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次の日の朝。
しかも、割りに早くの時間。
「ミア、寝坊か?」
「シャルが早すぎるのよ?」
「そうです、女性は支度に時間が掛かるのですよ?」
涼しい顔で居間に座っているシャル。
「ヴァン、もう少し引き止めてくれても良かったのに」
「ルミーア様、これでも引き止めたんですよ」
「そ、そう…」
こんな風にシャルが迎えに来た。
もう誰の目も憚らずに会うことに決めたみたいだから、当然の様にやってきた。
でも、オルタンス家の別邸は大変そうだ。
この国の世継ぎが、昨日に引き続きやってきたから。
皆で朝食を頂く。
ヴァンはシャルの後ろに控えている。
「殿下の今後のご予定を、皆様にお知らせ致します」
ヴァンが淡々と告げていく。
「殿下はご卒業までは授業が少なくなります。ですが、本日より学院内で宰相様からの執務相談、外交省からの国外政策についてのレクチャー等がございますので、学院に留まります」
「あら、殿下。城で行うのではないのですか?」
ミリタス先輩がそういう。
どうやら本来は城で受けるべき事のよう。
「学院で受けることにした」
なんて自慢気に言うんだろう?
「そうでしたの。ねぇ、ヴァン?」
「はい、ミリタス様」
「見張りは貴方だけでは足りないわよ?」
ま、まさか…。
「心得ております。何かあればルミーア様をお探しする方が早いですから」
「おい、…」
私といるためなの?
だよね…。
「殿下はルミーア様との時間を埋めたいのですよね?」
マドレーヌはしみじみと頷きながら言うんだ。
苦笑いの愛しい人。
「マドレーヌにまで見透かされるなんて、俺は分かり易いのか?」
「もちろんですわ」
呆れたような、けど、温かな笑い声に溢れる。
食事を終えてそれぞれに別れて日常に戻った。
私はシャルに送られて25寮に戻り授業の支度をして教室に急いだ。
シャルも学院に用事があるからって、送ってくれた。
人に見られてもいいから、って。
シャルは決めたんだね。
だから、私は無事に授業を受けていたんだけど…。
小声が隣から聞こえてくる。
「違ってる」
なんでか、シャルが私の隣に座っている。
「もう、静かにして」
「ここだ。違ってる」
「…、わかった」
授業が始まる前のこと。
いつもの様にヴァンが席を取っていてくれた。
その席は1番後ろ。
そこに、授業が始まってから、そっとシャルが入ってきた。
驚く私の唇に、そっと指を当てて隣に座った。
思わず反対の隣にいるヴァンを見たら、呆れていた。
それからだ、甘いことなんかない。
私のノートを見てはシビアにチェックを入れてくる。
私に甘いんだか厳しいんだか、分からない。
小声で話し掛けられる。
「本当に勉強は苦手だな?」
「仕方ないじゃない…、だってシャルに会いたくて勉強したんだもの。そうじゃなかったら勉強なんてしないわ、嫌いだもの」
「他の奴が聞いたら呆れるぞ?」
「シャルは?呆れる?」
仕舞いには、耳元でこう囁く。
「仕方が無いなぁ、俺が付きっ切りで教えてやるから、予習しろ?いいな?」
なんだ、この展開は?
小声で返す。
「もう、それはいい」
「どうしてだ?」
「勉強とシャルは別だから…。勉強って嫌いだけど、自分で頑張りたいの」
勉強と恋愛は区別したい、です。
「わかったよ」
そう言っての笑顔は卑怯です。
勉強したくなくなる…。
ところでだ。
この教室はなんだか騒めいている。
何人かの人は振り返って確認して驚いている。
教授もなんだかソワソワしてて、授業が落ち着いていない。
シャルがいるだけなら、こんなにならないって思う。
きっと私がシャルの横にいるからだ。
だから皆が騒いでいるんだ。
横にいるだけじゃない、きっと仲良く話してるから。
みんなビックリしてる。
なのにシャルは平気な顔をして私の隣に座っている。
私の言葉に笑っている。
私の瞳を見ていてくれる。
周りが騒ごうが関係ない。
色んなものを抱えたままで授業が終った。
「行くぞ?」
シャルは私の手を握って連れ出してしまう。
騒めきを教室に残したままで。
「どこに行くの?」
「俺の部屋だ。ミアは来た事がないだろう?」
「うん」
「だから、だ」
私はシャルの学院内での部屋を訪れる。
ここを訪れるのは初めてだ。
部屋の前には警備の人がいる。
「いいの?」
「いいよ。それに今日はミアに関係があるから」
「私に?」
「そう、さぁ、入って」
その人達の礼を受けながら私はドアの向こうへ行く。
一旦、小さな間があってそのドアを開けると、学院内とは思えない部屋があった。
シンプルだけど、1人が住む家の間取りではない居間。
「広いね?」
「広いだけだよ」
「だって、ここは学院の中でしょう?」
「まぁな」
信じられない。
「あの奥は?」
「寝室だ、見るか?」
「見るって、ベットがあるの?」
「寝室だからあるよ」
おいおい…、って思う。
「どうして、ベットがあるの?」
「あ、」
シャルの目が泳いだ。
「それは、だな、あの、」
元側室が出入りしてたに違いない。
でも、責められない。
「まぁ、いいけど、」
「とにかく、ベットは取り替えたからな?」
え?
「あ、いや、まぁ、そうだ。時々、泊まったからな。けど、もう他の女とはしないから」
寮の屋敷には入れなかったから、ここで、なんだ。
「大丈夫だよ。だって、もう昔のことでしょ?」
「ああ、そうだ。俺にはミアだけだから」
「うん」
「だから、この広い部屋に、俺達しかいないってことだ」
そう2人きりだ。
「素敵、だな?」
私だけを見てくれている。
「シャル?」
手が頬に掛かった。
「キスしてもいいか?」
「1回だけ、」
唇が触れる。
素敵だ。
離れるのが名残惜しい…。
少し離れた唇がこんな事をいうから、我が儘になってしまう。
「1回でいいのか?」
「もう、1回だけ…」
「後、3回」
シャルの言う後3回は、かなり長くて、…、私はそれだけで立てなくなっている。
「もう、だめ、」
そんな私をシャルは優しく抱きしめた。
「わかったよ」
「うん」
そのままで、互いの鼓動を聞いた。
「これからは会いたい時に会えるから、急がない」
その言葉は、愛しているよりも深く響く。
「何か、飲み物を用意しよう。今日はザルファーがくるから」
「ザルファー小父様が?」
その方はお父様の友人で、シャルをベルーガへ連れ戻した人。
その後、数回ネルダーを訪れてお父様と話をしてた。
私達姉妹にはとても優しくて、訪れる度に王都の素敵な小物をプレゼントしてくれた。
私とケイト姉様はとても嬉しかったんだ。
姉様はあの頃からセンスが良くて、姉様の部屋はお店みたいに綺麗だった。
ケイト姉様がベルーガに店を出そうって考えたのは、小父様の影響かも知れない。
間違いなと思う。
そのザルファー小父様が、来るの?
とにかく、私達は互いに落ち着かせるために、温かい紅茶を飲んだ。
リラックスできる葉みたいだ。
心が落ち着いた。
私はシャルを見詰めてしまう。
綺麗な横顔を見てるだけで、幸せになる。
「シャル?」
「なんだ?」
「側に、ずっと、いさせてね?」
「もちろんだよ」
私はキスしそうなる気持ちを抑えた。
けれど、。
「キスしよう?」
「我慢する」
「我慢しないでもいいんだぞ?」
「駄目、我慢する」
「どうしてだ?」
「だって、小父様が来るのにイチャついてる所見られたくないから」
「別に問題ないのにな」
「あるから」
でも、シャルの手を握ったままだ。
「空気が残るのが嫌なの」
「そうか、我慢するか」
「うん」
大人しくしましょう。




