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不思議な状況です。
ルミーアに謝ってばかりのマドレーヌは青い顔をしてます。
そして、マドレーヌの手を握ったままのルミーアは俯いて、沈黙が続いています。
とにかく、マドレーヌの話は相当にインパクトがありました。
私は最近クラブで忙しくて25寮の皆とは会話がなくて寂しかったけど、久々がこれって…。
こんなに重い話だなんて、うん…。
それぞれに何かを隠して、いや、持っているとは思っていましたけど。
そんな事を詮索し合う様な仲ではないので、互いに触れない様に過ごしてきましたから。
だけど、今、ルミーアは凍り付いています。
そうでしょうね、友人に酷いことを頼まれているのですから。
マドレーヌがシャルディ殿下の3番目の側室だったなんて驚きです。
そう言えば2人の側室のことは割りに公になっていましたが、3番目の方の事は知りませんでした。
上手く隠されていたのかもしれませんし、知る必要もなかったからですね。
その側室の話だけでもかなりの事ですが、それが嫌だからルミーアに代わって欲しいだなんて。
彼女も勝手です、そんな人だとは思わなかったです。
だいたい、いくら王子がルミーアに興味を示していると言っても、ルミーアの気持ちは無視されてます。
マドレーヌの話した内容は殆どが憶測の話、だから、思わず言葉が出ました。
「マドレーヌ、それはひどくないですか?勝手ではないですか?貴女が王子の側室になるのが嫌ならば、自分で断ればいいだけの事なのでは?側室をルミーアに押し付けるのは間違っている、そうでしょう?」
「ラル…、けどね、殿下はルミーアにこのペンダントを贈られたわ。そしてルミーアは受け取った。この時点でルミーアは殿下の申し出を断れないのよ。いずれ殿下からお呼び出しがあるはずよ。それはルミーアの気持ちなんて関係無しになのよ。確かに酷い話だと思うわ、けどね、殿下に望まれるのなら、まだ、幸せになれるもの」
マドレーヌは何を言ってるでしょうか?
私の知ってる彼女ではありません、なので思わず声を張り上げてしまいます。
「何を言ってるんですか、マドレーヌ!例え殿下が望んだとしても、ルミーアには断る権利がある。そうです、相手が誰でもです。貴女はルミーアを利用して自分が幸せになろうとしてる。それは、卑怯ではありませんか!」
言い過ぎた?
けど、酷いと思ったのです。
「…、」
また沈黙が流れます。
「ねぇ、」
ようやくミリタス先輩が場を動かします。
緑の瞳が私を見るのです。
「ラル、落ち着きなさい?」
「けど、ミリタス先輩…」
「いいから、」
「でも!」
「ラル?」
「はい…」
ミリタス先輩の迫力に押されました。
この人って、何者だろう…。
「ねぇ、マドレーヌもラルも落ち着いてね。いいかしら?」
私達は頷いた。
「ルミーアは?大丈夫?」
あ、そうだった。
当の本人を忘れていました。
「…、」
ルミーアは俯いたままです。
けれど、自分のスカートをギュッと握り締めています。
「エド、」
ミリタス先輩はエドマイア先輩を見ました。
「私、話してもいいかしら?」
「いいよ。ミリ、君から話しておくれ」
こんな時でもなんて優しい会話でしょうか。
羨ましくなります。
ミリタス先輩はゆっくりと言葉を選んで、話出しました。
「マドレーヌ、これはね、貴女にも話してないことなの」
「私も知らないこと、ですか?」
「そう、私もさっきエドから聞いたの」
マドレーヌも知らない話って、なんでしょうか?
「だから私もルミーアの口から本当の事を知りたくなったの…」
本当のことって何でしょうか?
ミリタス先輩はゆっくりと喋ります。
「ルミーア、貴女、シャルディ殿下を知っているのね?」
ええ?えーー?
この状況でそんな事実が出てくるんですか?
えええ?
「…、」
「貴女だけじゃない、ネルソンも殿下を知ってるのね?」
えええ?
なに?ネルソン先輩もですか?
「…、」
ルミーアは無言、私とマドレーヌは驚きで声が出ません。
まさか彼女と彼の間にいた人物が、この国の王子だなんて…。
「言えないのね。そうよね、滅多なことでは言えない話だわ。でもね、私達、気づいたの。シャルディ殿下が昔ネルダーにいらした事を。貴女もネルソンもネルダーから来たのよね?貴女のお父様はランファイネル伯爵でしょ?確か、殿下を匿われていたのは伯爵だったわね?」
そうなんだ…。
思わず目が合った私とマドレーヌは、何故だか頷き合ってしまった。
「前に貴女が忘れられない恋をしたって言ってたのは、殿下のことだったんでしょ?」
「…、」
ルミーアはまだ無言だ。
だけど、だからこそ、本当なんだって思えてきます。
今度はエドマイア先輩が話を引き継ぎます。
「ミリの言ってること、事実だね?私もね、そうとしか思えないんだ」
「…、」
「多分ね、殿下は入学式のパーティの時から、君がいることを知ってたよ」
ルミーアは顔を上げて、エドマイア先輩を見ました。
驚いた顔で。
「驚いたかい?ごめんね。だけど入学式の後、殿下が急に帰られただろう?あの少し前、殿下がネルソンと踊る君を見て一瞬表情を変えたんだ。その後に直ぐお帰りになった。しかも君の前をワザと通るようにだ」
ルミーアは涙が溢れそうな瞳で、声を出しました。
「ワザとですか?」
「そうだよ、あれはワザとだ。警備が君を最前列に残したんだから」
「けど、あの時、殿下は振り向きもしなっかたんです。私の事なんか見てもくれなかったから…」
「きっと、あの時は君の存在を隠したかったんだと思うよ」
「隠す?」
「殿下にも色々とあるのさ。それに、私はね、ネルダーでの君と殿下のこと、ネルソンから聞いたんだよ」
「ネルソンが?ネルソンが話したんですか?」
不思議な表情です。
怒っている、なのに、どこか嬉しそうな、そんな表情。
「彼は最初は何も言わなかった。これは絶対に喋らないと思ってた。けど、君に頼まれてクッキーを渡しに言ったときにペンダントの話をしたんだよ。そしたらね、笑ったんだ。『あいつ、気づいたんだ』って言ってね。それから聞かせてもらった。ルミーア、君がシャルディ殿下に会いたくてケンフリットに来た事を」
驚きました。
マドレーヌが嫌がったのがこの国の王子。
ルミーアが会いたくて堪らないのもこの国の王子。
人生って不思議です。




