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私はヴァンの話に引きずり込まれてしまった。

そんなに壮絶な子供時代を私は知らない。

私の子供時代は、楽しさと喜びに溢れていたもの。



そして、その後の話も驚きだった。



しばらく、無言が続いた。

話の余韻が喋ることを許さない感じだったから。




そしたら、。




突然、ガサって音がした。

その音がする方を見てしまった。




「もう良いんじゃないか?」




声がした。

忘れることなんか出来ない声だった。

聞きたくて、聞きたくて、そう、幻聴まで聞こえたあの声だ。

私は見てしまう。

だって、そういって歩いてくるのは…。


だけど、ヴァンは平然と答える。


「殿下、私は、もう少しルミーア様と2人でいたかったのですが?」

「ヴァン、俺は相当我慢したぞ?」

「そうですね、良く我慢しました。ならばもう少し我慢したら如何でしょう?」

「まったく、お前の偏屈さには磨きが掛かってきた…」


苦笑いしてるのは、私の愛しい人だ。

金髪が風に揺れてる、懐かしい瞳がそこにいる。

ヴァンはシャルの言葉に気の知れた近さで答えている。


「はは、見破られましたね。仕方ありません、では私は消えましょう」

「ああ」

「場は整っているはず、ごゆっくりして下さい」

「すまない」


そう言ってヴァンは静かに去って行った。




シャルが直ぐ側まで近づいてくる。

シャルは笑顔なのに、私は固まったままだった。


やがて、手を伸ばせば触れる距離になる。





懐かしい金髪に深い蒼の瞳…。

その瞳は思い出の中にいる彼よりも優しかった。

だけど、ちょっと困ったような顔で私に話しかけた。


「ミア、泣くなよ?」

「え?」


私は涙を流していたらしい。

自分でも気付いていなかった。

慌てて涙を拭こうとした、けど、…。


「ほら…」


その手が捕まれる。

代わりにシャルの指が私の涙に触れた。

指で涙を拭き取ってくれる。


「もう大丈夫だろ?」

「うん」


そう、もう大丈夫。

だって、シャルがいるんだもの。


私の手を握っていたシャルの手が離れる。

そして胸元のペンダントに触れた。

ドキンってする。


「似合ってるよ、ミア?」


言葉が出ない。

余りにも嬉し過ぎると口から声が出ないんだ。

初めて知った。


なんだろう、動けない。

会いたくて堪らなかったから、どうしていいのか分からなくなってしまっている…。


「どうした?」

「言いたい事があり過ぎて、どうしていいのかわからないの…」

「ははは、大丈夫。俺は逃げないから」

「本当?」

「ああ、約束する。もうミアから離れない」


これ以上の嬉しい約束がある?

きっと私は満面の笑みでシャルを見詰めているに違いない。


「約束ね?本当ね?」

「ああ、約束だ」


抱きつきたいのに我慢した。

やせ我慢した。


「隣に掛けてもいいか?」

「うん…」


シャルが私の隣に座る。

そう、その位置はいつも位置。

懐かしい体温が伝わってくる。

心が落ち着いてくるんだ。


シャルがいる…。


「泣かすつもりはなかったんだ。ごめん」

「いい…、だって泣くつもりもなかったから。でも、」


私はシャルの方を見た。

シャルは真っ直ぐ前を見ている、横顔が綺麗だ。

覚えている横顔よりも、ずっと大人になっている。

でも、そんな横顔が好き。


「私に会いに来てくれたの?」

「そうだ。会いたくて我慢できなかった」

「けど、今度エドマイア先輩のところで会えるって、聞いてたよ?」


ゆっくりと私の方を向くんだ。

蒼の瞳は深くて揺れている。


「そうだな、オルタンスが俺達を会わせるって俺も聞いた」

「なのに?」

「オルタンスの奴が話を進めるから、なんか腹が立った。ヴァンに、奴の仕切りより先にミアに会いたいって愚痴を零したんだ」

「愚痴?」

「そう、我が儘を言った」


ちょっと得意そうに言うんだ。

昔のまま、だね?


「シャルは変わってないね?」

「そうか?」


シャルは真っ直ぐに私を見る。

だけど、見詰められると、恥ずかしくて…。

私は下を向いてしまった。


「どうしてここにいるってわかったの?」

「この庭は俺の部屋から見えるんだ。ヴァンの奴、俺が部屋にいることを分かっててミアをここに連れて来たんだ」

「そうなの?」

「ああ、けど、なんだ?」

「なに?」

「ミアは俺と会えて嬉しくないのか?」


もう!そんなこと決まってる。


「会いたかったんだもの、嬉しいに決まってるよ!ずっとシャルに会うために、ケンフリットに入学する為に、頑張って勉強してきたんだもの。会いたかったから、なんだよ?」

「真っ直ぐだな?」

「え?」

「ミアも変わってない」

「そう?」

「ああ」


私達の言葉はしばらく止まった。

けど、それが嬉しかった。

喋らなくて一緒にいるだけなんだけど、嬉しくて堪らなかった。


初夏になりたての風が吹く。


「あのね?」

「なんだ?」

「ペンダント、ありがとう」

「気にするな。クッキーのお礼だ」

「クッキー、美味しかった?」


ゆっくりとシャルを見詰める。

シャルは私を見たままだった。


「ああ、美味しかった。ヴァンの奴が半分しか寄越さなかったから物足りないけどな」

「っふふ…」


シャルはシャルのままだ。


「また食べたい」

「いいよ、作るから。けど…」

「なんだ?」

「私、シャルだって気付かなかった。ごめんね」

「いいさ、ワザと気付かれないよう動いていたんだ」

「そうなの?」

「ミアの事が知られると、色々と問題が起こるって想像出来たからな」

「そっか…」


シャルは視線を外して前を見た。


「ミア、問題が無くなった訳じゃない。けど、これからは会いたい時に会えるからな」

「ほんと?」

「ああ、大丈夫だ」

「そっか、…」


私の言葉に少し驚いたように返事が返ってきた。


「どうした?また返事が暗いぞ?」

「ごめんなさい、ただね、…」


私はネルソンの事を思ってしまった。

今、この時に思うべきじゃないのに、私、変だ。


「ネルソンに電話したの、シャルに会えるようになったって伝えようと思って。そしたら忙しいからってぶっきら棒に切られた」

「それは、仕方ないんじゃないか?あいつはミアのことが好きなんだから」


シャルですら、その事をサラリという。


「ミアは寂しいのか?」

「寂しい?」

「ネルソンが離れていくから、さ」

「どうなんだろう…。けど、今まで通りに保護者代理でいて欲しいって思うの」


それは私の我が儘なんだろうな。

言葉が止まる。


シャルが目の前にいるのに。


「ミア、俺の側にいたいか?」

「うん、いたい」

「なら俺の側で笑ってろ。それも、幸せそうにだぞ?」

「出来るよ?だって幸せだもの」

「それでいい。ネルソンだってその内に自分の信じられる女性に出会って付き合うさ。そしたら、俺たちと笑顔で話せる」

「そう、だね?きっと、そうだよね?」


シャルは優しい瞳で頷いてくれた。


「もちろんだ。ネルソンは俺達の友達じゃないか」

「うん」

「ミア、俺と一緒に行こう。俺の隣にいて欲しい」

「うん、私もそれがいい」




今、私の進むべき道はシャルと進む道。

その道を真っ直ぐに見て行こうって思った。





だって、その事を望むのは私も同じだから。





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