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ネルソンの試合の日。
オルタンス家の自動車でケンフリットからベルーガに向う。
空は春の暖かさを喜ぶ様な青。
気分も上がってくる。
私とマドレーヌは今流行りの丈のスカートに七部丈のブラウス、それに乙女の必需品長袖のカーディガン。
今日は暖かいからこれでも大丈夫。
スポーツ観戦の定番スタイル、そして色違いでお揃いなんだ。
私達って背格好が似てるからまるで仲の良い姉妹に見える?
うーん、マドレーヌの綺麗さには負けるから、無理だ。
試合前に私達はケイト姉様の店に向う。
店舗が見えてきた。
「ねぇ、見て!可愛いわ!」
マドレーヌは興奮してる。
だよね、そうだよね?
ケイト姉様のディスプレイは最高に可愛いんだよ。
「でしょ?」
「いいねぇ!」
エドマイア先輩まで声が大きくなる。
「噂には聞いていたけど、いい店だね?」
「嬉しい!姉様が喜びます!」
自動車が店の前に横付けされて、私達は車から降りて店の前に立った。
姉様が店から出てきた。
「ルミーア!」
「姉様、ご無沙汰してます」
「本当よ?全然連絡くれないで。でも元気そうで安心したわ」
それから2人に対して優雅に挨拶をする。
「皆様、ようこそおいで下さいました」
エドマイア先輩が先程の興奮を見せずに落ち着いて話し出した。
「素敵な店ですね?」
「ありがとうございます」
「姉様、こちらはエドマイア・オルタンス様よ」
「オルタンス様、ルミーアの姉のケイトです」
「彼女には妹がお世話になっています」
「いいえ、きっとルミーアの方が面倒をかけているのではないでしょうか?」
「姉様ったら!」
「いつもルミーアを見てれば、そうとしか思えないもの」
姉様ったら、もうね…、けど、思い当たる所ありありです。
マドレーヌが一歩前に出て会釈した。
「初めまして、マドレーヌです。ケイトさん、私はルミーアさんと友人になれて嬉しいんですの。毎日が楽しくなりましたもの」
「まぁ、よかったわね、ルミーア?」
「うん!ね、マドレーヌ。店の中を見よう?」
「ええ!」
私とマドレーヌはゆっくりと店内を廻る。
もうワクワクしっぱなしの私達はキャキャいいながら店内と廻る。
一通り廻った後で、店の隅にある休憩所でお茶を頂ながらお喋りをする。
ガールズトークってやつですよ。
話に花が咲いたついでに、私は、ついに、マドレーヌにクッキーのお礼の話をしたんだ。
「え?あのクッキーのお返しに?サファイアのペンダントを?」
誰にも言わなかったから、驚いたよね?
なんとなく言えなかったの。
「驚くよね?」
「もちろんです、ルミーアったら話してくれないんですもの」
「ゴメン、なんか話しづらくて」
「不思議な話ですものね」
「そうなの。でね、たぶん、そのペンダントって高価だと思うんだ」
マドレーヌは食いつき気味に話しかけてきた。
「そのペンダントはどの様な箱に入ってました?サファイアはどんな色合いですか?」
私は部屋においてきた箱とペンダントを思い出して話した。
「そのね、箱はビロードで真っ赤なのよ。そして、とても手触りがいいわ。それでペンダントは金の細い鎖の細工が繊細で輝きが違うのよ。それにヘッドのサファイアなんだけど、その青色が深くて濃くて、とっても綺麗なの」
「色が深い、ビロード、真っ赤…、まさか…」
「え?どうしたの?」
「あ、いいえ、何でもないです」
なんだか挙動不審だと思うのは気のせいなんだろうか?
「そう?なんか変だから、」
「いいえ、普通です!」
普通って、変だわ。
でも追求はしなかった。
「そのペンダント、高価だと思わない?」
「だと、思います」
「だから、どうしたらいいのか分からなくて…」
「そうですわね、…」
「ここで何かをお返ししないと思ってもみたんだけどね、どう思う?」
「お礼にお礼を返すのは、やはり失礼かと思います」
「やっぱりそうよね…」
クッキーの方がいいのかしら?
「クッキーでもいいのかしら?」
「クッキー、そうですね。その方がいいと、そう思います」
「そうだね」
なんとなく話が終った。
後が続かなかったからなんだ。
マドレーヌが無口になってしまったから。
だから、エドマイア先輩を探した。
先輩は姉様に連れられて高価な商品がある隣の店に行ったとの事。
もう少し掛かるみたい。
「どうする?」
「待つしかないです。お兄様はプレゼント選びには妥協しませんから」
なんとなく想像できる。
なので私達はラルへのお土産を決めることにして、再び店内を散策する。
「ラルにはこれでいいかしら?」
「ええ、いつも練習で疲れているでしょうからね」
バスタイムにくつろげるように、ネルダーの石鹸を何種類か選んだ。
姉様は女子が喜ぶような香りも練り込んだ石鹸を作ってる。
最近ラルとお喋りする時間も減ったから、せめてもの贈り物。
マドレーヌはさっきの話を続けた。
「ルミーア、その方には本当にお会いになったことないのですか?」
「え?」
「サファイアの方ですよ」
「…、うん、会ったことない」
「よほど気まぐれな方みたいですね」
「あはは、そうだね。ねぇ、そのネックレスを1度見てくれない?」
「はい、拝見します」
私達の買物は終った。
ラルとそれからミリタス先輩とナターシャにもね、買っちゃった。
エドマイア先輩も素敵な箱を抱えている。
買物って素敵、時間を忘れて過ごしちゃう、って、あ!
時間、掛かりすぎ?
「エドマイア先輩、試合に間に合いますか?」
「時間は大丈夫だよ。今から試合会場へ行けば充分に間に合うからね?」
「良かった…」
「ルミーアは時々心配症になりますわ、参りましょう?」
「うん、お願いします」
姉様に挨拶をして私達は向かった。
自動車なんて初めて乗った。
馬車よりも揺れなくて早い。
凄い、オルタンス家は。
初めてはこれもそうなる。
こんな規模のフットボールの観戦なんてしたことがない。
この大きな会場には2000人も観客がいるんだって。
けど、もっと大きな会場だと5000人も入るって…。
ネルソンって、凄い。
エドマイア先輩がリザーブ席を用意してくれた。
そこは枠で囲まれていて座ったままでも見やすい。
日除けのテントも張られているから乙女にも安心。
リザーブ席には飲み物や食べ物のサービスまである。
「マドレーヌ、飲み物は?」
「アイスティがいいです。ルミーアはどうします?」
「同じものをお願いします」
「じゃ、それを3つで」
「畏まりました」
周りの観客席を見渡してしまう。
会場近くの場所は椅子がなくて、皆は地面に座っている。
それはそれで楽しそう。
エドマイア先輩が話しかけてきた。
「ネルソンにはルミーアが見に来るって伝えておいたよ?」
「え?ネルソンにですか?」
「あら、お兄様ったらいつからそんなに仲が良くなったの?」
「それは秘密だ」
なんか怖いなぁ。
「さぁ始まるぞ!」
選手がグラウンドに出てきた。
ネルソンの姿も見える。
観客席からはお気に入りの選手の名前を呼ぶ声が聞こえる。
私達もネルソンの名前を呼んでしまった。
ネルソンが振り返った。
偶然だよね?
広いグラウンドで声が届くなんて思えない。
観客席が静かになって、始まるみたいだ。
ピィーー!と、笛が鳴りボールが高々と上がった。
バンと大きな音がする。
落ちてきたボールを奪ったのはケンフリットだ!
喚声が凄い。
私は歓声に覆われているみたい。
「いけ!ネルソン!」
エドマイア先輩は大声で声援を送る。
なんだか圧倒された私とマドレーヌは思わず立っで応援してしまう。
ネルソンは8番。
自然と目で追う。
センターの付近で立ち止まっている。
「いいぞ、いい位置だ!」
エドマイア先輩が興奮気味に言った後。
相手チームが蹴ったボールをネルソンが奪ったんだ!
「そのまま、ゴールだ!いけーーー!」
その声が届いたのか、ネルソンは次々に行く手を塞ごうとする相手の選手を交わしていく。
歓声が益々大きくなるんだ。
そして、ついにはキーパーと1対1になった。
キーパーが手を伸ばしてボールを奪い取ろうと激しく責めてくる!
だけど、ネルソンはそのボールを右に軽く蹴りキーパーを交わすと、そのまま蹴り込む!
時間がゆっくりと流れていくみたいに、ボールは吸い込まれていく。
ゆっくりと、ゴールを揺らした。
地響きがする。
「やったー!」
先輩のその声がかろうじて聞こえる。
それをかき消そうとするほどの喚声!
空気が揺れている。
声で空気が揺れるんだ。
気づいたら私とマドレーヌは立ったままで抱き合って喜んでいた。
開始5分の出来事。
そのまま試合の迫力に飲み込まれた私達は、エドマイア先輩の隣で声援を送っていた。




