焼けするぞ?中途半端に焼けると見っともないんだからな?日焼けを甘く見るな?いいか、わかったか?」


なに、その心配は?

いや、これは心配じゃなくて悪態をつきたかっただけじゃない?

そうだよ、そうに違いない。

そう思ったけどネルソンのいう事を聞くことにした。


「わかったよ、ネルソン」


姉様はなんだか意味有り気にネルソンに笑いかけてから、私を見る。


「行きましょう?久し振りに貴女と話がしたいもの」

「うん、姉様」

「じゃね、ネルソン?」


姉様はネルソンに声を掛ける。


「また、夕飯の時にね」

「はい、ケイト様」


ネルソンは男手として船の手伝いをする事になっていた。

船での仕事はいくらだってあったからね。

その稼いだお金で美味しいものを食べさせてくれるっていうから、嬉しかった。

素直に喜んだ。


「ネルソン、頑張って稼いでよ?」

「わかってるよ、食いしん坊め」

「もう!」


手伝いに向うネルソンの後姿が小さくなっていく。

私と姉様は船内の部屋に向う。





静かな船内で姉様と向き合って座った。


「やっぱり行くのね?」


その言葉はため息交じりだ。

謝る言葉しか出せなくなる。


「うん、ごめんなさい」

「謝らないでもいいのよ?」


別に悪いことしてる訳じゃないんだけど、なんだろう。

私はまた謝罪の言葉を続ける。


「家には迷惑を掛けないようにするから。落ち着いて行動するからね?」

「ルミーア…」


姉様は私の手を握った。


「ケンフリットは良い学校だわ。きっと友人もできるでしょう。その人達は貴女の人生において宝になる。とにかく毎日を真剣に生きなさいね?」

「うん」

「だから、シャルディのことは余り考えないのよ?」

「…、うん」

「昔の彼とは違うの。わかるでしょ?」

「昔って?」

「私に怒られて泣いていた頃よ」

「…」


そうだった。

シャルを怒れるのはケイト姉様だけだったね。

ケイト姉様って凄い…。


けど、。


昔の彼とは違う。

みんながそう言う。


「貴女はそうとは思ってないのね?」

「うん、ごめんなさい。だってあれ以来会えてないんだもの。シャルの姿は私の思い出の中で止まっているから」

「歳月は人を変えるわ。貴女の知っているシャルはいない。残念だけどね」


けれど、私は忘れられない。

姉様の心配もわかるけど、私は信じたかった。



あの向う見ずと呼ばれた姉様が心配するんだ。

周りからは強情者と思われているんだと思う。

お母様は最後まで心配しっ放しで説得を試みた。




あの時もだ。

もう直ぐ私が船に乗るって時もだ。

私はお母様と2人で話していた。



そう、お母様のため息。

もう数え切れない程ついている。


「どうしても行くの?」

「うん。合格したらケンフリットに行っても良いって約束でしょ?」

「行くのは構わないのよ。けど、シャルディ殿下と私達は違う世界にいるの」


同じ空気を吸って一緒に育ったのに、違う世界ってわからない。


「けど、私はずっとシャルを見てきたわ」

「それでもよ、ルミーア。世界が違うの、そこはわきまえてね?」


私は返事が出来なかった。

返事をしてしまうとケンフリットに行く意味がなくなるような気がしたから。


「そんなに殿下のことが好きなの?」

「…、うん」


お母様は優しく私の手を握ってくれた。


「その気持ち、消すことは出来ないのかしら?」

「ごめんなさい。ずっと抱えていたから、もう私の一部になっているから…」

「そう…」

「うん…」


お母様の表情は険しかった。


「確かに、殿下のお母様は家の遠い親戚だった。特にお父様は幼い頃から仲良くしていたそうだから、2人を引き受けてネルダーでお暮らしになってネルダーの地でお亡くなりになったわ。でもね、陛下がシャルディ殿下をこの国の世継ぎとして迎えに来た時から状況は変わったの。シャルディ殿下の前では私達は臣下でしかないのよ?」

「お母様…」

「幼い頃の恋心を引き摺って傷つくのはね、貴女なの。王都で勉強するのは賛成よ。けど絶対に殿下には関わらないで?」


返事も出来ない私にお母様は最後まで言った。


「反対しているんじゃないわ。反対のしようがない程に無理な話なの」


私はスカートの裾を握って黙っているしか出来なかった。

いつも一緒にいたのは思い出で、2度と会ってはいけないなんて受け入れられなかったから。





みんなが反対する。

けど、会ってもいいはずだ。

私は意地になっているみたいだ。

そんな単純な気持ちを持ち続ける事に意地になってしまったみたい。





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