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ネルソンと踊ってる。
曲はワルツ、簡単な選曲。
私達が踊っているのは手前のフロアーになる。
マドレーヌが踊っているのは奥のフロアーだ。
奥は貴族でもそれなりの地位の子息達の場所。
入学式の場でも、ちゃんと線引きがあるんだ。
そしてその奥のまた向こうに王子がいる、らしい。
けど、私にはシャルが何処にいるのかは分からない。
顔が見たくてジャンプしたくなるけど、ネルソンと踊ってるから我慢してる。
我慢、してる。
シャルの居る場所まで走っていこうと思えば、いける。
私は走って息を切らせて、シャルの目の前に立って、会いたかったって言える。
でもしちゃいけない。
そう感じている。
これは入学式でのパーティだもの、シャルだってまさか私がいるなんて思ってないもの。
自分の想いのままに物事をするなんて、子供だもの。
だから、我慢してる。
けど、現実に引き戻された。
「きゃ!」
いやだ、みっともない声出しちゃった…。
変な声がしたから注目を集めたみたいな気がして、顔が赤くなる。
だけどね、いきなり、ネルソンに足を踏まれたからなんだよ?
なんだか上の空だったのは私だけじゃなくてネルソンもそうみたいだ。
だから私の足を踏んだんだ、痛いじゃないか!
そうだよ、ネルソンには文句を言いたい!
「ちょっと、ネルソン!痛いわ!」
保護者代理は申し訳なさそうだ。
「ごめん、俺慣れてないからなぁ」
「もう!ちゃんと踊って?」
私を見てる視線が消えた気がする。
良かった、注目がなくなった。
「ねぇ、ちゃんと前を見てよ?」
「分かってるよ」
「せっかくの正装なのに…、もう…」
けど、ネルソンったら本当にダンスが苦手。
運動神経がいいって本当なのかな?
まるで子供のダンスなんだものね。
なんだか急に可笑しくなる。
笑いが止まらない、ヤバイ、どうしよう?
「なに笑うんだよ?」
「フフフ、だって、ネルソン、ダンス下手だもん」
「くそ…、まぁいいけど、」
けどこれ以上苦手なことさせるの可哀想だもんね。
だから私はネルソンに囁いた。
「曲が終わったらね、ここを抜けよう?」
「え?抜けるって?」
驚いた顔のネルソン。
なに、顔を赤くしてるんだろう?
え、なんだか、私まで慌ててしまう。
「だ、だって、向こうでね、ラルが1人で食事してるんだもの、参加するでしょ?」
急に笑い出す。
「そうだな、」
「急に嬉しそうな顔になった」
「いじゃんか」
「そりゃいいけど、」
しばらくして曲が終わった。
終った時に優雅な礼をするのは必須。
だけど慣れてない私とネルソンは顔を見合わせて笑ってしまう。
そして、ネルソンが私をリードしてくれる。
「じゃ、行こうか?」
「うん」
私達はラルのいる場所へ行こうと、踊りの輪から抜けるために歩き出そうとした。
その時…。
踊りの音楽ではない管楽器の音がした。
シャルディ殿下、ご退出です!
そう先触れが聞こえた。
「え?」
思わず口を自分で塞いだ。
だって、急なんだもの。
私は慌ててシャルのいるであろう方向を見た。
奥のフロアーの奥なんて人混みで見えない。
それでも、なんとか見たくて必死に探してしまう。
「ルミーア、落ち着け?」
ネルソンの声。
「分かってるよ」
短い返事で返す。
ところがだ、私達が聞かされていた場所と違うところからざわめきが起こる。
「ここから動かないで下さい」
警備の人に促されるように、私とネルソンは動きを止めた。
その前が空いていく…。
王子が通る道が作られていく。
偶然に私達はその道の1番前になってしまった。
え?1番前?ってことは…。
シャルが目の前を通るんだ…。
私の目はその道の少し先を見詰める。
ネルソンが急に手を握ってくれる。
「ネルソン?」
「…」
返事はなかった。
ネルソンも同じところを見ている。
私達の視線は同じところを。
シャルを、だ。
シャルの姿がどんどん近づいてくる。
目が離せない。
シャルなんだ。
音楽が止まってた。
シャルの靴音だけが聞こえる。
段々と私達に近づいてきた。
目が離せなかった、離せる筈がなかった。
私は心の中にいるシャルの姿を求めてしまう、けれど、だ。
今、私に見えている人は違う人のようだった。
背だって高くて、すっかり大人で、近寄りがたくて、怖くて…。
そして、私のことなんか見もしないで真っ直ぐ前を見ている。
鋭い姿で、誰も寄せ付けない空気を出して。
この国の王子は私になど目を合わせることもなく、目の前を歩いて行く。
少しも速さを変えることなく通り過ぎていく。
振り返るなんてしない。
ただ、通り過ぎていく。
普通に用事があるから帰るみたいに。
私の居る場所から去って行く。
そして会場から消える。
消えちゃった。
誰かがフーッと息をした。
それをキッカケに人々がざわめきを取り戻して動き出す。
けれど、私は立ち止まったまま。
私の周りの人達が動き出しているというのに…。
取り残された様に、動けなかった。
「ルミーア?」
ネルソンの声が聞こえる。
けど聞こえるだけ。
私はネルソンの方を向くことも出来なかった。
「大丈夫か?」
大丈夫なはずない。
だってシャルが目の前を通ったのに、私を見ることもなく去っていった。
真っ直ぐ前を見て去っていったんだ。
私、どこかで期待してた。
シャルなら私を見つけてくれるって思ってた。
私を見つけて、それが何処でも、絶対に見つけてくれるって信じてた。
そしたら抱きしめてくれるかも、なんて思っていた。
あの優しい瞳で、ミア、と呼んでくれるって…。
そう思い込んでいたの。
自惚れていた。
私、馬鹿だ。
身の程知らずだ。
期待なんか、期待なんか…、期待なんかしちゃ駄目なんだね。
私の目の前を歩いて行ったのは、この国の唯一の王子、シャルディ殿下だったんだ。
私はまだ動けないでいる。
このフロアーではダンスが再開されているのに。
ポンと肩に誰かの手が触れた。
ネルソンだった。
「ルミーア、行くぞ?」
ネルソンは私の肩に手を掛けて促した。
「うん…」
ようやく返事ができた。
ネルソンの手が暖かいから、思わず見上げて顔を見た。
「うん?どうした?」
優しいなぁ。
もしかして、こんなに優しい目で私のこと見てくれてたの?
気づかなかった、今初めて知ったよ。
「ありがとう」
ネルソンは急に照れたようになる。
「いいって、さ、ラルの所にいくぞ?」
「うん」
ようやくフロアーから離れた。
保護者代理はとても優しい。
いいよね、少しだけ甘えてもいいよね?
ごめんね、少しだけお願い…。
心の整理をさせて欲しいの。




