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「さて、」


とシャルが急に私の前に跪いた。


やだ、またドキドキしてきた。


「皆の前で誓いたい」

「え?シャル?」


この為にシャルは正装で来てくれたんだろうか?

深い蒼の上下、黄色のベルト。

金髪と瞳に似合っている。

そして…。

私を真っ直ぐな瞳で見上げる。

シャルの蒼だ、言葉は優しいけど力強い。


「ルミーア・ランファイネル、この私、シャルディ・ファスト・デ・ランドールは貴女の側にいる。これから一生だ。必ず幸せにするから、俺に付いて来てくれないか?」


私を見詰める瞳が優しくて…。

この人しかいないって思える。

ずっと一緒に過ごしてきた年月が、私の半身はシャル以外にいないと告げている。


「はい、シャルディ殿下。私をずっとお側に置いて下さると約束して下さい」

「約束する。ルミーア、愛してるよ」


ゆっくりと立ち上がったシャルディは私を抱き寄せて、キスしてくれる。

拒むことすら忘れていた。

だって、これは必然の事だもの。

まるで夢の中にいるようなキスだ。

シャルは、私の唇から離れると皆に宣言した。


「ここにいる皆が証人だ。ルミーア・ランファイネルは私の妃だ。例え公称がそうでなくても、私はそのつもりだし、いずれそうするつもりだ。異議はないな?」


みんなが頷いてくれた。

どうなるかわからないけど、私を側においてくれるって、そうシャルは宣言してくれた。

なら、私は付いていくだけだもの。


「ミア、これからは一緒だぞ?」

「うん!」


その返事に皆が笑った。

マドレーヌに言われる。


「ルミーア、そんなに甘えないで?」

「え?」

「もう、殿下しか見えてないんですから」

「あ、ごめんなさい」

「いいんじゃない?やっと出会ったのですから、その位はね」


ミリタス先輩、なんて優しいのでしょうか?

嬉しいです。


「けど、その位にして頂きたいものです。このお二方は放っておくとずっとこの調子ですから」

「ヴァン、お前、」

「殿下、皆様にちゃんとお教えしておかないと。窘めるときはちゃんと窘めないと、図に乗るから困りますとね」


少しの無言の後、笑い声が響いた。

ヴァンの毒舌は皆に知れ渡ったみたい。






その時だ。

ドアが開くと同時に声がした。


「殿下!」


少し恰幅のよい男性が入って来る。


「お父様!」


マドレーヌのお父様なんだ、この人がオルタンス宰相なんだ。

宰相は真っ先にシャルに言葉を掛ける。


「殿下、いったい、これは何でしょうか?」


そして、私を見て怪訝そうな顔をする。


「この女性は、誰ですかな?」


それから、やっとマドレーヌを見て言う。


「マドレーヌ、お前がここにいるのに、どうして殿下が違う女性といるのだ?」


この人が、オルタンス宰相なんだ…。

目が怖い…。


「エドマイア、お前から直ぐに別宅に来るようにと連絡受けたのだぞ?何のに、どう言うことだ?」


私は思わずシャルの手を握る。


「ミア、大丈夫だよ」


シャルが小さな声で言ってくれる。

それでも私はシャルの腕を握った。


「父上、殿下の御前です。落ち着いて下さい」

「これが落ち着いていられるか!」


宰相は増々怒りを強くする。

その怒りは私に向けられているんだ、怖いよ。


「いいか、ワシはマドレーヌを殿下の側室にしろ、と言ったんだ。見ず知らずの女性を連れて来いとは言ってないぞ!」

「オルタンス!」


シャルが大きな声で宰相を叱咤する。


「いい加減に落ち着いてくれないか?ルミーアが怯えている」

「しかしながら、」


私は睨まれてしまう、やっぱり怖くてシャルの腕を強く握ってしまう。


「大丈夫か?」

「うん」


そんなやり取りを見ていた宰相が、少し落ち着いた声で話し出す。


「殿下、我が別宅に訪れると聞いて、慌てて飛んで参りましたのに…。こちらは誰でしょうか?」


ヴァンが話を拾ってくれた。


「オルタンス様、お初にお目に掛かります。私は殿下の下僕でヴァン・スタンレーと申します。下賎な身で恐縮ではありますが、殿下の代わりにご説明しても宜しいでしょうか?」

「黙れ、お前ごときが、」

「オルタンス、ヴァンは俺の影だ。俺よりも上手く話す、彼の話を聞け」

「…、は」


ヴァンは少し前に出て、話しを始める。


「それではご説明致します。殿下の隣にいらっしゃいますのはルミーア・ランファイネル様です。ネルダー領主ランファイネル伯爵の次女となられます。殿下が幼き日々をネルダーにてお過ごしになられた事は、ご存知かと思いますが?」

「ああ、知っている」

「その当時より殿下とルミーア様は互いに将来を誓い合っておられました。引き裂かれるように陛下によってこちらへと呼び戻されても、殿下におかれましては密かにルミーア様を想っておられました。それはお側におりました私が見てまいりましたので間違いありません」


宰相は黙ったまま、ヴァンの話を聞いている。


「殿下は一途な方です。こうしてルミーア様と出会ってしまった以上は、他の女性を側室として抱えるような事はなさいません。オルタンス様、このままマドレーヌ様を側室として召し出した所で、殿下はお喜びになりません」

「…、」

「殿下は今年度の入学式の時からルミーア様の存在に気づいておりました。ですが、直ぐにお会いになる事はせずに見守っておいででした。それはルミーア様の存在を周囲に気づかれたくなかった為です。再び名乗れる様にと、殿下は身の回りを清算いたしました。まぁ、思ったよりも時間が掛かってしまい殿下の我が儘が抑えきれない所ではございましたがね。ルミーア様に会う時期については色々と迷っておられました様です。ところが、ルミーア様の存在を知ったエドマイア様の英断によって、殿下はルミーア様とご再会を果たしました。ですから、オルタンス様。殿下はエドマイア様に感謝しているのです」

「その通りだ。オルタンス、俺はエドマイアに感謝している」


シャルの声は大きくて自信に満ちている。

誰もがその事を真実だと思ってしまう、そんな声だ。


「殿下?」

「お前の息子と娘が、俺達を再会させてくれたんだぞ?」

「この2人がですか…」

「そうだ。良い子供達だな、オルタンス。妻を亡くしたお前が育てた子供達だ。もっと自慢していいと思うぞ?」


宰相はその子供達を見ている。

エドマイア先輩は少し照れた様子で、マドレーヌは涙が溢れそうだ。


「お前達…」


エドマイア先輩が気遣うように話し出した。


「全ては父上に教わったやり方ですよ。皆が幸せになるにはどうすればいいのか、それを考えろってね。道に迷った時はその事だけを考えて動けば間違いないと、幼い私に父上はそう教えて下さいましたよね?」

「ああ、そうだったな」

「はい、すべては父上の示してくださった通り。オルタンス家が殿下の意中の方をお守りし、殿下との再会を果たさせて頂いたです」

「お前はワシの言葉を覚えていてくれたんだな?」

「父上は私の目標ですから」

「ワシですら忘れていた言葉を、な」

「私は、父上の様になりたいと願ってきたのですからね。父上の真似をしただけです。殿下の幸せを願って行動しただけです」


エドマイア先輩の言葉に、シャルは頷いた。


「オルタンス。俺は一生を共にするのは、幼い頃を一緒に過ごした彼女だけと考えてきた。エドマイアはそんな俺を親身に助けてくれたんだ」

「そうなりますかな…、」

「エドマイアだけではない。マドレーヌに至っては我が身を呈して、ルミーアをあの側室達から守ってくれた。マドレーヌが側室でもないのに、そう呼ばれて嫌な目に合っても我慢してくれたお陰で、俺達は今日の日を迎えたんだ」

「マドレーヌが?」

「そうだ。なのに俺は、マドレーヌに酷い言葉を言ってしまった」


泣きそうな顔のマドレーヌ。


「殿下…、」

「マドレーヌ、辛い目に合わせてしまったな。済まなかった」


そう言ってマドレーヌを見るシャル。

私はシャルの腕から手を離して、マドレーヌの側に駆け寄った。


「マドレーヌ、ありがとうね。私達、貴女のお陰で一緒にいられるんだよ?」

「ルミーア?」

「だから、マドレーヌは間違ってないから、だから、ほら!」


私は宰相の方にマドレーヌを押し出した。

押されて、マドレーヌは宰相のすぐ前で立ち止まった。


「マドレーヌ、」

「お父様、」


宰相はマドレーヌの肩に手を掛けた。


「父を許してくれるか?」

「はい、」

「馬鹿な父だな、ワシは」

「いいえ、」

「お前がこんなにもワシを思ってくれていたのにな…」

「お父様!」


マドレーヌは宰相に抱きついた。

そして、安心して泣き出したんだ。


「いい子だな」

「はい」




慰めるように娘の背中を撫でる宰相は、優しいマドレーヌの自慢の父親にしか見えなかった。





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