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春も盛りだ。
段々とネルダーの気候に近づいてくる。
「ねぇ、ルミーア?」
「なに?」
マドレーヌが食事中に尋ねてきた。
最近は2人での夕食が多い。
「来週、ネルソン先輩が出場する試合ですが、応援に行きません?」
段々と言葉使いが私達に近づいてきてるマドレーヌ。
仲良さが増してる気がして嬉しい。
「あ、そうだったね。場所は何処かな?」
「ミール学院で行われるのよ。お兄様がね、席を用意してくださるって」
「ミールって遠いの?」
「そうですわね、ここよりはベルーガに近いですわ」
ベルーガはこの国の王都。
姉様の店がある。
そうだ、久し振りに姉様に会いに行こう。
新年以来会ってないんだもの。
「ねえ、ついでに寄り道してもいい?」
「寄り道ですか?」
「ほら、私の姉様の店がベルーガにあるでしょ?」
「伺ってますわ、」
ケイト姉様の店は姉様の趣味で可愛いものを取り揃えている。
ベルーガでも評判がいい。
「確か、プリティプリティでしたね?」
「そう、滅茶苦茶可愛いものばかりのお店なの」
「そうです、ルミーアがくれたカップも可愛かったですもの」
新年に姉様の家に泊まったついでにお店に寄って、25寮のみんなにカップをプレゼントした。
それぞれのイメージに合わせて形も模様も違えてね。
「覚えてくれてた?」
「もちろんです。友達からのプレゼントですもの、大切にしてます」
「良かった…」
マドレーヌが喜んでくれて嬉しい。
「一緒に行かない?」
「それは是非に!きっとお兄様も喜びます」
「え?女の子が好きそうなものしかないよ?」
「だからですわ。お兄様は女性に送るプレゼントには五月蝿いんです」
「え?エドマイア先輩って、そういう女性がいるの?」
「あら、言ってませんでした?」
「なに?」
「ミリタス先輩はお兄様の許嫁ですのよ?」
呆然だ。
きっと私は口を開けて驚いている、だってマドレーヌが笑いを堪えているもの。
でも、気づかなかった。
あ、だからエドマイア先輩はよく25寮に来るんだ。
仲良いの、羨ましい。
ってか、さ、私、鈍いんだなぁ…。
弱ったなぁ。
「ビックリした…」
「でも、結構お似合いなんです」
「うん、そう思う。お似合いだわ」
そうなんだ、これからはそう思って接しよう。
そんな訳で3人でネルソンの試合を見に行くことになった。
ケイト姉様に連絡したら驚いていたけど、喜んでくれた。
今日も歴史の授業だ。
いつもの席にヴァンがいて席を確保してくれてる。
そしていつものように授業を受けた。
その帰りのこと。
ヴァンにランチを誘われてしまった。
「先日のお礼です」ってね、お礼にお礼されちゃったら、どうしていいのか分からない。
でもあんまり拒むのも失礼な気がして甘えることにしたんだ。
学院の中の少し高級なレストランでのランチは美味しかった。
卵のオムレツはフワフワで大好きなチーズが中から現れるから、私のテンションも上がりっぱなし。
サラダも新鮮でパンも石釜で焼いただけあって香ばしかった。
最後のデザートは桃のシャーベットにチョコのスフレ。
私の好きなものばかりで顔が緩みっぱなしだった。
デザートまで頂いたので、私はもう一度お礼を言った。
「凄く美味しかったわ、ありがとう」
「良かったです」
「けどね、私の好きな料理ばかりだったの。どうしてヴァンは分かったのかしら?」
「それは、いえ、なんとなくですよ」
「そう?」
なんだか不思議だけど、そう思うことにする。
「ねぇヴァン、けど、これきりにしてね?でないと、私、困っちゃうからね?」
「気にしないでください。実はねあのクッキーを知り合いと一緒に頂いたんですが、彼も喜んでました」
そこは女性じゃないんだ。
ヴァンならモテるだろうにね。
「このように美味しいクッキーは初めてだ、ってね」
「なら良かった。また作るときにはその人の分も作ってもいい?」
凝り性な私が作る大量のクッキーを捌かないと…ね。
「それは嬉しい。きっと喜びます」
私も嬉しいから、これはお相子だね。
迷惑になってないよね?
「で、これを」
私の目の前に置かれたのは細い箱。
ええ?
「これって?」
そう尋ねたけど、疎い私でも分かる。
ペンダントが入ってる、に違いない。
「もしかして、ペンダント?」
「はい、知り合いが是非に渡してくれと」
もしかして、宝石でも付いてる?
わぁー、どうしよう…。
「こんな高価なもの、貰えないよ?」
「いいのです。彼はお金持ちですので」
噴出しちゃう。
ヴァンたらサラっというんだもの。
いくらお金持ちでも、顔も見た事がないのに貰えないよ。
「会ったこともない方からは、貰えないよ?」
「ルミーア、気にする必要はありませんからね。頂いてもらえないと、私が怒られますので」
「怒られるの?」
「そうなんですよ、だから私を助けると思って、ね」
お願いって顔をするんだ。
意外に可愛くて憎めないなぁ、だから折れちゃうよ。
私、流されやすいみたいだから、流れるよ?
「じゃ、ヴァンの為に受け取るわ」
「良かった、とにかく開けてみて下さい」
「うん」
ビロードの小箱をそっと開ける。
キラキラと輝いているんだ。
「綺麗…、」
金の鎖は繊細に編み込まれていてヘッドの宝石は深い青のサファイア。
青じゃなくて蒼みたいだ。
深い蒼、まるでシャルの瞳みたいに綺麗だ。
「懐かしい、わ」
思わずその言葉が出た。
「どうしたんですか?」
ヴァンが不思議そうに聞いてきた。
「あのね、よく知ってた人がね、深い蒼の瞳を持っていたの」
「ああ…」
穏やかな声だ。
「似てますか?」
「ええ、とっても…、懐かしくて、あ」
抑えていた蓋が取れたみたいに、なる。
愛しいんだ、想いが溢れそうになるんだ。
零れそうになる涙を堪えた。
心の奥がキュンとする。
なんだろう、呼びかけられてるみたいな、そんな気持ちだ。
けど、本当に良いのかしら?
「もらってもいいのかしら?ねぇ、絶対に高価でしょ?」
「それは気にしないでください。私が怒られないために、お願いします」
憎めないなぁ、本当に…。
私はその箱の蓋をそっと閉めた。
「その方に、ありがとうって伝えてね?」
「はい」
私はヴァンと店の前で別れた。
25寮にはマドレーヌもラルもいなかった。
部屋で1人、そっと箱を開けて頂いたペンダントを見た。
どうしてだろう。
シャルのことが浮かんでくる。
きっと輝きがシャルの瞳に似ているからだね。
側にいてくれる気がする。
ありえないのに。
そんなにも想い出を拗らせているんだな、私。
だって、シャルディ殿下は私の目の前を知らん顔して過ぎて行ったんだもの。
私の事覚えてるなんて、そんなこと、ある筈ないのに。
けど、やっと少し薄くなったところだったのに、シャルを好きな気持ちが戻っていく。
シャルの瞳に似た石が輝いた。
ミア、って声が聞こえた気がする。
幻聴まで聞こえるなんて、私、ヤバイよね?
ヤバイついでに、心の中で独り言。
ねぇ、シャル?
今、幸せですか?
私を覚えていますか?
あの時間を忘れてなんか、いない、よね?
あなたは私がここにいる事を、知ってますか?
私がまだあなたを愛してる事を、知ってますか?
なんでだろう、こんなに苦しいなんて。
だって勝手に思うだけなら自由な筈。
好きな気持ちを持つだけなら、楽しいはず。
けど、…。
こんなに苦しいのは、やっぱり会いたいから…なんだ。
シャル、会いたいよ。
子供みたいでもいいから、我が儘でもいいから。
会いたいんだよ?
シャルにミアって呼んでもらいたいんだ。
でも、やっぱり、叶わないんだよね。




