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「え?」


お兄様が呟きました。


「どうかしたのですか?」

「殿下がいつも違う場所にいる」

「え?」


不思議なことが起きてます。

殿下は、いつもならば会場の1番奥の場所においでます。

そこが殿下の低位置なのですから。


ですが、…。

踊りながらでも見つけるお兄様の視界に驚きますが、お兄様の動体視力の良さには定評があります。


「あんな処に…」


殿下が何処にいるのか、見つけ出しました。


「何処ですの?」

「あそこだ」


意外です。

奥のフロアーから移動なさり、手前のフロアーが見渡せる場所の壁の側に立っていらっしゃいました。

お兄様の顔が曇ります。


「不思議だな…」

「そうですね」


この後、私はお兄様から紹介されて殿下にお会いする予定です。

それはこれからの事をスムーズに運ぶ為。

殿下に側室として仕える為にです。


「うん?」


また、お兄様が声を上げました。


「お兄様?」

「いや、なんでもない、ああ、なんでもないよ」

「そう?」


その後からお兄様は無口になってしまいました。

不思議に思いましたが、声を掛けるは止めました。




そのまま曲が終わり、次の曲に入るまでしばらく音が止まっていた時のこと。

管楽器の音と共に先触れが出たのです。




シャルディ殿下、ご退出!




これは予定にも無かったことです。


誰もが予想しなかった場所から殿下が現れて、退出なさったのです。

お兄様も慌てた様子でした。


「なんだと?」


意外なことが起きてしまいました。


「お兄様、いったい?」


思わず目の前の兄に尋ねてしまいました。

お兄様でさえ理解できないことが起こったんです。


「変だな…、変だ」

「殿下が急に出て行かれるなんて、何が?」

「お前と踊ることは了承していたんだ。それがだ…、どうなっているんだろうか」


暫くすれば、私はシャルディ様と踊ることになっていたのです。


全てはお父様に言われての事です。

嫌だなんて言えません、言っても無駄だからです。


いつの間にか、お父様は自分の為に私達兄弟を動かすようになりました。

昔の優しいお父様は、どこへ行ったのでしょうか…。

お母様さえいて下さったら、そう何度も思いました。

けど、無駄ですもの。


だから今日の日を迎えたのです。


それなのに、シャルディ様は急に帰られてしまいました。

お1人で、です。

お側にいた側室の方々も置いていかれました。


こんな日にも側室が側にいるんです。

悪趣味だと思います。

それに彼女達は、殿下が今日は私と踊るとご存知だから見届けようといらしたみたいです。

知らない仲でもないのですが、それでも威嚇したいのでしょうね、きっと。



嫌な争いが待っています…。

争うなんて、不毛過ぎます。



直ぐに家の侍従が駆けつけました。


「エドマイア様、これは…」

「ああ、急に帰られるなど聞いてもいなかった」

「それでは、いったい、」

「ああ、何か起きたんだろうか…」

「旦那様には、なんと報告すれば?」

「まだ報告はいらない。それよりも事情を調べよう」

「はい、」


珍しいことに、兄様が焦っています。

けれども、対照的に私はホッとしています。


だって、踊らなくても良いんですもの。

少しでしょうけど、先に延ばすことが出来ました。

嫌なものは嫌なのです、から、…。


殿下は背もお高いし顔立ちも高貴で、その振る舞いも優雅です。

でも、纏っている空気はとても冷たいのです。

それでも、もしかしたらお会いした時に好意が持てるのかもしれません。


ですが、聞こえてくる噂にはいい噂などないのです。

側室の女性に声を荒げてるの見た事がある、とか。

どちらかは存じませんが、殿下が去られた後で泣いていた、とか。

元々王都で育った方ではないので、根が粗雑なのかも知れない、とか。


どれもがお側でお仕えするのを躊躇わせるものです。


兄様の手が私の肩に触れました。


「マドレーヌ、私はここを離れるがいいかい?」

「はい、それでは、私は皆のところに参ります」

「わかった。それじゃ、後で連絡する」


そう言い残すと兄は足早に去って行きました。



私は1人になってしまいました。

なので私はルミーア達を探します、早くしないと面倒になりますので。

奥のフロアーから、食事が頂ける場所へと急ぎます。

途中で声を掛けられましたが、聞こえなかった振りをしました。


早足で急ぎます。



あ、!

ちょっと離れたところにラルの赤髪を見つけました。

あの赤い髪はラルだけですし目立ちます。

ちょっと便利、と思ったのは内緒です。

そしてテーブルの上には沢山のお料理が…、やっぱりラルですわ。


あの方の食欲は驚きです。

ラルに言わせると、私の方が少食過ぎて驚きだそうです。

けれど思うのです、沢山お食べになる方は正直な方だと。

だから私はラルが好きですわ。


「ラル?」


動かしていた手を止めたラルです。


「マドレーヌ、どうしました?」

「はい、皆様がどうなさってるかなって思いまして」

「私はこの通りですが、ルミーアが、ちょっと…」


ため息をつくなんて、どうしたんでしょうか?


「何かありましたの?」

「まぁ、色々とです」

「色々?」

「ネルソン先輩に抱かかえられる様にして青い顔でここに来たんです」

「まぁ」


いったい何があったのでしょうか?


「いったい、どうして?」

「それが何も言わないんです。ネルソン先輩もルミーアも、どちらも何も言わないんです。あの2人には分かっているみたいでしたけどね」

「そうですか…」


時々、あの2人の関係が謎に思える時があります。

けっして恋人通しではないけど、でも、互いに共通の経験がしたみたいで、そう、同士のような連帯感があるのです。

あの2人の間には誰かがいるのかも知れません。


ラルの話が続きます。


「それがです、間が悪いことにネルソン先輩に熱上げてる女性達が隣のテーブルいて、ルミーアはその方達に絡まれてしまったんです。そしたらネルソン先輩が怒ってしまって…」

「あのネルソン先輩が怒る?相当ですわね?」

「結構怖かったです。ネルソン先輩って、ルミーアのことになると真剣ですから」

「その通りです。こちらが心配になるくらいにルミーアがお好きみたいですもの」

「そうね、ルミーアは全然みたいなんですけどね…」


そうですわ、とっても分かりやすいくらいにです。

私達が出会ってまだ1週間も経っていません。

なのに分かってしまうなんて、ある意味の純愛ですわね。


「で、先輩は彼女達を怒鳴ってルミーアを連れて25寮に戻って行きました」

「そうですか…」


ラルは私に席を勧めてくれました。


「でね、マドレーヌ。せっかくだから、一緒に食べませんか?」

「え?」


とても綺麗な笑顔で答えてくれます。


「少しぐらい2人にさせてあげてもいいのでは?」


そうですね、気付きませんでした。


「そうですわね。ラル、ご一緒します」


ラルはいい人です。

喜んで一緒に食事を始めました。




けど、なんでしょうか?

友人と食事するって美味しく感じるんですね?

私は25寮に来てから初めて知りました。





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