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俺は久し振りに見た奴に腹が立っていたのかも知れない。
だから、あのテーブルにいた女性達に怒鳴ってしまった。
「いい加減にしてくれ!ルミーアが君たちに何かしたのか?何もしてないだろう?」
目の前の女達が一斉に黙った。
気まずそうに互いを見ている。
消えてくれればいいのに…。
「これ以上のことを言ったら、俺は許さないから」
そして、ルミーアを見てみたら真っ青になっていた。
ただでさえショックを受けているのに、だ。
そうだ、ここには置いて置けない。
食事の手を止めて見ているラルに断りを入れた。
「ラル、俺達は先に帰る」
「え、ええ、分かりました」
「ルミーア、行くぞ?」
「…、うん」
そうして俺は何とか馬車を見つけて25寮にルミーアと戻った。
戻った時、ハウスキーパーのナターシャさんがいてくれた。
直ぐにルミーアを連れて部屋に行ってくれたから、嬉しかった。
きっとあんな窮屈な服なんか着てたから、疲れたのもあったんだと思う。
俺は25寮の居間でボーとしてしまう。
まるで自分の部屋の様に寛いでいた。
何度も訪れたから慣れているんだろうな、きっと。
「ネルソン様?」
ナターシャさんが心配して声を掛けてくれた。
「お疲れのご様子ですね?紅茶をお持ちしますか?」
「あ、そうですね、頂きます」
静かにナターシャさんが去っていった。
今日は出来事が多過ぎた。
あいつのせいだ。
あいつが目の前を歩いて行ったから、ルミーアは参ってしまった。
なんで俺達の目の前を歩いて行くんだ?
偶然にしたって、残酷だ。
ルミーアはきっと想像と違っていたから戸惑ってしまったんだろう。
元々夢見がちだから、きっと奴が自分を見つけて声を掛けてくれるって思ってたんだ。
昔の様に名前を呼んでくれるって思い込んでいた。
疑う事をしないから、な。
それもルミーアの良い所だけど…。
なのに、奴はルミーアに気づいていなかった。
目の前を通ったのにだ。
歩く速度すら落とさずに真っ直ぐ前を見て歩いて行った。
俺はずっと冷たくなったルミーアの手を握っていた。
そんな事をするのは初めてだったな。
立てそうにないルミーアの肩まで抱いて…しまった。
柔らかだった。
なんだかルミーアの心が俺の中に入ってきた、そんな気がした。
だから俺は浮かれていた。
そうだな、俺は浮かれていた。
だから、ラルのいる所まで戻ってしまった。
止めておけば良かった。
あの女達のことは知らない訳じゃない。
俺の出る試合を良く見に来てくれる。
けど、それだけのことだ。
なのになんだ?
ルミーアにあんな酷い言葉を投げつけやがって…、ルミーアが憎いのか?
結局、俺がルミーアを傷つけてしまった気がする。
ナターシャさんが紅茶を置いてくれる。
「ネルソン様、どうぞ」
良い香りがする。
ホッとする香りと湯気だ。
その湯気に勇気を貰って、俺はナターシャさんにお願い事を頼んだ。
「あのナターシャさん、」
「はい、なんでしょうか?」
「ルミーアの具合を見に行ってくれませんか?」
「ルミーア様の?」
彼女は驚いた様だった。
「ええ、今日、彼女は傷ついたんです。1人はつらいと思うので」
「しかし、私でよろしいのでしょうか?ネルソン様が行かれては?」
駄目なんだ。
多分、俺じゃ駄目なんだと思う。
「俺じゃ駄目なんです」
「そうですか?ネルソン様なら、きっとルミーア様を勇気付けられますよ?」
きっと俺の顔はニヤけているに違いない。
今、行ったら…。
そんな考えが横切った。
その時だ。
2階からミリタス先輩が降りてきた。
「あらネルソンじゃないの?素敵な格好ね?」
あ、水色ピエロのままっだった。
「あ、いや、これはエドマイア先輩が貸してくれまして…」
「エドマイア・オルタンス?」
「はい」
なんか清々しい笑顔だ。
嬉しそうな顔、意外に可愛い。
「朝から賑やかだったのは、そのせいね?」
「まぁ…、そうですが、」
「申し訳ないけど、今の話は聞いてしまったわ」
相変わらず迫力がある。
盗み聞きするな、なんて言えないんだよ。
こっちがすみませんっていう気分になってしまうんだ。
「そ、そうですか…」
「で、ルミーアは?どうして部屋で1人なの?」
「まぁ、それがですね…」
嘘は言えない、な。
「ルミーアは体調を崩しちゃったんです。それで1人で部屋にいるんですけど、心配で」
「どうして?」
「え?」
「どうして体調を崩したの?」
なんか怖い。
喋らざるおえない空気に持っていくのが上手だ。
相談も兼ねて言ってしまった方が、楽だな。
「パーティ会場で、変な女達に絡まれたんですよ」
「それは貴方の信者かしら?」
「信者かなにか知りませんけど、試合は見に来てくれてましたね」
「じゃ熱狂的な信者ね」
「…」
怖い。
「けど、それだけ?」
もっと怖い。
拙い、言わされそうだ…。
いや、言っても良い事じゃないか?
馬鹿、そんな筈ないだろう。
だいたいそんな事をしたら、ルミーアが嫌がる。
それは、それだけは嫌だ。
俺の無言が長かったから、ミリタス先輩は焦れていた。
「ネルソン?」
「あ、はい」
「教えて頂戴?ルミーアに何があったの?」
こう言うしか出来なかった。
「俺からは言えません。ルミーアが言えるようになるまで待って下さい」
一瞬不思議そうに止まったけど、何故だか満足そうに頷いてくれた。
「わかったわ」
黒い髪が揺れた。
青い瞳が俺を見抜いた。
「ネルソン、貴方からは言えないのね?」
なんでか知らないけど、全てを言いそうになるのを堪えた。
なんでこの人に全てを打ち明けたい気分になるんだろうか?
やっぱり特別な人なんだ、きっと。
「すみません」
「いいのよ。じゃ、ルミーアと話してくるから」
確か、そんなに関係ない人だと思うんだけど、なんだろう…。
それでも俺は、これでルミーアが少し楽になるような気がした。
「お願いします」
ミリタス先輩はナターシャさんに紅茶を運ばせ2階に上がったんだ。
あの人って、いったい、何者なんだろうか。
確か、クラブの先輩の知り合いで、時々試合を見に来てくれて、…。
たまたま、外で皆と食事してた時に、近くのテーブルにいて、ご馳走してくれたんだった。
あれ、俺ってその位しか知らないのに、なんで、あの人は俺のこと知ってるんだろう?
それって、仕方ないのか?




