41
エドマイア先輩は色々と忙しいらしく、この所は姿を見せない。
けど、俺はホッとしている。
なんでだろうか?
あの人と喋っていると、なんだか疲れるからだろうか?
来月にはビグラームとの試合がある。
それが終ればリーグ戦の始まりだ。
だから近いうちに合宿が始まる。
クラブで泊り込んでフットボール漬けの毎日を過ごすんだ。
今年は個室にしてくれるって監督が言ってくれてる。
ありがたい話だから、当然受けた。
俺はフットボールをやる為に、ケンフリットに入ったわけじゃない。
なのに、今はフットボールが俺の全てになってしまった。
体を動かしていれば、それだけで良かった。
俺はルミーアを忘れるなんて出来なかったから。
ケンフリットは俺達のクラブに多額の補助を出してくれている。
だいたいが貴族が多い学院だからそういう援助が好きなんだろう。
勝ってさえいれば授業を受けなくても何とかしてくれる。
俺はフットボールに、のめり込んでしまった。
今日も練習に力が入る。
「ネルソン、」
練習中にチームメイトが俺を呼びに来た。
「お前に会いたいって人が、あそこに」
そいつが観客席を示す。
黒い髪の男が俺を見ている。
知らない男だと思ったけど、会ってみることにした。
「わかった」
俺はそいつの所に行った。
その男は静かに俺の名前を口にする。
「貴方がネルソンですか?」
「そうだが?あんたは?」
「私はヴァン・スタンレーといいます」
ヴァン?どこかで聞いたような名前だ。
「これからはお会いすることも多くなるかも知れません。よろしくお願いします」
あ、エドマイア先輩だ。
「どこかで聞いたことがあると思ったら、エドマイア先輩の知り合いか?」
「そうですね、オルタンス様とは親しくさせて頂いております」
「そうか…。で、用事って?」
「こちらへ…」
俺はそいつに連れて行かれる。
ここの観客席はすり鉢状で結構急なカーブになっているんだ。
だから1番上にいる人間に気付いていなかった。
あいつが居たなんて…。
「シャルディ様、お連れしました」
「すまなかった」
「では、」
ヴァンと名乗った男は俺達から距離を取った。
俺は立ったままであいつを見ていた。
「座らないのか?」
「どこに?」
「まぁ、俺の隣だろう」
世継ぎに言われたら拒めない、だが、俺はせめても意地で椅子1つ開けて座る。
「なんだ?なんの用だ?」
「会いたくなったから来た」
どうして会いたいのか、俺になんか用はない筈だろう。
「俺になんの用事がある?」
「そうだな、決意表明かな…」
「なんだよ、それ…」
「ミアと会ったよ」
心臓が止まるかと思った。
こいつ等が会ってしまえば、俺の出る幕なんかないじゃないか。
「会ったなんて簡単に言うなよ。どうするんだよ?お前には婚約者がいるんだぞ?」
「そうだな、いるんだよな…」
「ルミーアはどうなるんだ?妾か?側室か?」
「馬鹿な、どちらにもしない!」
奴の蒼の瞳が俺を射抜く。
奴は宣言する。
「俺はミアを俺の物にしたいんだ。誰にも渡さない」
ああ、こいつはそういう奴だ。
だけど、俺は意地だけで怒りを表すんだ。
「ふざけるな!そんなんじゃルミーアは幸せになれない!」
「俺は、絶対に幸せにする。いつも笑って俺の隣にいてもらえるように、その為なら俺はなんでもする。必要なら表には出さない」
「なんだよ?日陰者じゃないか、それじゃ」
「そうならない様にする。お館様に恥ずかしくない様にする。だから、ネルソン、許してくれ」
ふざけるなよ、なにが、ミア、だ…。
お館様だと、王子がそんな事言っていいのかよ。
なにが許してくれ、だ。
ふざけるなよ。
けど、俺が言えた言葉は認めるような言葉だった。
「シャルディ、ルミーアを不幸にしたら俺が許さない」
「わかってる」
「本当か?どんなつもりで、おれが…、俺がルミーアを諦めたと思ってるんだ!お前なんかがネルダーに来たせいで…」
俺はいったい何時の話をしてるんだろうか…。
「俺は、…」
それ以上、言えなかった。
少しの時間の後、あいつが喋りだした。
「俺はミアを俺の妃として扱うつもりだ」
シャルディは真っ直ぐに俺を見た。
「俺の隣はミアの為だけにある」
それは昔のままの瞳だった。
嫌になるくらいに透き通った蒼なんだ。
「入学式でミアとお前を見た時に、そうしようって決めた。だから、ミアを幸せにしなきゃいけないから、流されるのを止めた。側室とは関係を清算したよ。元から必要とは思ってなかったしな、もちろん少々時間が掛かった。その外にも確かに障害はある。でも、乗り越えて見せるさ。ミアには俺の横で笑って暮らして欲しいんだ。だから、ネルソン、俺はミアを幸せにすると約束する」
なんで、そんな事を俺に報告にくるんだよ。
勝手に幸せになればいいじゃないか。
俺が無言なことをいい事に、奴は話を続ける。
「近い内にランファイネル伯爵を招く。正式に俺とミアのことを認めてもらおうと思ってる。出来れば父上にも会ってもらおうと考えているが、難しいかもしれない。でも俺は動くと決めた。そうなるとミアも俺も忙しくなる。だから、ミアはケンフリットを休学するかも知れない」
ルミーアがケンフリットから居なくなるんだ。
そんな事を今言われても、自覚できない。
「その前に、1度でいいからミアに会ってくれないか?」
「どうしてだ?」
「ミアはネルソンが保護者代理だから気にしてる」
「そんなの、もう、関係ない」
「ネルソン、」
「俺は…、来月はビクラームとの試合だ。負ける訳にはいかない、そうだろう?」
「まぁな、俺もケンフリットの人間だ。勝って欲しい」
「練習で忙しいんだ」
「そうか…」
俺は立ち上がった。
「ルミーアに、良かったなって伝えてくれ」
「いいのか?」
「いいも、悪いも、ルミーアはお前の隣にいるんだろう?」
「ああ」
「なら、会う必要はない」
「…、」
「じゃ、な」
シャルディを置いたままで俺は練習場に戻った。
とにかく体を動かしたかった。
体さえ動かせば、疲れて眠れる。
何も考えたくなった。




