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なんだろう、心臓が痛い。
すごくドキドキしてる。
顔が上げられない。
けど、それじゃ駄目だって思った。
ちゃんと話さないと駄目だって思った。
だから、ゆっくりと顔を上げてエドマイア先輩を見た。
エドマイア先輩は静かな瞳で、私を見詰めてた。
そして、もう一度私に尋ねる。
「ルミーア、君はシャルディ殿下を慕っているんだね?」
私は、頷いた。
私はシャルが好き。
この気持ちを隠す必要なんかないもの。
ちゃんと言葉にして、皆の前で言ってもいいもの。
ううん、もう隠すことはしたくないから。
「はい。私はシャルディ殿下をお慕いしています」
「そうか、なるほど…」
続けて話しそうだったエドマイア先輩の言葉を遮って、マドレーヌが尋ねる。
「ほんとうに?」
マドレーヌは驚いている。
あれほど嫌だっていった人のことを、私が好きだなんて思ってもなかったに違いない。
「ルミーア、そうなの?殿下を知ってたの?好きなの?」
「うん、知ってた。それに、好きなの。言わなくてごめんね?」
「ううん、私も言わなかったから…、同じです。けど、」
マドレーヌの口から思わず出た言葉。
「では、ルミーアと殿下は、同じ気持ちなんですね…」
「え?」
「同じ想いだって、そう言うことです」
「そう、そうだと嬉しいな」
「間違いないです、だって、…」
そこからマドレーヌは1人で喋り続けた。
「あの殿下が女性に贈り物をしたんですよ?側室には何も送ったことが無い殿下がです。それに、多分ですが、私以外の側室の方とは縁を切られたって思います。殿下は入学式以降は他の側室の方とは一切会っておりませんでしたから。私とは会って下さいましたが、…。それが原因でちょっと揉めましたから間違いありません。それにヴァンさんをルミーアの近くに居させたのも、きっとルミーアの事を知りたかったからですわ。いずれは会うつもりで、です。殿下もルミーアに会いたいんだと思います」
そう言われると嬉しい。
そうなの、かな?
「シャルディ殿下は今年の入学式以降、妹とは何度か会っているが、過去の側室とは一度も会っていないんだ」
「一度も、ですか?」
「ああ、あ、何度も言うけど、マドレーヌとは何もなかったからね?」
「もちろんです。私は殿下とは何もありません、ルミーア信じてくれますか?」
男女が2人きりで部屋に居て、しかも側室になる為だとしたら…。
普通ならマドレーヌの言葉を信じるのは無理があるのかも知れない。
けど、マドレーヌがそういうなら、私は信じる。
「うん、信じる」
「よかった…」
私は改めてマドレーヌの手を握った。
「だって、私達は友人だもの。そうでしょ?」
「ルミーア、ありがとうございます」
「私こそだよ、正直に話してくれてありがとう」
ラルが呟いた。
「けれども、ルミーアとマドレーヌが同じ寮にいる事が不思議ですよね?」
「そうだね」
「偶然って凄いですわね」
「殿下はマドレーヌとルミーアが同じ寮にいるとご存知なんでしょうか?」
その問いには、エドマイア先輩が答えた。
「ルミーアはヴァンに寮の事を話したりしたかい?」
「友人がいるとだけ。マドレーヌやラルの名前は言ったことがありません」
「なら、ご存知ないかもしれないな。その事には興味がないかもね」
そうかも知れない。
場が落ち着いたのを見計らってミリタス先輩が私を促した。
「じゃ、ルミーア。殿下との事を話してくれる?」
ミリタス先輩の言葉には逆らえない。
素直に話し出す。
「シャルディ殿下のお母様は私の父の遠い親戚なんです。それで城から追われた時に父を頼ってネルダーに落ち延びて来られました。幼いシャルディ殿下もご一緒でした。それが殿下、シャルと私の出会いです。それからはずっと一緒でした。私の父の屋敷に一緒に暮らして勉強も遊びも一緒で。子供の約束だったけど、結婚するならシャルしかいないって決めてました。それはお互いに同じだったと思います。だけど…、」
「確か、陛下が直々にネルダーに向かったことがあったね」
「はい。シャルを連れ戻しに、です」
「それで殿下は王都に戻られたのね?」
「そうです。陛下が来られた次の日に、シャルは戻っていきました」
そう、戻っていった。
私の心に住んだままで。
「けど、忘れるなんて出来なかった。ずっとシャルとの未来を信じていたから。その先にはシャルがいるって思ってたから。だから、ケンフリットに行くことに決めたんです」
「だから、」
とラルが言葉を挟んだ。
「ネルソン先輩は気持ちを言うことがなかったのですね」
たぶん、そう。
そうなんだ。
「ルミーアは、ネルソンの気持ちを知っていたんでしょう?」
ミリタス先輩は言いにくいことを聞くんだ。
「知ってたかって聞かれたら、知らなかったって答えます。私は卑怯なんだと思います。多分マドレーヌよりも…」
「ルミーア、」
「マドレーヌ、私は貴女の身代わりなんかじゃなくて、シャルに会いたいの。許してくれる?」
「もちろんですわ」
その言葉は気持ちを軽くしてくれた。
「許すも何も、私は貴女が他の方を慕っているのに殿下に会って欲しいって思っていたんです。そんな酷い事ができる自分が嫌で堪らなかったんです。だからルミーアも殿下も互いに会いたがっているのならば、私は嬉しいんです」
「良かった」
マドレーヌは嬉しそうに微笑んだ。
「そうですわ、ルミーア。ディープブルーのペンダントを見せて下さいませんか?」
「いいよ」
真っ赤な箱をマドレーヌに渡した。
彼女はサファイアを手にとって見て、そして台座の裏を指差していった。
「見てください、ここに何か刻まれてます」
「え?」
驚いた私はマドレーヌの指先を見た。
そこには小さい文字で、ミアへ、と刻まれている。
ミアへ、だ。
私をミアって呼ぶのはシャルしかいない。
やっぱり、シャルは私がここに居るって知ってたんだ。
「ミアへって刻まれてる…、気付かなかった。シャルは気付いてくれてたのに、私が気付いてなかったんだね」
「この場所に、これ程小さい刻印を打つなど、相当の技術者の仕事だな…」
「バキャリーが殿下の依頼を受けて為しえたのね…、相当の価値があるものだわ」
「ああ、この刻印だけで殿下の気持ちが伝わる」
情けなかった。
私は気付けなかった。
毎日見てたのに、なのに…。
黙ったまま落ち込んでいる私に、マドレーヌが話しかけてくれた。
「ミアってルミーアのことなのですか?」
「そうなの。シャルは私をミアって呼んだの…」
顔が熱い。
きっと赤い顔をしてたと思う。
「ルミーア、可愛いね?」
「え?ラル?」
ラルったら、そんなにニヤけないでよ…。
「そんなに好きなんですね?」
もう、開き直るよ。
「うん、好き」
「こっちがテレます…」
ラルから聞いてきたくせに。
「別れる時に、やっといえたの。シャルが好きって」
「それで、どうなりましたの?」
「シャルも好きっていってくれた。けど、」
「けど?」
「私のことを忘れるから、別人になるから、シャルのことを憎んで欲しいっていわれたの」
思い出す。
あの時の瞳の色が目の前にあるせいだ。
「殿下らしいな」
「そうね、やはり殿下は貴方が思っていた通りの方だったわ」
「そうだな」
どういう意味なんだろうか?
「お兄様、それって?」
「実はね、殿下は女性に対してはとてもぞんざいなのに、私達には割りと親身になることも多い。それが不思議でね。もしかしたら心に決めた女性がいるのかもと思ってたんだ」
「お兄様の観察眼もなかなかね?」
「いや、ルミーアの存在があってから思ったことだ。まだまださ」
なんだか嬉しくなった。
シャルは孤独なのかと思ったけど、ちゃんと理解してくれる人達がいてくれているんだ。
とても嬉しかった。
「さて、これからの事を考えよう」
「そうね、それがいいわ」
「近日中にマドレーヌはシャルディ殿下と会う予定だ。当初はいつも通りに学院の殿下の部屋だったが、それをオルタンスの別邸にしよう。当然、君も一緒だよ、ルミーア。殿下に会うんだ、覚悟は出来ているかい?」
会うんだ…。
「はい、でも、いいのでしょうか?」
「いいのよ。会えばいいの」
「会えるんだ…」
「そうよ、会ってね、色々と不安だったことを言えばいいの、あ、」
あ、という顔になったのはミリタス先輩だ。
「じゃ、ルミーアの言ってた素敵な恋の相手って殿下よね?」
「はい」
「私、殿下を殴りに行くところだったの?」
「あ、まぁ、」
「ルミーア、絶対に言わないでね?お願いよ?」
「でも、シャルに頼まれたら、断れるか…どうか…」
「あら、もう惚気ですか?」
マドレーヌも嬉しそうで良かった。
「そうじゃ、ないよ」
「そう言う事に致します。では、ルミーアの支度は私に任せて下さいね?」
「え?でも…」
「気にしないで下さい。オルタンス家もお金持ちなのですから」
「まぁ!」
マドレーヌの冗談に皆が笑った。
収まった所でエドマイア先輩が話を進める。
「それじゃ、この件はこちらで段取りをするからね」
「段取りですか?」
「そうだよ。この件に絡めて、私達兄弟の願いも含みたいんだ」
「え?」
「話せば長くなるけど、簡単に言えば親子の仲直りかな?そうだろう、マドレーヌ?」
マドレーヌが頷く。
「はい、お兄様!お願いします!」
「分かってるよ」
エドマイア先輩がそっとマドレーヌの頭を撫でる。
優しいお兄様だ。
「必ず、仲直りしよう、な?」
「はい!」
そして、私の方を見て続きを話す。
「なので、申し訳ないが、それまでは大人しく待っていてくれるかな?」
「はいもちろんです!」
「うん、そうだね。ルミーアは出来るだろうけどね…」
「え?」
「いや、なんでもないよ。2,3日の辛抱だ。いいね?」
「はい!」
だけど、後になってラルが悔しがってしまった。
「合宿が重なってます!見れません!」
ごめんね、ラル。
だけど、日にちは変えないから!
だって早く会いたいんだもん。




