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「マドレーヌ、何がいいの?」


ルミーアは不思議そうにしています。

きっと自分の身に何が起こっているのか、知らないんです。



彼女の身に起こっていること。



それは、シャルディ殿下がルミーアを見初めた、ということです。

あのシャルディ殿下がルミーアに興味を持ったのです。

何故だかは分かりません。

ですが、状況がそう告げています。


ルミーアが殿下に見初められた。

その事に私が気付いたのは、ルミーアからペンダントのことを聞いたときです。

送られたペンダントのヘッドであるサファイアが深い青だって聞いたときに気付いたんです。

間違いなく送り主はシャルディ殿下あると。

何故ならばあのサファイアはバルトン王国の深い山で少ししか取れない貴重な宝石で、その瞳と同じ輝きを放つ為にシャルディ殿下だけが持つことを許された石なのです。


ディープブルー。


そう命名された石、殿下のサファイアはバキャリーが保管していると聞いております。

私は1度だけですが、学院にある殿下のお部屋で拝見したことがありました。

あれは、殿下のお部屋に通う様になって何度目かの事。

机の上に磨き上げられたディープブルーが置かれていて、つい見とれてしまったのです。


『何をしてる?』

『申し訳ありません、余りにも美しいので、』

『お前には関係のないものだ』


殿下はそれ以上は何も語らずに、その石を隠されてしまいました。

あ、きっとこれがあの時の石なのでは?

その時から、いえ、それ以前から、殿下はルミーアの存在を知っていたのですね。



でも、その様なことは良いんです。

私は今の立場から逃げ出したいんですから。



私は家のためと言われて、嫌とは言えずにケンフリットにきました。

でも、殿下の側室になるなんて嫌だったんです。



だいたい、殿下は私などに何の興味も持っていません。

何度かお会いすればそんなこと分かります、伝わります。

あの冬の海の様に濃い蒼の冷め切った瞳で見られてもお慕いすることは出来ません。

私に対する愛情など感じられないのです。


それに、私は側室と呼ばれるような事を一度もしておりません。


同じ部屋にいても私はただ座って時が過ぎるのを待つだけ。

殿下はいつも本を読んでいらっしゃるだけ。

それなのに、殿下と同じ部屋で時を過ごした為に側室と呼ばれて、すでにそう呼ばれている人達とあんなに醜く競っていくなんて…。



逃げ出したいなんて我が儘でしょうか?



私が無理なお願いをしようとしているルミーアには想う方がいるみたいです。

ミリ義姉様にはそのような事を告白したそうなんです。

昔、忘れられない恋をしたって。


けど、ごめんなさい。

ルミーアに私の身代わりになって欲しいんです。

だって、ルミーアはシャルディ殿下に望まれているんですから。

殿下に望まれて側室に召されるのならば、それは、私とは違う。




だから、だから、ルミーア、お願い。



そうであれば、私は逃れられます。

私はこれ以上殿下の元に通わなくても良くなります。

お兄様がお父様を納得させてくださると、約束して下さいました。

お兄様はこう言いました。


『マドレーヌが側に行くよりも、お気に召した女性をオルタンス家がお側にお連れした方がいいだろう?その方が殿下もお喜びになる』


確かにそうだと思います。



だから、私は自分の代わりにルミーアを差し出そうとしている…。

こんな私は25寮にいる資格など、ないですね。






私は余程酷い顔をしているのでしょう。

私を見詰めるルミーアの視線が辛いです。


思い切って喋ろうとするのですが、言葉が出なくて黙ってしまうのです。


「マドレーヌ?」

「え、あの、ルミーア…」

「なにか私に話があるみたいよ?違う?」


謝りましょう。

謝って済む話ではないですが、それでも…。


「ルミーア、ごめんなさい」

「え?どうして謝るの?」

「それは、あの、ルミーアに、私の身代わりになって欲しいからです」

「身代わりって?」

「酷いこと言ってるのはわかってます。けど、お願いしたいのです…」


ルミーアが不思議そうな顔をしてる。


「マドレーヌ、私にも話が見えないです」


ラルが言うのも、もっともです。

お兄様もミリタス義姉様も私にこの場を任せてくれてます。


だから、私は話す決心をしました、こんな卑怯な私の話を。


「私は卑怯な人間なんです。ルミーア、ごめんなさい」

「え?」

「その訳を話しますから聞いてください、お願いします」


ルミーアは何も疑わずに頷いてくれます。

だから、一気に話し出しました。


「私はケンフリットに来たくて来たんじゃないんです。父に言われて仕方なくきたのです。父の願いを叶えるために」


ラルが尋ねるのです。


「その願いって、なにですか?」


だから、私はラルの言葉に、答えます。


「ラル…、私は、シャルディ殿下の側室になる為にケンフリットに来たのです」

「な、に、…、側室って…、?」


ルミーアの瞳が大きく見開けられます。

驚いて当然ですね。


「仕方のないことです。父は自分の地位を確かなものにしたいのでしょう、きっと。娘の私が側室になって、子を生せば安泰ですから。けど、私は…、側室なんて嫌なのです」


驚いたルミーアは何も言わないままです。

代わりにラルが聞いてきます。 


「いや?殿下の側室でいるのは嫌なのですか?」

「嫌です。だいたい殿下は私になど興味をお持ちではありません。だからでしょうけど、いつもいつも睨まれて、何しに来たのかって顔をされて…。一度だって笑った顔など見た事がないんです。2人きりでも黙ったままで、1人読書をしておいでです。私のことなど気にもせずにです。ある程度の時間が過ぎると『もういい、帰れ』と仰るだけ。私は側室を名乗れるような事すらしてないんです」

「…、」


私は隣に座っているルミーアの、その手を握って話を続けました。


「ルミーアの友人のヴァンという方は、殿下にお使えしている方です。間違いありません。それにこのサファイアは殿下の瞳と同じ色。これはディープブルーと特別に呼ばれるサファイアで、殿下だけが持つ事を許されているのです。ですから、ルミーアが殿下のお目に留まったことは間違いありません」

「この石は、ディープブルー…、そんな名前があるんだ…」


ルミーアがそう呟きました。


気のせいでしょうか。

ルミーアの驚きが絶望ではなく喜びの様に感じるのは?

けれども私は話を続けました。


「私が卑怯な人間だって分かってます。ルミーアには、ネルソンがいるのに惨いことをお願いしてるのも分かってます。けれど、お願いです。ルミーア、私の代わりに殿下の側室になって下さい。お願いします」

「…、」


だけれども顔を伏せたままのルミーア、私には彼女の気持ちが見えません。


「私、…、」


え?私は驚いてしまいました。

黙ったままのルミーアが急に私の握った手を強く握り返してきたのです。


「ルミーア?」


心配したラルも話しかけます。


「ねぇ、ルミーア、大丈夫?」


相当なショックを受けたみたいです。

そうでしょうね、きっと嫌で堪らないのでしょうから…。





どうしよう…、嫌われて…、そうですね、嫌われて当たり前ですから…。

こんなお願いを大切な友人にするなんて。

私が落ち込んでいた時に、何も聞かないで、違う話で笑わせてくれたのに…。

ここで出会った素敵な友人のに…。




私、最低です。






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