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エドマイア先輩は色々と忙しいらしく、この所は姿を見せない。

けど、俺はホッとしている。

なんでだろうか?

あの人と喋っていると、なんだか疲れるからだろうか?




来月にはビグラームとの試合がある。

それが終ればリーグ戦の始まりだ。


だから近いうちに合宿が始まる。

クラブで泊り込んでフットボール漬けの毎日を過ごすんだ。

今年は個室にしてくれるって監督が言ってくれてる。

ありがたい話だから、当然受けた。


俺はフットボールをやる為に、ケンフリットに入ったわけじゃない。

なのに、今はフットボールが俺の全てになってしまった。

体を動かしていれば、それだけで良かった。



俺はルミーアを忘れるなんて出来なかったから。 



ケンフリットは俺達のクラブに多額の補助を出してくれている。

だいたいが貴族が多い学院だからそういう援助が好きなんだろう。

勝ってさえいれば授業を受けなくても何とかしてくれる。

俺はフットボールに、のめり込んでしまった。



今日も練習に力が入る。


「ネルソン、」


練習中にチームメイトが俺を呼びに来た。


「お前に会いたいって人が、あそこに」


そいつが観客席を示す。

黒い髪の男が俺を見ている。

知らない男だと思ったけど、会ってみることにした。


「わかった」


俺はそいつの所に行った。

その男は静かに俺の名前を口にする。


「貴方がネルソンですか?」

「そうだが?あんたは?」

「私はヴァン・スタンレーといいます」


ヴァン?どこかで聞いたような名前だ。


「これからはお会いすることも多くなるかも知れません。よろしくお願いします」


あ、エドマイア先輩だ。


「どこかで聞いたことがあると思ったら、エドマイア先輩の知り合いか?」

「そうですね、オルタンス様とは親しくさせて頂いております」

「そうか…。で、用事って?」

「こちらへ…」


俺はそいつに連れて行かれる。

ここの観客席はすり鉢状で結構急なカーブになっているんだ。

だから1番上にいる人間に気付いていなかった。


あいつが居たなんて…。


「シャルディ様、お連れしました」

「すまなかった」

「では、」


ヴァンと名乗った男は俺達から距離を取った。

俺は立ったままであいつを見ていた。


「座らないのか?」

「どこに?」

「まぁ、俺の隣だろう」


世継ぎに言われたら拒めない、だが、俺はせめても意地で椅子1つ開けて座る。


「なんだ?なんの用だ?」

「会いたくなったから来た」


どうして会いたいのか、俺になんか用はない筈だろう。


「俺になんの用事がある?」

「そうだな、決意表明かな…」

「なんだよ、それ…」

「ミアと会ったよ」


心臓が止まるかと思った。

こいつ等が会ってしまえば、俺の出る幕なんかないじゃないか。


「会ったなんて簡単に言うなよ。どうするんだよ?お前には婚約者がいるんだぞ?」

「そうだな、いるんだよな…」

「ルミーアはどうなるんだ?妾か?側室か?」

「馬鹿な、どちらにもしない!」


奴の蒼の瞳が俺を射抜く。

奴は宣言する。


「俺はミアを俺の物にしたいんだ。誰にも渡さない」


ああ、こいつはそういう奴だ。

だけど、俺は意地だけで怒りを表すんだ。


「ふざけるな!そんなんじゃルミーアは幸せになれない!」

「俺は、絶対に幸せにする。いつも笑って俺の隣にいてもらえるように、その為なら俺はなんでもする。必要なら表には出さない」

「なんだよ?日陰者じゃないか、それじゃ」

「そうならない様にする。お館様に恥ずかしくない様にする。だから、ネルソン、許してくれ」


ふざけるなよ、なにが、ミア、だ…。

お館様だと、王子がそんな事言っていいのかよ。

なにが許してくれ、だ。


ふざけるなよ。


けど、俺が言えた言葉は認めるような言葉だった。


「シャルディ、ルミーアを不幸にしたら俺が許さない」

「わかってる」

「本当か?どんなつもりで、おれが…、俺がルミーアを諦めたと思ってるんだ!お前なんかがネルダーに来たせいで…」


俺はいったい何時の話をしてるんだろうか…。


「俺は、…」


それ以上、言えなかった。

少しの時間の後、あいつが喋りだした。


「俺はミアを俺の妃として扱うつもりだ」


シャルディは真っ直ぐに俺を見た。


「俺の隣はミアの為だけにある」


それは昔のままの瞳だった。

嫌になるくらいに透き通った蒼なんだ。


「入学式でミアとお前を見た時に、そうしようって決めた。だから、ミアを幸せにしなきゃいけないから、流されるのを止めた。側室とは関係を清算したよ。元から必要とは思ってなかったしな、もちろん少々時間が掛かった。その外にも確かに障害はある。でも、乗り越えて見せるさ。ミアには俺の横で笑って暮らして欲しいんだ。だから、ネルソン、俺はミアを幸せにすると約束する」


なんで、そんな事を俺に報告にくるんだよ。

勝手に幸せになればいいじゃないか。

俺が無言なことをいい事に、奴は話を続ける。


「近い内にランファイネル伯爵を招く。正式に俺とミアのことを認めてもらおうと思ってる。出来れば父上にも会ってもらおうと考えているが、難しいかもしれない。でも俺は動くと決めた。そうなるとミアも俺も忙しくなる。だから、ミアはケンフリットを休学するかも知れない」


ルミーアがケンフリットから居なくなるんだ。

そんな事を今言われても、自覚できない。


「その前に、1度でいいからミアに会ってくれないか?」

「どうしてだ?」

「ミアはネルソンが保護者代理だから気にしてる」

「そんなの、もう、関係ない」

「ネルソン、」

「俺は…、来月はビクラームとの試合だ。負ける訳にはいかない、そうだろう?」

「まぁな、俺もケンフリットの人間だ。勝って欲しい」

「練習で忙しいんだ」

「そうか…」


俺は立ち上がった。


「ルミーアに、良かったなって伝えてくれ」

「いいのか?」

「いいも、悪いも、ルミーアはお前の隣にいるんだろう?」

「ああ」

「なら、会う必要はない」

「…、」

「じゃ、な」


シャルディを置いたままで俺は練習場に戻った。

とにかく体を動かしたかった。

体さえ動かせば、疲れて眠れる。






何も考えたくなった。






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