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「綺麗に、なったな…」
「そう?」
「ああ、綺麗だ。誰にも渡さない、ミアは俺だけのミアだから」
シャルが急に私の肩を抱いた。
心臓がドキドキしてるのが伝わっちゃう。
「うん」
どうしよう、私達の密接度が段々上がってきてるよ…。
「なぁ、お館様は元気か?」
私のお父様の事、まだそうやって呼んでくれている。
「元気よ。だけど、お父様のこと、そんな風に呼んじゃダメじゃない?」
「いいんだ。俺にとっては今でもお館様だから」
「今の言葉をお父様が聞いたら、きっと泣いちゃうよ」
「そうか?王子っていったって父上の言いなりでなんの権力もないんだ。たいした事ないんだぞ?」
ご冗談を。
私は会いたくても会えなかったよ?
「そんなことない、だって、シャルに会いたくてここに来たのに、全然会えなかったもの。ここだって近寄っちゃ駄目って言われてる場所だよ?シャルは遠い所にいたよ?」
「警備があるからな。どうしてもそうなる。けど、これからは何時来ても大丈夫だから、分かったか?」
「ありがとう、でも、ね…」
そう、やっぱり天と地の差がある。
マドレーヌの家なんかを見てると、私は果てから来た人間だって思うの。
「やっぱりシャルは特別だよ。違い過ぎる、だって、私は…、田舎貴族の娘だもの」
「そんな事言うな、」
少し怒った声がした。
「え?」
「言うな、ミア」
そして、シャルは強い力で私を抱きしめた。
痛いくらいだ。
「俺のミアはそんな卑屈な言葉は言わないんだ。言う必要がない。ネルダーは素晴らしい場所だ。ここからは遠く離れているが、いつも輝いている場所だ。そこを治めているお館様はいい領主だ。そんなことは俺が良く知っている。ミアだって知っているだろう?」
その言葉は胸に刺さる。
「ゴメンなさい…、今のは私がいけなかった。けどね、ケンフリットには意地悪な人もいるから、色々聞かされたの…」
「ここにいる奴らは暇なんだ。だから人の粗を探して喜んだりする。けどな、俺達までそいつ等と同じ土俵に上がる必要はない、そうだろう?」
「そうだね、私にはシャルがいるもの」
「そうだ、分かればいい。なぁ、ミア、」
そう言って力を緩めて私を覗き込む。
その瞳は忘れられない蒼だ。
「入学式の時、あの時、本当はミアの手を掴んで走り出したかったんだ」
そうだ、入学式の時のパーティだ。
聞いてみることにした。
「入学式の時、わざと私の前を通ったの?」
「そうだよ、少しでも近くに行きたかったからな」
「けど、私のこと見てもくれなかったわ。歩く速度だって全然早くて、だからショックだったんだよ?」
「俺だってショックだった。ネルソンと楽しそうに踊っていただろう?仲良さそうに踊ってたから…」
急に私から目を逸らしてしまった。
「俺、悔しかったんだ。俺の手の届くところにミアがいるのに、なんでミアは、ネルソンなんかと踊るんだろうって」
「それって、ヤキモチなの?」
「当り前じゃないか!」
思わず本音が出ちゃったんだ。
だって、直ぐに取り繕うんだもの。
「あ、いや、…あのドレス、似合ってた」
照れてる。
可愛い。
「本当?」
「ああ、ミアにぴったりで可愛かった」
「ありがとう、でもね、私のドレスじゃないの」
「違うのか?誂えたのかって思ってた」
「違うわ、あれはね、そう、マドレーヌ・オルタンス、彼女のなの」
「マドレーヌ?」
声が低くなった。
「オルタンスの妹だな?」
「そう、知ってるんだよね?」
「あ、ああ」
「私とマドレーヌは同じ25寮に住んでるの」
「ヴァンから聞いた。そんな偶然があるんだな」
「うん、私もビックリしたの」
「彼女に俺は随分と酷いことをした」
「ちょっと、聞いた」
「俺を嫌いになるか?」
「ならない」
「本当にか?」
そんな縋るような瞳で見ないで…。
キュンってきちゃうから。
「だって、私はシャルが好きなんだもの」
「俺もだ。ミアが好きだ」
私はキュンって来てしまった。
そして、シャルは安心したように言葉を続けるんだ。
「でも、彼女には悪い事をした」
「え?どんなこと?」
「聞いてないのか?」
「聞けないよ」
「そうか、」と言って言葉を続ける。
「俺の側室になるっていうから『なりたいならなればいい。だが俺は決して愛することはない』って言った」
「…、酷い…」
「酷くていい、ミアがいればそれでいいんだ」
シャルが私の手を握った。
心臓がバクバクする。
「ミア、聞いてくれ」
「うん」
「俺には婚約者もいるし側室も2人いた。いや、3人になるのかな、とにかく、こんな俺はミアに相応しくないって思ってたから、ネルダーの事は忘れようって決めてたんだ。忘れて人に宛がわれる人生を送ろうって。けど、ミアがここに入学したって聞かされたとき、諦めていたいた気持ちが抑えられなくなった。ミアに会いたい、って気持ちがさ。忘れたはずなのに、俺は忘れる事が出来なかったんだ」
「嬉しいよ?」
「うん。けど、迷った。考えるのも嫌な話だけど、俺の立場があって会いたいからって会える様な状況ではないからだ。それでもネルソンと仲良さそうにしてるのを見たら、俺、我慢出来なかったんだ。だから、あの時に、ミアに会おうって決めた。決めたからには全てを無くしてもいい。ミアだけを俺の側に置きたいって、そう考えた」
私に触れているシャルの手が微かに震えている。
「どうしたの?」
「ミア、俺の願いを叶えて欲しい」
「なに?」
「ずっと俺の側にいて欲しい。いや、俺がミアの側にいたい。誰にも隠す必要もないし俺がミアを守るから、だからだ。俺の側にいてくれないか?」
真剣だ。
よく伝わる。
だから私も真剣に答える。
「私だって、側にいたいわ。けど、シャルには婚約者がいるじゃない?いずれはその方と結婚するでしょう?」
「…、」
「なら、その、私は…」
「俺はミアが側にいればそれでいいんだ。大切にするし、苦労も掛けないようにする。俺の側で俺を見ていて欲しい」
それでも、私も側にいたいって思ってしまった。
毎日をシャルと過ごしたいって、そう思った。
「こんな約束しか出来なくて、ごめん。けど、俺は、ミアが別の男といる所を見たくない。俺以外の男に笑っている所も、甘えてる所も、何もかもだ。全部俺の物にしたいんだ、ミアの全部が欲しい」
私の知っているシャルだった。
やっぱりシャルはいてくれた。
「そんなに長い言葉はいらないよ?」
「うん?」
私はシャルの頬に触れた。
「愛してるよ、シャル」
「ミア、俺もだ。愛してる」
私は自分からキスをした。
濃厚ではなくて、触れるだけでもなくて、私達はお互いを確かめ合うためにキスを交わした。
唇が離れるとシャルは私を抱きしめた。
耳元でシャルの声がするんだ。
「愛してる。俺の幸せはミアと見る未来にあるから」
「うん」
しばらくそのままでいた。
シャルの温もりが伝わるから。
暫くして私達はゆっくりと離れて互いを見る。
「大切にするから、毎日を一緒に過ごそう?」
「うん、そうしようね?」
私から抱きついた。
「愛してる、シャル」
「ああ、俺も」
もう一度キスをした。
やがて、シャルが私から離れるとこういったんだ。
「もう、帰したくない」
「それは、まだ、駄目だよ」
「じゃ、明日も会おう?」
「それも駄目だよ、だって、シャルと会うからって、色々と準備があって出かけるの」
そう、ドレスを見立てるってマドレーヌが張り切っているんです。
「このままで綺麗だからいい」
「だって、皆に申し訳ないもの」
とびきりの笑顔が目の前にあった。
「そうだな、皆が俺達を会わせようとしてくれているんだった」
「そうだよ」
「けど、会っちゃったな?」
「うん、でも、ね、嬉しい」
「俺もだ」
また、キスされた。
「内緒だな?」
「うん」
もう一度、私から抱きついた。
シャルの匂いがする。
うん、やっぱり愛してる。
とっても愛してるんだよ。




