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しばらくして。
「お待たせしました」
そう言って、ザルファー小父様が入って来た。
私を見て驚いている。
「これは、ルミーア」
「お久し振りです、ザルファー小父様」
「ああ、2年振りかな?」
「はい、そうなります」
「そうか…、しかし、綺麗になったな?」
「小父様ったら、もう!」
そんな言葉は照れてしまいます。
ザルファー小父様は微笑んだままで、シャルに問いかけた。
「しかし、いつの間にこれほど親密になられたんでしょうか?」
「元からだ」
「元からとは…、まぁ、さようでございましたな」
「小父様、なんて言っていいのか、」
「ルミーア、デンタームには伝えたのか?」
「私からは、まだ。けれど、手紙を届けて頂く事になっております」
「そうですか」
きっとオルタンス宰相からの報告が届いているんだと思う。
小父様はそんなに驚いていなかったもの。
小父様はシャルに確認する。
「殿下、ご決心は変わりませんか?」
「もちろんだ。ルミーアを側に置くと決めた」
「ルミーアは?」
「はい」
「それでいいんだね?」
「…、私は殿下の側にいられるのならば、どんな立場でも構いません。全ては殿下のお望みの通りに」
小父様は淡々と話を続けていく。
「陛下が、呆れておいででした」
「父上がか?」
「はい、昨日のオルタンス殿の報告に驚いたようにです」
陛下は病に臥せってはいるものの、宰相達との時間では謁見の間に移り健常な頃と同様のお姿だそう。
その状態の陛下に、オルタンス様が興奮のままに昨日の出来事を報告したらしい。
「ランファイナルの娘か?と聞き返され、あの息子は、と、呟かれました」
「呆れられた、か…」
「その後でこう申されました。その娘が妃など許さんと」
私達は顔を見合わせた。
厳しい言葉だけど、予想できた言葉だった。
「やはりルミーアを俺の妃とは認めないと言うのだな?」
「その通りでございます。けれども、その言葉の後で『だが、妃でないのであればシャルディの好きにしても、ワシは文句は言わん』と、そう仰られて苦い顔をされてました」
「それって?」
ザルファー小父様はこう答えた。
「まぁそうですな、妃でなければ殿下の御側にいても構わない、という事になりますな」
「それは俺が嫌だ」
「ですが、殿下。ものは考えようでございます」
「考えよう?」
「はい。そうですね」
少し考え込んだ小父様は優しい言葉をくれる。
「ルミーアを御側に置くことを禁じたのではないのですから、早々にご一緒にお暮らしなさいませ。実績を積み上げていく、これは何事においても大切な事ですからね」
「小父様?いいの?」
「ルミーア、私はねこちらに来られてからの殿下しか知らないんだが、この様な表情をなさる御人ではなかったんだよ。こちらが心配になるくらいに、ご自分の殻の中から出ようとはなさらなかった。そうでしたな?」
「そうかな、俺はそれなりに生きてきたと思うが」
「全て受身でしたぞ?」
「まぁ、それはそうかも知れない」
小父様は心配していたんだ。
「全ての感情を仕舞い込んで、やれと言われればやる、そうだったと見ておりましたが?」
「反論のしようがないな」
「実はね、私はルミーアを呼び寄せようかと考えた事もあったのです」
「私を?」
「ルミーアなら、殿下の中に残っている感情を引っ張り出してくれるのではないかってね。だから、折に触れてネルダーを訪れていたんです」
そして話し出した。
小父様が思っていたことを。
「あの時、そう、殿下をネルダーにお迎えに参った時のことを、私は後悔に近い気持ちで振り返ってきたのです。あの当時、私の様な城の者は幼い恋愛など消えるものだと考えておりました。ですが何か引っかかっていた。出会った頃に殿下は私にも感情をぶつける方であったのに、いつの間にか表情も変えずに口数も少なくなっていかれたのは何故だろうと思い、そう答えがわかっているにも係らずに、あれやこれやと手を尽くしてみた訳です」
「そんなこともあったな」
「はい。けれども、結論は1つ。ですから私は時々南の友の元を訪れては四方山話をしつつ様子を伺っていたんです。そして去年です。友から娘が王都へと行ってしまったと連絡がありました。南の友は言いにくそうにしてました。ですがね、私はホッとした気持ちになったものです」
「小父様が?」
「そう、ルミーアなら絶対に殿下と再会するだろうって分かってたんだよ」
「なら、手伝ってくれても良かったんじゃないか?」
「殿下、その位の事はご自分でなさいませ」
「まぁ、したがな」
「そうですね」
小父様が笑った。
「殿下が側室との関係を清算したと聞いて、陛下が笑ってらっしゃいました」
「父上が?」
「極端な性格は誰に似たのだろうな、と仰ってです」
「…、悪かったな」
「仕方ありません、陛下に似たのですから」
そう、ですか。
「まぁ、我々大人などは自分の考えからはみ出た考えには到達出来ません。全ては枠の中で考えますからね」
「そうなのか?」
「はい。ですから、陛下も同じお気持ちなのではと推察します。とにかく、好きにしろと仰ったのですから、全てはこれからのお2人次第でしょう。これからは及ばずながらこのザルファー、お手伝い致します」
「ありがとう。ザルファーとオルタンスは助けてくれると思っていた」
その言葉の意味は後日知った。
「お2人のお気持ちも知ることが出来ましたし、これ以上の長居は邪魔なだけですから失礼する事に致しましょう」
「すまない」
「それでは、後日」
そう言って小父様は部屋を出て行った。
少しだけ安心できた。
「ミア?」
「はい」
「これで全てが動き出す。安心してくれるかい?」
「もちろんよ」
シャルの唇が、愛していると動いてから、キスされた。
もう後戻りはしない。
シャルと一緒に進もうって思う。
ところがだ。
この部屋の前では、一騒動が起こっていた。
今日、授業を受けていた教室にシャルが現れたのを、元側室に報告に行った人間がいたらしい。
その本人と取り巻きがシャルの部屋の前にいた。
そんな事とは知らなかった私はシャルを25寮に案内するつもりだったので、私達は部屋の外に出ようと居間のドアを開けてしまった。
そして聞こえてきた。
大きく荒々しい声が聞こえてくる。
廊下側の部屋でシャルの侍従が誰かと揉めてる。
「ですから、どうか、どうか、落ち着きになられて下さい」
「私は落ち着いております。ただ、殿下と話をしたいと言っているだけです!」
「ですから、殿下におかれましては、今は来客中でありまして…」
「その来客が終るまで、ここで待たせて頂きたいと言っています」
「アリシア様、どうか、ここは、一旦…」
そこで、私達は彼女に見つかってしまった。
予期できないことが起こると、人間は立ったままで呆然とするみたい。
彼女は私など見ないでシャルだけを見て名を呼んだ。
「シャルディ殿下!」
シャルは握っていた手を力強く握り返してくれた。
でも、無言で彼女の話を聞く。
「どうして、どうしてなのですか?側室を無くすと言っておきながら、今日は別の女をお側に置いていたと、あ、この女?この女なの?」
周りにいた取り巻きに尋ねる。
彼女達は勝ち誇ったように返事する。
「そうです!」
「この女です!アリシア様!」
「こんな女…」
アリシアと呼ばれた女性の、私を見る目が怖かった。
「殿下、どうして、このような女と一緒におられるのですか?どうして、私じゃないのですか?あれほど殿下にお仕えしたではないですか!誰よりも殿下のことは存じているのは私です。どうして、…このような女に鞍替えなどしたのですか?足りないのなら、仰って下さい!なんでも致します。殿下がお喜びになることなら、なんでも…」
言葉が止まる。
けど、シャルは何も言わない。
マドレーヌが言った氷のような表情が私の隣にあった。
「殿下、何か仰ってくださいませ!」
シャルの手は暖かい。
冷たい表情は表向きなんだと、安心できた。
けど、「ゲージ、」と低い声で名を呼ばれた侍従は飛び上がりそうになっている。
「は、!」
「ヴァンを呼べ。直ぐに、こいつ等を下がらせろ。俺の部屋の前の廊下は許可した者以外は立ち入り禁止だ。いいな?」
「はい、仰せの通りに」
「後は任せた」
「殿下!」
「アリシア様、そういうことですので、」
「嫌です!殿下?殿下!」
シャルの手が促すから、私達は居間に戻る。
私達はヴァンが現れるまでそこから動かない。
けれども私は固まっている。
出来事に固まってしまってる私の耳元にシャルの声がする。
その声は少し氷を引き摺っている。
「怒ったか?」
「どうして?」
「俺と何度も寝たと、あの女が言ったから…」
「怒ってない、大丈夫…」
「わかった」
けど、初めて耳にした声や言葉は私を不安にさせる。
改めて思う。
シャルには1人の婚約者と2人の元側室がいるって。
思わずシャルを抱きしめた。
「ミア?どうした?」
「黙って、て…」
シャルは私の好きにさせてくれる。
わかってる、この温もりは私のものだってこと。
けど、あの人は、私の知らないシャルを知っている。
仕方が無いことだ。
終ったこと、過去のことだもの。
これからの方が大切。
絶対に私が幸せにしてみせる、って思う。
ノックの音がする。
私達は少し離れて、気配を消すように時間を取る。
「入れ」
シャルの声に、ヴァンが部屋に入って来た。
「遅くなり申し訳ございません。ですが、排除は終りました」
「そうか、なら、これから俺とミアは出かける」
「畏まりました」
「後は、」
「はい、お任せ下さい」
ヴァンは面倒ごとを押し付けられたのに、平然としてる。
シャルは25寮に私を送り届けてくれた。
明日も迎えに来るから、1人で出掛けるなって言葉を残して。




