42
シャルと内緒で会った日から3日後。
約束の日なんだ。
ようやくシャルと皆の前で会える。
なのに、変に緊張してる。
あの日以来会えてなくて、電話を掛ける勇気もなくて。
シャルも忙しかったのか電話くれなかったから。
だから、シャルと会ったあの日が夢だったんじゃないかな、なんて思ってしまう。
けれど、どうやら現実みたい。
だって、私は25寮に迎えに来たオルタンス家の自動車で、マドレーヌと一緒に学院郊外のオルタンス家の別宅に伺ったから。
丁寧に迎え入れられ、直ぐに控えの間に通された。
なんと湯浴みから始まる本格的な支度が始まってしまった。
ああ、緊張する。
こんなに大事になるなんて、いったい、私はどうなるんだろう…。
「ルミーア様、お締め致しますね?」
「あ、はい」
私はマドレーヌの所のケルさんに支度をしてもらっている。
くびれたウエストが乙女の命なんだそうで、今回もギュギュウに締め上げられた。
「少しお痩せになったのでは?以前よりもお美しくなられましたわ?」
「そうかしら?あんまり変わってないのよ」
「ご自分ではお気づきにならないものなのでしょうね、きっと。では御髪の方を」
そう言って、私の金髪を梳いてくれる。
少し髪が輝いた感じになる、やっぱり手入れって大事。
それにあの時よりも髪も伸びたから、今度は綺麗に結い上げてくれて宝石も飾ってくれる。
シャルに褒められた桜色のドレス。
胸元にはシャルからプレゼントされたディープブルー。
髪留めにもディープブルーが輝いている。
これはシャルから届けられたの、今日付けて来て欲しいって。
こうして桜色のドレスを身に纏とうと、なんかだ入学式が昨日のように感じる。
でもね、全身を鏡で見ると、やっぱり時間が過ぎているって実感する。
「自分じゃないみたい…だわ」
思わず呟いた時、マドレーヌとミリタス先輩が部に来た。
「ルミーア?」
2人とも王子に会うからそれなりの姿。
着慣れている2人には敵わないって感じた。
「綺麗ね?」
「本当です」
そう言ってくれるのが嬉しい。
でも、言ってしまう。
「けど、マドレーヌの方が細くてスタイルもよくて、綺麗で…、」
「殿下には、そんなこと関係ないのよ?」
「そうです、ルミーアでなければならないのですから」
「うん…」
「じゃ、参りましょうか?」
「はい」
2人に連れられて、オルタンス家別宅の居間へ移動した。
居間では私の支度を待っていてくれたエドマイア先輩がいた。
「やぁ、ルミーア嬢。一段と綺麗だね。これなら殿下もお喜びになるよ」
なんだろう、エドマイア先輩の言葉に安心する。
うん、少し安心できた。
「エドマイア先輩、色々とありがとうございました」
「気にしないことだ。今回のことは殿下と君のためだよ。それに、妹も救われるんだ。そうだろう、マドレーヌ?」
マドレーヌが笑っている。
「はい、お兄様。ルミーアのお陰です」
「言うなれば、君は私達兄弟の救い主だからね。感謝するのはこちらの方さ。だから、…」
エドマイア先輩が言葉を止めた。
「エド?」
「あ、ミリ。ちょっとね、段取り通りに行くことを祈っているところだ」
「そうね、私も祈るわ」
親子喧嘩の仲直り、上手く行くといいな。
何かお手伝いできること、ないかな?
「あの、私に手伝えることは、ないでしょうか?」
皆が笑った。
「何もしなくていいよ」
「そうよ。ルミーアは直ぐに顔に出るからね、何もしなくて大丈夫」
あ、当たりです…。
「すみません。なんか単純で役に立たなくて」
「ルミーア嬢はそれでいいんだよ?」
「え?」
「ただ殿下の側で幸せそうにしていればいいって事さ」
マドレーヌがちょっと咎めるように言うの。
「お兄様、それって、ルミーアに幸せそうな振りをしろってことかしら?」
「まぁ、そうなるのかな、」
「お兄様、それは心配いらないですわ!だって、ルミーアはね、振りなんかしなくても殿下の側なら幸せなのです。もう、呆れるくらい…、」
「マドレーヌ、」
私の言葉に、あ、って顔をした。
「いえ、あの、そう、きっとそうなんです、ね、ルミーア?」
マドレーヌ、エドマイア先輩にはシャルと会ったことは内緒なんだから…。
けど、必死に目力で訴えてくるマドレーヌを庇わないと。
「そう、私はシャルの側にいられるだけで、いいの」
「ね、」
「うん」
私達は必死に頷き合ってしまう。
私達の会話に先輩2人は、なんだか苦笑いしてる。
「なんだろう、ね?ミリ?」
「そうね、」
やばい、話をずらそう。
「けど、ラルがいないのは残念よね。マドレーヌ、そうでしょう?」
「そう、そうです。ラルと一緒に見ていたかったんですの。けど、大丈夫ですわ。ちゃんとラルには報告するって約束しましたから」
「報告、するんだ…」
「当然です。合宿で頑張っているラルへのお土産ですからね」
お土産なんだ…、そうなんだ。
そこへ、オルタンス家の侍従が知らせにきた。
「エドマイア様、殿下がご到着なさいました」
「わかった」
どうしよう…。
「それじゃ、お連れするからね」
エドマイア先輩が出迎えに行った。
ドキドキが止まらない。
私はどんな顔で出迎えるんだろう…。
「ルミーア?」
「マドレーヌ、どうしよう、緊張してきた…」
「大丈夫です、今のルミーアならどんな男性だって好きになりますから」
「あ、ありがとう」
ノックだ。
「いらっしゃいましたわ」
「うん…」
ミリタス先輩が私の身だしなみをチェックしてくれる。
「大丈夫よ、とっても綺麗だから」
「はい、」
この間は普通の格好で会った。
だから大丈夫なはずだけど、不安。
とっても不安。
ああ、ドキドキする…。
そして扉が開いた。
エドマイア先輩が先に部屋に入って来た。
「ルミーア嬢、お待たせしたね」
けど、私はその直ぐ後ろを見てしまう…。
そして、声を聞いてしまう。
「ミア!」
シャル、シャルがいる。
正装姿の愛しい人は、私を見つけると、ニッコリ笑って真っ直ぐに来てくれる。
皆が見ているのに、全然気にもしないで、私の腰に手を回した。
「ミア、会いたかった」
そして、直ぐに抱きしめられた。
「綺麗だよ。ミアが世界中で一番綺麗だ」
言葉は嬉しいのに、苦しくて、返事が出来ない。
「シャル、離して、」
「いいから、」
何が良いんだろうか?
皆の視線が怖い。
呆れてるなんて言わないでね?
「苦しい、のよ」
「あ、ごめん」
この呆れた私の王子は、少し体を離すと私の耳元で小さく囁いた。
「キスしていいか?」
なんだ?え?
「だ、駄目だよ、だめ!」
「意地悪だな…、」
「そうじゃない、皆が見てるのよ?」
「だから?」
「もう、離れようよ?」
「どうしてさ?」
「シャル!」
「ごめん、わかったよ、」
そういって離してくれた。
でも、私の手を握ったまま離さないんだ。
嬉しい。
「殿下、もう宜しいのでょうか?」
ヴァンだ。
こんな突っ込みを入れれるのはヴァンしかいない。
「まだ物足りないけどな、我慢するさ」
「それが宜しゅうございます。皆様が呆気に取られて、それでもお待ちになっておりますよ?」
「そうだな」
ようやく皆を見てくれる。
「こうしてルミーアと再会できた。この様に幸せなことはない。皆のお陰だ。ありがとう」
エドマイア先輩が深々とお辞儀をした。
「お気になさいますな。殿下のためならば、このエドマイア・オルタンスなんでも致しますので」
「ああ、オルタンス。これからが厳しいのはわかっている。皆の協力がないと乗り越えられるかわからない。よろしく頼む」
「はは、」
ミリタス先輩もマドレーヌも臣下の礼をする。
「私達にお任せ下さいませ」
「ありがとう。まぁ、そのついでだが、皆に見届けて欲しい事がある。ヴァン、あれを」
「は、」
ヴァンは手にした小さい箱をシャルに差し出した。
開かれた箱の中には…、え?
「これをミアに、」
そう言ってシャルは指輪を手にしてる。
それは大粒のディープブルーの指輪。
周りにはダイヤが2重に囲まれている。
その指輪を私の左手の薬指につけてくれる。
左手の薬指、それは結婚の約束の証。
シャル…、いいの?
「似合ってる、やっぱりこの石はミアしか似合わないな」
「綺麗…、」
もの凄く元気にキラキラと輝いている指輪に見とれてしまって、言葉にならない。
「サイズもピッタリだ」
「本当…、ねぇ、どうして?サイズが分かったの?」
「え?このあいだの時に、」
「殿下?」
エドマイア先輩がシャルに突っ込む。
「まるでルミーア様と最近お会いになったみたいですね?」
「あ、いや、ミアのことならば、なんでも分かるんだよ」
エドマイア先輩とミリタス先輩は忍び笑い中。
「殿下、お二方は機転の利く方々です。もう察したのではないでしょうか?」
ヴァンが降伏するように進言した。
「そう、だな。オルタンス、すまなかった。先にミアに会ってしまったんだ」
「そんなことだろうと思いました。殿下が大人しくしているなんて、ありえないと思っていたところです」
「おいおい、俺はそんなに無茶はしないぞ?」
「あら、殿下。聞こえてくる噂は暴走ぎみだと?」
「ミリタス、そ、そんなことはない、から…」
その言葉に皆が笑ってしまい、シャルもつられて笑い出してしまった。
ここには素敵な空気が流れている。
私はシャルの隣で、安心して笑っている。
私はやっとシャルと再会したって実感できた。




