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エドマイア先輩達に全てを話して、私は心が軽くなったみたい。
私はあのディープブルーのペンダントを肌身離さずつけている。
これを身に着けているとシャルが守ってくれるって気がしたから。
シャルが私の為に送ってくれたんだもの、つけてると落ち着く。
ネルソンには電話したんだけど、素っ気無い声しか返ってこなかった。
25寮に来ないの?って聞いても、フットボールが忙しいから来られないって言われた。
だけど、ぶっきら棒に「あいつと会うんだって?」て聞かれた。
「うん、会うよ」
「そうか、良かったな?」
「うん、けどね、ネルソン、あの」
「悪い、俺は忙しいんだ。またな?」
「あ、…」
そう言って切られてしまった。
しばらく受話器を持ったままで固まっていた。
まだ言い足りなかった。
けど、私はネルソンに何を言いたかったんだろう?
ごめんね、なんておかしいよね?
これからも保護者代理でいてね、って言うのは都合がいいよね?
ちょっとラルに相談した。
ラルは「時間が解決するから」と言ってくれた。
そうなのかな?
ううん、そうだよね。
だって、ネルソンは私の保護者代理なんだもの。
一昨日、皆と話をした。
だからヴァンの正体が分かってしまったから、どんな顔をして会えばいいのか分からない。
そこも戸惑っていたんだけど、そんなヴァンは普通に授業を受けに来てる。
今日も席を取ってくれていた。
「ルミーア、ここですよ?」
余りにも普通だから、こっちが戸惑ってしまった。
「ヴァン?座ってもいいの?」
「もちろんです。あ、授業が終った後ですが時間ありますか?」
「はい、あのね、私もヴァンに話があったの」
「それは良かった。それでは、授業の後で」
そんな事言われたから、授業の内容は耳から頭の中には入ってこなかった。
いろんな考えがグルグル回ってしまったもの。
授業が終るとヴァンは私達の寮の向こうに、私を連れて行った。
ヴァンの用意した馬車は滑る様に滑らかに進んでいく。
「何処に行くの?」
「そうですね、美しい所にです」
そして、馬車を降りた私が立っているのは、みんなに行かない方が良いって言われてた場所。
目の前に綺麗な花が咲いている。
私とヴァンは庭を見渡すベンチに腰掛けた。
「ここの庭は落ち着くんですよ」
ヴァンの言葉に頷いた。
「こんな場所があるんだね?」
「そうなんですよ、綺麗でしょう?」
「ええ、とっても綺麗…」
なんだか懐かしい気持ちになる。
そう、植物の配置が家の庭に似ているせいだと思う。
少し背の高い花木が周りを囲んでその手前には少し背の高いラークスパー。
間に青のデルフィニウム。
見える花は、熱い地方の花ばかり。
夏が近いから、ここでもなんとか花をつけているのかな?
ふっと思った。
似てるんだ、育った家の庭に。
ここは私の家の庭を知ってる人が作ったの?って。
「ここって、私の家の庭に似てるわ」
「そうでしょうね」
「そうでしょうって?」
「そう思うからです」
どうしてそう思うのかが知りたい。
思わず私は尋ねた。
「どうしてそう思うの?ねぇ、ヴァンって、殿下に仕えているってホントなの?」
「そう思いますか?」
「思う…、でなきゃここに私を連れて来れないもの」
「あぁ、確かに…」
ヴァンは笑った。
なんか初めて見たかも知れない。
いつもは静かに微笑むだけだったから。
「隠しても意味ないことです。ルミーアのお察しの通り、私はシャルディ殿下の下僕です」
「下僕って?」
「そうです。本来ならばケンフリットには用の無い人間です」
用の無いって、どういう意味なんだろうか…。
「けどケンフリットは貴族以外の人も通っていいでしょ?」
「それは確かです。ですが、私は違います」
「違うって?
「私はね、シャルディ様に拾われなければ、道端で死んでいた様な子供だったんですよ」
「ヴァン、拾われたって?道端って?」
「文字通りです」
シャルに拾われなければ、道端で死んでいた子供だなんて。
壮絶って言葉が浮かんだ。
「そう、なの…」
なのにヴァンは微笑んだまま。
「驚きましたか?」
「うん、私、想像出来なくて、ゴメンなさい」
「良いんです。それが当然の反応ですから。けどですね、私は殿下に出会って救われたのです」
「ほんと?」
「そうです。それに、ずっと名前だけ聞いていたルミーアに会えましたからね」
「?」
「不思議ですか?」
「うん、不思議よ。そんなにシャルは私の事を話してたの?」
力強く頷いて肯定された。
いったい、私の何を話してたの?
「殿下がこちらに来てからどのような暮らしをなさっていたか、ご存知ですか?」
「いいえ、ごめんなさい」
「知らなくて当然でしたね、こちらこそ申し訳ありませんでした。ルミーアも知っているかもしれませんが、殿下とその母君はご勘気が強かった王妃様に疎まれて放りだされるように城を追われました。そして殿下は王の決断で世継ぎと決められ王都に引き戻された。けれども、そこで待っていたのは独りでの生活でした。父君である王は、息子に王になる者としての教育を施すことだけしか考えられずにいる方。孤独に慣れる事を第一に殿下の生活が始まったのです」
「孤独に慣れるだなんて…、そんな…」
そんなの辛すぎる。
「そんな頃に私は殿下に拾われてその下で働くことになりました。殿下の日常は孤独な生活でしたが、今の王がお決めになったこと。殿下に歯向かうことなど出来ません。そんな生活を私はずっと見てまいりました。その中で時折話されるネルダーでの思い出は、殿下が嬉しそうに話す唯一の話でした」
「そうだったの…」
「はい、何度も貴女様の名前を聞きました。だから、初めて会った時にも初対面とは思えませんでしたよ?そうそうネルソンの名前も良く聞きました。いずれ会えるのが楽しみです」
そう言ってヴァンは笑った。
その笑顔が孤独といわれていたシャルの毎日を元気付けてくれたんだって思う。
ヴァンがいてくれて、良かった。
そしてヴァンの話は続いた。




